先祖返りの姫王子

春紫苑

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ミコーの語る第五話 3

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 足音がした。
 二日間暇してた私は瞳を閉じていたけれど、そっと開き鉄格子の向こうを確認。
 壁に寄りかかり、座るようにして眠っていたのは、視線を隠しておける利点のためと、すぐ動けるようにするため。
 隣のタミアを揺り起こしてから、計画通り寝たふりをしておこうと目配せし合った。

 足音は少し焦っていた。
 早歩きで一直線に私たちの牢に向かってくるよう。他の囚人には目もくれない様子で、ただひとりきり、せかせか動いている。
 
――こんな時間に処刑はないだろうし、誰だろう?

 私たちのこと、こっそり確認に来た家臣の誰かかな? それとも逃げてきた泥棒? だけど近づいてきた匂いは嗅いだことのあるもので、正直会いたいとは思わない相手のもの。

「…………」

 牢屋の前まで来たその人は、私たちが眠っていると思ったよう、牢の鍵を開けようとしているのか、チャラチャラとした金属音がしばらく続き、やっと鍵が開いた。
 鉄格子を押し開きそのまま中に入ってきて、私を揺り起こそうというのか肩に手が触――。
 力任せに払い除けて、そのまま押し倒そうと前のめりになった私を、その人は難なく受け止めてしまった。

「クーストースっ!」

 やっぱりあんただった! だけど好き勝手なんてさせない、絶対負けないんだから!

「タミア、格子が開いてる、先に行って!」

 そう叫んだけれど、荒々しい手が口を塞ぎ、そのまま床に押さえつけられてしまった。やっぱり人の姿じゃダメか……そう思った時、クーストースは小声で。

「静かに! 何もしませんからどうか騒がないでください」

 むかっ!

 ――もうしてるじゃん!

 言うこととやること揃えなさいよ!
 暴れながらモゴモゴ呻く私の口を塞いだまま、クーストースは焦った様子。

「お願いです、どうか……もう今しか機会チャンスがない。後生ですから、どうか今一度だけ、私の言葉を聞いてください、ミーレスに誓って、貴女にもタミアにも危害は加えませんから」
 
 ――お前がミーレスの名前を口にするなんて許さない!
 
 思考が振り切れたとでも言えばいいのか……その瞬間私は怒りで我を忘れた。
 ぐわっと体内から外に熱風が吹き抜けるような、身体を狼へと変貌させる激情に身を任せると、指先から変化は始まっていたの。
 爪が伸びて、指が短くなって、毛穴という毛穴から体毛が生える。
 だけどその変化を待つのももどかしくて、私は膨らむ身体にでクーストースの腕を振り解き、胸に爪を立て、首元に食らいつこうと口を――。

「なりません!」

 柔らかい身体が覆い被さるみたいに私を抱きしめた。

「いけません、今はなりません!」

 必死に私を落ち着かせようとしてるのがタミアと分かって、勢いで傷つけちゃったらいけないと咄嗟に思った。
 だけど怒りはどうにも私の内で吹き荒れ、悲しみが溢れてくる。

「いやだ、こいつだけは許せない!」

 だってこいつは、ミーレスの最後の願いを無碍にした、そのうえミーレスの亡骸なきがらを足蹴にしたんだ!
 ずっと我慢してた、考えないようにしてたけど、お前がミーレスの名前を口にするなんて我慢ならない。ミーレスの名前を口にする権利がお前にあるわけない!

「ミーレスにあんなことしたやつの言葉なんか、聞きたくないもん!」

 怒りのまま、狼の手で頬に爪を立て引き裂いてやったら、鮮血が散った。
 だけど肉をえぐる感触と鉄臭い匂いはとても生々しく、恐ろしくて、死の瞬間私に覆い被さり庇ってくれた、ミーレスの匂いを思い起こさせ――無意識に腕を引いてしまっていた。
 狼になりかけていた身体も、萎むみたいに元に……。
 だから目線が、クーストースの頭上から胸の辺りに戻ってしまって……頬を引き裂かれる痛みを甘んじて受け入れた、クーストースの悲痛な表情も、見えてしまった。
 クーストースは、相当痛かったろうに、呻き声ひとつあげなかった。
 血を拭うこともせず、涙を流すみたいに血を溢し、衣服に大きなシミを広げていく。

「……お怒りは、理解しています。自分がしたことも、分かっています。ここを出て安全な場所までお連れしましたら、そこで私をどのようにしていただいても構いません。ですからどうか今だけ、そのお怒りを胸の内に収めてくださいませんか。ミーレスの……彼の遺言を、叶えるために」

 ミーレスを語るなんて許さない。
 だけど、ミーレスの最後の言葉を叶えるためっていうなら、我慢するしかない……っ。

「タミアにはそれ以上近づかないで」

 そう言うと、クーストースは一歩身を引き、深く頭を下げた。

「仰せのままに」
「……それで何」
「今、宮内が少々荒れております。明日に貴女様の公開処刑を行う旨を通達したのですが、思わぬ反発を招いたためでございます」

 ふぅん? なんでか知らないけど、それがなんだっていうんだろう。

「この隙に、タミアと共にお逃げください。できるだけ遠くへ……北の山脈を越え他国まで逃れることができたなら、おそらく逃げ切れる」
「……」

 ……なんでこいつが私を逃がそうとするんだろ?
 なにより、私の獣化を見ただろうに、どうして何も言わないんだろ?

「裏門に馬を用意致しました。多少の荷物も積んでありますので、行きましょう」

 全然動じず当たり前みたいにするの、なんか解せない。
 なによりまるで味方であるみたいに言うから、ちょっと腹が立った。

「……私を逃したらバカ叔父にいい顔できなくなるんじゃない?」

 嫌味いっぱいにそう言ってやったら。

「構いません……もう目的は果たせたので」

 あーそぉですか! もう吸える汁は吸い尽くしたからバカ叔父もポイですか!
 ほんとこいつ嫌い、すっごいヤな性格!
 行きましょうと促すクーストースの後に続きながら、私はその背中にベーッと舌を出した。
 絶対こいつに懐柔されてなんかやらないと心の奥で思いながら、さらにずっと奥に、チクンと小さな痛みを感じながら……。
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