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ミコーの語る第五話 7
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腰紐で括られただけの夜着は、獣化で膨れ上がる私の身体からスルリと落ち。
手首を締め付けていた手枷も呆気なく弾け飛んで、足元に転がった。
全身を熱が駆け巡って、その熱が体外に溢れるような感覚。
獣人の獣化はギチギチミシミシと骨を軋ませ、身体を作り変えるように変化するけれど、私は人生のほぼ全てを狼で過ごしてきたんだもの、狼の自分を取り戻すことになんの抵抗もない。
あぁ、久しぶりの開放感!
するりと人の姿を脱ぎ捨てた私は、気持ち良すぎて空に向かい、高く長く遠吠え。すると、それに応えるような笛の音が聞こえた。
◆
「…………な……」
言葉を失ったバカ叔父。
「素晴らしいなミコー! なんて美しい獣化だろう!」
手を叩く勢いで大喜びするウェルテ。
「バカな! 其奴は人の匂いであったと……そう報告を受けているのだぞ⁉︎」
叔父は座してた椅子から中腰になり、頭を抱えるようにして叫んだ。
そうだろうね。調べてないはずがない。だからこそあんたは今の今まで、私がミコーだってことに全く気づけなかった。
「ははは、トニトもそうなのだから、ミコーだって人の姿であればそうだろうさ」
「ミコーは獣人だ! 性別の儀でそう告げられたではないか!」
叔父の言葉に、ウェルテはくすくすと笑った。
「そうだな、狼の匂いを確認したのだから、狼の匂いがするのは当然のことだ。
だが獣人研究の第一人者であったマルクス氏も、獣人全ての主と今も慕われるレイシール・ハツェン・セイバーン氏も、著作『我らの成り立ちについて』に、匂いだけで獣人と人を正確に判別するのは不可能と明記しているし、人の姿に、ほぼ人の匂いでありつつ、精神面が著しく獣人であった人物の事例も記載されている。性別の儀が絶対に正確ではない。そうであれば、決定に不服を訴える裁判など起こらないだろう?」
騎士をかき分け処刑台に上がってきたウェルテは、そう言って私の首を撫でた。
そうして自身が纏っていた外套を外し、私の前で大きく広げ――。
「何より今、彼女がこうしてここに居るじゃないか! さあミコー、もう一度麗しい人の姿を見せておくれ」
言われる通り人の姿に戻ると、途中で外套が身体に回しかけられた。
獣化で壊れてしまった手枷を蹴飛ばして、私は外套を掴み、ウェルテを見上げる。
私を見下ろしたウェルテもニコリと微笑み、二人揃って叔父を見た。
「彼女は王族だ。王家を騙ってなどいないし、権力の濫用もしていない。王子を襲撃、暗殺して成り替わるはずがない。なにせそんなことをする意味がないのだから」
「ま、待て! 王族であることは認めよう……だが、トニトルスでない者がトニトルスを騙り署名したのは事実だ! それが其奴が王位簒奪を狙っていない理由にもならん!」
わぁ、往生際が悪い。
でもそれは確かにその通りだし……どうしようかな? って首を傾げたら。
「もしそうだとしても、姫はトニトルス・ルプス・フェルドナレンの代わりに留守を預かり行動しただけのことだろう。このような時どうするかの指示はされていたのさ。でなければ、帝王学など学んできていない狼だった姫に、あのように見事な采配が振るえるものか」
いけしゃーしゃーだ!
頭がいいもんねウェルテ! 口八丁はお手のものだね!
流石だと思ってたら、調子に乗ったのかウェルテったら。
「そもそも……あの時の王子が姫だったという証拠もない。もしかしたら王子だったかもしれないし」
……いや、それは無理があるんじゃないかな?
なんでそんなおかしなこと言っちゃった? と、ウェルテの袖を引っ張ったら、ウェルテはにっこり笑顔。
「姫と王子は本当に瓜二つだからね。私も同じ衣服を着られていたら全く区別がつかないと思う。例えば……今までも王子と姫が入れ替わり、互いのフリをして過ごしていたことがあったとして……そのことに誰か気づけていたかな? 我々は誰一人として、気づけていなかったろう? 王子は人だ。人は獣化しない。そう思い込んで、狼に変じれる可能性自体を考えていなかったものな」
ちょっとちょっと、ウェルテ落ち着いて、むちゃくちゃ言い始めちゃってるよ。
変なこと言ってるとボロが出るよと袖を引っ張る。だけどそこで、ざわめいていた人垣が割れ、悲鳴が上がった。
人を乗せ疾駆してきた白い塊が大きく跳躍し、柵と騎士の列を飛び越え乱入してきたんだ。
どこか見覚えのある白っぽい塊は、まるで私とそっくりの、大きな狼。そのまま処刑台に駆け上がってきたと思ったら、背中に掴まっていた巨躯を下ろしてブルリと身を震わせた。
人化するんだって分かったから、私は身に纏っていた外套を開き、縮んでいく狼を抱きしめるみたいに包み込む。
大きかった塊はスルスル小さくなった。もうすっぽり外套の中にかくれてしまったのだけど、次の瞬間――。
腕の間から、私とそっくりなもう一人が顔を出した。
もちろんそれが誰か、私は分かってる。
私の半身。
お母様のお腹の中からずっと一緒だった、もう一人の私。
「トニト……」
「ミコー、ただいま」
記憶にあるよりも少し低い声。だけど、トニトだった。
手首を締め付けていた手枷も呆気なく弾け飛んで、足元に転がった。
全身を熱が駆け巡って、その熱が体外に溢れるような感覚。
獣人の獣化はギチギチミシミシと骨を軋ませ、身体を作り変えるように変化するけれど、私は人生のほぼ全てを狼で過ごしてきたんだもの、狼の自分を取り戻すことになんの抵抗もない。
あぁ、久しぶりの開放感!
するりと人の姿を脱ぎ捨てた私は、気持ち良すぎて空に向かい、高く長く遠吠え。すると、それに応えるような笛の音が聞こえた。
◆
「…………な……」
言葉を失ったバカ叔父。
「素晴らしいなミコー! なんて美しい獣化だろう!」
手を叩く勢いで大喜びするウェルテ。
「バカな! 其奴は人の匂いであったと……そう報告を受けているのだぞ⁉︎」
叔父は座してた椅子から中腰になり、頭を抱えるようにして叫んだ。
そうだろうね。調べてないはずがない。だからこそあんたは今の今まで、私がミコーだってことに全く気づけなかった。
「ははは、トニトもそうなのだから、ミコーだって人の姿であればそうだろうさ」
「ミコーは獣人だ! 性別の儀でそう告げられたではないか!」
叔父の言葉に、ウェルテはくすくすと笑った。
「そうだな、狼の匂いを確認したのだから、狼の匂いがするのは当然のことだ。
だが獣人研究の第一人者であったマルクス氏も、獣人全ての主と今も慕われるレイシール・ハツェン・セイバーン氏も、著作『我らの成り立ちについて』に、匂いだけで獣人と人を正確に判別するのは不可能と明記しているし、人の姿に、ほぼ人の匂いでありつつ、精神面が著しく獣人であった人物の事例も記載されている。性別の儀が絶対に正確ではない。そうであれば、決定に不服を訴える裁判など起こらないだろう?」
騎士をかき分け処刑台に上がってきたウェルテは、そう言って私の首を撫でた。
そうして自身が纏っていた外套を外し、私の前で大きく広げ――。
「何より今、彼女がこうしてここに居るじゃないか! さあミコー、もう一度麗しい人の姿を見せておくれ」
言われる通り人の姿に戻ると、途中で外套が身体に回しかけられた。
獣化で壊れてしまった手枷を蹴飛ばして、私は外套を掴み、ウェルテを見上げる。
私を見下ろしたウェルテもニコリと微笑み、二人揃って叔父を見た。
「彼女は王族だ。王家を騙ってなどいないし、権力の濫用もしていない。王子を襲撃、暗殺して成り替わるはずがない。なにせそんなことをする意味がないのだから」
「ま、待て! 王族であることは認めよう……だが、トニトルスでない者がトニトルスを騙り署名したのは事実だ! それが其奴が王位簒奪を狙っていない理由にもならん!」
わぁ、往生際が悪い。
でもそれは確かにその通りだし……どうしようかな? って首を傾げたら。
「もしそうだとしても、姫はトニトルス・ルプス・フェルドナレンの代わりに留守を預かり行動しただけのことだろう。このような時どうするかの指示はされていたのさ。でなければ、帝王学など学んできていない狼だった姫に、あのように見事な采配が振るえるものか」
いけしゃーしゃーだ!
頭がいいもんねウェルテ! 口八丁はお手のものだね!
流石だと思ってたら、調子に乗ったのかウェルテったら。
「そもそも……あの時の王子が姫だったという証拠もない。もしかしたら王子だったかもしれないし」
……いや、それは無理があるんじゃないかな?
なんでそんなおかしなこと言っちゃった? と、ウェルテの袖を引っ張ったら、ウェルテはにっこり笑顔。
「姫と王子は本当に瓜二つだからね。私も同じ衣服を着られていたら全く区別がつかないと思う。例えば……今までも王子と姫が入れ替わり、互いのフリをして過ごしていたことがあったとして……そのことに誰か気づけていたかな? 我々は誰一人として、気づけていなかったろう? 王子は人だ。人は獣化しない。そう思い込んで、狼に変じれる可能性自体を考えていなかったものな」
ちょっとちょっと、ウェルテ落ち着いて、むちゃくちゃ言い始めちゃってるよ。
変なこと言ってるとボロが出るよと袖を引っ張る。だけどそこで、ざわめいていた人垣が割れ、悲鳴が上がった。
人を乗せ疾駆してきた白い塊が大きく跳躍し、柵と騎士の列を飛び越え乱入してきたんだ。
どこか見覚えのある白っぽい塊は、まるで私とそっくりの、大きな狼。そのまま処刑台に駆け上がってきたと思ったら、背中に掴まっていた巨躯を下ろしてブルリと身を震わせた。
人化するんだって分かったから、私は身に纏っていた外套を開き、縮んでいく狼を抱きしめるみたいに包み込む。
大きかった塊はスルスル小さくなった。もうすっぽり外套の中にかくれてしまったのだけど、次の瞬間――。
腕の間から、私とそっくりなもう一人が顔を出した。
もちろんそれが誰か、私は分かってる。
私の半身。
お母様のお腹の中からずっと一緒だった、もう一人の私。
「トニト……」
「ミコー、ただいま」
記憶にあるよりも少し低い声。だけど、トニトだった。
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