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14話
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「僕は愚か者だ。ピュリテ」
本当に目が覚めるなら、とジェレマイアに仕えて初めて5日間の休みをもらった。もしも、妹の目が覚めるならそばに居たいと思ったのだ。
「お前が死んでしまったら、僕はどうすればいいんだ」
ピュリテとライは孤児院出身だ。ライにとってピュリテ以外に大切な存在などおらず、生きている理由はピュリテとタキアナ皇后への恨みだけだった。
「お前が死んだら。皇后を殺しに行こう」
そう言うと椅子に腰を下ろしながら、ライは目を閉じた。
ライはタキアナ皇后後援の孤児院で優秀な成績を修め、気が付けばタキアナ皇后の影として入隊していた。ピュリテが眠り病を発病してしまったとき、ライはすぐにタキアナ皇后へと会いに行った。
「お願いします!高名な医師を紹介してください!」
当時、貴族たちも眠り病にかかってしまったため、外国からも有名な医師たちを招いていた。それらの医師はツテがないと診てもらうことはできない。ライはタキアナに直接会って、そのことをお願いしに行ったのだ。
「そうねぇ。あなたはライって言ったかしら?お願い事をしたいなら、私の願いも叶えてくれないとねぇ」
そう言ってタキアナから依頼されたのは、ジェレマイアの部屋に火をつけるということだった。
「あの子。毒も刃物も何も効かないの。でもねぇ。火はまだ試していないから」
「もしも任務に失敗したら」
「頑張ってあなたが死んじゃったらね。その頑張りは認めて、医者を手配してあげるから安心してやってきなさい」
ライはタキアナ皇后の命令に従うほかに、ピュリテを救う手立てを持っていなかった。そのため、彼女の言葉を信じ、ジェレマイアの部屋に火を放ちに行ったのだ。
しかし、火を放つ前に任務は失敗し、命からがら王城から逃げ出して自宅へと帰ったライが見たのは。
「ピュリテ!!!」
誰もいない真っ暗で寒い部屋のベッドで、ただただ眠り続ける妹の姿だった。もしも自分が帰ってこれなかったら?おそらく明日にでもピュリテの命の灯は消えていただろう。
「僕は馬鹿だ。なんで信じたんだ!」
そう泣き叫び、ピュリテを抱き上げるライ。
「そうだな。お前は愚かだ。あの女は平民のことなんて、使い捨ての駒とも思っていない」
「ジェレマイア!僕の後をつけていたのか!」
突然部屋に現れたジェレマイアに、ライは手元にあった短いナイフを構えて睨みつける。
「助けてやろうか?そのまま放置すれば、お前の妹はもうすぐ死ぬぞ」
「何だと。僕に何をしろと?タキアナ皇后でも殺せっていうのか!」
「そうだ。今じゃないけどな」
そう言うとジェレマイアは花の蜜が入った小瓶をライへと手渡す。
「ひとまず、これを舐めさせるように与えろ。詳しい話はその後にしてやる」
両親が死んでから誰も助けてくれなかった。ライは常にお兄ちゃんで、ピュリテを守って強く生きていかなければならなかった。そして、信じていたタキアナ皇后に裏切られた心に、ジェレマイアの優しさがすっと入った。
「ありがとう、ございます」
この日からライは、ジェレマイアの影に入り、側近としてずっとそばに仕えているのだ。
「あの時助けてくれた殿下が。わざわざ侍女を使ってピュリテを殺すわけないか」
ジェレマイアとの出会いを思い出していたライは、目を閉じたまま呟いた。ジェレマイアがライを助けたのは、自分にとって有益な人材だと判断したからだった。それをライも理解しており、ジェレマイアのそばで働いているのだ。
「んん」
「え?」
かすかに高い少女の声が聞こえ、ライは目を開ける。
「おにい、ちゃん?」
そこには、ベッドに横たわったまま、まぶしそうに目を開けるピュリテの姿があった。何度も確かめるようオレンジ色の瞳をぱちぱちとまばたきして、ライを見つめている。
ライは慌てて窓のカーテンを閉めると、ピュリテを力強く抱きしめる。
「ピュリテ!ああ!良かった!神よ!!」
「おにいちゃん。いたいよ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめるライの腕を、ぐぐっとピュリテが押す。折れそうなほどに細いその手の指に、ライは何も言えずに力を少し緩めて涙を流した。
「私。いっぱい寝ちゃってたの?」
涙を流すライを不思議そうに見つめるピュリテ。こてん、と首をかしげる仕草に、ライは涙が止まらない。
「どこも痛いところはないかい?」
「うん。大丈夫だよ」
(――もう一度、ピュリテの声が聞けるなんて!その目を見て話すことができるなんて!)
まるで夢のようだ、とライは感情を抑えることができない。
しばらくそのまま抱きしめていると、ゲホゲホと腕の中のピュリテが咳をして、慌ててライが立ち上がった。
「喉は乾いてない?水を持ってくるよ。すぐお医者さんにも診てもらおうね」
それだけ言うとライは部屋から出て、ヴォルカーを呼びに行った。ピュリテが起きた喜びと、そして救ってくれたビオラへの感謝で胸がいっぱいだった。
本当に目が覚めるなら、とジェレマイアに仕えて初めて5日間の休みをもらった。もしも、妹の目が覚めるならそばに居たいと思ったのだ。
「お前が死んでしまったら、僕はどうすればいいんだ」
ピュリテとライは孤児院出身だ。ライにとってピュリテ以外に大切な存在などおらず、生きている理由はピュリテとタキアナ皇后への恨みだけだった。
「お前が死んだら。皇后を殺しに行こう」
そう言うと椅子に腰を下ろしながら、ライは目を閉じた。
ライはタキアナ皇后後援の孤児院で優秀な成績を修め、気が付けばタキアナ皇后の影として入隊していた。ピュリテが眠り病を発病してしまったとき、ライはすぐにタキアナ皇后へと会いに行った。
「お願いします!高名な医師を紹介してください!」
当時、貴族たちも眠り病にかかってしまったため、外国からも有名な医師たちを招いていた。それらの医師はツテがないと診てもらうことはできない。ライはタキアナに直接会って、そのことをお願いしに行ったのだ。
「そうねぇ。あなたはライって言ったかしら?お願い事をしたいなら、私の願いも叶えてくれないとねぇ」
そう言ってタキアナから依頼されたのは、ジェレマイアの部屋に火をつけるということだった。
「あの子。毒も刃物も何も効かないの。でもねぇ。火はまだ試していないから」
「もしも任務に失敗したら」
「頑張ってあなたが死んじゃったらね。その頑張りは認めて、医者を手配してあげるから安心してやってきなさい」
ライはタキアナ皇后の命令に従うほかに、ピュリテを救う手立てを持っていなかった。そのため、彼女の言葉を信じ、ジェレマイアの部屋に火を放ちに行ったのだ。
しかし、火を放つ前に任務は失敗し、命からがら王城から逃げ出して自宅へと帰ったライが見たのは。
「ピュリテ!!!」
誰もいない真っ暗で寒い部屋のベッドで、ただただ眠り続ける妹の姿だった。もしも自分が帰ってこれなかったら?おそらく明日にでもピュリテの命の灯は消えていただろう。
「僕は馬鹿だ。なんで信じたんだ!」
そう泣き叫び、ピュリテを抱き上げるライ。
「そうだな。お前は愚かだ。あの女は平民のことなんて、使い捨ての駒とも思っていない」
「ジェレマイア!僕の後をつけていたのか!」
突然部屋に現れたジェレマイアに、ライは手元にあった短いナイフを構えて睨みつける。
「助けてやろうか?そのまま放置すれば、お前の妹はもうすぐ死ぬぞ」
「何だと。僕に何をしろと?タキアナ皇后でも殺せっていうのか!」
「そうだ。今じゃないけどな」
そう言うとジェレマイアは花の蜜が入った小瓶をライへと手渡す。
「ひとまず、これを舐めさせるように与えろ。詳しい話はその後にしてやる」
両親が死んでから誰も助けてくれなかった。ライは常にお兄ちゃんで、ピュリテを守って強く生きていかなければならなかった。そして、信じていたタキアナ皇后に裏切られた心に、ジェレマイアの優しさがすっと入った。
「ありがとう、ございます」
この日からライは、ジェレマイアの影に入り、側近としてずっとそばに仕えているのだ。
「あの時助けてくれた殿下が。わざわざ侍女を使ってピュリテを殺すわけないか」
ジェレマイアとの出会いを思い出していたライは、目を閉じたまま呟いた。ジェレマイアがライを助けたのは、自分にとって有益な人材だと判断したからだった。それをライも理解しており、ジェレマイアのそばで働いているのだ。
「んん」
「え?」
かすかに高い少女の声が聞こえ、ライは目を開ける。
「おにい、ちゃん?」
そこには、ベッドに横たわったまま、まぶしそうに目を開けるピュリテの姿があった。何度も確かめるようオレンジ色の瞳をぱちぱちとまばたきして、ライを見つめている。
ライは慌てて窓のカーテンを閉めると、ピュリテを力強く抱きしめる。
「ピュリテ!ああ!良かった!神よ!!」
「おにいちゃん。いたいよ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめるライの腕を、ぐぐっとピュリテが押す。折れそうなほどに細いその手の指に、ライは何も言えずに力を少し緩めて涙を流した。
「私。いっぱい寝ちゃってたの?」
涙を流すライを不思議そうに見つめるピュリテ。こてん、と首をかしげる仕草に、ライは涙が止まらない。
「どこも痛いところはないかい?」
「うん。大丈夫だよ」
(――もう一度、ピュリテの声が聞けるなんて!その目を見て話すことができるなんて!)
まるで夢のようだ、とライは感情を抑えることができない。
しばらくそのまま抱きしめていると、ゲホゲホと腕の中のピュリテが咳をして、慌ててライが立ち上がった。
「喉は乾いてない?水を持ってくるよ。すぐお医者さんにも診てもらおうね」
それだけ言うとライは部屋から出て、ヴォルカーを呼びに行った。ピュリテが起きた喜びと、そして救ってくれたビオラへの感謝で胸がいっぱいだった。
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