51 / 55
54話
しおりを挟むビオラが閉じ込められた部屋には、日に3回だけ食事のトレイを持った者が出入りする。その役を買って出たのがアイリーンだった。
「ビオラ。ご飯持ってきたよ。あと、夜だから体を拭く布も持ってきた」
「アイリーン。ありがとう」
ビオラのために用意されたご飯は、けして囚人に出すようなものではない。使用人の時に食べていたものと同等か、それよりも良いものに思えた。
トレイには食器の隣に、清潔な濡れた布も置かれている。
「なんだか、王を殺した容疑者とは思えないね」
「え?ああ。ご飯ね。ここの料理を担当している料理人が、妹をクレアに殺された人なの。だから、ジェレマイア殿下に感謝していて、その妻であるビオラにも恩返しをしたいみたい」
「そうだったんだね」
突然監禁され全く食欲がなかったが、アイリーンの話を聞いてスプーンを手に持った。
「ビオラ。袖に何かついてるよ」
「え?」
アイリーンはそう言ってビオラの裾を触るフリをして、袖の中に紙を入れた。ビオラがスプーンを置いて顔を見ると、アイリーンがにこりと笑う。
「気のせいだったみたい。それじゃあ、また明日の朝に来るね」
そう言うとビオラからの返事を待たずに、アイリーンが部屋から出て行った。
ビオラは扉が閉まったのを確認すると、裾からそっとアイリーンが入れた紙を取り出す。
「ジェレマイア様からだ」
そこには、ビオラの処刑の日が迫っていることと。その日に必ず助け出すから信じて欲しい、ということが書かれていた。
「よかった。無事だったんだ」
ぎゅっと大切にその手紙を抱きしめ、ビオラは涙を流した。そして、小さく折りたたむと、枕の下にそっと隠す。
「よし。ジェレマイア様が信じろと言うなら、信じないとね!そのためにもご飯を食べて、備えよう」
ビオラはぱしん、と頬叩くと、再びスプーンを手に取り、食事を口の中に押し込んだ。
何とか完食すると、身体を拭いてベッドの中にもぐり込む。
(――食べて。寝て。ジェレマイア様が助けてくれる日に備えよう)
全く眠くなかったが、じっと目を閉じたままでいると、自然と眠りに落ちていった。
「あなた!見て。可愛い子。唇の形が私に似ているわ」
笑顔で自分へと手を伸ばす女性に、ビオラは驚いて身体を動かそうとする。
(――あれ。身体が自由に動かない)
「あうー」
「うふふ。ママって分かるのかしら?」
木でできた家には隙間風が入り、決して裕福な家庭ではなさそうだった。それでも、赤ちゃんを見つめる女性は幸せいっぱいで、隣でそれを見る男性も微笑んでいる。
どんどんどん!
扉が何度も乱暴に叩かれ、驚き赤子を抱きしめる女性。父親の男性が立ち上がり、ドアの方へ向かう。
「ここか?おい。そいつをよこせ」
中に入ってきたのは、どこかの貴族の兵士のようだった。ずかずかと土足で家の中に入ると、乱暴に女性から赤子を奪う。
「あう!」
(――何この人!乱暴すぎる)
「何をするの!返してよ」
女性が奪われた我が子を取り戻そうと男性に向かうと、容赦なく剣で切り付けられる。
「そんな!マリア!」
妻を切られた男性が叫び、女性の元へ急ぐがその背中を別の兵士が切りつけた。
「ああ。私の可愛い子。どこに連れて行くの」
床に倒れたままの女性が、赤子へ手を伸ばす。赤ちゃんの中に入ったビオラは、身体を動かそうとするがやはり動かない。
すがるように手を伸ばす女性の方を見ず、赤ん坊を奪った男性は急いだように家を出た。
「早くカルカロフ伯爵様のところに連れて行こう」
(――カルカロフ伯爵って聖女様のお父様だよね?あ!場面が変わった)
カルカロフ伯爵の名前にビオラが反応すると、目の前の光景が急に変わった。今度は森の奥の小さな家が見える。目の前には中年の女性がベッドの上に座っており、ビオラに優しく微笑みかけている。
(――そうだ。何で忘れていたんだろう。この人は私のお母さんだ)
「お母さん!大丈夫?おじさんに薬頼もうか?」
ビオラは急に記憶を取り戻し、涙が出るような思いだった。そう、アルゼリアに拾ってもらう前は、ここでこの女性と住んでいたのだ。
女性はビオラの言葉に首を振るだけ。彼女は舌を切られており、喋ることができなかった。玄関の近くにいつも立っている男性を除き、この家に近づく人はいない。
その男性のことをおじさん、とビオラと呼んでおり、本当の名前は知らない。そして、ビオラ自身も話せない女性とおじさんとしか関わっていないため、名前で呼ばれたことがなかった。
咳き込んだ女性が苦しそうに咳をすると、ビオラは背中をさする。そっと背中に手を当てて、女性を横にするとタライの方へ向かった。
ベッドに横たわる女性は、祈るように手を組んで声の出ない口をもごもごと動かし、必死に何かを頼むように祈り出した。
布をタライの水に突っ込んでしぼるとき、水に反射されて映った幼いビオラを見て驚いた。
(――うそ。髪の色が違う)
水面に映る一生懸命水を絞るビオラの髪は、見慣れた亜麻色ではなく漆黒だった。この色を見た後では、ロザリーンの髪色は濃い紫にしか思えないほど黒かった。
もう繋がる。もう少しだ。
「どういうこと?」
はっと目を開けると、ビオラは身体を起こして痛む頭を押さえた。さっきの夢は何だったのか。起きる直前に聞こえた声は?
「分からない。分からないけど」
何となく。最後に聞こえた男性の声は、神の声ではないか。そうビオラは感じていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
87
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる