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28話

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 大きな姿見の前にある椅子に座るビオラは、居心地悪そうにもぞもぞとしている。

「ビオラ。動いたらダメだよ!」

 アイリーンがビオラの唇に、筆で色をのせながら言う。その隣では主人であるアルゼリアが、ビオラのためにアクセサリーをうきうきと選んでいる。

「ビオラには、この温かみのある金色が似合うわね」

 うふふ、と笑うアルゼリアがビオラの耳に優しく触れて、きらきらと輝く華奢なイヤリングをつける。

「え。これってこのお屋敷に用意されてたアルゼリア様のですよね?」

 ビオラたちがこの屋敷に着いた時、すでにドレスやアクセサリーなどが用意されていた。このアクセサリーはその中の一つで、侍女が付けるようなものではなかった。

「いいのよ。今日はせっかくのデートなんだから!」

「ビオラったら。そんな相手がいるなら私に言ってよね」

 拗ねたような口調でアイリーンが言って、別の筆を手に取るとビオラの頬にすべらせる。すると、ぱっと血色が良くなる。

「それで、アルゼリア様は誰か知ってるんですか?ビオラが名前教えてくれないんですよ」

「どうかしらね」

 はぐらかすように曖昧に笑って答えるアルゼリアに、アイリーンは頬を膨らませる。

「アルゼリア様には教えてるんですね。ビオラの薄情者」

「あはは」

 (――殿下って知ったらみんなどう思うんだろう?)

 ちょうど1週間前のことだ。ビオラが王都に来て久しぶりに丸一日休みをもらったとジェレマイアに言ったところ、それなら一緒に王都に出かけようと誘われたのだ。

 (――でも、殿下が迎えに来たら、みんなにバレちゃうよね?どうするんだろう)

 ジェレマイアはビオラに好意を持っていることを隠す気はないが、ビオラはできるだけ隠したいと思っていた。そのため、ジェレマイアにもバレないように迎えに来てほしいと頼んでいた。

「ビオラちゃん!迎えに来たよ!」

 ばんっと扉が開き、満面の笑みを浮かべたライが立っていた。いつもよりもおしゃれな服装をした彼は、大きな薔薇の花束を持っている。

「ええ。ビオラ!今日のデートの相手ってライ様だったの?」

 ライの様子を見て驚いたアイリーンに言われ、ビオラは頷く。

「これはたくさんの侍女が泣くわね」

 ごくり、と生唾を飲むアイリーン。孤児院出身のライではあるが、第二王子の側近であり若い侍女から人気の結婚相手だった。

「ビオラ。楽しんできてね」

「お嬢様。ありがとうございます」

 ぺこり、とアルゼリアに頭を下げると、アイリーンにもありがとうと伝えてライの方へ歩く。

「それではビオラちゃん。お手をどうぞ」

 おどけたように手を差し出すライに、ビオラはくすりと笑って手をのせる。

「お願いしますね。ライ様」

「……ビオラちゃん。綺麗だね」

 笑顔で言うビオラの顔を急に真剣な顔で見ると、再びライはにこっと笑顔でそう言った。

「殿下は馬車の中で待ってるよ」

 耳元に顔を寄せてそう言うと、馬車の方へ歩き出す。





 

 ライの言う通り、アルゼリアの屋敷には一台の馬車が止まっている。普段ジェレマイアが使う王家の紋章が描いてあるものではなく、通常の貴族が乗るような馬車だった。

 ライが人払いをしており、辺りには誰もおらず静かだ。

「それじゃあ中に……乗らずに、僕と遊ぶ?」

 馬車の前でライがそう言って笑うと、馬車の扉が開いた。

「お前の役目はここまでだ」

「ちぇ。まぁいいや。僕も見えないけど、ちゃんと着いて行ってますからね!」

 馬車の中で笑うジェレマイアに舌を出すと、ライがビオラの目の前から消えた。あれ?ときょろきょろ周りを見ると、ジェレマイアが上を指差す。

「楽しんでね」

 木の上でひらひらと手を振るライに、驚きながらもビオラは馬車へと乗った。

「殿下。すごい。何だか神官様みたいですね」

「そうか?」

 黒髪が目立つのでジェレマイアは、薄い緑色のカツラをかぶっていた。腰ほどまである長い髪を、ゆったりと一つに結ぶ姿は神々しく、ビオラの言う通り神官のようだった。

「貴族に見えるよりも、こっちの方が都合がいいだろう。まあ、これから行く店の多くは、よく行く場所だから店の人間には分かるだろうがな」

 前髪を触りながらそう言うと、ジェレマイアが向かいに座ったビオラの隣に座りなおす。

「お前は今日も可愛いな」

「ありがとうございます」

 頬を触られたビオラが、嬉しそうに微笑む。

 (――殿下だとバレなくても、すごく目立つ見た目だ)

 キラキラと輝くような美貌に、思わず両手を前に出して目を細める。

「どうした?」

「殿下が眩しくて。つい」

「なんだそれは」

 ビオラの言動に、ジェレマイアが声を出して笑う。

「今日はどちらに連れて行ってくださるんですか?」

 休みの日に一日出かけるとは言われたが、どこに行くかは聞いていなかった。

「俺がよく行く店に連れて行きたい」

 ジェレマイアはそう言うと、ビオラの手をとって、手の甲に唇を落とす。

「これから行く場所で、気に入らないことがあれば何でも言ってくれ。上手くは言えないが、お前に喜んで欲しいんだ」

 ストレートな物言いに、思わずビオラの胸が高鳴る。こくこく、と頷くビオラに、ジェレマイアが目を細めて笑った。
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