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17話

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 ジェレマイアとライを見送ったビオラは、応接間を整えるとアルゼリアの部屋に向かった。

「あら?殿下は?」

 部屋で静かに読書をしていたアルゼリアが、部屋に入ってきたビオラを見て驚く。

「今日はもう帰られました。それで、この前お話しした眠り病のことなんですが、アルゼリア様のお役に立ちそうです!」

 ビオラは先ほどのジェレマイアとのやりとりをアルゼリアに報告する。話を聞いたアルゼリアは複雑そうだ。

「与えられる評価や賞賛はビオラのものであって、私がもらうものではないわ」

 きっと喜ばないだろう、と思いながら話したビオラの想像通りの反応に、こんなお嬢様だからこそ好きでしょうがないとビオラは改めて思う。

「でも。そんなこと言っても仕方がないわよね。ビオラお疲れ様。これで多くの子供たちの命が救われる。素晴らしいことだわ」

 にっこりとアルゼリアが微笑み、ベッドの方を手で示す。

「久しぶり一緒にお菓子でも食べちゃいましょう」

「いいですね!それじゃあ簡単につまめるもの準備します」

 子爵夫人死後にビオラを拾ったアルゼリアは、夜になると母を恋しがって泣いていた。そんな時に、アルゼリアは大人に内緒でお菓子を持ってきて、2人で布団に隠れて食べていた。

 大人になってもたまに2人でお菓子をつまんで、夜にたくさん話をした。

 ビオラは部屋を出る前にベッドの方をチラッと見た。

「あれ?いつもとベッドカバーの生地が違いませんか?」

 いつもと同じ白色だが、いつもよりも上質な生地のベッドカバーだった。不思議に思ったビオラが近づき、そっと布団をめくる。

 掛け布団の下には、何匹もの虫の死骸。丁寧に色々な種類の虫が集められ、貴族の女性なら失神してもおかしくい光景だ。

 (――いったい誰がこんな幼稚なこと!)

「ビオラ?どうかした?」

 ビオラの後ろからアルゼリアが顔を覗き込み、その美しい瞳に虫の死骸がうつる。

「まぁ。たくさんの虫ね。片付けてもらえる?」

「はい。ただいま」

 少し驚いた様子だが、おっとりとアルゼリアが言う。ビオラもひとまず部屋にあるタオルを使い、カバー上の虫を取り去る。

 子爵家は裕福な貴族だが、森の中にある田舎の貴族でもあった。そのため小さい頃から虫には慣れっこな2人は、虫の死骸を見ても少し気持ち悪いと感じるだけだった。

「すぐに新しいカバーに交換しますね」

「ええ。それから、このカバーを交換した子も教えてちょうだいね」

 虫は平気ではあるが、悪質ないたずらだった。

 ビオラはすぐに侍女長であるリヨッタに報告し、残っていた侍女たちでアルゼリアのベッドを整え、部屋の中もきれいに掃除しなおした。

「私の指導不行き届きです。申し訳ございません」

 深々と頭を下げるリヨッタに、頭を上げるようにアルゼリアが言う。

「謝罪は受け取ったわ。それで、どの子がやったことかわかったの?」

「はい。本日臨時で派遣されていた侍女のニケが行ったようです。普段は第二妃の屋敷で働いていますが、今日だけはこちらに来ておりました」

 (――やっぱり!第二妃のクレア様の仕業だったんだ)

 クレアの元で働く侍女が行ったことしか分かっていないが、それだけで屋敷の人間はみんなクレアの指示だと分かった。

「今日はもう夜も遅いし、みんなは帰っていいわ。今日もありがとう」

 アルゼリアは優しく微笑み、侍女や使用人に言う。その姿は美しく慈愛に溢れており、まるで女神のようだった。

 ビオラ以外を下がらせると、ふうとため息をついてアルゼリアが椅子に腰掛ける。

「クレア様は私のことが気に入らないみたいね」

「こんな悪趣味なことするなんて」

「そうね。でも私たちが不快に思ったらクレア様が喜ぶだけだわ。抗議は明日正式にするとして。みんなも帰ったし、おしゃべりしましょう」

 確かに、とビオラは頷き、アルゼリアに笑い返した。





「クレア様!本日殿下は帰られたようです!」

 ミレイユがクレアの部屋に入ると、満面の笑みでそう言った。

「あらあらあら。殿下も虫は嫌だったのかしら?しょうがないわよね。田舎令嬢だからベッドに虫がいても自然だわ」

 くすくすと笑うクレアの足元には、若い侍女ニケが縋り付いて泣いている。

「わ、私!殿下も寝るお布団にあんなことしてしまって。殺されてしまいます!」

「触らないでちょうだい。汚らわしい」

 そう言うとミレイユがニケを引き剥がす。室内には扉の前男性が二人、侍女も数名いるが誰も助ける様子はない。

「大丈夫。殿下に殺されることはないわ」

 にんまり、と赤い唇が笑みの形を作る。

「貴方は子爵令嬢の身分で第三妃になったアルゼリアに、一方的に嫉妬して嫌がらせをしたの」

「そんな!クレア様のご指示通りにしただけです」

「侯爵家には貴方を雇った責任があるわ。その命で償いなさいね」

「ひっ。た、助けてください!」

「連れて行って」

 泣き叫ぶニケを、部屋の入り口にいた男性が二人がかりで連れ出す。

「首はしっかり王城に届けて。もちろん、罪状も一緒にね」

「かしこまりました」

 嫌よ!と泣き叫ぶニケをかかえた男性が頷き、部屋から出ていった。

「ミレイユ。殿下もあの場所が嫌になってくれたかしら?本当は虫に怒って、田舎令嬢を切ってくださればよかったのだけど」

 ふふふ、と楽しそうに笑うクレア。

「これで殿下の寵愛は私だけのもの。聖女ロザリーン様が第一妃になられる前に、早く子供が欲しいわ」

 上機嫌でそう言うと、自身のお腹を優しく撫でた。

 
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