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第一章 追憶
追憶①
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私、リリアーヌ・ジェセニアは伯爵家の令嬢である。ジェセニア伯爵家は、過去に王家の姫が降嫁されたこともあるといわれる、歴史のある家門である。何代も前の、遥か遠い昔の話ではあるが――。
それ以外はこれといって特徴のない、歴史だけは細く長く続く由緒ある家門である。
婚約者のクラウスはベリサリオ公爵家の嫡子なので身分が少し釣り合っていないのだが、母親同士が学生時代からとても仲の良い友人であったおかげで、私が産まれて性別が判明した瞬間に二人の婚約が決まったそうだ。
私たちがそれなりに大きくなって、本人たちのどちらか、または双方がこの婚約に納得できないならば解消すれば良いという話になっていた。そんなに簡単な話ではないはずなのだが。
けれど、実際に顔を合わせて一緒に遊ぶようになった私たちは、親同士(特に母親同士)の期待通り、お互いを大切に思うようになった……ら、よかったのだけれど。
実際は私がクラウスを追いかけ回して、その熱い想いを彼が優しく受け止めるという関係に落ち着いた。
それでも、これはあくまでも主観だが、クラウスも私のことを大事に思ってくれていたと思う。
言うまでもないが、私は初めて会った時から彼の事が大好きで、とてもとても大切に思っていた。
彼は私の三つ年上で、とっても真面目で誠実で優しくて、整いすぎていて怖いくらいに顔が良い。その上文武両道で公爵家嫡子という身分もあって、有り体に言ってとてもモテた。
そんな完璧人間なクラウスの隣に立つ婚約者として、私は足りているところが一つもない気がしていた。
平凡な顔立ちによく見かける茶色の髪、深い海の色をした瞳は気に入っていたが、私は自分の身分も容姿もクラウスとは釣り合っていないことをよく理解していた。
だから、自分に降って湧いた幸運に感謝し、彼に見合うようにと、外見や身なりを特に気にして整えるようになった――。「ハリボテ令嬢」と揶揄されるようになる程度には。
きっと、「母親が親友同士」という奇跡的なアドバンテージが存在しなければ、私がクラウスの婚約者になれる日は未来永劫訪れなかったに違いない。
順調に仲を深めていた私たちだったのだが、十三歳からは、ほぼ全ての貴族の子女が通学する学園に通うため、クラウスが十三歳になる年からはなかなか頻繁には会えなくなった。
それでも、彼は私が寂しくないようにと定期的に手紙を送ってくれたし、長期休暇の時期にはジェセニア伯爵家まで遊びに来てくれた。
それがどんなに大変なことだったのかを知ったのは、私も十三歳になって同じ学園に入学してからだった。私はあまり要領がよくないので、勉強についていくだけでも大変だった。
家族にはもっと手紙を送れと催促されたが、手紙を書く時間すら満足にとれない程だった。さらに長期休暇となると課題が盛りだくさんで「どうやったら自由な時間作れるの!?」と発狂したことも一度や二度の話ではない。
同じ学園で過ごせるのだから、もっと接点が持てるはずだと思っていたのだが、現実は厳しかった。
クラウスはとても優秀だ。だから、非常に要領の悪い私より比較的時間に余裕はあったのだろう。
でも、だからといって婚約者のために頻繁に手紙を書いたり、長期休暇には前倒しで課題を終わらせて私に会う時間を捻出したり、相当努力をしていたのだろう。
実際学園に入学しなければ彼の努力はわからなかった。だって、クラウスはいつも、当たり前のことのようにそれらをこなしていたから。
だから、誰がなんと言おうとクラウスは私を大事にしてくれていたのだ。その事実だけは事実として私の記憶に残しておく。私は可哀想なだけではなかったし、クラウスもずっと不誠実だったわけではないのだから。
彼の努力は当時の私をとても幸せにしてくれた。それだけは疑いようのない事実なのだ。
それが一番幸せだった時の記憶。
そのあと、私はたびたび原因不明の体調不良に悩まされるようになった。十六歳の時だった。
私はそれまで大きな病気も怪我もしたことがなかったので、家族はみんな驚いて心配した。
症状については、最初は動悸、息切れ、貧血など、身体にちょっとした不調が現れる程度で、一晩寝れば大体翌日には回復していた。
それが、日を追うごとに回復に時間がかかるようになり、次第に食欲もなくなり、一生懸命食べても吐いてしまうようになり、ついにはベッドから起き上がれなくなってしまった。
みるみる痩せていく身体に、息の仕方がわからなくなるほどの心臓の痛み。悪くなるばかりの症状に、医者は原因がわからないと悔しそうに首を横に振った。
当時流行っていた感染症に似た症状で、特効薬ですぐ治ると言われていたのに、蓋を開けてみれば私だけ治らなかったのだ。
ならば呪術の類かもしれないと家族がその友人まで巻き込み、方々手を尽くして調べてくれたようなのだが、結局最後まで原因が判明することはなかった。
病気がちになった当初はクラウスも心配してくれて、私が倒れたりしたら必ずお見舞いにきてくれていた。
けれど、体調を崩す頻度が増える毎に足が遠のき、ベッドから起きられなくなる頃にはほとんど顔を見ることがなかった。最後の頃は手紙すら届いていなかった。
それ以外はこれといって特徴のない、歴史だけは細く長く続く由緒ある家門である。
婚約者のクラウスはベリサリオ公爵家の嫡子なので身分が少し釣り合っていないのだが、母親同士が学生時代からとても仲の良い友人であったおかげで、私が産まれて性別が判明した瞬間に二人の婚約が決まったそうだ。
私たちがそれなりに大きくなって、本人たちのどちらか、または双方がこの婚約に納得できないならば解消すれば良いという話になっていた。そんなに簡単な話ではないはずなのだが。
けれど、実際に顔を合わせて一緒に遊ぶようになった私たちは、親同士(特に母親同士)の期待通り、お互いを大切に思うようになった……ら、よかったのだけれど。
実際は私がクラウスを追いかけ回して、その熱い想いを彼が優しく受け止めるという関係に落ち着いた。
それでも、これはあくまでも主観だが、クラウスも私のことを大事に思ってくれていたと思う。
言うまでもないが、私は初めて会った時から彼の事が大好きで、とてもとても大切に思っていた。
彼は私の三つ年上で、とっても真面目で誠実で優しくて、整いすぎていて怖いくらいに顔が良い。その上文武両道で公爵家嫡子という身分もあって、有り体に言ってとてもモテた。
そんな完璧人間なクラウスの隣に立つ婚約者として、私は足りているところが一つもない気がしていた。
平凡な顔立ちによく見かける茶色の髪、深い海の色をした瞳は気に入っていたが、私は自分の身分も容姿もクラウスとは釣り合っていないことをよく理解していた。
だから、自分に降って湧いた幸運に感謝し、彼に見合うようにと、外見や身なりを特に気にして整えるようになった――。「ハリボテ令嬢」と揶揄されるようになる程度には。
きっと、「母親が親友同士」という奇跡的なアドバンテージが存在しなければ、私がクラウスの婚約者になれる日は未来永劫訪れなかったに違いない。
順調に仲を深めていた私たちだったのだが、十三歳からは、ほぼ全ての貴族の子女が通学する学園に通うため、クラウスが十三歳になる年からはなかなか頻繁には会えなくなった。
それでも、彼は私が寂しくないようにと定期的に手紙を送ってくれたし、長期休暇の時期にはジェセニア伯爵家まで遊びに来てくれた。
それがどんなに大変なことだったのかを知ったのは、私も十三歳になって同じ学園に入学してからだった。私はあまり要領がよくないので、勉強についていくだけでも大変だった。
家族にはもっと手紙を送れと催促されたが、手紙を書く時間すら満足にとれない程だった。さらに長期休暇となると課題が盛りだくさんで「どうやったら自由な時間作れるの!?」と発狂したことも一度や二度の話ではない。
同じ学園で過ごせるのだから、もっと接点が持てるはずだと思っていたのだが、現実は厳しかった。
クラウスはとても優秀だ。だから、非常に要領の悪い私より比較的時間に余裕はあったのだろう。
でも、だからといって婚約者のために頻繁に手紙を書いたり、長期休暇には前倒しで課題を終わらせて私に会う時間を捻出したり、相当努力をしていたのだろう。
実際学園に入学しなければ彼の努力はわからなかった。だって、クラウスはいつも、当たり前のことのようにそれらをこなしていたから。
だから、誰がなんと言おうとクラウスは私を大事にしてくれていたのだ。その事実だけは事実として私の記憶に残しておく。私は可哀想なだけではなかったし、クラウスもずっと不誠実だったわけではないのだから。
彼の努力は当時の私をとても幸せにしてくれた。それだけは疑いようのない事実なのだ。
それが一番幸せだった時の記憶。
そのあと、私はたびたび原因不明の体調不良に悩まされるようになった。十六歳の時だった。
私はそれまで大きな病気も怪我もしたことがなかったので、家族はみんな驚いて心配した。
症状については、最初は動悸、息切れ、貧血など、身体にちょっとした不調が現れる程度で、一晩寝れば大体翌日には回復していた。
それが、日を追うごとに回復に時間がかかるようになり、次第に食欲もなくなり、一生懸命食べても吐いてしまうようになり、ついにはベッドから起き上がれなくなってしまった。
みるみる痩せていく身体に、息の仕方がわからなくなるほどの心臓の痛み。悪くなるばかりの症状に、医者は原因がわからないと悔しそうに首を横に振った。
当時流行っていた感染症に似た症状で、特効薬ですぐ治ると言われていたのに、蓋を開けてみれば私だけ治らなかったのだ。
ならば呪術の類かもしれないと家族がその友人まで巻き込み、方々手を尽くして調べてくれたようなのだが、結局最後まで原因が判明することはなかった。
病気がちになった当初はクラウスも心配してくれて、私が倒れたりしたら必ずお見舞いにきてくれていた。
けれど、体調を崩す頻度が増える毎に足が遠のき、ベッドから起きられなくなる頃にはほとんど顔を見ることがなかった。最後の頃は手紙すら届いていなかった。
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