先祖返りの姫王子

春紫苑

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ミコーの語る第五話 11

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 人の姿を見せてしまったんだもの。
 狼だからで済ませていたことが、全然済まなくなってしまった。
 
 とくに今の王家で直系って私とトニトしかいないし、引退して別邸暮らし中の祖父母は高齢なこともあり、長時間の式典には耐えられないだろうし、私が狼に戻っちゃうと、トニトの即位式に出席する親族が一人もいなくなっちゃうんだよね。
 傍系親族の方も、バカ叔父が捕まっちゃったから半分は参列できないし、ウェルテはともかくウェルテのお父様はあんまり大きな顔して欲しくない人だし……まだ子供のトニトを少しでも守るために、私も式典に出席した方がいいって話になったのは、まぁしょうがないかなって思ってる。
 だけどさぁ、なら狼で出席させてくれたらよくない⁉︎

「なりません。そんなことをして後で困るのはミコー様でございます」
「分かってるけどおおぉぉ」
「分かっておられません。もう戦いは始まっているのですよ?」

 何度も言ってると思うけど、獣人って貴族社会だとちょっと社会的地位が低い。だから本来私は、結婚相手としては申し分ない身分だけど、獣人なんだよなぁ……って、遠慮される立場だった。
 今まで狼の私の婚約者になりたいなんて言ってくる人は、人でも獣人でも皆無だったし、そもそも私と意思疎通が図れると思ってた人がほぼいなかった。
 なのに人化できるとなった途端、お見合いが殺到し始めた……。

 ややこしいのは、人の時の私が人の匂いでしかないって部分。
 トニトは人ってことになってる。けど獣化できてしまった。私は獣人だけど人の時人の匂いがしてる。獣人で良いのこれ、ほぼ同じ条件の双子であるトニトは人なのに? やばくない? ってことになってしまって、性別の儀から十一年経過しているけど再判断をすべきではって議論に発展しちゃった。
 で、人ってことになったら絶好の出世機会チャンス! その可能性に賭けよう! ってことで、私と結婚したいと言い出す奴がむちゃくちゃ増えちゃったの!
 今の私に王位継承権がなくても、トニトの今後によっては、私の子供に可能性が生まれてくるかもしれないってことなんだよね……。
 両親ももういないし、狼で生きてきたならきっと頭も弱い(なんて言い草!)にちがいない。押しまくって適当なことを言っておけばそのうちなびくだろう。とか、うまく取り込めば次の王はうちの一族から出せるかもだし色々皮算用はかどっちゃう! ……ってのが透けて見える顔合わせって最悪だよね。
 
 そんな現状を打開するためにも、所作は必須。「侮られないためには、きちんとしてみせるしかありません」と、タミア。
 即位式に人の姿で出席する意味は大きいのだって、とってもやる気だ。

「ミコーは頭が悪いわけじゃないし、トニトの代わりができるほど教養面に関しては申し分ないのだから、所作を洗練させる価値は確かに大きいと思うよ」

 優雅にお茶を飲みながらウェルテは他人顔。
 式典が終われば王位継承権を放棄できるし、はれて王立文明文化研究所ブンカケンに所属できるとあって、毎日すこぶる上機嫌。
 式典は目と鼻の先。あと半月もない。
 それまでで完璧に振る舞えるようになれって難しくない⁉︎
 タミアがこんな鬼教師と化しているのも、現状がかなり危ぶまれるからだと思うし……まずは式典を乗り切ることだけ優先して、私の恥なんて気にしなきゃいいと思うの。
 私はほら、今後も狼で過ごせば結婚とかいらないわけだし。

「よくありません!」
「僕もそれは、嫌だなぁ」

 猛反対するタミアと一緒にトニトまで言うから困っちゃう。

「私だって最善だとは思ってないよ? だけど時間もないし、あれもこれもってやって全部中途半端になるよりはいいと思うんだよね」

 直系の血を繋げるのがトニトしかいなくなるっていうのは確かに将来的に心配も多いけど、変な争いの種をつくらないということでもあるわけで、悪いことばかりじゃないよ。

「そうじゃなくて、ミコーに狼でいるしか選択肢がないのが嫌なんだ。せっかくこうして言葉を交わせるようになったのに……」
「今までだってトニトは私の言いたいこと理解してくれてたよ?」
「察した気になってただけだよ……本当の意味で全部分かってたわけじゃない」

 僕はミコーが人になれるなんて知らなかったんだよ……と、意気消沈気味に言うのは、ほんと困っちゃう。

「知ってれば襲撃の時だって……取れる手段、やり方はもっとあった。十年前のことも、日常でもね……」

 それはまぁ、そうだけど……。
 
 あれからね、色々トニトと話したんだよ。
 十年前、夜の庭で私がバカ叔父を見ていたことや、薬で眠らされていたトニトが、完全に眠っていたわけじゃなかったこと。
 霊廟の帰り、襲撃から逃げた後、お互いがどんなふうに過ごしていたかも。
 私は私で、トニトは狼になれないつもりでいたなんて、思ってなかった。
 
確かに、互いが互いの姿になれることを知っていれば、二人で話ができていれば、もっと色々やり方があった気はしてる。
 私も人で結構過ごしたから、狼の自分以外にも目が向くようになったし、今後一生狼で過ごしなさいって言われると、ちょっとなんかもったいないなって思うし……。
 まだ十二歳の子供でしかない私たちは、大人の手を借りなきゃいけないし、もっと大きくならなきゃいけない。なによりトニトは国という重積を負うわけで、それをトニトひとりに押し付けてしまうことはしたくないよね……。

「できるなら、トニトの手伝いくらいはしたいな」
「僕もできるなら、ミコーの可能性を潰したくない。人の姿のミコーも、失わせたくないよ」
「だけどさ、下手に失敗してトニトの足を引っ張るのも嫌だよ」

 私がちゃんとできなかったら、ほらやっぱりとか、これだから狼は……とか、言われちゃうでしょ? トニトがそれで余計に頑張らなきゃいけなくなるのは嫌だよね。
 どうしようかなぁって悩んでたら、お茶を飲み終えたウェルテがおもむろに足を組み――。

「じゃあ今は式典で必要な部分だけを詰め込んでもらいなさい。その後に関しては、私が秘策を伝授してあげるから、それである程度時間稼ぎできると思うよ」

 今すぐどうにかしなきゃいけないと思うから大変なんでしょう? って、にっこりウェルテ。

「……秘策?」
「あぁ。一年くらいの時間稼ぎと、露払いができるとっておきなんだ。トニトとミコーには私も頑張ってほしいし、ミコーと話ができなくなるのは私だって嫌だからね」

 なんか含みある笑顔だなー……と、思ったものの、頭のいいウェルテが言うんだから、きっととってもすごい案なんだろう。

「……式典までのことだけ、頑張ればいいんだね?」
「うん。できるだろう?」
「それならまぁ……」

 がんばらないでもない……。

「決まりだ。では女中頭、後のことは私に任せて、今やることだけに集中しておくれ」
「畏まりました」
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