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第二章 美容部員と天才化学者

活力を与える

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「ちゃんと渡しておいたわよ。とても喜んでいたわ」

 ある日の休日、私はお姉様とグレン伯爵邸の庭にあるガゼボでお茶を楽しんでいた。
 お姉様は王太子妃になるための勉強と王太子殿下のお相手をするため毎日忙しくしているが、私と時間を過ごすために定期的にお休みをもぎとってきてくれるのだ。
 今日はその貴重なお休みの日。お忙しい中こうして私に会いに来てくれるだけで嬉しい。会うたびにお姉様への愛が深まっていっている気がする。姉妹っていいな。私、この世界に来ることができて本当によかった。
 さらに今回は私との時間を作ってくれる前に、私のお願いまで叶えてきてくれたらしい。本当に素晴らしいお姉様だ。

「ソフィアお姉様、ありがとうございます。喜んでいただけてよかったです」
「でも……本当にアイリーンからだって伝えなくていいの?」
「ええ。もちろんです。私から渡したら受け取ってもらえない可能性も高いと思いますし」
「そうかしら……」
「私の名はお耳に入れたくないと思いますので」
「そんなことはないと思うけれど……」

 私は曖昧に笑った。
 実は、お姉様にはお義母かあさまにファンデーションを渡すようお願いしたのだ。エリー様にお願いして身体に良くない成分は一切省いて一から新しく作ってもらった商品第一号だ。
 お義母様にも寿命を縮めてほしくないので、今使っている白粉おしろいの使用をやめてほしかったのだ。まずは身近な人たちから――。私の女性の未来救済計画は始まったばかりである。
 
「お店の準備は進んでいるの? もうすぐ開店するのだったわよね? 名前は決まった?」
「ええ、今のところ順調ですよ。開店日は一週間後ですから。名前は『女性に活力を与える』という意味で『ヴィタリーサ』になりました」

 そうなのだ。なんとエリー様がご自身で保有している建物を一つ融通してくれて、化粧品を売るお店を開くことになったのだ。個人資産から開業資金も融資してくれて、トントン拍子に化粧品専門店を開けることになった。
 これはもう、前世の接客スキルを駆使して商品を売りまくるしかない……! 私は一週間後の開店の日に備えて、着々と準備を進めていた。
 
「女性に活力を与える、ヴィタリーサ……いい名前ね。開店したらフレデリック様とお買い物に行く約束をしているの。今からとっても楽しみだわ」
「ありがとうございます! せっかくのデートなのにわざわざ寄ってくださるんですか! 私が店にいるときだと嬉しいのですが……そのときは心を込めて接客しますね!」

 お姉様の幸せそうな笑顔が眩しい。お姉様と王太子殿下は相変わらずのラブラブぶりで……きっと買い物も楽しみなのだろうけれど、それよりも王太子殿下と時間を過ごせるのが楽しみなのだろうと察せられた。お互い政務や勉強が忙しくて頻繁には会えないと言っていたから、当日は買い物の時間も含め、ゆっくりしてほしいなと思う。
 ただ、私は学生の身でもあるから、平日に店に顔を出せるとしたら学園の講義が終わったあとになる。けれど、講義は夕方までみっちりあるから、平日に店へ出ることは実質難しいと思われた。
 だから店長はエリー様のお知り合いが請け負ってくれることになった。本来ならば私が毎日、一日中店頭に立ってお客様の悩みに寄り添いたいのに……。どうやらそれは卒業するまでお預けになりそうだ。

「頑張ってね。あなたの夢を応援しているわ」
「お姉様……! ありがとうございます! お姉様にそう言っていただけるだけで私、すっごく頑張れます!」

 本当に力が湧いてきた。グレン伯爵夫妻には、この尊い存在を生み出してくれたこと、そして私を彼女の妹として受け入れてくれたことを心底感謝している。
 姉に恵まれ、友人にも恵まれ、その上美容部員になりたいという夢も近々叶ってしまう。苦労ばかりで、最後に天職を見つけた前世と比べ、今世のアイリーンの人生は序盤から順調すぎて怖いくらいだった。

✳︎✳︎✳︎

『ヴィタリーサ』が開店して一ヵ月。ソフィアお姉様が王太子殿下の婚約者となった経緯の口コミと、私が学園で開催していたメイク技術の講習会がいい宣伝となり、開店してからずっと来店者は絶えず、エリー様と一緒に作ったオリジナル化粧品の売上は絶好調だった。
 私も学園の講義がない休日には店頭に立つことができ、学生ながら貴族の間では「ビューティーアドバイザー」として認知されるようになった。貴族なのに働くなんて、と非難されないかと危惧していたけれど、その心配は杞憂に終わった。
 その理由は、私がほば平民としてみなされていたから。「グレン伯爵家に拾ってもらった使用人」が、白粉おしろいの件での手柄によりソフィアお姉様に懇願されて養子として迎え入れられることになり、本物の妹のようにかわいがられているのだと認識されているようだった。
 経緯は異なるけれど、実質的な面ではあながち間違いとも言い切れないところが否定のしづらさに拍車をかけている。
 最近までグレン伯爵邸でも実質軟禁状態にあったため、全く存在感のなかった娘が突如として話題に上がり、根拠のない想像で話が勝手に創作されているのだ。話題として面白いだけで、私の存在など歯牙にもかけていない証拠だろう。この世界の貴族社会においては興味のない対象は、情報の正誤など関係なく娯楽として消費される存在らしい。
 エリー様によると、確実な情報をきちんと掴んでいる貴族も一定数いるという話だったけれど、その人たちはきっと私の関わることもない雲の上の人たちなのだろうと思った。
 
「アイリーン」
「はい」
「見て。今日はもう既に昨日の売上を越す勢いだ。やっぱりアイリーンが出勤する日は売上の伸びが違う」

 客足が落ち着いたところで店長から話しかけられる。この時間が私はとても苦手だ。なぜなら私は男性と話すことがとても苦手だから。今までは避けて通れていた状況だが、この店には店長と私しか従業員がいないため、これからは残念ながら不可避の環境下におかれることが決まっている。
 この苦手意識は前世から踏襲されたままで、治っていないかなと割と期待していただけに、前世のまままだと自覚したときは本当に落胆した。苦手の克服に挑戦しようにも、まだ解決策は見つからないまま。少しだけ身構えながら働く毎日である。
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