私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス

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後始末

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 クルトは走っていた。

 逃げないようにと妹であるキァラに手錠をかけ、前に座らせる形で二人で馬に乗っている。

 馬車などの移動手段を選ばなかったのは、できるだけ早く自領に帰って事を終わらせたかったからだ。

 乗馬に慣れていないキァラには、負担の大きな移動手段だった。乗ってすぐの頃に何かを言おうとして舌を噛んで以来、じっと黙って激しい揺れに耐えていた。

 ネバンテ国の首都から、フュルスト領までは馬を休ませながら走れば次の日の夜には着きそうだった。

(――キァラをすぐに返すべきだった。少なくとも、コルネリア様に無礼な態度を取ったあの時に、俺が無理矢理にでも帰していれば)

 自責の念に駆られたクルトが、馬の手綱をぐっと強く握りしめた。









 ぐったりとしたキァラを抱え、寝不足や疲れでふらつくクルトが自身の屋敷に到着した。その姿に使用人たちは驚き、すぐに父親である男爵を呼んだ。

「何があったんだ!」

 クルトによく似た厳つい父親と、穏やかで優しい母親が二人に駆け寄る。キァラの太ももに巻かれた包帯には血が滲み、意識はあるもののクルトの腕の中でじっとしていた。

「お母様」

「ああ!キァラ。いったいどうしてしまったの?」

 母親がキァラの両手を握り、心配そうに問いかける。

「父上、母上。お二人に報告せねばならぬことがあります」

 クルトは屋敷内で起こった出来事を話し始める。両親は呆然とした表情で聞いている。

「ヴァルター様はライと結婚をさせて、地下牢で一生を過ごす。という約束をしてきました」

 クルトがそう言うと、フュルスト男爵は近くの使用人にライを連れてくるように言った。そして、右腕を振り上げると、クルトの頬を殴った。

 鈍い音が部屋に響き、クルトが涙を流す。痛みからではない、自分が不甲斐なくて申し訳なかったからだ。

「兄として止めるべきだっただろう!」

「すみせんでした」

 ぶるぶると怒りで顔を真っ赤にするフュルスト男爵は、そのままキァラと男爵夫人の方へ歩く。

「お母様」

 ひしっとキァラが母親に抱きつく。男爵夫人は優しくキァラを抱き締めると、涙を流して身体を離す。

「あなたは私たちの可愛い宝石だったわ。でもね、キァラ。帝国に苦しめられてきた私たちのために、立ち上がってくれた国王を。私たちは臣下として支えなければいけない立場なの。ケジメをつけなければ。」

 そう言って立ち上がると、キァラから距離を取った。

「もうあなたは私たちの娘ではありません。もう、二度と会うことはないでしょう。地下牢でも達者で生きなさい」

「嘘でしょう!お母様!会いに来てくださるわよね?」

「もう母と呼んではなりません」

 男爵夫人の言葉に、キァラがぼろぼろと泣き始めた。

「領主様。ライ・バルファムが参りました」

「入ってくれ。夜遅くにすまなかったな」

 部屋の中に20代半ばの青年、ライが入る。短く髪を切り揃えており、顔は平凡だが清潔感のある青年だ。

 身分としては平民ではあるものの、騎士としてフュルスト家に勤めており、男爵夫妻からの信頼も厚い男だ。

「これは一体?」

 困惑するライにクルトが事情を説明する。

「すまない。ライ。キァラと結婚をしてもらいたい。ひどい条件ということは重々承知だ」

 クルトが頭を下げると、男爵も頭を下げた。

「すまんが。頼めないだろうか。もちろん好いた相手がいれば、第二夫人になってしまうが別に家庭をもってくれて構わない」

「お顔を上げてください!」

 ライは頭を下げる男爵のそばまで行くと、慌てて顔を上げさせた。

「男爵様からの頼み事を、断れるでしょうか。もちろんお受けします」

「嫌よ!」

 キァラの悲鳴のような発言に、ライが苦笑をする。ライは幼い頃からフュルスト家に勤めているため、キァラの性格もよく知っていた。

「地下牢へ閉じ込めておけ」

 キァラは嫌よ。嫌よ。と力無く何度も繰り返しながら、使用人たちによって退出させられた。

 そんな娘の姿を見た男爵夫人がふらり、と身体をよろけさせる。そして、休んできます。と憔悴した様子で男爵夫人も部屋から出て行った。

「ライ。すまない」

 クルトが謝るとライは笑って手を振った。

「元からキァラ様との結婚について何回か話はもらっていたから、全然いいよ」

 フュルスト男爵はクルトとキァラの二人しか子供がおらず、クルトは父親が亡くなり男爵の地位を引き継ぐまではヴァルターのそばで騎士として働くつもりだった。

 そのため、男爵は婿として領土運営を任せる相手は、ライが良いと思っていたのだ。まさか、こんな形で結婚をさせることになるとは思ってもいなかったが。

「父上。ヴァルター様からキァラをそそのかした奴がいないか探るように言われまして。ここへくる前にキァラに聞いたら、屋敷に訪れていた神父に結婚について相談をしたら、首都に行くように助言されたと言っていました」

 クルトとヴァルターが知る限り、楽な方へ流れるキァラが遊びに来るならまだしも、自ら首都へ働きに来るとは考え難かった。

 そこで足を包帯で治療した際に、クルトが首都行きのことを誰かに助言されたか聞くと神父だと言った。

「神父?」

「はい。父上から結婚の話を少しされた後に、結婚したくないこと。ヴァルター様への恋心があること。この二つを相談すると、キァラ様こそ王妃にふさわしいと乗せられたようです」

 クルトの言葉にふむ、と男爵が頷く。

「屋敷内に来ていた神父は多くはない。すぐに特定できるだろう」

 その言葉にほっとすると、クルトは身体の力が抜けるのを感じ、その場に倒れた。







「なるほどな」

 執務室で手紙を読んでいたヴァルターはそう言うと、テーブルの上に読んだ紙を置いた。

 執務室のソファーには、コルネリアがちょこんと座って本を読んでいる。

「コルネリア。キァラの件は何とか落ち着きそうだ。クルトは二週間後に帰ってくるらしい」

 手紙には男爵本人から、娘と息子がしたことへの謝罪。キァラとライの結婚が決まったこと。怪しげな神父がいたこと。それらが書かれていた。

 コルネリアにヴァルターが手紙を渡し、受け取ったコルネリアは神父という文字に眉を上げた。

【もしかすると、法国が関わっているかもしれません】

(――パトリックあの腐れ外道め!ヴァルター様に迷惑かけたら許しませんわ)

 コルネリアが怒りで肩を振るわせると、ヴァルターが慌てて椅子から立ち上がり隣に座る。

「コルネリア。怯えなくていい。何があろうとも、君には何の被害も及ばないようにする」

 震えている様子を勘違いしたヴァルターに、コルネリアはにこっと笑顔を浮かべる。そして、そのままヴァルターに抱きついた。

(――役得ですわ!……法国が何も企んでないといいのですけれど)

 ヴァルターの鍛え抜かれた腹筋に頭をぐーっと押しつけながら、こっそりコルネリアはため息をついた。
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