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37話
しおりを挟む「まぁ。ふわふわで美味しいわね」
うふふ、とアルゼリアが微笑む。その姿を扉の前に立つレグアンが、ガッツポーズをして見ている。ふわふわオムレツに、出来立ての良い香りがするパン。果肉たっぷりのジャムは、艶々と輝いている。
ジェレマイアの第三妃が食べる、と聞いてレグアンがシンプルながらも腕によりをかけた朝食だ。
ビオラがアルゼリアのために紅茶を注ぎ、カップを彼女の前にそっと置いた。
「ありがとうビオラ」
にこりと微笑むアルゼリアのそばに立ち、彼女の食事が終わるのを待つ。ふぁ、とあくびが出そうになるのを、必死で噛み殺した。
ジェレマイアがいつ帰ってくるか分からないため、全く眠れなかったのだ。
「第三妃様。ビオラちゃん。殿下が帰ってきたみたいだよ」
ライがさっと天井から降りてきて、そう告げた。
「ビオラ!」
ビオラの名を呼びジェレマイアが入ってくる。アルゼリアやレグアンが頭を下げると、ジェレマイアは真っ直ぐビオラの元まで歩いてきた。
「待たせたな。不安だっただろう」
ぎゅっとビオラの手を握るジェレマイアに、レグアンがあんぐりと口を開ける。困った表情でライが笑い、レグアンを含む驚いている使用人を部屋の外に出した。
「殿下。どうなりましたか?」
蚊帳の外、といった様子に苦笑いしたアルゼリアがたずねる。ライが人払いをしたため、今部屋の中に3人だけだ。
「ああ。カルカロフ侯爵家は取り潰しだ。財産と領土は国のものになった。領土はこれから他の貴族達に分けるつもりだ。もちろん、俺の支持者達にな」
にやり、と笑うジェレマイアに、アルゼリアは満足したように頷いた。
「クレア様はどうなりましたか?」
「ああ。侯爵家の3人は王都の外に出した。生きていけるかは本人達次第だろうな」
「温情ね」
ふう、とアルゼリアがため息をついた。
(――温情、なのかな?あの3人が平民として生きていけるとは思えない。貴族として処刑された方が、本人達には良かった気がするけれど)
これからどうなるのか。アルゼリアを脅かし、自分を殺そうとしたクレア達の今後を考えると気が重くなった、
「えい」
暗い表情のビオラの口に、アルゼリアがスプーンを突っ込んだ。
ふわりと、甘酸っぱい苺の風味が口の中に広がる。アルゼリアがデザートのムースを、ビオラの口の中に入れたようだ。
ビオラは目をまんまるにしながら、もぐもぐと口の中のムースを食べる。
「終わったことに落ち込んでも仕方がないわ。それよりも殿下。私たちはこれからどうすればいいのですか?」
「皇后が手を出す前にビオラの養子の話と、離縁の話を一気に進める。これからは影だけではなく、王家所属騎士たちも屋敷に配置するつもりだ」
「待ってください。養子?離縁?どういうことですか?」
眉を顰めたアルゼリアが、自身の後ろに立つビオラを振り返って見る。
「すみません。まだアルゼリア様にお話をしていなくて」
「そうか。ではこれからゆっくり話をしてくれ。アルゼリア。明後日の感謝祭は予定通りに行う」
「かしこまりました」
アルゼリアにそう言うと、ジェレマイアが部屋から出て行った。これからやることが山積みなようで、急いでいるように見えた。
「ビオラ?全部話してくれるわよね?」
「ごめんなさい!お嬢様!」
アルゼリアに睨まれて、ビオラがジェレマイアにプロポーズされたこと。ブルクハルト公爵の養子の話が進んでいること。同時にアルゼリアが良い条件で離縁し、子爵領に帰れることを告げた。
「今回の件も私がお嬢様を巻き込んでしまいました。申し訳ございません」
「クレア様の件での謝罪は、もう十分だわ。起きてからずっと謝ってばかりだったじゃない。それよりも、プロポーズ?養子?」
怒られる、とビオラがぎゅっと目をつぶると、優しくアルゼリアに抱きしめられた。ふわり、と花の香油の香りを感じ、ビオラは目を開けた。
「おめでとうビオラ!あなたの恋が叶ったのよ」
嬉しくてたまらない、といった様子のアルゼリアが、抱きしめたままビオラの背中を撫でる。
「えっと」
戸惑ったまま抱きしめられているビオラに、アルゼリアが悪戯っぽく笑う。
「怒られると思ったの?もう。養子の件は残念だけどね。ビオラが殿下のこと好きって聞いた後に、お父様に養子にできないか聞いたんだから」
「ラスウェル子爵様にですか?驚かれたでしょう」
「ええ。それに、子爵家から2人も殿下に嫁ぐことは、不可能だって言われちゃったわ。私、ビオラが妹ならってずっと思ってたのよ」
「お嬢様」
身分違いの自分を可愛がってくれて、毒すら自分が飲むと言ってくれた姿を思い出し、ビオラの目頭が熱くなる。
「それで。ビオラは公爵令嬢になって殿下と結婚するのね」
「それが。まだ悩んでいまして。やっぱり、お嬢様のそばに居たいですし」
「嫌よ」
きっぱり嫌だと告げられ、ビオラが目をまんまるにする。抱きしめていたビオラの身体を離し、アルゼリアがにっこりする。
「だって私も子爵領に帰ったらエドと結婚するわ。ずっと未婚のビオラがそばに居ても、申し訳なくなるだけだわ」
「で、でも。お嬢様の身の回りのこととか、お子様が産まれたりしたらそのお世話もできます」
必死に食い下がるビオラに、アルゼリアは呆れ顔だ。
「ビオラが自分の好きな人を諦めてまで、そんなことさせたくないわ。それに殿下の妃になっても私たちの関係は変わらないでしょう?子爵領はそれほど遠くもないし、夏は涼しいから毎年遊びに来ればいいわ」
「お嬢様……」
「もし殿下と喧嘩したら、帰っておいで。匿ってあげるわ」
真剣な顔で冗談を言うアルゼリアに、涙を浮かべながらビオラは吹き出した。
「そうなったら。お願いしますね。ラスウェル子爵様のお屋敷、私にとって故郷ですから」
「そうね。ほら、涙を拭いて。そろそろ屋敷に帰りましょう」
白いレースのハンカチでそっとビオラの涙を拭うと、アルゼリアは優しく頭を撫でた。
(――やっぱり私はお嬢様が大好き。でも、王都に残りたいほど殿下のことも愛してる。領地に帰るまでの時間を大切にしよう)
優しすぎる主人と離れる日を思い、またビオラの目から涙が溢れた。
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