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56話
しおりを挟む【まずは全てを元に戻そう】
神の声が響くと、ビオラの視界が白く染まる。眩しさに目を閉じ、再び開けると貴族たちのいる貴賓席では悲鳴が上がっていた。
空から差した光の中から、巨大な狼が現れた。空から処刑台まで光は伸び、その光のレールを狼が走る。
「ビオラ!」
突然の事態に固まっている人々を避け、ジェレマイアがビオラのいる処刑台まで駆け上がる。そして、目を開けて呆然としていたビオラを、思いっきり抱きしめた。
「何が起きているか分からないが。早く行こう」
「待ってください。神が降りてきます」
そう言って空を指さすビオラを見て、ジェレマイアは目を見開く。さらりと流れる髪の毛が、漆黒色に染まっていたのだ。
「ビオラ。髪の毛が」
「え?」
(――夢で見た色と同じだ)
ビオラが見上げるほど大きな漆黒の狼は、ビオラの前に立つと口を開いた。
「ああ。やはり。ビオラはその髪色がよく似合う。……お前らは罪を償え」
ゲルト神は機嫌の良さそうな声を出した後で、唸るように言うとタキアナ皇后、サレオス、ロザリーン、カルカロフ伯爵の体が空を浮く。
「ひっ」
そしたそのまま、子どもがおもちゃの鳥を飛ばすように4人は処刑台まで飛んできた。
「神様!私が何か悪いことをしましたか?貴方様のために毎日祈りを捧げてきましたのに」
ゲルト神である狼の前足付近に、泣き崩れるようにロザリーンが伏せてすがる。
「聖女だと思い込んでいるのは哀れだな。何をしでかしたか、お前の父に聞くが良い」
「お父様?」
カルカロフ伯爵は、座ったままぶるぶると震えていた。その顔は青ざめ、今にも倒れてしまいそうだ。
「申し訳ございませんでした!」
カルカロフ伯爵は叫び、頭を地面に擦り付けるように下げた。初めて見る父の姿に、ロザリーンは驚いているようだ。
「何を謝る?紫髪の娘を聖女に仕立て上げたことか?それとも本物の聖女を亡き者にしようとしたことか?」
神の声にカルカロフ伯爵は、黙って震えている。
「本物の聖女って」
ビオラが疑問を口に出すと、ゲルト神は狼の顔のまま器用に笑みを浮かべた。
「聖なる人。聖女。それはビオラ。お前だよ」
穏やかな声で、愛しむようにゲルト神が言った。そして、ぎろり、とカルカロフ伯爵を睨みつける。
「こいつが勝手に勘違いをして、自分の娘を聖女に仕立て上げたんだ。そして、自領で黒髪、黒目の子が生まれたと聞いて、すぐに取り上げて罪人の女と家に閉じ込めたんだ」
「罪人の女って。お母さん?」
「そうだ。お前が母と慕っていた女は、貧困で子どもが死にかけていてパンを1つ盗んだ。その罪で舌を切られて、お前の世話を命じられたんだ」
「嘘ですわよね?お父様」
信じられない、とばかりにロザリーンがふらふらと立ち上がり、黙ったままのカルカロフ伯爵のそばに座る。
「本当に。最初はロザリーンこそが聖女だと思ったんだ。陽の光に当てなければ、髪も目も真っ黒で。こんな色は聖女しか持たないと思った。部下から報告を受けて、漆黒の髪の赤ん坊を見るまでは」
そこまで言うと伯爵は顔を上げ、ゲルト神を睨みつけた。
「なぜあのタイミングで、こんな紛らわしいことをされたんですか。しかも、我が娘は癒しの力を持っていたんですぞ」
「ふん。そんなことは知らん。お前がビオラの生みの親を殺したこと、森にずっと閉じ込めて質素な生活をさせたことには関係ないだろう。聞くに耐えんな」
そう言ってゲルト神がひと鳴きすると、カルカロフ伯爵とロザリーンの顔がカエルに変化した。二人はお互いの顔を見て悲鳴を上げるが、言葉が発せないことに気がついて首を触りながらゲロゲロと鳴く。
「神よ。何か誤解があったようです」
身体は人間で顔だけカエルにされた二人を見て、タキアナは慎重に神へと話しかけた。
「聞いてやろう。誤解とはなんだ?神の子を何度も殺そうとしたこと、見逃してやるとでも思ったのか!」
そう叫ぶとタキアナも同様に、頭だけがカエルの姿になる。
「全く。相変わらず人間は嫌な奴らだ」
「神のお告げ通りに、次期国王を決めなかったことお許しください。この国の民には責任はありません。どうか、寛大な心で我が国をお許しくださいませんか?」
様子を伺っていたサレオスがそう言うと、周りから称賛の声が漏れた。危険を顧みず、民を気にかける姿に平民たちは感動で涙を浮かべる。
「お前には真実しか話せないようにしてやろう」
「何をおかしなことを抜かすんだ。このクソ狼め。王の位をくれてやるんだから、さっさと消えろ」
ぺらぺらと勝手に動く口を、サレオスは必死になって抑える。
「民なんてどうだっていいだろうに。嘘だけは立派だな」
「そりゃあな。民が死のうが関係ないが、崇められるのは気持ちいいからな。ここにいる奴らを殺してでも、俺だけは殺すなよ」
両手で押さえても声が漏れてしまい、涙目になりながらサレオスが口を押さえる。
「醜いな。自分の娘を聖女にするため、罪のないビオラの親を殺して偽りの聖女を作った奴も。欲のまま自身を正当化する奴も。権力に目が眩んで幼い子を虐める奴も。口から出まかせ言う奴も」
「ゲルト神よ。ここに現れた理由は何なのだ?」
「決まっているだろう。こんな世界壊してしまって、お前たちだけ俺の世界に連れて帰るためだ。色々と誓約があって、中々この世界につながれなくて二人を救えず申し訳なかった」
「頭を上げてください。私が記憶を無くしていたのも、髪の色が変わっていたのも神様が何かをしたんですか?」
「ああ。罪人の女性が自身の命を捧げたことで、数分だけこの世界に繋がることができた。その時に、髪の色を変えて、評判の良い子爵家の馬車が通る道まで誘導したんだ」
「そうだったんですね。お母さんは?」
「今は既に輪廻の輪に戻って、新しい人生を生きている」
(――ずっと忘れてしまっていたけど、私のこと命をかけて守ってくれたお母さんがいたんだ)
ジェレマイアがビオラを抱きしめると、泣きそうな顔のビオラがそっと寄りかかった。
「この世界を壊すとは?」
「こんな醜い人間ばかりの世界が、必要か?それよりも、天界に行こう。そこで楽しく暮らそうじゃないか。この世界は一度リセットする必要がある」
「嫌です!」
(――リセット?冗談じゃない!そんなことしたら、お嬢様はどうなっちゃうの)
世界を壊すと穏やかに言う神に、アルゼリアの顔がすぐに浮かんだ。ビオラはジェレマイアの腕の中から離れると、ゲルト神の前に立った。
「この世界を壊すのは辞めていただけませんか?私も殿下もこの世界に大切な方がいるんです」
「俺はビオラさえいれば」
「ジェレマイア様!」
不穏なことを言うジェレマイアに、ぴしゃりとビオラが注意する。やれやれと肩をすくめて、ジェレマイアもゲルト神の前に立った。
「ギルビア国の王になり、ビオラに不自由をさせないことを誓おう。もう少し見守っていただけないか?天界に行けば、ビオラが笑えなくなってしまう」
ジェレマイアの言葉に、ゲルト神がむむっと唸って考え込む。処刑台に集まった人々は、そんな彼らの話を静かに聞いている。
「仕方がない。無理に連れて行っても、な。こいつらはどうする?」
がるる、と唸ると、ロザリーンたちと同様に何人もの人が処刑台に飛んできた。彼らの顔はカエルになっているため個人の特定が難しいが、服装から貴族や大神官だと分かる。
「喋れるようにだけしていただこう。これから、尋問しないといかないからな。顔は、そのままでいい」
にやり、と笑って言うジェレマイアに、カエル姿の人々から悲鳴のような鳴き声が聞こえた。
「でも、ジェレマイア様。顔が分からないと、誰か分かりませんよ」
(――それに。流石に可哀想な気もする)
可愛らしいデフォルメされたカエルではなく、リアルなカエルの顔にビオラは少し同情した。
「ならば、こうしよう」
ぐるる、と唸るとカエル姿の人々が、元の姿に戻った。
「ああ。私の顔が元に戻ったわ」
「喋れる!人の言葉が話せるぞ!」
「ジェレマイア。カエルに戻れ、と言ってみよ」
言われた通りにジェレマイアが繰り返すと、再び貴族たちの顔がカエルになった。
「ビオラ。今度は人間に戻れ、と言ってごらん」
「人間に戻ってください」
ビオラがそう言うと、再び人の姿になった。人に戻ったことに対して、ジェレマイアは少し不満そうだ。
「今回。上から見ていて、罪深そうなものはカエルに変化できるようにしたからな。後は二人で自由にやってくれ。誓約のせいで中々降りて来れんが、天界に行きたくなったら声をかけて欲しい。その場合は、すぐに来ることを約束する」
そう言うとゲルト神は、ジェレマイアの頬とビオラの頬を、自身の尻尾で優しく撫でて空へとかけて行った。
「何だか。とても疲れました」
「そうだな」
ふう、とため息をついたビオラの肩を、そっとジェレマイアが抱きしめる。
人間に戻ったロザリーンは座り込んだまま呆然としており、真実のみを話してしまう口を治してもらえなかったサレオスは、口を押さえても出てしまう悪口に悪戦苦闘している。
今回タキアナと共謀した貴族たちも、カエルに戻ることが恐ろしくてジェレマイアには逆らえないだろう。
じっと様子を見守っていた人々は、全てが終わったことを理解して叫んだ。
「ジェレマイア国王陛下、ばんざい!」
「ビオラ皇后陛下、ばんざい!」
突然始まった歓声に戸惑いながら、ビオラは処刑台の上から手を振って笑った。
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