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 神殿。大きなステンドグラスに描かれるのは龍。

 花梨自身に信仰心はないのだが、立つだけで足が震えてしまうほどの何かを感じた。

 今回は明日から治療する場を見たい、とチュイに頼んでここへ来た。

「明日から、だよね?」

 横に居るチュイに訊ねれば、しっかりと頷いた。

「でも、龍巫女様。凄いです!人の怪我を治すことが出来るなんてっ……」

 感動に打ち震えるチュイに、少しだけ苦笑を浮かべる。

(――この世界に来る時の、おまけみたいにして貰ったんだけどね)

 心なしか花梨の表情は険しく、どこか疲れすら見える。

 その疲れの元は、皆の態度だった。神殿へ来る際が特に酷く、神官の中には泣き出す者まで出ていたほど。

 相手が大きな反応をすればするほど、妙な違和感と不安が湧いて出てくるのだ。

(――今まで、嫌な時はどうしてたかな?)

 一つため息を吐いて、考える。

 すぐに一つの考えが浮かび、微かに表情が明るくなった。

「ねぇ。ヴィラーネルト王が居る場所は何処?一人で行きたいから場所を教えて」

「お一人で?王は自室にいらっしゃると思いますから、神殿を出て庭を越えればすぐですけど」

 くりくりとした目を開いて、不安げに訊ねるチュイ。

「ありがとね!それじゃあ、行ってきます」

「え、ちょ」

 突然走り出した花梨に、唖然とするチュイ。花梨はその顔ににっこりと笑みを浮かべて、逃げるように走った。

『ご主人様!』

「え?うわぁっ」

 声がするほうへ視線を向ければ、ミケが降ってきた。それを顔面でキャッチすると、そのままミケはそ知らぬ顔で花梨の肩に下りた。

「ミ~ケ~」

 がしっと首元を掴みあげると、にゃっ!と悲鳴を漏らした。

『ごめんなさい。でも、でも。置いていくなんてひどいです~』

「置いてくって?なんで神殿にいるの?」

『ご主人様の傍を離れてはいけないのです!だからちゃんと傍に居たです』

(――勝手についてきただけなんだ……)

 がくっと肩を落として、花梨は宥めるように数度ミケの頭を撫でた。

「走るから、ちゃんと掴まっててね?」

『了解です~』

 気を取り直して、再び走り出した。歩いても良かったけれど、今はとりあえず早く会いたかった。










 ヴィラは職務の殆どを自室でこなす。宰相であるライヤも、このヴィラの自室か神殿に居ることが多い。

「ライヤ。ここを」

 書類に目を通しながら、ライヤを呼ぶ。

「はいはい。ねぇ、ネル?」

「ネルと呼ぶな」

 ぎっとヴィラが睨みつけると、ライヤは楽しそうに笑う。

「なら、ヴィラとでも呼びましょうか?」

「やめろ。花梨以外に呼ばれたくも無い」

 ふんっと鼻を鳴らすヴィラに、ライヤはさらに笑みを深める。

「随分な態度の違いですね~」

 ぐいっと人差し指で鼻を押せば、嫌そうに顔を顰めてヴィラが身じろぎ。

 態度が違うと言われても、結局それが地であるのだからしょうがない。花梨にとっても偽っているわけではなく、あくまであれが本質だ。とヴィラは考えている。

「そんなことより……なんだ?」

 ダッダッダと人の足音に、ヴィラは片眉を上げて見せた。

 にゃー、という微かにした鳴き声は、ライヤの耳しか入らなかった。ライヤはふふっと笑うと、楽しげな目をしてドアを見つめた。







 はぁはぁ、と走りすぎて息が荒れる。

「く、苦しい」

 神殿から出たまでは良かった。そこから庭がとてつもなく続いたのだ。それを意地張って走り続けたものだから、心臓が爆発しそうなほどに鼓動を刻む。

 数度深呼吸をして、息を整えると、控えめにノックをした。

「何のようだ?後にしてくれ」

 ヴィラの声。ヴィラの声だが非常に棘がある。

(――やっぱり、職務中は厳しいんだね)

 あまり聞かない声だから、少しだけ胸が痛んだ。

「いいじゃないですか、入って来てください」

 ライヤの声に、花梨は少し考えてからドアはゆっくり開けた。不機嫌そうな顔が、花梨の顔を見て……固まった。

「か、花梨さん?」

 昔の呼び方をしてしまうほど慌てるヴィラに、笑い出すライヤ。さては知ってたな? とばかりにライヤをヴィラは睨みつけた。

「ごめんね、仕事中に」

 しょぼん、と落ち込んでしまう。

「いえ、ちょうど一休みしようと思ってたんです」

 首を横に振って、微笑を浮かべるヴィラ。

「本当に、随分な差ですね。ヴィ~ラ?」

「~っ!!」

 花梨がいるせいだろう。何も言えずに悔しそうにヴィラが押し黙った。

「それじゃあ、私はこの辺りで失礼しますね」

 上機嫌なライヤが、そういい残して部屋から出て行った。

(――仲良いなぁ)

 うんうん、感心するように頷いた。

「と、何のようでした?」

「あ~。ごめんね、用はないんだよ。ただ会いたくなって」

 照れたように笑えば、びしっとヴィラが固まった。

「ヴィラ?」

「今度はどんな……」

「どうしたの?」

 俯いて独り言を言い出したヴィラに、首を傾げる。

「いえ、ちょっと今までの事から考えたら」

 言っている意味が分からない。その考えが顔に出ていたんだろう、ヴィラが気にしないで良いと言って笑った。

「何かあったんですか?」

 気を取り直すようにして言う。

「ん。ちょっと色々あって。ぐ~、大変なんだよ」

 そう言ってヴィラの目の前まで近づいた。

「ただ、ヴィラと居ると落ち着くから」

 にこっと笑ってそういえば、ヴィラの顔が真っ赤に染まる。それを見られたくないのか、顔を覆って俯いた。

「ヴィラ~?」

 ヴィラの変化に気がつかず、不思議そうに花梨は名を呼ぶ。

『ヴィラさんは照れてるんです~』

「ミケ!」

「照れる?」

 ヴィラと花梨の声が見事に重なった。

「そ、そんなことよりも。一つそういえば言い忘れたことがあります」

 花梨に次を言わさぬように、すぐに口を開いた。しかし、話の内容は重要な物らしく、真剣な表情だ。

「花梨は龍巫女としていくのですから、これからはゼフィルド殿とルファムア殿とはあまり会わないほうが」

「え? ゼフィルドが使者だから?」

 ルファムアについては問題はないけれど、ゼフィルドに会えないのは辛い。

「ただの使者ならさほど問題はありませんが、両人ともに領主の息子ですから」

「えぇ?!」

 思わず声が出てしまう。

(――ゼフィルドが領主の息子……前にタグミと言い争ってたのはこの事だったのかな)

 頭に浮かぶのは、王都へ向かう日の朝の出来事。

「どうしても駄目?」

 ヴィラは眉を上げて、不機嫌そうにため息をついた。

「そんなに……いえ。そうですね。両人と同じほどに親しければ問題はないと思いますよ」

「そっか、良かった」

『良かったですー』

 ほっと安堵の息を吐いて、一緒に喜んでくれるミケを撫でる。不機嫌なヴィラの様子に、花梨は気がついていない。

 ふ、と花梨は何気なしにヴィラの顔を見つめた。

 じっと空色の瞳を見れば、何だか心がぽかぽかと温かい気持ちになれる。本物の空を見た以上の、幸せな気持ち。

 ヴィラの両手をぎゅっと握ると、にっこりと笑みを浮かべた。

「やっぱり、ヴィラと居ると何でも上手くいきそうな気がする!」

 直接本題には入っていないのに、随分と気が楽になっていた。その事に気がついた花梨は、嬉しくて堪らないという表情を浮かべている。

「そうですか」

 嬉しそうな顔を見て、ヴィラはしょうがない、というように微笑を浮かべた。
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