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第三章 偽装婚約?
幕間② 生きる意味 side ルイナルド
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一度目の人生では、他の男を一途に愛するきみに恋をした。きみはあの男の隣でとても幸せそうだったから、私の出る幕はないと思ったんだ。
――ただ、ちょっと欲張っていいなら、この気持ちを打ち明けてもいいだろうか。
知っていてもらえるだけで、この気持ちは報われる気がした。
――きみをきっぱりと諦めなければならない、そのときは必ず訪れるはずだから。今だけは……。
しかし、そんな私の小さな願いすら天に届かず、きみは病気にかかって呆気なく逝ってしまった。
当時大流行して多くの死者を出した疫病と同じ症状だったようで、その疫病が原因に違いないと判断が下された。そのせいで最後に顔を見ることも叶わなかった。きみの命を奪った病が憎かった。
だから、私は疫病撲滅のために特別なチームを発足させた。
リリアーヌに追いつき追い越し、彼女に誇れる自分になるために研鑽した当時の私は、医学の分野に関しても突出した能力を保持していたから。
自分もチームに参加してウイルスの研究をし、疫病に効く治療薬の開発に成功した頃には、もう既に国民の三分の一を失ったあとだった。
私も研究しているうちにその疫病に罹ってしまったが、そのお陰で特効薬の治験ができて完成するに至った。
達成感はあったが、ただそれだけだった。
多くの国民の命が助かって感謝されたが、当然ながらその中に彼女はいない。
わかっていたことなのに、私が心から求める人はもうこの世に存在しないのだと急に突きつけられたようだった。
あれほど大切に思っていた国民たちの命を救えたというのに――。
私の中の感情を司る部分は壊れてしまったのかもしれなかった。
それからの私は抜け殻のように過ごしていた。
自分ではそうと分からなかったが、そうとしか表現できない状態だったと今振り返って思う。
私の中身は彼女と一緒に手の届かないところへ行ってしまっていたのだろう。
ある日、そんな状態の私を見かねたのか、父が声をかけてくれた。
「リリアーヌ・ジェセニアに会いたいか?」
「何を……彼女はもういない」
「…………」
「もう来ないでくれ」
「…………」
「…………」
「……お前の気持ちはわかる」
「…………」
「私も、同じ経験をした」
「…………」
「エリザベートは一度死んでいる」
「…………は?」
そこで初めて父の顔を見た。
真剣な顔をして今も生きている母のことを「死んだことがある」と言う父の正気を疑った。
「私は覚悟を決めた。……もうこんなお前を見ていられないからな」
そう言った父は、悲しそうな、でも安心したような、複雑な表情していた。
そして言ったのだ。
「ルイ、彼女のために死ねるか」
「死ねる!」
私は迷わず肯定した。もう、何のために生きているのかもわかっていなかったのかもしれない。
「二度とこんなことを繰り返すつもりはなかったんだ。親の立場になったらわかる。私は何と罪深いことをしたのか……」
そう自嘲しながらも父は話してくれた。スヴェロフ王家に伝わる秘術について。
「ルイナルド、お前に私の罪を告白する」
父は苦笑いをしながら話を切り出した。
「私は亡くなった最愛のエリザベートのあとを追って、命を絶ったことがあるのだ」
「え……? でも、母上と父上は今、生きてこの世に存在しているじゃないか」
「そうだ。私たちが死ぬ前に時を戻したのだ。私の父上がな」
「お祖父さまが……」
父はとても重要な話をしようとしている。
抜け殻だった私は、それでもまだ王家の人間として最低限の理性は残っていたようで、周辺の人払いが済んでいることを咄嗟に確認した。
父は少し声のトーンを落とし、でもいつもよりも厳格な色を滲ませながら続けた。
「いいか、よく聞け。これはもちろん門外不出だが、使える者は王家の血が流れる人間に限られる秘術だ」
「はい」
「発動条件がいくつかあるし、副作用もある。だが、私とお前がいれば確実にリリアーヌ嬢が亡くなる前まで時を戻せる」
「……! ほんとうに……ほんとうですか父上……!」
私はみっともなくもその場で泣き崩れた。
まだ話の途中なのに。まだ聞かなければならないことがたくさんあるのに。
父が嘘をついたところは見たことがないが、「この話は嘘なのではないか」と疑う余裕もないほど私は歓喜していた。たとえ嘘だったとしても、真実であることしか受け入れられなかったに違いない。
限界だったのだろう。
それまで胸の奥に溜め込んでいた何かが一気に噴き出したように涙が止まらなくなった。
思えば、彼女が亡くなってから涙が出たのはそのときが初めてだった。
――よかった……! 王家に生まれて本当によかった!
私はなぜベリサリオ家に生まれなかったのかと自分の生まれを憎んだことがある。母がリリアーヌの母と仲良くしてくれていればよかったのにと、母の交友関係にまでその恨みを広げたこともある。そうすればリリアーヌと婚約していたのは私だったのに――と。
しかしそれは責任転嫁だということもわかっていた。リリアーヌが好きになったのはクラウス・ベリサリオという男なのだから。彼女が好きになるほどの魅力が自分になかっただけ。それもわかっていた。
だから、自分を磨いた。一生懸命に。
やっとリリアーヌへ「自分を選んでほしい」と伝えられると思っていた。リリアーヌはあの男の隣で幸せそうにしていたから、玉砕必至だったが――。
それでも、一瞬でも私のほうを向いてほしかった。私のことを考えてほしかったから、想いを告げるつもりでいた。
でも、そんなのもうどうでもいい。
私の気持ちがどうなるかなんて些細な問題だ。
私が王家に生まれていなかったらこの世は一生リリアーヌを喪ったままだった。その恐怖に比べれば――。
「本当に、ありがとうございます……!」
リリアーヌが生きてさえいてくれれば。
――それだけで私は生きていける。
――ただ、ちょっと欲張っていいなら、この気持ちを打ち明けてもいいだろうか。
知っていてもらえるだけで、この気持ちは報われる気がした。
――きみをきっぱりと諦めなければならない、そのときは必ず訪れるはずだから。今だけは……。
しかし、そんな私の小さな願いすら天に届かず、きみは病気にかかって呆気なく逝ってしまった。
当時大流行して多くの死者を出した疫病と同じ症状だったようで、その疫病が原因に違いないと判断が下された。そのせいで最後に顔を見ることも叶わなかった。きみの命を奪った病が憎かった。
だから、私は疫病撲滅のために特別なチームを発足させた。
リリアーヌに追いつき追い越し、彼女に誇れる自分になるために研鑽した当時の私は、医学の分野に関しても突出した能力を保持していたから。
自分もチームに参加してウイルスの研究をし、疫病に効く治療薬の開発に成功した頃には、もう既に国民の三分の一を失ったあとだった。
私も研究しているうちにその疫病に罹ってしまったが、そのお陰で特効薬の治験ができて完成するに至った。
達成感はあったが、ただそれだけだった。
多くの国民の命が助かって感謝されたが、当然ながらその中に彼女はいない。
わかっていたことなのに、私が心から求める人はもうこの世に存在しないのだと急に突きつけられたようだった。
あれほど大切に思っていた国民たちの命を救えたというのに――。
私の中の感情を司る部分は壊れてしまったのかもしれなかった。
それからの私は抜け殻のように過ごしていた。
自分ではそうと分からなかったが、そうとしか表現できない状態だったと今振り返って思う。
私の中身は彼女と一緒に手の届かないところへ行ってしまっていたのだろう。
ある日、そんな状態の私を見かねたのか、父が声をかけてくれた。
「リリアーヌ・ジェセニアに会いたいか?」
「何を……彼女はもういない」
「…………」
「もう来ないでくれ」
「…………」
「…………」
「……お前の気持ちはわかる」
「…………」
「私も、同じ経験をした」
「…………」
「エリザベートは一度死んでいる」
「…………は?」
そこで初めて父の顔を見た。
真剣な顔をして今も生きている母のことを「死んだことがある」と言う父の正気を疑った。
「私は覚悟を決めた。……もうこんなお前を見ていられないからな」
そう言った父は、悲しそうな、でも安心したような、複雑な表情していた。
そして言ったのだ。
「ルイ、彼女のために死ねるか」
「死ねる!」
私は迷わず肯定した。もう、何のために生きているのかもわかっていなかったのかもしれない。
「二度とこんなことを繰り返すつもりはなかったんだ。親の立場になったらわかる。私は何と罪深いことをしたのか……」
そう自嘲しながらも父は話してくれた。スヴェロフ王家に伝わる秘術について。
「ルイナルド、お前に私の罪を告白する」
父は苦笑いをしながら話を切り出した。
「私は亡くなった最愛のエリザベートのあとを追って、命を絶ったことがあるのだ」
「え……? でも、母上と父上は今、生きてこの世に存在しているじゃないか」
「そうだ。私たちが死ぬ前に時を戻したのだ。私の父上がな」
「お祖父さまが……」
父はとても重要な話をしようとしている。
抜け殻だった私は、それでもまだ王家の人間として最低限の理性は残っていたようで、周辺の人払いが済んでいることを咄嗟に確認した。
父は少し声のトーンを落とし、でもいつもよりも厳格な色を滲ませながら続けた。
「いいか、よく聞け。これはもちろん門外不出だが、使える者は王家の血が流れる人間に限られる秘術だ」
「はい」
「発動条件がいくつかあるし、副作用もある。だが、私とお前がいれば確実にリリアーヌ嬢が亡くなる前まで時を戻せる」
「……! ほんとうに……ほんとうですか父上……!」
私はみっともなくもその場で泣き崩れた。
まだ話の途中なのに。まだ聞かなければならないことがたくさんあるのに。
父が嘘をついたところは見たことがないが、「この話は嘘なのではないか」と疑う余裕もないほど私は歓喜していた。たとえ嘘だったとしても、真実であることしか受け入れられなかったに違いない。
限界だったのだろう。
それまで胸の奥に溜め込んでいた何かが一気に噴き出したように涙が止まらなくなった。
思えば、彼女が亡くなってから涙が出たのはそのときが初めてだった。
――よかった……! 王家に生まれて本当によかった!
私はなぜベリサリオ家に生まれなかったのかと自分の生まれを憎んだことがある。母がリリアーヌの母と仲良くしてくれていればよかったのにと、母の交友関係にまでその恨みを広げたこともある。そうすればリリアーヌと婚約していたのは私だったのに――と。
しかしそれは責任転嫁だということもわかっていた。リリアーヌが好きになったのはクラウス・ベリサリオという男なのだから。彼女が好きになるほどの魅力が自分になかっただけ。それもわかっていた。
だから、自分を磨いた。一生懸命に。
やっとリリアーヌへ「自分を選んでほしい」と伝えられると思っていた。リリアーヌはあの男の隣で幸せそうにしていたから、玉砕必至だったが――。
それでも、一瞬でも私のほうを向いてほしかった。私のことを考えてほしかったから、想いを告げるつもりでいた。
でも、そんなのもうどうでもいい。
私の気持ちがどうなるかなんて些細な問題だ。
私が王家に生まれていなかったらこの世は一生リリアーヌを喪ったままだった。その恐怖に比べれば――。
「本当に、ありがとうございます……!」
リリアーヌが生きてさえいてくれれば。
――それだけで私は生きていける。
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