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 部屋の前まで行くと、タグミは足を止めて振り返った。

「花梨、ちょっと此処で待ってな」

「うん」

 にこっと花梨が笑うと、タグミが一人で部屋に入った。

『花梨さん』

「え? あ、はい」

『そんなに緊張しなくてもいいわ。タグミの娘なら私の娘のようなものだもの』

 くす、と笑われて、花梨は微かに頬を染めた。 

『私はね、タグミが物心つくのと同時くらいに、タグミに呼ばれてきたの。だからタグミったら、ミケは聖獣に見えるけど、私は見えないなんて言うのよ? 酷いでしょ』

 悪戯っぽい目でそう言われ、花梨は小さな笑い声をあげた。それから、ちらっとミケの方に視線を向ける。

「ミケの方が、聖獣には到底見えないけど」

『ご主人様、失礼ですー!』

 ぷぅっと膨れるミケを、エリィが優しく宥めた。それだけで、ミケの機嫌はすぐに良くなった。

微笑ましい光景だな、と思いながら見つめていると、ふと誰かに似ていることに気がついた。二人の様子、というよりも、ミケのエリィを見る目が誰かに……

「あ!」

 思い当たり、思わず声を出せば、ミケに訝しげな視線を向けられた。

(――チュイ! そうだ、チュイに似てるんだ。ライヤの事を話すチュイにミケはそっくり。最初私ったら、ミケがエリィさんの事を恋愛感情として好きって勘違いしてたけど、馬鹿だったなぁ)

 ミケがエリィに向ける瞳は、尊敬の目だった。

 話ってどのくらいで終わるんだろう? と花梨が言おうと口を開いた時、部屋のドアが開いた。

「あ、タグミ。もう終わったの?」

 時間としては十分ほど。そんなに早く話が終わるものだろうか?タグミはそれに、微苦笑を浮かべて返した。

「花梨、ちょっと歩かないかい?」

「うん! 城の庭とか綺麗だから」

 タグミの斜め後ろに、ついていく花梨。
今回は、エリィとミケは着いて来ず、その場でじゃれあっている。










 この国は緑に溢れている、と花梨は思う。肌寒いこの季節にでも、青々とした葉のついた木が生えているからだ。

「綺麗だよね。この国の庭師さんは凄いよ」

 嬉しそうに笑って、タグミを見てみれば、タグミは優しい表情を浮かべて花梨を見つめていた。

「花梨、ちょっと話しておかないといけないことがあってね。まず、何故私がこの年でこの見た目なのか、気になるだろう?」

 足を止めたタグミ。花梨は素直に頷いた。

「さうさね。何から話そうか。私は、一度だけ龍様に会ったことがあるのさ」

「龍さんに?」

 文献には載ってなかったなぁ、と少し首をかしげた。

「その時に、私は伝える役目。だと言われたね。その役目が終わった時、私の止まった時間が動き出す……」

 どこか遠い所を見ているような目。その目は悲しそうでもあり、慈愛に満ちたものでもあった。

「どういう、こと?」

 突然の展開に、花梨の頭上にはクエッションマークが飛び交う。

「花梨があの森に落ちてきたのは、偶然じゃないってことさ。私があの森番についたのも、その際に龍様に言われた言葉に従ったわけだからね。まぁ、拾った時は、まさか次の龍の娘だとは思わなかったけれど」

 苦笑を浮かべるタグミに、花梨の頭は混乱気味。そんな花梨の様子に、タグミは一つため息をついて、花梨の頭を優しく撫でた。

「え、と。ちょっと待って! つまり、あの森に落ちたのは龍さんが決めてたって事?」

 しっかりと頷いたタグミに、花梨の頭もようやく落ち着いてきた。

「後……タグミの時間が動き出すって言ってたけど。それは普通に?」

 頭に浮かんだのは、浦島太郎のお話。玉手箱を開けたみたいに、今までの時間がタグミの体に降りかかってしまうのか?

 想像して、花梨は顔を青ざめた。

「突然老いが来るとは思えないけど、まぁ。普通よりは早いだろうさ」

「そんな!」

(――普通より早いだなんて、一体どのくらいなの!?)

 うぅ、と目に涙をためる花梨だが、タグミの表情は晴れ晴れとしたもの。

「それに、老いは怖くないよ。早く、サーファスに会いたいもんだね」

 タグミの口から聞こえた名前。どこかで聞き覚えがあった。

「サーファスって、ヴィラのおじいちゃん?」

「そう。劇になったりしているのは知っているね? まぁ、本当はあんな話じゃないのだけど」

 リルから聞いた話。

『ヴィラーネルト様のお爺様に当たるサーファス様のときに現れた方で。初めて聖獣様をお呼びになられた方です。ただ、サーファス様がお亡くなりになられた際にはヴィラーネルト様のお父様、ラルフ様にも仕えずに暫く城に在住したのち、姿を消されました』

 リルの言葉が、鮮明に思い出される。

「何で、結婚しなかったの? 龍の娘だから、身分違いなんてことないし」

 花梨の言葉に、タグミは悲しそうに笑った。

「逃げたのさ」

「逃げた?」

「そう。とてもじゃないけど、当時の正室の方に勝てる気がしなかった。サーフィスには結婚しようと言われたけれど、私は王族の女になれるような女じゃない」

 複雑そうな表情から、その正室の人を恨んでいないことだけは花梨に分かった。

「そう、なんだ」

 何も言えずにそう言えば、場を和ませるようにタグミが微笑んだ。

「後どのくらい、アンタと一緒に居れるか分からないけど。それまでは……」

 耳を澄まさなければ消えてしまいそうな声。その声はしっかりと、花梨の耳に入っていた。最後までタグミが言う前に、花梨が声を出す。

「あ~、と。ヴィ、ヴィラに用事あるから。それじゃあね」

 泣き笑いの表情を浮かべて、花梨はその場を走り去った。

 心臓はドンドンと大きな音を鳴らし、頭は衝撃の事実にガンガンと響くように痛んだ。

 自分の浮かべた表情が、完璧な笑顔ではなかった事には気がついていたけれどそれを訂正できるほどの、気持ちの余裕なんて無かった。



 遠ざかる花梨の背中を、タグミは眩しそうにじっと見つめていた。
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