死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される

葵 遥菜

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第三章 偽装婚約?

大切な日

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 試験日当日のこと。
 朝起きたら私はルイ様のベッドの上にいた。隣には着崩れたシャツをまとった超絶美形ルイさま

――あれ? 昨日は婚約披露パーティーで、そのあとルイ様と試験対策してたはずで…………夢?
 
 なぜこんな状況になっているのか、まだ夢の中なのか、夢の中ならまだ醒めないでほしい――。
 
 そこまで論点がズレたところで、寝ぼけた頭が目から入ってきた刺激を処理しきれずフリーズしてしまった。
 
 美形の寝乱れた服の間から肌色が見えた……気がした。見てはいけないと反射的に目を逸らしたが、朝から刺激が強すぎる。
 豪華なカーテンの隙間から差し込む朝日もどこかキラキラ輝いて見えて眩しすぎるし……。

――ああ、あのまま寝てしまったのか……

 目を逸らした先にあった机のほうに焦点を合わせると、昨日勉強するのに使った参考書たちが綺麗に整頓されているのが見えた。

 そこで強烈な刺激をいただいたおかげでフリーズしてしまった頭がやっと仕事を始めた。よく固まる頼りにならない頭だけれど、昨夜の記憶はしっかりと私の脳内に刻んでくれたらしい。

――私、一生分の運を使い果たしてしまったかも。

 昨夜の出来事を思い出し、だんだんと熱くなる両頬を左右の手で冷やしながら悶えた。

――ルイ様とこの部屋に二人きりで、あんなに近くで……。きゃぁぁぁーー!

 私は決定的な場面を思い出し、今度は恥ずかしくなって両手で顔を覆った。
 
 実は昨夜、ルイ様との間の距離がゼロになった瞬間があったのだ。
 
 二人で肩を並べて、一冊しかないルイ様お手製の参考書を眺めていたところ、ルイ様に急に手を握られたのだ。
 どきどきしながらルイ様を見上げたら、吐息を感じられそうなほど近くに彼の顔があった。
 吸い込まれそうな瞳に視線が捕われているうちに、そのまま顔と顔が近づいて――。

 閉じていた長いまつ毛が持ち上がり、その奥からルイ様の宝石みたいに綺麗な瞳がゆっくりと現れる様を、私は馬鹿みたいに呆然とした表情で眺めていたと思う。

「ご褒美。くれるって約束だったよね?」
「―――!」

 首を傾げながら事実の確認を取るように尋ねてきたルイ様に、私は発することができたのが不思議なくらい震えた声で「はい」と答えた。
 
「ごめん、一回じゃ足りない」

 「いい?」と切なげに、焦れたように尋ねてくる色気全開のルイ様に、私は既にノックアウト寸前の状態で首を縦に振った。
 
 恥ずかしすぎてそのまま俯いてしまった私の頬を両手で包み、優しく上向かせたルイ様は、下から掬うようにして二度、三度と唇を触れ合わせて。
 唇同士が離れるとき、湿った音がやけに大きく耳に響いたのが印象的だった。
 
「ありがとう。僕に幸せをくれて」

 ルイ様は探していたものをやっと見つけたような、欲しかったものをやっと手に入れたような、とても幸せそうな笑顔を見せながらそう伝えてくれた。
 少しだけ瞳が濡れているように見えたのは、シャンデリアの光が眩しすぎたからかもしれなかった。
 
 ルイ様の正式な婚約者としてお披露目されたその日は、こうして生涯忘れられない日として私の記憶に刻まれた。

 そこで記憶が途切れているので、たぶんそのまま眠ってしまって今に至るのだろう。

――私の脳よ、全て鮮明に覚えていてくれてありがとう……! 最高! 素敵! 完璧!

 私が自分の頭にできうる限りの称賛を送っていると、隣の輝く存在がモゾモゾし始めた。

「リリー? おはよう」
「おはようございます……!」

 朝から超絶美形の寝ぼけまなこが見られて感動した。

――超絶かわいい……!

 朝一番に好きな人の顔を見て挨拶し合えることがこんなにも嬉しいことを初めて知った。
 
 私は幸せな一日のスタートに、やる気がみなぎってくるのを感じた。
 

✳︎✳︎✳︎
 

 今日は大切な試験の日なのでもちろんミディール学園へ登校する。王宮でお世話になり始めてから学園へ通うのは禁止されていたため、久しぶりの登校となる。
 
 王宮でベタベタに甘やかされていた分、学生たちの私に向ける侮蔑を含んだ眼差しへの耐性が低くなってしまったかもしれない。
 若干緊張しながら馬車に乗り込むと、ルイ様がしっかりと私の手を握って励ましてくれた。

「大丈夫。僕がついてるから」

 そうだ。私には心強い味方であるルイ様がついている。私を甘やかしまくって脳を溶かしてドロドロの沼にハマらせるのが得意なお方だ。絶対に私を見捨てないと言い切れる。
 そばにいるとこれ以上ないくらいにときめくのに、これ以上ないほどに私を安心させてくれる稀有けうな存在だ。

「はい。頼りにしています」
 
 私はそう答えながら、どうやったらこの方に好きになってもらえる女性になれるのだろうかと真剣に頭を悩ませる。

――キス……してもらえたってことは、少なくとも嫌悪感は抱かれていないわけだから……

 考えながらまた昨夜のできごとを思い出してしまい、ぼーっとルイ様の唇を物欲しそうに眺めてしまった。

「リリー? またご褒美くれるの?」

 ルイ様に声をかけられて、私は羞恥に身体中の温度が上がるのを感じた。


 
 
 昨夜のできごとについて、一応主君から報告を受けていたイアンは、これまた一応二人と同じ馬車に乗り込んでいたのだが……。
 
――これで両片思い? 誰か嘘だといってくれ……。リリアーヌ様、好きでもない女性にキスをする男にはクズしかいないことにどうか早く気づいてください……。そしてルイナルド殿下は一途すぎてリリアーヌ様に病み気味であることを併せてご報告しておきます……。いや、はっきり言葉で伝えていないのに「気持ちは伝えている」と言い張る殿下も殿下ですが……。

「はぁ」

 イアン・アラスターはいつもと同様に空気に徹し、二人の醸し出す空気にやきもきしながら、こっそり呆れていたとかいなかったとか。

 終始お互いの存在しか見えていなかった二人は、馬車が目的地に到着しても、そんなイアンの様子にはついぞ気づくことはなかったのだった。
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