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第四章 逆行の真相

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――動悸、息切れ、貧血……。これ、知ってるわ。逆行前の私がまだ体調の変化に疑問すら持っていなかったときの初期症状だわ……。

 それからも逆行前に体験したことのある軽い症状は時折続いた。本来ならばあと三年は猶予があるはずだったのに、なぜその期限がこんなにも早まってしまったのか――。

――私が未来を変えすぎてしまったせいで、何かが大幅に狂っているのかもしれない。
 
 けれど、もしそうであっても後悔はない。クラウスに使っていた時間を取り戻せたし、誰よりも愛おしい存在を見つけた。逆行前の人生に比べたら、遥かに私好みの充実した人生だ。

――大丈夫。私はまだ生きてる。症状もまだ軽いし、素直に死んでなんてあげないんだから!
 
 今日は体調も良いし、また王宮図書館へ向かうことも考えたが、今日は授業の理解が少し怪しかったので、復習と予習に時間をかけようと思いとどまった。放課後は寮の部屋にこもって勉強時間に充てようと自室に向かっていたところ、ロザリア様に出会って声をかけられた。私を探してくれていたらしい。
 寮に何部屋か用意されている談話室へと連れられていく最中に、ロザリア様は要件を伝えてくれた。

「実はね、リリアーヌに紹介したい方たちがいるの」
「紹介ですか……?」
「ええ」

 目的の談話室の前に到着して、ロザリア様はドアをノックした。
 
「みなさん、入りますね」

 ロザリア様が声をかけて扉を開けた。そこには、私が入寮した日にロザリア様の後ろに控えていた令嬢たちが待ち構えていた。
 私が狼狽えていると、その中でも一番身分が高いだろう令嬢が進み出て挨拶してくれた。
 
「ごきげんよう」
「……! ごきげんよう。先日はご挨拶もできませんで、失礼いたしました」
「いいえ。こちらこそ失礼をいたしまして。改めまして、私はこの会の代表を務めております、モリー・アスターと申します。以後お見知りおきを」

 モリー・アスター侯爵令嬢のことはもちろん知っている。その後ろにいる令嬢たちも名家の令嬢たちが揃いも揃っているので顔を覚えていたのだ。
 そして、何やら聞きなれない単語を聞いたような……。

「会? ……とは、なんの会でしょう?」
「ルイナルド殿下を遠くから見守る会ですわ。ご存じなかったのですね」
「殿下を……見守る……」

 リリアーヌは初めて聞く単語に目を丸くして、思わず復唱した。そして言葉の意味を理解した後に間髪入れず質問した。

「それ、私でも入れますか……?」


 結果からいえば、私は名家のご令嬢方にくすくすと上品に笑われた。令嬢界では大爆笑といえる。

「まあ。ジェセニア嬢にそのように言っていただけると嬉しいですわ。けれど、残念ながら入っていただくことは難しいですわね。ジェセニア嬢は殿下の婚約者ですし」
「そうですか……。残念です……」

 私はがっかりして肩を落とした。偽装婚約が解消されたら入れてもらえるだろうか? などと考えていたら、アスター侯爵令嬢が真剣な目で私を見据えて言った。

「組織の存在自体は認めてくださるのですよね?」
「……? ええ。私の許可が必要とは思えませんが……?」

 私は戸惑いながら肯定した。アスター侯爵令嬢をはじめ、名だたる令嬢たちが組織して運営している会を、いち伯爵令嬢の私が否定できるわけもない。それに、学園内でこういうサークルのようなものは自由に組織できるはずだ。
 
「ああ、すみません。先走ってしまいました。私たちはジェセニア嬢を応援しておりますから、存在を知っていただきたかっただけなのです」
「えっと……」
「こう言ってもなんのことかわかりませんよね。説明させてくださいませ」

 そう口火を切った彼女が語ったのは、『ルイナルド殿下を遠くから見守る会』がなぜ発足したのかという理由と、活動内容についてだった。
 ここに集まった十二人の令嬢は皆過去ルイ様に本気の告白をしたことがある女性たちなのだそうだ。見事に振られたあとはルイ様の幸せを祈り、いつか現れるルイ様の想い人を全力で応援することを誓って『ルイナルド殿下を遠くから見守る会』を発足させたのだという。
 活動内容は、ルイ様の動向を邪魔にならない範囲で観察し、ルイ様をお慕いするあまりに付きまといなど迷惑行為をしそうな女性に注意してトラブルを未然に防ぐことが主だという。その延長線上で、ルイ様に告白して玉砕した女性を勧誘して仲間を増やしたりもして、こっそりと人数を増やしながら活動しているとのことだった。
 ルイ様は昔から頑なに婚約者を置くことを受け入れなかったので、国王陛下は彼の意志を尊重し、「ルイナルドが望む女性と結婚させる」と宣言していた。実質自由恋愛が許されたのだ。ゆえに今回私との偽装婚約もすんなりと結ぶことができたし、周りからの反発もなかったのだと私は理解している。
 だから、彼女たちは「勘違い」しているのだ。私こそがルイ様の想い人であるのだと。でも違うのだ。だって――。

――ロザリア様は「ルイ様には幼い頃からずっと一途に想っている方がいる」とおっしゃったわ。でも、私がルイ様とお会いしたのはクラウスの浮気現場を目撃したあの日が初めてだから……。

――ルイ様の想い人は私ではない。

 私は事実を伝えることもできず、居心地の悪い思いをしながらアスター侯爵令嬢の話を聞いていた。ルイ様のことを語る彼女はとてもキラキラしていた。彼女たちの憧れの存在であるルイ様を、私が偽装の婚約者として拘束してしまっているのだ。これまで目を背けていた現実を突きつけられ、私はとても後ろめたく感じていた。
 私のそんな複雑な気持ちを察してくれたわけではないだろうけれど、私の様子から何かを感じたらしいアスター侯爵令嬢がフォローをするように言葉を重ねた。

「……大丈夫ですよ。私たちは殿下のことはもうすっぱり諦めていますし、既に婚約者がいる方も多いのですよ。私もですし」
「それは……! おめでとうございます!」
「ええ。ルイナルド殿下のことがあったから繋がった縁ですし、私は殿下を好きになってよかったと思っています。大切な気持ちを教えてくださった殿下には幸せになってもらいたいのです。ここにいる令嬢はみんなそうです。だから、心配しないでくださいね」

 周りの令嬢たちも皆微笑んで静かに頷いてくれた。ルイ様自身がとても素敵な方だから、好意を寄せる女性も素晴らしい方たちばかりになるのなのだなぁと感心した。

「そうなのです! 応援しているからこそ、ジェセニア伯爵令嬢にはぜひお伝えしたいことがあるのです」

 アスター侯爵令嬢は突然思い出したように言った。
 
「はい。なんでしょうか?」
「実は、私の婚約者はルイナルド殿下の護衛騎士なのですが……」
「まあ。そうなのですね」
「ええ。だから彼が職務の内容を私に漏らすことは絶対にありません。でも、この間勤務に就いているはずの彼を街で見かけることがあったので、殿下が視察にでも出られているのかと思ってそれとなく見ていたら……」

 アスター侯爵令嬢は自らの記憶を辿るように、視線を彷徨わせながら話していた。
 けれど、そこで一度言葉を切ったかと思うと、彷徨わせていた視線を私の瞳に合わせ、迷いを捨てるようにはっきりと言葉を発した。

「変装された殿下が女性を連れて歩いていたのです。私はもう何年も殿下を見続けているからわかります。あれは絶対にルイナルド殿下です」

 アスター侯爵令嬢の瞳は不安に揺れている。ルイ様は不誠実なことをする方ではないとよく知っているけれど、見てしまった光景はそのまま婚約者である私へ伝えないといけないと思ったのだろう。

――この方も、とても優しい方だわ。

 私はその優しさに感謝して、にこりと何も気にしていない顔をして応じた。
 
「詳細はお伝えできませんが……ルイ様は今ご公務がお忙しいと聞いています。その関係でしょう、とだけお伝えしておきます」

 私は「知っているから大丈夫」風を装った。本当は何も知らないし、もしかしたらその女性こそがルイ様の本命なのかもしれないとすら思っていたけれど――。

 私の言葉を聞いたアスター侯爵令嬢は目に見えて安心して見えたので、私は成功を悟った。

「そうでしたか。余計なことを申しましたね。お恥ずかしい」
「いいえ。こうして伝えようとしてくださったことが嬉しいです。……けれど、今後は何も伝えることがなくとも皆様とお話できればさらに嬉しいのですが……」
「……! まあ! そう言っていただけて光栄です! ぜひ!」
「よかった! お友達が少ないので、よろしければ仲良くしてくださいね」
「はい! もちろん!」

 また定期的に集まってお茶会やおしゃべりしましょうと約束をして、『遠くから見守る会』のメンバーはそれぞれ帰っていった。
 示し合わせたようにその場に残ったのは私とロザリア様である。

「何も聞いていないんでしょう?」
「……何も聞いていないわけでは……」

 この返答では肯定しているのと同じだ。ロザリア様は手強い。まるで私の心の内を読んでいるかのよう。

「果たして本当に公務なのかしらね?」
「…………」

――そんなの、私だって知りたいわ。

「一緒に探ってみない?」
「……え?」
「だから、一緒にその現場、押さえてやりましょうよ!」
「現場を押さえる……」

――なんだかついこの間もこんなことがあったような……。

「私、面白いこと思いついちゃったの! リリアーヌには絶対に付き合ってもらうわよ」

 ルイ様が他の女性と一緒にいたかもしれないと思うと少し気分が沈んでしまったけれど、ずぶずぶ沈みきってしまう手前で、ロザリア様が力強く引き上げてくれた。

「ふふ。わかりました。喜んでお供します!」
「そうこなくちゃ! じゃあこのままここで作戦会議するわよ!」

 ロザリア様のおかげで一気に全て解決することになるなんて、このときの私は全く考えていなかったのだけれど――。
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