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39話

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「わ。かわいい」

「そこの恋人さんもよかったらやっていってよ!」

 ビオラがフワフワのクマのぬいぐるみを指さすと、すかさず射的屋の男性が声をかけた。棚の上にはぬいぐるみや木製の置物などが飾られ、カウンターの上にはおもちゃの弓矢が置いてある。

「これはどうやるんだ?」

 男性から説明を受けたジェレマイアが、おもちゃの弓矢を手に取る。そして、ビオラが反応した茶色のクマのぬいぐるみへ弓矢を向けて、弓矢を放つ。

 ジェレマイアの弓矢はまっすぐ飛んでいき、ぱしん、と小気味良い音ともに、クマが下に落ちた。

「おお。お兄さんおめでとう」

 男性はベルをカランカランと鳴らすと、下に落ちたぬいぐるみを拾ってジェレマイアに渡した。

「ほら」

「ありがとうございます」

 (――かわいい。嬉しい)

 ふわふわのクマをぎゅっと抱きしめると、ビオラが嬉しそうに笑う。そんな彼女に、ジェレマイアは満更でもなさそうだ。

 ビオラが大事そうにクマを持ちながら歩き出すと、ジェレマイアは先ほどまでビオラが抱きついてた自身の腕を見つめる。

 そして、建物の2階の方を見て、顎をくいっと動かして合図する。

「お呼びでしょうか」

 ジェレマイアの出した合図を見て影の男性が降りてくると、ビオラのクマを指さす。

「ビオラ。これからまだ色々と見てまわるから。そのクマはこいつに預けろ」

「そのために呼んだんですか?すみません」

 偉そうなジェレマイアにビオラはぺこぺこと影の男性に頭を下げて、両手でクマを差し出す。図体の大きな影の男性が、そのクマを丁寧に受け取る。

「失礼します」

 一言告げて、影の男性が目の前から消えた。ビオラはじとっとジェレマイアを見つめた。

「職権濫用ですよ」

「あのままだと、ずっとクマを抱いていそうだったからな」

 そう言って腕を差し出すジェレマイアに、ビオラはふふっと笑った。

 明るい時間帯には子供が走り回り、大道芸人も出ていた感謝祭。日が暮れてくると、ランタンの明かりがつき楽器の演奏も始まった。

 あちらこちらで女性をダンスに誘う男性がおり、初々しい恋人たちが寄り添って踊っている。露店のお店も変わっており、果実酒などアルコールも多く売り出していた。

 ビオラたちの目の前の男性も、恋人の女性に手首に付けられるリストブーケを渡してダンスに誘っていた。
 
「ビオラ。よければ私と踊ってくれませんか?」

 そう言うとジェレマイアが跪いて、ビオラへ白い花でできたリストブーケを差し出す。

「私でよければ」

 ビオラはワンピースの裾を持ち上げて礼をすると、ジェレマイアへと手を出す。その手をそっとジェレマイアは取り、リストブーケを手首へと付けた。

「このお花はビオラですか?」

「ああ。さっきお前が飲み物を買いに行っている時に、見つけたんだ」

 ビオラがジェレマイアの手を取り、くるりと回る。貴族のダンスは踊ったことがないビオラだが、ジェレマイアの誘導で楽しく踊ることができた。

 (――すごい楽しい!殿下も楽しそう)

 喋りながら踊っていると、楽しくなってきてビオラは声を出して笑う。そんなビオラに釣られたように、ジェレマイアも少年のように声を出して笑った。



 


 何曲か踊った2人は、近くにあった人が賑わう酒場に入った。活気のある酒場で、テラス席に座るとすぐに麦酒を2つ注文した。

「すごく人気ですね」

 笑い声や歌声が響く酒場に、ビオラは目をぱちぱちとさせた。田舎の子爵で働いていたビオラは、人で賑わう酒場に来るのは初めてだった。

「意外と落ち着かないか?ここは飯も美味いんだ」

「確かに。周りの方も楽しそうですし、誰もほかの人を見ませんね」

 2人で話をしていると、すぐに大きなジョッキに入った麦酒が来た。その後にはジェレマイアが頼んだ料理も届き、どれも美味しかった。

 お酒を飲み少し頬が赤くなったビオラが、ジェレマイアを見つめる。

「どうした?」

「この前のお返事を、ここでしてもいいですか?」

 周りに人はたくさんいるが、誰もビオラたち2人を気にしている様子はない。たくさんの人の中にいるのに、ビオラはまるで2人きりのようにすら感じていた。

「お嬢様にも話をして、私。殿下と」

 結婚したいです。と続けようとしたビオラがぐいっとジェレマイアに顔を近づけると、2人の間ににゅっとオレンジ色の頭が割り込む。

「ライ様!」

「お邪魔しますー。殿下、ご報告が」

 にこにこっと笑ったライは、麦酒の入ったジョッキを片手にジェレマイアの隣に座っていた。

「おい。それは今じゃなければダメなのか?」

 見るからに不機嫌なジェレマイアに、ライはニヤけた顔を真顔に戻す。

「ビオラちゃんにも関係ある話だから、早めにお伝えしたくて。……ロザリーン様がもうすぐ王都に帰ってくる」

「ロザリーンが?」

 (――ロザリーン様って。確か聖女様よね?それに、殿下の第一妃になる人だよね)

 ちら、とビオラがジェレマイアを見ると、彼は難しそうな表情を浮かべて何かを考えていた。

「面倒だな」

「多分。ブルクハルト公爵が殿下の支持者になって、王位につく可能性が高くなったと思ったんだろうね。ビオラちゃん。聖女はね。ジェレマイア殿下の第一妃候補だけど、タキアナ皇后とも通じていてサレオス殿下が王になるなら、彼と結婚するつもりだったんだ」

「王様になる方と結婚するおつもりだった、ということですか?」

「そうそう。それで、今回の件でジェレマイア殿下が王になるって確信を得て、王都に帰ってきたんだと思う」

「殿下はどうされるんですか?」

「今後の動きは変わらん。ビオラは公爵の養子になり、すぐに国に結婚を発表する。邪魔されると面倒だな」

 そう言って立ち上がると、ビオラの額にキスをした。

「悪い報告は入ったが、今日は楽しかった」

 そう言ってビオラの両手を握る。ビオラも笑顔で頷くと、ライが手をバンバンと叩く。

「さあ。急ぎましょう殿下」

「ああ。……お前はなぜ座る?」

「ビオラちゃんを1人にするおつもりですか?殿下がいないと事は進まないですが、僕はいなくてもいいでしょう?ご飯だってまだビオラちゃん途中ですし」  

「うるさい。行くぞ」

「えええ。せっかくだから一緒に食べさせてくださいよ」

 首の後ろを掴まれたライが、情けない声を出す。そのまま引きずるようにして、ジェレマイアが酒場を出ようとする。

「先ほどの言葉の続きは、2人きりの時にまた聞かせてほしい」

 そう言って酒場から、ジェレマイアが出て行った。
 
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