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 鳥に導かれるままに、向かった先。

 手荷物は途中の、タグミの小屋に置いてきてある。

「誰、だ」

 そう掠れるような低い声が響いた。

 じっと目を凝らせば、倒れている男性が見える。髪は花梨と同じく漆黒、瞳は赤色だ。その眼光はぎらりとし、思わず花梨は身を震わせた。

「そっちこそ。誰なんだい」

 タグミは厳しい表情はしていたが、花梨のように怯えは少しも感じていないようだった。

 それもそうだろう。相手は倒れて、喋るのがやっとという状態なのだから。

「……イガーか?」

 喋るのが辛いのか、それとも元々無口なのか。それだけを言うと、黙り込んだ。

「あぁ、イガーだよ……よいしょっと!」

 タグミはゼフィルドの体を持ち上げた。タグミの身長は170センチと大柄だ。しかし、背負った男性の身長は180は軽く超えているように見える。

「た、タグミ」

「こいつが重たいんだよ! 早く来な!」

「うん……」

(――拾ってもらった身で思うのもなんだけど、あんなに人を拾っていいのかな?)

 一歩一歩、重そうに足を踏み出すタグミの背中を、花梨は眩しそうに見つめた。











 早く起きないかな?つつんと男性の頬を突っついた。

 小屋に帰ってから、三時間。何故かタグミが部屋に入れてくれずに、ずっと待ての状態だったのだ。

(――むむ。ヴィラも美形だったけど、この人も格好いいなぁ。でもきっと恋人は出来にくそうかも)

 色々と失礼なことを考えている花梨、その思いを察したかは知らないが彼がゆっくりと瞳を開けた。

「おはよ」

「……む?」

 ぐっと眉間に皺を寄せて、花梨を睨み付ける。

 確かに迫力はあるが、先ほどのまるで手負いの狼のような眼光に比べれば全然だ。

「タグミ、起きた!」

 ぴょんぴょんと喜びを表すかのように花梨は走り、その様子にタグミは呆れた様子だ。

「タグミ、嬉しい ない?」

「まぁ、この年でアンタみたいにはしゃげはしないさ。それよりも、そこのアンタ。名前くらい名乗ったらどうだい?」

 そのタグミの言葉に、ぴくりと男性が反応する。二人の険しい視線が交わったとき、花梨がひょいっと彼の顔を覗き込んだ。

「わわ、忘れてた。えと。花梨、です」

 タグミの言葉に、自分が言われたかのような反応。

「花梨……」

 タグミに首根っこをつかまれ、花梨は情けない表情を浮かべる。

「黙ってるんだよ」

 思いのほか真剣な表情で言われて、花梨は何も言えずにこっくりと頷いた。その様子を、男性は顔色変えずに見ている。

「さて、と。で。名前は?」

「ゼフィルド、だ」
 
 そう名乗ると、憮然とした表情を浮かべた。

「出身地は、ツザカだね? 何をしているんだい」

「俺は……」

 何かを言おうとしたゼフィルドが、片手で口を押さえて苦しそうに目を瞑る。

「今は、体力的に無理みたいだね」

 はぁ、と諦めるような息を吐くタグミに、何か言いたげな花梨。

「怪我?」

「アンタ、気がついてなかったのかい? ほら」

 そう言って投げ渡されたのは、先ほどまでタグミが羽織っていた服。淡い紫色のそれを、不思議そうに花梨は眺めて……目を見開いた。

「これって」

 滲んだ赤。それはまだ乾いておらず生々しい。

「あぁ。死んでもおかしくない怪我だったからね」

 そういって毛布をまくると、腹部に巻きつかれた白い包帯。

「お腹? 何で、口」

(――口元を押さえてたのは、痛みを堪えるため?)

「あぁ。痛みに声を上げたくなかったか、それとも臓器がやられちまったか。どちらかだね」

「臓器?!」

 目を見開いて、花梨はゼフィルドに近づく。もう彼は瞳を閉じて、苦しそうな寝息を立てていた。

「まぁ、もうやれることはしたし。私はご飯でも作るよ」

 そう言ってすぐに部屋を開けたタグミ。

「薄情だよ!」

 少し呆然とした後で、そう様々な感情が混ざった声で言った。

(――街まで行って、お医者さんに見せないと……あ、それよりも!)

「ゼフィルド」

 今はさん付けなんて、気にしてる場合じゃない。

 タグミが来ないのを確認すると、そっとゼフィルドの腹部へ手を当てた。

 手がじわっじわと暖かくなり、自分の体から何かがゼフィルドの体へ流れるのを花梨は感じた。

(――初めてだけど、龍さんの言うとおりなら。治るハズ)

 実際はほんの10秒ほど。しかし、花梨にとっては一時間にも感じられた。はぁはぁと荒い息をついて、じっとりと流れた汗を拭う。

(――このくらいでいいかな?)

 本当は全部一気に治したかったが、さすがにそれは出来なかった。

 花梨が、龍の娘だと隠していきていくかぎり。何が何でも隠し通さないといけないから。

「でも、これで生きてくれるはず」

 そっとゼフィルドの顔の前へ、手のひらをかざす。かすかな吐息が、先ほどよりも穏やかなのを感じて頬を緩めた。

 安心したためか、全身に疲れが回り立っているのも辛くなった。

「あぁ。ヴィラに会いたいなぁ」

 自然と出た言葉に、何だか泣き出してしまいそうになる。

 叔父さんにも会いたかったが、家にいるのは何時も肩身の狭い生活をしていたので、寧ろ離れてよかったと思っていた。

 けれど、ヴィラとは。出来るなら会いたい。そう思う。

 それを阻むのが、花梨の身分。今花梨がヴィラとあったなら、花梨は『龍の娘』としてヴィラは『王』として会わなければいけないのだ。

「あ~。ややこしい!」

 ぶるぶるっと思いを振り切るように、花梨は頭を振った。

【それにしても、ゼフィルドってツザカの人なのかなぁ?て、呼び捨ては駄目だよね。

 でも、さん付け知らないし。こっちではなんていうんだろう?】

 ただでさえ日本語、それも眠っているゼフィルドが答えられるわけもなく。部屋には沈黙が広がった。
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