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31話

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 しばらくすると馬車が止まった。どうやら、目的の場所に着いたようだ。

「ここは?」

 馬車を降りると、目の前に大きな湖と巨大は木の幹があった。巨大は木の幹は、根本から切られており大きなテーブルのように見える。

「ここは王家しか入れない場所なんだ。誰にも邪魔をされない場所だ」

 馬車を離れた場所まで移動するように指示したジェレマイアは、ビオラの手を引いて湖の方へ近づく。いつの間に用意していたのか、敷物を草の上に敷くと、ビオラを座らせた。

「神話の中に出てくる大樹と小鳥の話知っているか?」

「はい。昔お嬢様に絵本を読んでいただいたことがあります」

 この世を創設したゲルト神が、人間の醜さにこの世から全ての生き物を消し去ろうとしたとき。

 大樹に恋をした小鳥に出会い、違う種族ながらも穏やかに育む愛の美しさを目の当たりにし、この世界の生き物を生かそうと決めた話だ。

「その話に出てくる大樹が、そこにある木だと言われている。そして、この湖は小鳥が死んでしまったときに流した大樹の涙だ。まぁ、神話だからな」

 湖は透き通りキラキラと輝いているが、どこまでも深く続いていた。覗き込むと落ちてしまいそうだ。

「俺の能力について話したい。誰にも言っていないことだ」

 ジェレマイアはビオラの隣に座り、真剣な顔で向き合った。

「俺は人の心の声が聞こえるんだ。それも、聞きたくなくても勝手に聞こえてくる」

「え?」

 (――恥ずかしい!どこまで私の考えてること分かってたんだろう)

 思わず口を押さえると、ジェレマイアが笑った。

「お前には俺の能力が効かないと言っただろう。なぜか聞こえないんだ。お前の声は。しかも、お前のそばにいると、他の人間の声も聞こえないようにできる。こんなに気持ちが落ち着いたのは、生まれて初めてだった」

 ジェレマイアの言葉に、出会った時の彼の姿を思い出した。なぜ初対面で無礼なことをして殺されなかったのか、今までの妃は放置したのにアルゼリアだけ護衛を付けたのか、その理由がビオラにはやっと分かった。

「正直。王座には興味もなかった。死にたくないから頑張りはしたが、なぜ自分が頑張っているのか分からなかったんだ。でも、今は違う。お前が笑うだけで嬉しいし、お前のために王になりたいと思っている」

 そっとビオラの手をジェレマイアが握る。壊れ物を扱うかのような、優しい手つきだった。

「眠り病を治したおかげで、平民から圧倒的な人気を得て、何人もの商人や貴族からも支持を得た。そして、今回ビオラのおかげで、ブルクハルト公爵が俺の後見人となった」

 そっとジェレマイアがビオラの手を、自身の額に当てて目を閉じた。

「ブルクハルト公爵から、ビオラを養子とする提案を受けた。お前は公爵令嬢として俺と結婚をして、唯一の妻になるんだ」

「え?」

「ビオラ。愛している。俺と結婚をしてくれないか?」

 額に当てたままの手を、ジェレマイアがぎゅっと握る。ビオラから彼の顔を見ることはできないが、その手がかすかに震えているのが見えた。

「ずっと消してしまいたい力だったが、人の心が読めないのはこんなに恐ろしいものなんだな。ビオラ。お前の気持ちが欲しい。俺のそばにずっといて欲しいんだ」

「私の目を見てください」

 ビオラの言葉に、ジェレマイアが顔をあげる。

「もう公爵家の養子の話を進めているなんて、外堀を埋めるのが早すぎて何て言って良いかわかりません」

「それは……すまない」

「心の声は聞こえないみたいですけど、目を見たら分かりませんか?私が殿下のこと大好きだって」

 そこまで言うとビオラはたまらなくなって、ジェレマイアの唇にそっと口付けた。

「な!」

 顔を真っ赤に染めたジェレマイアが顔を覆って、後ろに下がる。

「どうですか?分かりました?」

 にこっとビオラが笑って言うと、ぱくぱくと口を開いては閉じる。言葉が出てこない様子のジェレマイアに、ビオラはクスクスと笑う。

「面白そうだな」

「ええ。殿下が可愛くて!でも、返事は少し待っていただいてもいいですか?私が今王都にいるのも、子爵家に雇用していただいて、お嬢様のためにいますので」

「子爵の許可はとったぞ」

「え!いつの間に?」

 自慢げに言うジェレマイアに驚きながら、少し呆れる。

 (――断られるとは少しも考えてなかったんだ)

「アルゼリア様にはまだお伝えしていないですよね?でしたら、アルゼリア様にお伝えしてからお返事します」

 元々アルゼリアのために、王都に来たのだ。そこの責任は果たさなければ、ジェレマイアに返事はできないとビオラは思った。

「まあ。いいだろう」

 拗ねたように言うジェレマイアを、微笑んでビオラが見つめた。そして目が合い、ゆっくりとジェレマイアの顔が近づいてくる。

 (――もう逃げない)

 ビオラはそっと目を閉じた。
 
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