先祖返りの姫王子

春紫苑

文字の大きさ
上 下
31 / 36

ミコーの語る第五話 9

しおりを挟む
 私に突き刺さる前に、割り込んだ別の剣先に絡め取られ、掬い上げられた。

 獣人騎士の手を離れた剣が宙で弧を描いているうちに、ハエレは流れのまま剣を引き戻し、その一人目を斬り伏せる。
 十年前と変わらない……いや、それ以上。無駄が極限まで削ぎ落とされた最小限の動き! 
 だけど押し寄せる獣人騎士らを前に、左脚を庇う……。

 ――そうだった、彼は左脚がないんだ。
 
そこに手枷を解かれたクーストースが割り込んで、落ちてくる剣を掴み取り、私を守るように前で構えた。タミアもこちらに駆けてきて、私とトニトを抱き寄せる。

「大丈夫、たいした抵抗はできまいよ。この人数差じゃね」

 連れていた武官に庇われ一歩引いたウェルテが言い、代わりに入った武官が抜剣する間に、迫ってきた獣人騎士はおかしな動きを察知した他の騎士らによって、あっという間に抑え込まれていた。
 矢を放った賊も、遠方で取り押さえられている様子。

「そもそも、トニトが生き残り帰ってきたという時点で、叔父殿は詰みだ」

 王子が死亡した確信があったからこそ、偽物王子の私に罪をなすりつけて始末しようとしたんだろうとウェルテ。そうすれば王になる気のないウェルテは王位継承権を放棄したろうし、叔父が満場一致で王位を継いだ。

「王になる絶好の機会を得て、これ以上の我慢ができなくなったのだろうね」

 私を人と思い込み、ミコーだと気づかなかったこと、殺したと思ったトニトを殺せていなかったこと、ウェルテがこっち側として動いたこと。全部が叔父の予想を裏切った。
 確かに、叔父が正当な手順で王位を継承できる手段は断たれたけど――こんなに悠長にしてる暇はないと思うよ!

「バカ叔父を捕まえなきゃ、逃げちゃう!」
「王宮内がこの騒ぎで逃げ切れるとは思えないけどね」

 ウェルテは肩をすくめ、能天気に言う。けど、私はそうは思わない。

「十年前の、トニト誘拐未遂事件も多分、バカ叔父の仕業なの! それってつまり、私たちの知らない隠し通路や仕掛けを、あいつが知ってる可能性高いってことでしょ?」

 そしてそれは、バカ叔父が十年以上前から王位簒奪を狙ってたってことでしょ。
 なのにこのまま降参なんてするはずない。逃げたってことは、この中途半端な襲撃は時間稼ぎ。まだ諦める気がないってことだよ。
 もともとバカ叔父は、謀反を起こしてでもトニトを殺し、王位を簒奪するつもりでいたんだもん!

政変クーデターの準備をしてたってことだよ。なら、軍隊だって隠し持ってるって考えるべき! このまま逃したら、今度は戦を仕掛けてくると私は思う!」
 
    ◆
 
 私たち、すぐ叔父を追いかけようとしたんだけど……。

「お待ちください! これより先はお二人のなさることではありません!」

 我に返ったタミアに捕まえられ、一旦部屋に強制連行されてしまった。

「なんでー、急いでるのにーっ!」
「当然です! 今どのような格好をなさっているとお思いですか!」

 そりゃ真っ裸に外套マントとか真っ裸に寛衣ガウンとか、人的によろしくない格好のは分かってますけどーっ!
 急がなきゃいけないのにと焦る私を横に、トニトはホッとした表情。

「ミコーはずっと狼だったからあんまり気にならないのかもだけど、僕はありがたいかな……」

 あれだけ人に見られている場所で、真っ裸になるのは正直恥ずかしかったんだって。
 本当は、最低限の衣類を身につけておきたかったのにとボヤくトニト。
 だけどハエレが微妙な表情で。

「狼が下穿パンツだけ身に付けてるのもどうかと思うんですよ……」

 その言い分に、私とウェルテは顔を見合わせ、うんうんと頷いた。

「それは変だよね」
「変だね。というか逆に恥ずかしい」
「そう思ったから僕も我慢したんだよ!」

 まぁそれで、服は着なきゃいけないよねってなったんだけど、私はずっとトニトのふりをしてたから、女物の衣服って下着以外持ってないんだよね。だからトニトの服をまた借りることとなった。

「トニト、脱ぎやすいの貸して、狼になったほうがいいこともあると思うし……あっ、もしかしなくても私は狼に戻っておけばよくない⁉︎」
「それだと喋れなくなっちゃうから、色々困ると思うんだよ。まず僕らはお互いがどうしてたかを知るべきだと思う」

 それで私、着替えの間にトニトと別れてからのことをかいつまんで話した。
 ミーレスのことを伝えるのは辛かったけど……今のミーレスはトニトを襲撃した一味として扱われてるから、そうじゃないってことをトニトに分かってもらわなきゃいけなかった。
 一通りを聞いた後、トニトは神妙な面持ちで私に約束してくれた。

「ミーレスのことは、このゴタゴタが片付いたら、ちゃんと訂正する。正しく彼を弔うよ」
「うん、そうしてあげて」

 死んで来世に旅立った人をどう弔おうが、帰ってきてくれることはない。でも……安らかに眠ってほしいし、憂いなく次の世に生まれてほしい。
 タミアも絶対、そう思ってるはず。
 泣きそうになっちゃって、慌てて目元をゴシゴシしてたら、トニトの手が私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「……ミコー、僕らは幸せだよね。たくさんの人に大切にしてもらってる。その分を次の世に返せるような、ちゃんとした大人になろう」
「うん……」

 トニトのこういうところ、本当に好き。
 

 トニトの事情も聞きたかったんだけど、着替えの時間はあっという間に終了。
 まずはバカ叔父をなんとかするのを優先しようとなった。
 叔父の逃走は騎士らにも伝えられ、見つけ出すよう命じてあったけど……未だ発見の報告はない。おそらく予想通り隠し通路を利用してるんだろうけど、騎士らの中には叔父の間者も多数含まれているみたいだったし、下手に情報を与えるわけにもいかない……。
 とくに追跡なんかに特化してる獣人騎士らは、叔父の所有物と化している可能性が高くて、思った以上に動きにくい状況だ。

「確実に信頼できる獣人騎士がいない以上、追跡は難しいな……」

 王宮の隠し通路を使って逃げているであろう叔父を追う以上、関わった人は国の秘密を一生抱えていくことになっちゃうし、そういう重積はあまり与えたくないんだよなとトニトは思案顔。

「難しくないよ。私が臭いを辿ればいいんだし」

 人の姿だと多少嗅ぎ分けにくくなるけど、全然できるよ!
 あの人の匂いはちゃんと覚えてる。

「ある程度、進んだ先だけでも絞れたらどの隠し通路を使ってるか絞り込めるだろうしね。……とはいえ、私が知ってるのはほんの数本だからな……」
「僕もまだほとんど教えられてなかったんだよね……」

 これは大変かもしれないと、二人は眉間に皺を寄せてる。隠し通路とかって、子供のうちだと遊んで入っちゃうかもしれないからって、あまり教えてもらえないんだよね。
 でもね……大丈夫!

「私、王宮の隠し通路結構知ってる」

 そう言うと、トニトとウェルテはびっくり顔。

「僕はまだ全然教えられてなかったのに……お父様に聞いたの?」
「ううん、自分で見つけたよー!」

 変なところで人の匂いが途切れてたり、その場所と違う匂いの空気が混じってたりする所は大抵秘密通路に繋がってたよ。

「だから近くまで行けば、分かるかも!」

 偉ぶってるバカ叔父が一人きりで逃げてるとは思えない。きっと幾人か部下を連れてるだろうし、臭いを辿るのはそんなに難しくないと思う。ある程度近くに来れば、どの通路を使ってるか絞り込めるよ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

処理中です...