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 森へと近づくに連れて、様々な音が花梨の耳に届く。怒声、歓声。ごうごうと森の燃える音、それを消すように降る雨音。

「燃えてる……」

 呆然とした様子で花梨は呟いた。

『でも、戦況はあまり動いてないみたいです!』

 ミケの声にはっと我に返り、花梨はもっと近づくようにミケに頼んだ。

 空から見ると、何故戦況が止まっているのか良く分かった。両軍の間にはエリィの姿。エリィの足元で指示を出しているのがタグミ。そして、両軍から少し離れた小さな崖の上に、王家のマークを掲げた正規軍。

 エリィの体には、何本もの矢や剣が突き刺さっている。

『エリィさん!』

 ミケが悲鳴に近い声を上げて、エリィの隣に降り立つ。

『来ちゃだめよ!』

 エリィが静止の声を上げてミケの方を見る。それにつられるように、タグミも花梨の方へ視線を動かした。

 その時。痺れを切らした兵士が、目線が外れたのを知り一本の矢を放った。その矢は勢いをそのままに、タグミの肩へと突き刺さる。

「くっ……やってくれるじゃないさ」

『タグミっ!』

 エリィの意識がタグミへと移った時、それをきっかけにするように両軍の兵士が動き出した。

 タグミの肩から流れる血を見て、花梨は表情を歪ませてタグミへ走りよる。

「タグミ、すぐに治すから」

 そう言って肩に手を当てるが、吸い取られるような感覚のみでタグミの傷は治らない。

「私は元龍の娘さね。傷は治らないよ」

「そんなっ」

 躍起(やっき)になって傷を治そうと試みる。

「馬鹿やってんじゃないよ! アンタは何のために此処に来たんだい!私の傷は平気さ。胸を貫かれたわけじゃあるまいし」

『ご主人様、今は止める方が先です』

「あ……」

 タグミから視線を外し、周りを見渡して唖然とした。始めてみる人の死は、花梨の頭に殴りつけるほどの衝撃をもたらす。

「や、やめてよ!」

 叫んでも何も変わらない。兵士達に花梨の姿は眼中に無かった。

(――雨、なんてもう降ってる。負傷者を一人ずつ治したって戦争は終わらない。一体私に何ができるって言うの?)

 唇を噛み締めて、ぐっと拳を握る。

(――このまま戦争が続けば、正規軍はイガーへ着く。その前に何とかしないと……ヴィラが動いたら戦争は止められない)

 花梨は必死で記憶を探った。此処へ自分が来たなら、何か止める術だった持ってきたはず、だと。

「ヴィラは、なんて言ってた?」

 前に夢の中であったとき。花梨は何か引っかかるものを感じて必死で記憶をさらに探る。

 そう、確か龍の娘の最大の力のことを話してくれたとき……

『一番簡単です。龍の娘だからこそ出来ることがあるんです』

ヴィラの言葉を思い出し、花梨は余計に分からなくなる。

『我は、龍の娘が呼べばすぐに答える』

 初めて龍に会った際に言われた言葉が、頭を過ぎる。

「龍さんを呼べる……」

 龍を呼べる、それは神を呼ぶに等しい事。

「龍さん、お願いだから来て!」

 雨が降る空に、喉が裂けんばかりに叫んだ。

 すると、重くどんよりとした雨雲が割れ、光が零れる。突然変わった天候に、兵士の視線が少し向いた。

 銀色の輝く鱗が、光を浴びてよりいっそうに輝きを増す。

「龍様だ……」

 一人の兵士が呟けば、それに釣られるように皆が呟く。

「それが何だ! そんなもの幻想に決まってる!」

 そう言ってツザカの兵士が、目の前のイガーの兵士を切りつけた。収まりかけていた空気が、さらにどんよりとしたものへと変わる。

 兵士達は再び目の前の敵へと視線を移し、剣を交じ合わせた。

「な、そんな……龍さん、何とか出来ないの?!」

『出来ないことも無いが、生憎此処では我の力は出し難いのだ』

「方法は、無いの?」

 必死で言う花梨に、龍は小さく唸り声を上げた。

『無いことは無い。花梨に与えている力を我に戻せば、兵士の動きを止めることは容易いだろう。だがな、それをすれば、龍の娘の力が回復するには、どれほどの時間がかかるか分からん』

「それで良いよ! ミケとか話せなくなるのは辛いけど。それよりも止めるのが先!」

 ミケの方へ視線を動かせば、ミケはしっかりと頷いた。

『ならば、我に触れよ』

 言葉のままに、花梨はそっと龍の額へ触れた。ぴりっとする痛みと供に、体中の力が吸い取られるような感覚に、ぐっと花梨は耐える。

 立っていられなくなり、その場に花梨が座り込むと龍が空高く舞い上がった。

「にゃ、にゃー!」

 心配そうな表情で、ミケが花梨に擦り寄ってくる。

「あ~、やっぱり分からないね……龍さん、何をしてくれるんだろう」

 龍は兵士達に向かって、青白い炎を吹き出した。その炎は暑さは無く、しかし兵士達はその炎を浴びると同時に体の動きを固めた。まるで、凍っているように花梨には見える。

「花梨!」

「あ、ヴィラ!」

 崖から降りてきたヴィラが、花梨をぎゅっと抱きしめた。

「良かったです……」

 消え入りそうな声で言われて、花梨は思わず泣き出しそうになる。

『王よ、時間は一日ほどだ。それ以上過ぎれば再び動き出す』

「そう、ですか」

 難しそうな表情をしたヴィラの背後には、龍に向かって跪く正規軍。その中から、予想外の人物を花梨は見つけた。

「ゼフィルド?」

 花梨が名を呼べば、些か安堵したような表情を浮かべたゼフィルドが前に出た。

「そうだ、ゼフィルド。タグミが怪我したんだよ!」

 エリィの翼の下で、苦痛の表情を浮かべるタグミの元へゼフィルドを連れていく。

「私は後で良いよ、後で。それよりも兵士達をどうにかしたらどうだい」

 そうは言うが、喋る事すらも辛そうだ。

「何だ?」

 花梨の後頭部へ飛んできた何かを、ゼフィルドが素手で掴んだ。

「ピィー!」

 ジタバタと暴れるそれは、花梨に危険を知らせてくれた赤色の鳥。

その足を見ると、白い紙が巻きつけてあった。

「これは……ゼフィルド読んで」

 文字を読めなかったことを思い出し、ゼフィルドの前に紙を突き出した。ゼフィルドは呆れるでも無しに、そのまま紙を受け取った。

「戦争は終わり、だと書いてある」

「え?」

 何のこと? と首を傾げる。

「龍主の座を手に入れた、と。どうやらクーデターを起こしたようだ」


「クーデター……」
 頭に浮かぶのはルーファの意味深な言葉。

(――やるべきことは他にあるって、こういうこと?だったら、最初から私を捕らえておく気はなかったって事かな)

「それじゃあ、ヴィラに伝えないと」

「待て、最後にまだ文が残っている」

「え?」

 振り返ってみれば、どこか呆れたようなゼフィルドの顔。

「君のためじゃない、だと」

 その言葉に花梨は、思わず微笑んだ。

『上手くいきそうだな』

「え、龍さんとは話せるの?」

『我と会話が出来るのは当たり前のこと。随分と良い雰囲気に、この天気は似つかわしくないな』

 そう言って龍が一吼えすると、どんよりとした黒い雲が消え去り、雲ひとつ無い晴天が広がった。






 数時間後、正式にヴィラの元へとイガーから報告が入る。そこには領主の交代、そしてツザカへ和平の申し入れ。

 ――戦争は、終わった。
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