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第二章 婚約破棄
頼もしい協力者②
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ルイ様に頼って本当によかった。
しかも、勉強する時だけ拝見できる眼鏡姿もまた素敵で眼福だ。
ありがたいことに、ルイ様に助けてもらえることで勉強の効率が格段に良くなり、自分で立てたスケジュールに若干の余裕が出てきた。その時間をクラウスの浮気の証拠集めにあてることにした。
まずは、どれくらいの相手がいて、どんな相手なのか、どこでどのように会っているのか……詳細な情報を集めることから始めた。
この調査はルイ様が紹介してくださった「私的な従者」であるイアン・アラスター侯爵令息が手伝ってくださったお陰で、非常にスムーズに証拠集めが進んだ。とても優秀で、手助けしてもらえて本当にありがたかった。
ちなみに、彼のことは友人と言って差し支えないのでは……? と聞いてみたが、「私的な従者です」の一点張りだった。
従者はわかるが、私的な従者と公的な従者の違いって何……? とは思ったが、ルイ様と深い信頼関係を築いていることは二人を見ていればすぐにわかったので、肩書きの違いなど些細なことなのだと理解し、口をつぐんだ。
「今日で調査開始から二週間ですから、大体彼の行動範囲が掴めましたね」
「そうですね。来週の行動にも変化が見られないようでしたら、結果をまとめて両家に報告します」
私とクラウスの婚約は、母親同士の口約束のようなものから始まった話だったので、内容も適当なのだと思っていたのだ。
けれど、念のため婚約を結んだときの書類を見せてもらうと、これでも歴史の長い家系同士だからか、割としっかりとした文面で綴られていて驚いたものである。
ただ、こういうものにもテンプレートがあるのだろう。一応、一方的に婚約破棄できる条件も記載があって、そこに「相手の過失により婚約の継続が不可能と判断できた場合」と記されていた。
アラスター様によると、過去、妻との婚約期間中にも関わらず浮気相手に子を生ませていたある男が、妻と結婚後にその事実が発覚して大騒動になったことがあったそうだ。
その妻は生まれた子に罪はない、幸いなことに自分はまだ夫の子を授かっていないから、と身を引くことにしたという。
結果、浮気相手は貴族の令嬢だったこともあり、その夫の正妻となることができ、子は正式に嫡子と認められることとなった。辛酸をなめることになったのは妻のほうだった。
離婚して出戻ることになったその女性は、自分と同じ思いをする女性が現れないようにと自らの経験を語って啓蒙活動をし、娘を持つ親たちは自分の子がそうならないようにと婚約の書類に婚約破棄の条件を盛り込むようになった。それがテンプレート化し、現在に至るのだという。
「つまり、『相手の過失により婚約の継続が不可能と判断できた場合』というのは実質『相手の浮気が発覚した場合』と同義ということよね?」
「そういうことです。貴族的な遠回しな言い方がそのまま明文化されておりますので。そういう認識で間違いないです」
「その慈悲深い女性のおかげで、婚約中の浮気が忌避される風潮が生まれたのね。とても勇気のある方だわ。同じ女性として尊敬する……!」
貴族社会では男尊女卑の風潮が未だに根強く残っている。昔は今よりも女性に対する風当たりは強かったと聞くから、きっと浮気相手に夫を奪われた女性として嘲笑の的になったのではないかと想像できる。
それなのに、罪のない子のために潔く身を引いただけでなく、女性たちの未来のために自らの経験を利用して啓蒙する活動ができるなど、なんと尊いことだろう。その方はきっと立派な人物であるに違いない。そう思っていたら、アラスター様が自慢げに言葉を続けた。
「ええ。そうでしょうとも。そのお方が、今の王太后陛下です」
それを聞いて、ぱっとルイ様の方向に顔を向けた。
ルイ様は、アラスター様とお会いする時には必ず同行してくれる。理由を聞くと、「乗りかかった船だから」と答えてくれたが、とても責任感が強く、面倒見のいい方だということはわかっている。
私が遠慮しても悲しい顔を見せられて罪悪感でいっぱいになるだけなのだから、ルイ様の思うようにしていただくのが一番なのである。
「なんで君が自慢げなのかな」
同じ部屋にいながら読書をしていたらしルイ様は、手元で開いていた本をパタンと閉じ、眼鏡を外しながらこちらへ視線を投げた。
「ルイ様を始め、王族の方々はみな素晴らしいお人柄で、私はスヴェロフの王族に仕えている者として常々誇らしく思っているだけです」
「うん。お祖母様は本当に素晴らしいお方だと私も思うよ。おかげでリリーがスムーズに婚約を破棄できそうだしね」
「ええ。本当に。クラウス・ベリサリオはクズですからね。リリアーヌ様、早めに気づかれてよかったですね」
「え、ええ……」
「イアン、言葉遣い」
「失礼いたしました」
淡々と続けられる会話に私はついていけていなかった。
王太后陛下が今話に出ていた女性だったのなら、その浮気夫が浮気していなかったらルイ様はここに存在していなかったかもしれないとか、その浮気夫は一体誰なのだろうかとか、考えてしまっていたからだ。
「さすが、ルイ様のお祖母様ですね……」
私の感想は、その一言に尽きた。
しかも、勉強する時だけ拝見できる眼鏡姿もまた素敵で眼福だ。
ありがたいことに、ルイ様に助けてもらえることで勉強の効率が格段に良くなり、自分で立てたスケジュールに若干の余裕が出てきた。その時間をクラウスの浮気の証拠集めにあてることにした。
まずは、どれくらいの相手がいて、どんな相手なのか、どこでどのように会っているのか……詳細な情報を集めることから始めた。
この調査はルイ様が紹介してくださった「私的な従者」であるイアン・アラスター侯爵令息が手伝ってくださったお陰で、非常にスムーズに証拠集めが進んだ。とても優秀で、手助けしてもらえて本当にありがたかった。
ちなみに、彼のことは友人と言って差し支えないのでは……? と聞いてみたが、「私的な従者です」の一点張りだった。
従者はわかるが、私的な従者と公的な従者の違いって何……? とは思ったが、ルイ様と深い信頼関係を築いていることは二人を見ていればすぐにわかったので、肩書きの違いなど些細なことなのだと理解し、口をつぐんだ。
「今日で調査開始から二週間ですから、大体彼の行動範囲が掴めましたね」
「そうですね。来週の行動にも変化が見られないようでしたら、結果をまとめて両家に報告します」
私とクラウスの婚約は、母親同士の口約束のようなものから始まった話だったので、内容も適当なのだと思っていたのだ。
けれど、念のため婚約を結んだときの書類を見せてもらうと、これでも歴史の長い家系同士だからか、割としっかりとした文面で綴られていて驚いたものである。
ただ、こういうものにもテンプレートがあるのだろう。一応、一方的に婚約破棄できる条件も記載があって、そこに「相手の過失により婚約の継続が不可能と判断できた場合」と記されていた。
アラスター様によると、過去、妻との婚約期間中にも関わらず浮気相手に子を生ませていたある男が、妻と結婚後にその事実が発覚して大騒動になったことがあったそうだ。
その妻は生まれた子に罪はない、幸いなことに自分はまだ夫の子を授かっていないから、と身を引くことにしたという。
結果、浮気相手は貴族の令嬢だったこともあり、その夫の正妻となることができ、子は正式に嫡子と認められることとなった。辛酸をなめることになったのは妻のほうだった。
離婚して出戻ることになったその女性は、自分と同じ思いをする女性が現れないようにと自らの経験を語って啓蒙活動をし、娘を持つ親たちは自分の子がそうならないようにと婚約の書類に婚約破棄の条件を盛り込むようになった。それがテンプレート化し、現在に至るのだという。
「つまり、『相手の過失により婚約の継続が不可能と判断できた場合』というのは実質『相手の浮気が発覚した場合』と同義ということよね?」
「そういうことです。貴族的な遠回しな言い方がそのまま明文化されておりますので。そういう認識で間違いないです」
「その慈悲深い女性のおかげで、婚約中の浮気が忌避される風潮が生まれたのね。とても勇気のある方だわ。同じ女性として尊敬する……!」
貴族社会では男尊女卑の風潮が未だに根強く残っている。昔は今よりも女性に対する風当たりは強かったと聞くから、きっと浮気相手に夫を奪われた女性として嘲笑の的になったのではないかと想像できる。
それなのに、罪のない子のために潔く身を引いただけでなく、女性たちの未来のために自らの経験を利用して啓蒙する活動ができるなど、なんと尊いことだろう。その方はきっと立派な人物であるに違いない。そう思っていたら、アラスター様が自慢げに言葉を続けた。
「ええ。そうでしょうとも。そのお方が、今の王太后陛下です」
それを聞いて、ぱっとルイ様の方向に顔を向けた。
ルイ様は、アラスター様とお会いする時には必ず同行してくれる。理由を聞くと、「乗りかかった船だから」と答えてくれたが、とても責任感が強く、面倒見のいい方だということはわかっている。
私が遠慮しても悲しい顔を見せられて罪悪感でいっぱいになるだけなのだから、ルイ様の思うようにしていただくのが一番なのである。
「なんで君が自慢げなのかな」
同じ部屋にいながら読書をしていたらしルイ様は、手元で開いていた本をパタンと閉じ、眼鏡を外しながらこちらへ視線を投げた。
「ルイ様を始め、王族の方々はみな素晴らしいお人柄で、私はスヴェロフの王族に仕えている者として常々誇らしく思っているだけです」
「うん。お祖母様は本当に素晴らしいお方だと私も思うよ。おかげでリリーがスムーズに婚約を破棄できそうだしね」
「ええ。本当に。クラウス・ベリサリオはクズですからね。リリアーヌ様、早めに気づかれてよかったですね」
「え、ええ……」
「イアン、言葉遣い」
「失礼いたしました」
淡々と続けられる会話に私はついていけていなかった。
王太后陛下が今話に出ていた女性だったのなら、その浮気夫が浮気していなかったらルイ様はここに存在していなかったかもしれないとか、その浮気夫は一体誰なのだろうかとか、考えてしまっていたからだ。
「さすが、ルイ様のお祖母様ですね……」
私の感想は、その一言に尽きた。
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