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 部屋の中心で、正座している花梨、その表情は情けなく歪んでいた。

「こんな時間に!」

 花梨に向かい、怒鳴っているのはタグミ。

 ゼフィルドは椅子に座り、その様子を見ていた。タグミも、ゼフィルドに今は怒る気は無いらしい。

「話くらいなら、家の中でも出来ただろうに」

 そう言って、鋭い視線をタグミは、ゼフィルドに向ける。

「静かな場所でする必要があった」

「へぇ。どんな話なのか、教えてもらいたいよ」

 タグミの関心は、花梨から移ったようだ。ゼフィルドをぎっと睨み付ける、ゼフィルドの方は涼しい顔でその視線を受けていた。

「タ、タグミ、話しある!」

 そう二人の間を割るように、花梨が声を出した。

「話? 何なんだい?」

「タグミ、私が龍の娘、知ってた?」

 緊張で口が渇くのは、小学生のときの発表会以来だ。と思う。思ったよりもスラスラ言葉が出た事に、花梨自身が安堵した。

「知ってたさ。なんだい、隠してるつもりだったのかい?」

 呆れた、とばかりに言われ、花梨はパチパチと数度瞬き。

「な、何で」

「あのねぇ。動物の言葉が分かるって時点で普通は気が付くさ。それにゼフィルドの怪我も治るもんじゃなかった」

(――本当に、最初から知ってたんだ)

 何とも言えずに、花梨は黙り込んだ。

「そんなに重要な事かねぇ?」

 その言葉に、花梨はびくりと体を震わせた。

【……重要だよ。重要だから困ってるの!】

 見てみぬフリしてた。

 少し天候が変えられるだけ、動物の話が聞けるだけ。それくらいで世界は変えられないって。本当は気が付いていた。

 霧を出せば兵士は動けない、動物の話が聞ければ殆どの情報を手に入れることができる。

 本当は、イガーかツザカ。どちらかに付けば確実に戦を勝利に導ける。分かっていた、けれど。花梨には重すぎてそれを理解したくなかったのだ。

 その言葉がスイッチだったように、急に涙腺が緩む。それを止めることも出来ずに花梨はただタグミを睨んでいた。

 どうしていいかわからずに睨むその目は、潤んでいて迫力には欠けている。

「私、考える。分からない。困る」

 こういうときに言葉が通じないことは何て不便なんだろう、と花梨は切実に思う。

「どうしたらいいのか、分からないって所かね?」

 その言葉にしっかりと頷く。

「別にどうにもしなくていいんじゃないか」

「え?」

 その言葉に涙がピタっと止まる。

「むしろ、王様の方が迎えに来るくらいじゃないと。こっちから出向いてやることなんてないんだよ」

 そういうタグミの瞳は優しさで満ちていた。

「でも、でも」

「ただ、どうしても龍の娘として表にでるつもりなら……ヴィラーネルト様の考えを聞いたら良いよ。分からないなら分からないと本人に言って。
 
 なぁに、ヴィラーネルト様も一人の娘の相談に返せないような育て方はしてない」

 そう言って微笑すると、花梨の頭を少し乱暴に撫でる。

「ヴィラに……」

 そう呟くと、タグミがにっと笑った。

「そうさ、ヴィラ坊に」

 そのタグミの言葉に、ゼフィルドがぴくっと眉を動かした。

「容易にその名を……タグミ、まるで王と面識があるような呼び方だな」

(――んん? 確かに、さっきタグミってばヴィラ坊って言ったよね)

 花梨が首を傾げて、タグミを見つめた。

「ま、昔はヴィラーネルト様の乳母をやっていてね」

 乳母、最初はきちんと頭の中で変換出来なかった。

「育て、親?」

「そういうことさ」

 王様を育てたって、それは随分凄いことじゃないだろうか?と思わずゼフィルドへ視線を送る。

「何故、こんな森に?」

 訝しげにたずねるゼフィルドに、タグミは少し気分を害したようだ。

「こんな森とは無いだろう。ここは国境の森、一番大事と言っていい場所なんだから。私はここの森の番をさせてもらってるよ」

 この言葉でようやく心の引っかかりが解けたように、花梨は感じた。

「タグミ、強い?」

「強くはないさ。平和な時代だったから任せられた。多分そろそろ交代の相手がくるはずだよ」

 苦笑するタグミ。何となく悲しそうな目だな、と花梨は思った。

「私、聞いて来る。ヴィラに」

 その意味の掴みにくい言葉に、タグミは一瞬だけ考えるそぶりを見せた。

「交代の相手の事かい?」

「そう!私、ゼフィルドと一緒。ヴィラ、会いに行く」

「ゼフィルドと?」

 眉を寄せて、タグミはゼフィルドを睨んだ。

(――この二人って、実のところ仲が悪いのかなぁ)

 無言で睨みあうその様子は、何度も見覚えがあった。

「明日だ。明日此処を出る」

 ゼフィルドの口から飛び出した唐突な言葉は、何となく予想していた花梨にはすんなりと入っていった。

 それに、あまり出発が遅くなっては意思も鈍る、と考えていたから。

「明日って、また唐突だねぇ。第一準備もあるだろうに」

「ある程度は揃えている。途中足りねばその際に購入すれば良い」

「だけどねぇ。王都までは三ヶ月もの長旅になるだろう?」

 その言葉に今まで傍観決めていた花梨が、思わず口を出した。

【さ、、さ、三ヶ月ー!?ちょっと待って、え?そんなにかかるの?】

「人の言葉を話せ」

 すぱっと興奮する花梨の言葉を、ゼフィルドが切る。

「これも人の言葉だよー!え、と。長い、かかる?」

「当たり前だ。俺が一人ならば二ヶ月といったところだが」

 その言葉にうっと押し黙る。まるで「お前はお荷物だ、文句言える身分ではない」と言われているように感じる。

(――そっか、ここでは車とかないもんね)

 移動手段は歩き、そのことを改めて思い知らされた。

「あんまり、意思の疎通が出来てないみたいだね」

 その様子を見ていたタグミが、ため息交じりにそう言った。

「何とか、なる?」

 うんうん、と頷きながらゼフィルドに言う。

「あぁ」

 相変わらず愛想も何もない返事だが、それはそれで無理だったならば「無理だ」と言うだろう、と花梨は自分を納得させた。

「とにかく、それ以上は明日にしな。もう夜も遅いからね」

 そのタグミの言葉に、ゼフィルドは無言で立ち去った。

「タグミ」

「ま、アンタも早く寝ることだね」

 ぽんぽんっと肩を叩いてタグミが笑みを浮かべた。その笑みにつられるように、花梨もにこっと笑った。
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