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24話

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 クレアの髪の毛が短くなったことは、大きな騒ぎになった。すぐにクレアは自身の屋敷で働くものに緘口令を敷いたが、クレアに忠義もない侍女たちが話してしまい、すぐに噂は広がった。

 その話は、ジェレマイアのことでモヤモヤとしていたビオラの耳にも入った。

「ビオラ!昨日殿下がクレア様の屋敷に行かれたけど、やっぱり夜遅くに帰られたみたいよ」

 にこにことアイリーンが嬉しそうにビオラに言う。

「そっか。今までと一緒だったんだね」

 (――クレア様の屋敷に行ったのは、義務感からなのかな。殿下は何だかんだ噂と違ってお優しいから)

「それでね!」

 アイリーンはキョロキョロと周りを見た後で、ビオラを手招きして呼んだ。首を傾げて近づくビオラの耳元に顔を寄せると

「クレア様の髪の毛が切られちゃったんだって」

「え!」

「しー。一応これって内緒の話よ」

 ビオラが驚いて声を上げると、人差し指を唇に立ててアイリーンが言う。

「ごめんごめん。それで、髪の毛を切られたって言うのは?」

「殿下に切られたか、暴漢に襲われたかだけど。あの屋敷の警護はすごいから、多分殿下に切られちゃったんだって、クレア様の屋敷で働く子は言ってたわ」

「なんでそんな酷いことを?」

「さあ?でもクレア様は私たちみたいに身分が低い人間を、人間と扱ってこなかったから。正直ざまあみろって感じだけどね」

「アイリーン!仕事をサボるんじゃないよ」

 笑って言うアイリーンの後ろからリヨッタが顔を出し、雑談するアイリーンをぴしゃりと注意した。

「わ!ごめんなさい。それじゃあ私行ってくるね」

 アイリーンが慌ててリヨッタのところへ行き、ビオラだけが残される。

 (――貴族の女性にとって髪の毛は命ほど大切なものだ。それなのに切るって、一体どんなことをしたんだろう?)

 ジェレマイアのことを噂でしか知らなかった頃は、きっと一方的にジェレマイアが悪いと判断していた。しかし、ジェレマイアと直接関わることで、きっと何か事情があると感じたのだ。

 (――ライ様もこの前、クレア様に対して含みのある言い方をしていたし……止めよう。私が考えることじゃない)

 そのままどんどん深い思考の海に落ちていきそうになったビオラは、ぶんぶんと頭を振った。そして、自身の業務へと集中しよう、と歩き出した。








「ビオラ」

 (――なんでこんなことに!)

 ビオラはジェレマイアの膝の上に頭を乗せて、心配そうな表情の彼からそっと頬を撫でられている。

 夜ご飯を食べにいつものように応接間に入ったジェレマイアは、ビオラの顔を見るとすぐに抱き上げてベッドの上に座り、この姿勢になったのだ。

「よく見せてみろ。ああ、腫れているじゃないか。これは冷やしたのか?」

 赤黒く腫れてしまったビオラの頬をそっと撫で、ジェレマイアが嘆くように言った。

「はい。ちゃんと冷やしましたし、見た目ほど痛くはありません」

「そうか。それでも殴られたときは痛かっただろう。守ってやれず、すまない」

 ジェレマイアはかがみ、そのままビオラの頬に唇を落とす。ちくり、とした痛みにビオラが瞬きすると、そのまま頬から額や首にまで唇を落とした。

 ちゅ、ちゅ、とリップ音が響き、ビオラの体温がぐっと上がる。

「殿下。お戯れを」

「命で償わせないとな」

「え?」

 ジェレマイアが小さく呟いた言葉は聞き取れず、ビオラが聞き返すと彼は曖昧な笑顔を浮かべる。

「戯れたら、ダメなのか?」

 そう言うとビオラの制止しようとして出した手を掴み、指先にも唇を触れさせた。

「殿下には奥様がいらっしゃるじゃないですか。それも、二人も」

 思わず拗ねたような口調で言うと、ジェレマイアが破顔する。

「嫉妬か?可愛いな」

 そして、また頬に唇を落とす。

「俺にはお前が一番可愛い。クレアよりも、アルゼリアよりもな」

「お嬢様の方が可愛いです!」

 自分の方がアルゼリアより可愛いと言われたビオラは、咄嗟に怒って言い返す。お嬢様第一のビオラにとっては、けして褒め言葉にはならなかった。

「そうか?他の人間にはそうかもしれんが、俺にとってはお前が可愛い」

 一度可愛いと言ってタガが外れたのか、何度もジェレマイアは可愛いと繰り返した。

「私を妾にされるんですか?」

 いずれ王になる身分のジェレマイア。第四妃として、平民のビオラが就くのは荷が重かった。それであれば、非公式な妾として囲われるのか、と思ったのだ。

「まさか。俺がそんな不義理なやつに見えるのか?」

「だったら、どうされるおつもりで?」

「お前の望みを叶えてやろう。ビオラ。お前はアルゼリアを子爵領に帰して、護衛の男と結婚させたいんだろう?」

 ジェレマイアから当初の目的を言い当てられて、ビオラは固まる。

「どうしてそれを?」

 思わずジェレマイアの膝から飛び起き、両手を彼の胸に置いて問い詰めるようにビオラが尋ねる。

「ふん。アルゼリアと護衛を見ていればわかる。それに、事前調査で二人が付き合っていたことも分かっていたからな」

 (――だったら、私の殿下への気持ちが最初は嘘だったこともバレたの?)

 嘘がバレてしまった、とビオラの表情が凍りつくが、ジェレマイアは機嫌よく続けた。

「アルゼリアが俺を愛することはないからこそ、お前は俺を好きになってくれたんだろう」

 (――バレてなかったー!)

 自信満々に言うジェレマイアに、思わずビオラは吹き出してしまう。

「どうした?」

「いえ。それで、殿下はアルゼリア様を子爵領に戻してくださるのですか?」

「ああ。時が来れば必ず、不利益にならない形で帰してやる。もちろん、今まで通りアルゼリアには指一本触れない」

「殿下!ありがとうございます!」

 喜びのあまりビオラはジェレマイアに飛びつき、勢いのままベッドに押し倒してしまう。

 (――家のため、貴族の責務のため。愛する人との未来を諦めたお嬢様が、大好きな子爵領で本当に愛する人と結ばれるようになるなんて)

 結婚が決まった時の暗い顔。子爵領を発った時の涙。それらが頭をよぎり、ビオラは嬉しくて仕方がなくなった。

 押し倒したままのジェレマイアの首に腕を回し、ぎゅうぎゅうと抱きつく。

 ジェレマイアはベッドに押し倒されて驚いた表情を浮かべていたが、感情を爆発させて喜ぶビオラを見て優しい笑みを浮かべた。

 しばらくそのまま抱きついていたビオラだが、ぱっと顔をあげると至近距離にジェレマイアの端正な顔があることに気がつく。

「すみません!嬉しくて、つい」

 そう言って身体を離そうとするビオラの腰を、ジェレマイアがぐっと掴む。そして、そのままくるりと身体を半転させ、上に乗っていたビオラは気がついたらジェレマイアの下に居た。

 何も言わずジェレマイアが、ゆっくりと顔をビオラに近づけた。
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