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第一章 前世とぬりかべ破壊計画

前世を思い出しました

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「あなたは強い。幸せになることを諦めないで」

 そう言った瞬間、私は前世を思い出した。
 その衝撃で少しフリーズしてしまったが、とりあえずこの状況からなんとかしなければ。

 目の前にはびっくりするくらいかわいい女の子。
 丁寧に作られたビスク・ドールのように現実離れした顔立ちに、真っ白な髪、真っ赤な目が神秘的だ。前世で「アルビノ」と呼ばれていた色合いかもしれない。年頃は中学生くらいだろうか? 雪うさぎを彷彿とさせてとてもかわいい。
 
 ただ、彼女はその色合いゆえに偏見の目を向けられているのだという。誰も彼もが自分のことを奇異な目で見ているように感じ、周囲の目が気になり、たまらなくなって後先考えずに家を飛び出してきてしまったそうだ。
 そして迷って帰り道がわからなくなってしまって、疲れてその場に座り込んでいたところに私が通りがかり、心配して声をかけたという経緯だ。
 名前はラヴィー。両親と二人の兄がいて、兄は二人とも自分をとてもかわいがってくれること。特に二番目のお兄さんと遊ぶのが好きなこと。私と話をしているうちに、周囲になんと言われたとしても大切な家族に変わりないと言ってくれた二番目のお兄様の言葉を思い出して、元気が出てきたところだった。
 
 私は今、この瞬間に前世の記憶が戻ったおかげで唯一の特技を思い出した。だから「周囲の目が気にならなくなるくらい、私がラヴィーをかわいくしてあげる」と約束した。

 その後、彼女の護衛らしい方々が彼女を迎えにきて一緒に帰って行った。見た目は質素のように見えて、一目でいいものだとわかる生地を使ったワンピースを着ていたし、どこか名家のご令嬢だろうという予測はしていたからさして驚かなかった。
 お礼をしたいからと名前と居住地を聞かれたが、私は彼女の話をただ聞いていただけなので固辞した。その代わり、私はきっと化粧品を売る仕事に就いてみせるから、その夢が叶ったら私の職場で再会しようと約束した。
 最後に泣きそうな笑顔で「お姉さん、ありがとう!」と言ってもらえた。その言葉だけで充分だった。女の子からの「ありがとう」は昔から私のパワーの源だから。

✳︎✳︎✳︎

 前世では、私は神上こうがみ愛梨あいりという名前だった。一人っ子で、体の弱い母親と二人暮らしだった。父親は私が幼い頃に病気で亡くなったと聞いた。
 母は女手一つで、文字通り身をにして一生懸命働いてくれたが、無理がたたってもともと弱かった体を壊し、私が高校生の頃に亡くなってしまった。

 それから私は児童養護施設に身を寄せ、新聞奨学生として働きながらもなんとか高校を卒業し、新聞社から推薦状をもらって面接を受けた某化粧品メーカーの販売会社に雇ってもらえた。職種は美容部員だった。

 美容部員として働く日々は、もちろん大変なこともあったけれど、毎日キラキラしていて別世界のようだった。今まで基礎化粧品を買って肌の手入れをする余裕もなかったし、メイクに気を使う余裕もなかったから、学ぶこと全てが新しく、楽しかったのでどんどん吸収できた。
 最初は座学で基礎をみっちり身につけ、そしていざ実践となったときの感動たるや……!
 初めて基礎化粧品をきちんとつけたときの手に吸い付くような肌のしっとり感。ぎこちない手つきで初めてベースから順に目元、口元までフルでメイクしたときの別人になれたような高揚感。あの感動は一生忘れない。私が初めて女性として生まれた幸せを感じた瞬間だった。それから私は化粧の魅力に取り憑かれた。美容部員は私の天職だったのだ。
 
 記憶を探っていると前世と今が混在しそうになっていたが、今まで過ごしてきた日々も自分が生きてきた記憶として残っている。
 
 今の私はアイリーン・グレン。グレン伯爵家の次女。絹糸のように美しい金色のストレートロングの髪に色白の肌、ぱっちり二重の理想的なアーモンドアイと薔薇色の唇。私の容姿は前世の黒髪黒目の姿からはかけ離れている。
 前世では真っ黒だった髪の毛は、染めようにも食費や生活費を考えると難しくて、黒以外の髪色を楽しむことに密かに憧れていたのだ。前世を思い出した今、地毛がこんなにきれいな金色なんて夢みたいで興奮した。何より、配置や形は整っているが、全体的に化粧映えしそうな色素薄めの顔なのでメイクがしたくてうずうずしている。
 
 今、私は前世でいう西洋風の土地に住んでいる。でも「アイレヴ王国」という前世では聞いたことがない王国の伯爵家に生まれた貴族令嬢なのだ。
 どうやらここは前世で暮らしていた世界とは別の世界であるようだった。貴族とは華やかで優雅な生活をしているイメージだったのだけれど、私はそういう立場には当てはまらないらしい。というのも、姉のソフィアはグレン伯爵夫人が母親なのだけれど、私の母親は違ったからだ。
 私はグレン伯爵とその妻とは別の女性との間に生まれた「非嫡出子」という存在なのだと聞いた。私の産みの母親は既に亡くなっているため、仕方なくグレン伯爵が引き取ってくれたようなのだ。けれど、そういう場合はそのまま捨て置かれる子も多い中、引き取ってくれたことは本当にありがたいと思っている。グレン伯爵夫人はさぞ心中穏やかでなかっただろうと察せられる。
 そういう経緯もあって家族とは仲がいいとは言えないけれど、ものすごく美人で素敵なお姉様がいるなんて、前世一人っ子だった私にとって夢のような環境である。つまり、私はとても幸せです!
 
 ……そう、幸せな環境なのは間違いないのだけれど、私はグレン伯爵家の本邸ではなく、その敷地内にある「離れ」と呼ばれる場所に住んでいる。なので、残念ながら家族と関わることはほぼないのだ。
 この「離れ」は、もとは庭の手入れに使う道具が収められていた倉庫なのだが、手狭になってきたことを理由に別の場所に新しいものが建てられた際、その後の扱いが決まらず放置されたままになっていたのだ。そこに十歳の私がやってきて、ちょうどいいとばかりに私の部屋として充てがわれることになったようなのである。
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