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売られた聖女
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質の良い馬車、とはお世辞にも言えない木製の馬車が走る。道はある程度整備されているものの、走るたびにガタンガタンと揺れている。
(――売られていく家畜の気持ちだわ)
馬車の中で揺られている若い女性、コルネリアがため息をついた。俯いた際にさらり、と緑色の髪の毛が揺れる。ぱっちりとした瞳も、憂鬱そうに伏し目になっている。
コルネリアは母国のブーテェ法国から、ついこの前まで敵国だったネバンテ国に二束三文で売られたところだった。
(――あの考えなしの第一王子と腹黒マリアンネめ!)
ネバンテ国に嫁ぐ話が決定したときを思い出し、思わずコルネリアは心の中でそう呟いた。思い出すだけで腹が立つのだろう、儚げな顔が一転し、眉間がぐっと寄った。
時は少し遡って、20日ほど前。いつものようにコルネリアは自室で祈りを捧げていると、バタバタと足音が部屋に近づいてきた。
「コルネリア!おめでとう!」
そう言って笑顔で入ってきたのは、聖女の一人であるマリアンネだった。コルネリアの水色の衣と異なり、濃い青色の衣を着ている。
ブーテェ法国には聖女が多くいるが、最も聖力の強い10人は水色の衣を着ており、マリアンネのように貴族の子女である聖女は青色の衣を着ている。
「お前にはもったいない縁談を持ってきてやったぞ」
マリアンネの後ろからずいっと前に出てきたのは、この国の第一王子であるパトリックだ。第一王子でありながら、この国の次期国王ではない彼と、幼少期に縁談が一度持ち上がったことがある。
すぐ破談になったのだが、それ以降パトリックと、その後婚約者となった侯爵令嬢のマリアンネから嫌われている。
「縁談ですか?」
私がそう聞き返すと、彼らは嬉しそうに頷いている。
(――この喜び方から察するに、私にとっては良い縁談じゃなさそうね)
「相手はネバンテ国のヴァルター様よ!私生児に過ぎない貴方が、一国の妃になれるのだから、嬉しいわよね」
「身に余る光栄だろう?」
ネバンテ国といえば、ブーテェ法国の隣にある大国メヨ帝国の領主が、反旗を翻し興した国だった。国王であるヴァルターはまだ20代半ばの青年だが、悪魔のようだと悪名高い。
口が耳まで裂けている大男。素手で人間の心臓を握りつぶす。血も涙もない冷血漢。などなどの噂話が、ブーテェ法国まで入ってきている。もちろん、コルネリアも聞いたことがある。
コルネリア自身は噂話を全部は信じていないものの、少しは真実も混ざっているのではないかと思っている。
ネバンテ国とメヨ帝国は一時停戦中のはずだけれど、なぜそこに自分が嫁ぐことになったのか。コルネリアには分からない。
「私が嫁ぐことで、我が国にどんな利益があるのですか?」
強い力を持つ水色衣の10人の聖女たちは、すでに数名が他国へ出ている。ある者は大金と引き換えに、ある者は毎年希少な鉱石を法国へ納めることの対価に。
水色衣の聖女はそれだけ価値が高く、法国へ見返りがないと嫁がせないことになっている。
コルネリアの言葉に、待ってましたと言わんばかりにパトリックが意地悪く笑う。
「法国と同盟関係にあるメヨ帝国とネバンテの間を取り持ったのが、我が国なのは知っているよな?停戦が決まった後に、おまけでお前をつけてやることにしたんだ」
「おまけ、ですか?」
「ああ。なしでも決まった停戦だったから、お前の存在が停戦の役に立ったとは思わないことだな」
「まあ。パトリック様ったら。もう少し優しく言ってあげればいいのに」
くすくすと満足げに笑うマリアンネと、なぜが威張っているパトリック。コルネリアは信じられないものを見るように、二人を見つめた。
(――自分で言うのもなんだけれど、もったいない使い方してくれたわね)
目の前でニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべている二人に、コルネリアは頭を下げた。
「謹んでお受けします」
(――もっと役立つ嫁ぎ方をしたかったけれど、ずっと神殿にいるわけにもいかないし。それにしても、意地悪そうな顔だわ!)
儚げに頭を下げるコルネリアが、内心悪態をついているとは思わない二人は満足げだ。
「出発は20日後だ。急いで準備をするように」
パトリックがそう言うと、二人は部屋を出て行った。
「ついに来たかー」
ベッドの上にごろん、と横になってコルネリアが呟く。他国へ嫁ぐことになる聖女は、聖なる湖にその声を捧げていくのが決まりだ。
国の機密を漏らされないように、と始められた習慣で、コルネリアも例外なく声を捧げることになるだろう。
「私の声ともさよならね。ま、仕方ないわ」
自分の喉に手を当てて、一瞬切ない顔をする。が、すぐに切り替えたように頷く。見た目で儚いと判断されがちなコルネリアだが、中身は意外と図太い。
貴族が使用人に無理やり迫り、生まれたのがコルネリアだ。物心ついた頃には神殿で聖女として訓練をしていたため、かなりしっかりとした性格に育った。
「この声ともさよならだから、ちょっと歌っとこう」
るんるーん、と20日後には悪名高い相手に嫁ぐとは思えない声で、コルネリアは一人歌い出した。
(――売られていく家畜の気持ちだわ)
馬車の中で揺られている若い女性、コルネリアがため息をついた。俯いた際にさらり、と緑色の髪の毛が揺れる。ぱっちりとした瞳も、憂鬱そうに伏し目になっている。
コルネリアは母国のブーテェ法国から、ついこの前まで敵国だったネバンテ国に二束三文で売られたところだった。
(――あの考えなしの第一王子と腹黒マリアンネめ!)
ネバンテ国に嫁ぐ話が決定したときを思い出し、思わずコルネリアは心の中でそう呟いた。思い出すだけで腹が立つのだろう、儚げな顔が一転し、眉間がぐっと寄った。
時は少し遡って、20日ほど前。いつものようにコルネリアは自室で祈りを捧げていると、バタバタと足音が部屋に近づいてきた。
「コルネリア!おめでとう!」
そう言って笑顔で入ってきたのは、聖女の一人であるマリアンネだった。コルネリアの水色の衣と異なり、濃い青色の衣を着ている。
ブーテェ法国には聖女が多くいるが、最も聖力の強い10人は水色の衣を着ており、マリアンネのように貴族の子女である聖女は青色の衣を着ている。
「お前にはもったいない縁談を持ってきてやったぞ」
マリアンネの後ろからずいっと前に出てきたのは、この国の第一王子であるパトリックだ。第一王子でありながら、この国の次期国王ではない彼と、幼少期に縁談が一度持ち上がったことがある。
すぐ破談になったのだが、それ以降パトリックと、その後婚約者となった侯爵令嬢のマリアンネから嫌われている。
「縁談ですか?」
私がそう聞き返すと、彼らは嬉しそうに頷いている。
(――この喜び方から察するに、私にとっては良い縁談じゃなさそうね)
「相手はネバンテ国のヴァルター様よ!私生児に過ぎない貴方が、一国の妃になれるのだから、嬉しいわよね」
「身に余る光栄だろう?」
ネバンテ国といえば、ブーテェ法国の隣にある大国メヨ帝国の領主が、反旗を翻し興した国だった。国王であるヴァルターはまだ20代半ばの青年だが、悪魔のようだと悪名高い。
口が耳まで裂けている大男。素手で人間の心臓を握りつぶす。血も涙もない冷血漢。などなどの噂話が、ブーテェ法国まで入ってきている。もちろん、コルネリアも聞いたことがある。
コルネリア自身は噂話を全部は信じていないものの、少しは真実も混ざっているのではないかと思っている。
ネバンテ国とメヨ帝国は一時停戦中のはずだけれど、なぜそこに自分が嫁ぐことになったのか。コルネリアには分からない。
「私が嫁ぐことで、我が国にどんな利益があるのですか?」
強い力を持つ水色衣の10人の聖女たちは、すでに数名が他国へ出ている。ある者は大金と引き換えに、ある者は毎年希少な鉱石を法国へ納めることの対価に。
水色衣の聖女はそれだけ価値が高く、法国へ見返りがないと嫁がせないことになっている。
コルネリアの言葉に、待ってましたと言わんばかりにパトリックが意地悪く笑う。
「法国と同盟関係にあるメヨ帝国とネバンテの間を取り持ったのが、我が国なのは知っているよな?停戦が決まった後に、おまけでお前をつけてやることにしたんだ」
「おまけ、ですか?」
「ああ。なしでも決まった停戦だったから、お前の存在が停戦の役に立ったとは思わないことだな」
「まあ。パトリック様ったら。もう少し優しく言ってあげればいいのに」
くすくすと満足げに笑うマリアンネと、なぜが威張っているパトリック。コルネリアは信じられないものを見るように、二人を見つめた。
(――自分で言うのもなんだけれど、もったいない使い方してくれたわね)
目の前でニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべている二人に、コルネリアは頭を下げた。
「謹んでお受けします」
(――もっと役立つ嫁ぎ方をしたかったけれど、ずっと神殿にいるわけにもいかないし。それにしても、意地悪そうな顔だわ!)
儚げに頭を下げるコルネリアが、内心悪態をついているとは思わない二人は満足げだ。
「出発は20日後だ。急いで準備をするように」
パトリックがそう言うと、二人は部屋を出て行った。
「ついに来たかー」
ベッドの上にごろん、と横になってコルネリアが呟く。他国へ嫁ぐことになる聖女は、聖なる湖にその声を捧げていくのが決まりだ。
国の機密を漏らされないように、と始められた習慣で、コルネリアも例外なく声を捧げることになるだろう。
「私の声ともさよならね。ま、仕方ないわ」
自分の喉に手を当てて、一瞬切ない顔をする。が、すぐに切り替えたように頷く。見た目で儚いと判断されがちなコルネリアだが、中身は意外と図太い。
貴族が使用人に無理やり迫り、生まれたのがコルネリアだ。物心ついた頃には神殿で聖女として訓練をしていたため、かなりしっかりとした性格に育った。
「この声ともさよならだから、ちょっと歌っとこう」
るんるーん、と20日後には悪名高い相手に嫁ぐとは思えない声で、コルネリアは一人歌い出した。
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