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50話

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 椅子に腰掛けるビオラの前には、たくさんの本が積まれている。この国の歴史や神話などを、改めて確認していた。

 特に王家の歴史は今まで勉強してこなかったため、今度公爵夫人に教えてもらうための予習として頑張っていた。

「そろそろお昼の時間だよ」

「あ。もうそんな時間なんだ」

 アイリーンの声に、ビオラは本をぱたんと閉じて、ぐっと背伸びをした。パキパキっと首の後ろがなり、集中し過ぎていたとビオラは苦笑いする。

「今日は王や皇后の料理も作るから、少し遅くなるみたいだよ。その間、少し庭を散歩しようよ」

 アイリーンはビオラの気持ちに応えて、部屋の中で二人きりだと以前と変わらない口調で話していた。
 
「そうだね。ちょっと身体動かしたいかも」

 にこり、と笑みを浮かべたビオラは、アイリーンと一緒に場内の中庭に向かった。

「ちょうど真ん中あたりにテーブルがあるので、少しお花でも見ましょう」

 そう言ってアイリーンは、手元のカゴを持ち上げた。その中にはお湯の入ったポットと茶葉、カップが入っている。

 ビオラはアイリーンに案内されるまま、中庭を歩く。寒い時期にも関わらず、たくさんの花が咲いている。

 歩いていると円状に開けた場所に、テーブルと椅子が置いてあった。枯れ葉なども落ちておらず、綺麗な状態のテーブルにアイリーンがカゴを置く。

「あら?今から聖女様が利用されるから、どいてくださる?」

 ビオラが椅子に座ろうとした時、後ろから女性の声が聞こえた。そちらを見ると侍女が数名と、ロザリーンがいた。

「いいのよ。先に座ろうとしていたじゃない。私はお部屋でいただくわ」

(――わぁ。すごく綺麗な人!黒髪に黒目、この人が聖女なんだ)

 ひと目見て聖女だとわかったビオラが思わず見惚れると、ロザリーンが目を合わせてにこりと笑みを浮かべた。

「貴方はジェレマイア殿下の新しい妃よね?うふふ。そう、貴方なの」

 たおやかな笑みを浮かべながらビオラに近づくと、そっと屈んでビオラの耳元でささやいた。

「ごめんなさいね。これも神のご意志なの」

「え?」

 意味がわからずビオラが聞き返すと、ロザリーンは意味深な笑みを浮かべたまま自身の侍女の方を向いた。

「さぁ。戻りましょう」

 納得してなさそうな侍女たちを連れて、ロザリーンが中庭から出て行く。

「聖女様ってお綺麗な方ね」

 (――ごめんなさい、の意味は分からなかったけど。ジェレマイア殿下の隣に立っても、違和感がないほど綺麗だった)

「そうですね。でも、私はビオラの方が、じゃなくて。ビオラ様とかアルゼリア様の方が聖女って感じですよ」

 カゴを持ち直したアイリーンは、きょろきょろと周りを見渡してからそう言った。

「そうかな?確かにお嬢様は聖女みたいな方だと思う」

 久しぶりに大好きなアルゼリアの話ができて、ビオラが嬉しそうに言った。

「聖女様は全く平民を診てくれないんです。それに、貴族も怪我の度合いじゃなくて、階級が上の人から診て行くんですよ。だから、診てもらえたら家族が助かったのに、ってむしろ恨んでる人もいます」

「それって高位貴族がかすり傷でも、そっちを優先したってこと?」

 ビオラの言葉に苦い顔でアイリーンが頷く。

「そういった話はよく聞きます。それに、眠り病を治せなかったことから、聖女様に懐疑的な人も多いです。今はアルゼリア様と、ビオラ様を聖女のように崇める人も多いんですよ」

「私も?」

「もちろんですよ!実際に眠り病を治したのは、ビオラ様ですから。ジェレマイア様が改心したのも、ビオラ様のおかげですからね。今は飛ぶように肖像画が売れていますよ」

「わあ。何とも言えない不思議な気分だよ」

 自分の少し美化された肖像画を思い浮かべて、ビオラは乾いた笑みをこぼした。
 
 何だかこれからティータイム、という気分に二人ともなれなかったため、ロザリーンが立ち去ってすぐに部屋に帰った。






 部屋に戻るとすでに食事の配膳がすんでおり、リヨッタが帰ってきたビオラを見て安堵の表情を浮かべた。

「つい先ほどお出ししたばかりですので、すぐに召し上がられますか?」

「うん。ありが、とう」

 元上司に敬語で話すことになれず、片言になってしまう。そんなビオラに何も言わず、リヨッタは椅子を引いた。

「女神様!遅くなってすみませんな」

「レグアン。敬語がおかしいよ」

 がはは、と笑いながら入ってきたレグアンに、アイリーンがすかさず突っ込んだ。

「遅くなった分、腕によりをかけて作りましたよ」

 にこにこと笑いながら、レグアンがシェフ帽子を外して手に持つ。どうやら、この部屋でビオラが食べるのを見ていたいようだった。

「わあ。美味しそう。いただきます」

 そう言ってビオラが席に着くと、スプーンを手に取った。黄金色のスープをすくったとき、廊下から何人もの足音が聞こえて手を止めた。

「騒がしいですね」

 アイリーンがそう言ってドアに近づくと、バタン!と勢いよく扉が開けられた。そこには武器を持った城の兵士たちがおり、天井からはライが降りてビオラの前に立った。

「ジェレマイア殿下付きの料理人レグアン。お前に、王を殺害した疑いがある。お前の料理を食べてすぐに王が倒れ、料理からは毒が見つかった。聖女様の治療を受けても回復せず、先ほど崩御された」

 そう言った騎士が捕まえろ、と周りの人間に指示を出すと、あっという間にレグアンが床に押さえけられた。

「それと、ジェレマイア殿下の妃であるビオラ嬢は貴方ですか?貴方にはレグアンに、王の殺害を命令した疑いがかかっています。大人しくついてきてもらいましょう」

「ビオラちゃん。ここは」

 武器を構えたライが焦ったように言うと、ビオラは部屋をくるっと見た。

 (――奥からどんどん兵士が来てる。王の殺害の容疑がかかっているなら、きっと逃げられない)

「ライ様。私を連れて逃げるのは不可能です。どうか、殿下に知らせてください」

 (――ジェレマイア様なら、きっと何とかしてくれる)

 早口でライに伝えると、彼も逃げられないことは分かっていたようだ。苦しそうな表情を浮かべ、頷くと窓の方へ走り出した。

「待て!」

「ほっとけ。城からは出られんだろう。今のやつも皇后の影が追っているはずだ。俺たちはこの二人を地下へ連れていけばいい」

 思わずビオラの方に駆け寄ったアイリーンが、兵士に手首を掴まれて悲鳴を上げる。

「きゃあ」

「アイリーン!手荒な真似はしないでください。大人しく従いますから」

 ビオラはそう言って指示を出す騎士を、まっすぐ見つめた。騎士はその目線から逃げるように俯く。

「私の姪っ子も、眠り病だったんです。貴方の無実が証明されることを信じています」

 そう小さな声で言うと、ビオラを縛ることなく部屋から出るように促した。

 (――さっきの聖女様の謝罪はこのこと?ジェレマイア様は無事なのかな)

 不安な気持ちに、俯きそうになる。しかし、部屋を出る時にアイリーンの泣き顔が見え、ビオラはぐっと胸を張って前を向いた。

 (――無実なんだから堂々としていよう)

 レグアン自慢の料理が床に散乱し、ビオラが出て行った部屋ではアイリーンのすすり泣く声が響いた。
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