上 下
42 / 55

45話

しおりを挟む

 控え室で髪型やドレスを整え、ビオラはジェレマイアとメインホールに向かった。ジェレマイアの腕をぎゅっと握ると、何でもできそうな気がして心強かった。

 メインホールには先程はいなかった王やタキアナ皇后、サレオス第一王子も貴賓席に座っていた。 

「殿下」

「王からの許可をもらったことを、広める必要があるからな。事前に呼ぶことを言ったら緊張するだろう?」

 (――確かにそうだけど。前もって言って欲しかった。心の準備する時間が必要だよ)

 ドキドキしながら王家が座る席を見ると、タキアナ皇后とサレオスは上機嫌で談笑をしている。タキアナ皇后はワイン片手に、ほんのりと頬も赤くなり嬉しそうだ。

「皇后としては聖女をサレオスに嫁がせたいらしい。ビオラと俺が結婚するのは賛成なんだろう」

「王は大丈夫なのですか?」

 タキアナたちと全く話をしていない王は、ぼうっと前を向いている。顔色も青白く、あまり体調が良くない様子だった。

「ああ。心配するな」

「皆さん。我が娘のために今日はありがとうございます。さぁ、ビオラ。おいで」

 公爵が部屋の中心でそう言うと、ビオラを手招きする。ジェレマイアの腕から手を外し、ビオラは公爵の隣に立つ。

 (――アルゼリア様のように優雅に)

 ビオラのお手本はアルゼリアだ。脳内に可憐で完璧なアルゼリアの礼を思い出しながら、ドレスの裾をつまんでカーテシーを披露する。

 生まれながらの貴族のような、文句の付け所がないカーテシーに感嘆の声があがる。

「そして。ジェレマイア殿下から皆さんへ重要なお知らせがあります」

 ブルクハルト公爵の声に、周りがざわめく。ジェレマイアはビオラのそばに立つと、そっと肩を抱いた。

「今日よりビオラ嬢は、俺の妻となる。既に王からも許可をもらっている」

 ジェレマイアの発言に、会場中がざわめきだす。

「眠り病を治した子よね」

「でもただの平民だろう?」

「隣国の没落貴族らしいじゃないか」

 ヒソヒソと話し出す貴族たち。居心地が悪そうにビオラがジェレマイアの方を見ると、部屋の奥から拍手の音が聞こえた。

 にこにこ、と微笑みながら拍手をしているのは公爵夫人とレティシア。その音につられるように、貴族たちも拍手をし始めた。

「ジェレマイア。それが神の思し召しなら、良き家庭を作れ。私はこれで失礼する。皆は楽しむと良い」

 王はそう言うと杖を持って立ち上がり、侍従と共に会場から出て行った。

「おめでとう。ジェレマイア」

 王が立ち去るのを見届けたタキアナとサレオスが、ビオラたちに近づいた。タキアナはビオラを全く見ず、ジェレマイアににこやかに笑顔で話しかける。

「ありがとうございます。母上」

「なんだ。こんなに可愛らしいお嫁さんをもらったんだから、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」

 からかうように笑うサレオスは、ビオラから見ても気さくで良い人だった。ジェレマイアと比較すると見劣りはしてしまうが、サレオスも端正な顔立ちをしていた。

「初めまして。ジェレマイアの奥さんになるなら、私の妹も同然だ。気軽に兄上と呼んでくれ」

 (――何だか穏やかで優しそうな人)

 サレオスの優しい言葉にほっとしたビオラが、笑顔を浮かべる。挨拶を返そうと口を開くと、2人の間にジェレマイアが割り込んだ。

「失礼。兄上。俺は嫉妬深い方でね。これ以上みんなに見せたくないんだ」

 そう言うとビオラの手を取り、会場から立ち去ろうとする。

「そうかい?それは残念。ビオラ。また今度私と話そう」

 肩をすくめたサレオスはそう言うと、彼を囲むように集まってきた人たちと話し始めた。サレオスの人気は高く、誰もが彼と話したいと思っているようだった。

 (――殿下は。何だか寂しいな)

 母であるタキアナ皇后がそばで微笑み、たくさんの人に囲まれたサレオス。一方のジェレマイアに話しかける人は少なく、こんなに人がたくさんいるのにビオラと2人だけで歩いている。

「?何だ?」

 ビオラの肩を抱く手に、そっと自分の手を添える。そんなビオラにジェレマイアは不思議そうだ。

 (――この状態に何の違和感も感じてないんだ。周りに人が来ないのが当たり前だったんだね)

「何でもないです。この後はすぐに帰られるんですか?」

「ああ。すまないな」

 会場から出て控え室に入ると、ジェレマイアはそっとビオラを抱きしめた。

「これでお前は俺の妻だ。なんだか、変な感じだな」

「私は急展開すぎてまだ信じられません」

 そう言うと2人で顔を見合わせ、笑った。

「城にある俺の執務室の隣に、お前の部屋を用意している。今日はここで過ごしてくれ」

 そう言ってビオラの手を取ると、手の甲にキスを落とした。

「本当は今日が初夜なんだがな。やらないことがあるというのに、この部屋から動きたくない」

 控え室のソファに座り込み、ジェレマイアが深くため息をつく。その隣にビオラが座ると、膝の上に頭をのせた。

 (――初夜!そっか。結婚したってことはそういうこともするよね)

 ジェレマイアへの恋心を認めてから、結婚までの展開が早すぎてビオラは結婚のその後がイメージできていなかった。そのため、初夜という言葉にドキドキして、今日はまだしないということに少し安堵した。

「初夜も我慢して働く夫に、ご褒美をくれないか?」

 ちょんちょん、と自分の唇を指さすジェレマイアに、少し頬を赤くしたビオラがくすくすと笑いながら唇をよせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

国外追放を受けた聖女ですが、戻ってくるよう懇願されるけどイケメンの国王陛下に愛されてるので拒否します!!

真時ぴえこ
恋愛
「ルーミア、そなたとの婚約は破棄する!出ていけっ今すぐにだ!」  皇太子アレン殿下はそうおっしゃられました。  ならよいでしょう、聖女を捨てるというなら「どうなっても」知りませんからね??  国外追放を受けた聖女の私、ルーミアはイケメンでちょっとツンデレな国王陛下に愛されちゃう・・・♡

虐げられていた黒魔術師は辺境伯に溺愛される

朝露ココア
恋愛
リナルディ伯爵令嬢のクラーラ。 クラーラは白魔術の名門に生まれながらも、黒魔術を得意としていた。 そのため実家では冷遇され、いつも両親や姉から蔑まれる日々を送っている。 父の強引な婚約の取り付けにより、彼女はとある辺境伯のもとに嫁ぐことになる。 縁談相手のハルトリー辺境伯は社交界でも評判がよくない人物。 しかし、逃げ場のないクラーラは黙って縁談を受け入れるしかなかった。 実際に会った辺境伯は臆病ながらも誠実な人物で。 クラーラと日々を過ごす中で、彼は次第に成長し……そして彼にまつわる『呪い』も明らかになっていく。 「二度と君を手放すつもりはない。俺を幸せにしてくれた君を……これから先、俺が幸せにする」

処理中です...