先祖返りの姫王子

春紫苑

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トニトの語る第四話 8

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 轟音に続き、振動。
 家ごと揺れている? そう気づいた時、愕然とした。
 襲撃の夜の絶望と、似ている緊張感……。
 ガタガタ揺れていた馬車。横転して、逃げて、追っ手が迫ってきた時に感じた恐怖。頭が真っ白になって身がすくんだ僕は――。

 けど、次の瞬間。横抱きに抱えられ、床に毛布ごと押さえ込まれていた。
 僕に覆い被さる闇は、温かく、大きな鼓動が響いてくる。

 ――これも似てる。

 あの夢の続きに。
 恐怖のあまり息が詰まった。けど、直ぐに頭を撫でられ、背中をさする無骨な手と、声。

「大丈夫です、音は遠い。ここにまでは来ないでしょう」

 来ない? こんなに振動が響いてくるのに? 僕のことを身を挺して庇っているのに?
 バキバキ、バチバチ、ドドォ、ザラザラという異音はしばらく続いたけれど、音は次第に小さくなった。
 廊下の方はまだバタバタと人の走り回る音が行き交っている。そのうち、一際軽い足音が近づいてきて。

「ハエレー! 私らちょっと確認行ってくるから、アシウスよろしくねーっ」

 アレーナの扉越しの声は、こんな事態なのにハキハキ元気で、なんだかちょっとだけ気持ちが救われた気がした。

「おう、ヘマするなよ」
「するわけないじゃーん!」

 元気に言って遠退く足音。
 外が騒がしくなってきていた。
 皆が起き出し、動き出したんだ。

「……僕らも、起きて身支度しておこう。何があっても動けるように」

 少なくとも、ゆっくり眠ってられる状況じゃないことは、分かりきっている。
 
    ◆
 
 しばらくして。
 状況を確認してきたアレーナたちによって、街の被害を僕らは知ることができた。
 未明の轟音は、山肌の一部が雨により地滑りを起こし、それが近くの渓流に流れ込んだ結果、土石流となって麓を襲ったものだという。

「川の一部が決壊してる」
「地滑りのとこは家が巻き込まれたり、崩れたりしてた」
「土石流は、基本川に吸収されたみたいだな。その分川がヤバいことになってるけど」

 時間が仇となり、就寝中だった家庭がとても多く、行方不明、死亡者共に把握しきれていないという大惨事となっているそう。

「けどまだ雨は止まないし、こう暗くちゃな」

 現状での救助活動は二次災害を招きかねないと、まずは住人の避難が優先されているとのこと。僕らが泊まる宿周辺は蛇行する川の内側だから、比較的安全。そのため避難者の受け入れを初めており、この宿の空室にも、避難家族がすでに数組割り振られたよう。

「街道も土砂に埋まっちゃって馬車は当面通れないみたいだよ。できるだけ早く王都を目指すとなると、やっぱ回り道ってことになるんだけど……」

 口籠るアレーナは、とても落ち着かない様子に見えた。
 雨よけの外套をぐずぐずになるほど濡らして帰ってきたのだけど、外に行きたそうというか……窓の外ばかりを気にしている。
 仲間に荷物をまとめておくよう指示をしつつ、何度も考え込んでいたアレーナは、待ちきれなくなったように、もう一回外を見てくると踵を返し――手首を、ハエレに掴まれた。

「全部言ってからにしろ」
「えっ、何を?」
「お前が腹の内に納めあぐねてるもんをだ。おおかた、救助に行きたいとか抜かすんだろうけどな」

 指摘され、慌てたように違うと手を振るけれど、僕の目にもそれが嘘だということは明白。
 アレーナは、明るく元気で、世話焼きだ。
 自分から色んなことに首を突っ込むし、僕だって構い倒してきた。
 困ってる人を放っておける人じゃない。

「言ってください」
「っ……でも、急ぐ……でしょう?」

 僕をチラリと見て申し訳なさそうに。
 だから僕は、留守番しているうちに固めていた覚悟を口にすることにした。

「人命優先です。僕のことは、さほど切迫していないのだから」

 今まで四ヶ月もの間、こうしていたんだもの。そもそも人型に戻れなければ、もっと足止めを食らっている予定だった。

「言ってください。できることがあるなら、僕も協力したい」

 ただ問題は、僕が人に戻ってしまったこと。

「こうなってしまいましたから、僕は人前に出るわけにはいかない。だから手数になれないのが申し訳ないんですが、ここのためにできることがあるなら、そっちを優先しましょう」

 王宮にいたとしたら、僕はこの災害に対し対応しなくちゃいけない身だった。
 僕がこんなところにいるせいで、もしかしたら支援が遅れてしまうかもしれない。そうなって助けられる命も助からなくなってしまうなんて、絶対あってはならないことだ。
 だから僕も、ここでできることをしなきゃと思った。

「あの、誰か街の管理者に王宮へ災害被害届を早急に送るよう伝えてもらえますか」

 こういった災害報告は遅れがちだから、念を押すべきだ。現状で分かってることだけでいい。詳しくは続報で追加、訂正していける。
 はじめの報告が遅れたら当然支援準備も遅れてしまう。この規模の災害なら、被害内容なんてまとめている場合じゃない。国の対応が必要だということを、最優先で伝えるべき状況だ。
 僕の言葉に、団員の一人が外に走ってくれたので、その間に、アレーナの話を聞くことにした。

「えっと……山にいた仲間と連絡を取るためにね、土砂崩れの現場で笛を使ったんだ。ちゃんと避難できてたか確認のため。こっちの被害はなかったんだけど……その時、声が聞こえた気がして……」

 降りしきる雨と、たまに起こる小さな崩落の中だったから、空耳かもしれないけど……と、アレーナ。

「現場ね、岩の塊が多かったの。だから直撃されてたら元も子もないんだけど、土砂じゃないだけ救いがあるかもしれない」
「救い……?」
「えっと、泥の中に埋もれたら、もう窒息するしかないでしょ? だけど岩なら、家屋が盾になったりして助かってる人もいるかも。それで、声のした辺りだけでも、確認したいの」
「…………」

 アレーナの言葉に、僕は賛同できなかった。
 まだ夜は明けてない。
 暗がりの中の救助活動は、普段以上の危険を伴うだろうし、助けたいって気持ちだけでは到底承知できかねる。
 他に何か手段はないだろうか。皆を危険にさらさずできること。

 ――あぁ、こんな時のための獣騎士部隊なのに。

 この場にいるのに、何もできない自分がもどかしい。
 だというのに。

「分かった。じゃあ身軽なやつ中心に三人以上で動けよ」

 ハエレがあっさり肯定してしまった。

「分かった! 行ってくるね!」

 喜び勇んで、雨よけ外套を引っ掴み、外に向かうアレーナを追って、数人が後に続く。未だ雨の中、二次災害が起こる可能性だってあるのに!

「ハエレ!」
「俺たちなら、動けます」

 まるで僕の思考を読むように、僕が口を開く前にハエレは。

「旅生活なんでね、たいていのことには慣れてます。それに……どちらかというと、こっちの方が俺たちには本職みたいなもんなんです」
「……本職?」

 ニヤリと笑って。

「年季が入ってますよ。貴方のご先祖様に仕えると決めた時、俺たちの生き方はこれに定まったんですから。ある意味、獣騎士部隊の前身みたいなものなので、自分の身はちゃんと守れます」

 当然のことのように言ってのけた。
 だけど――。
 
 ――その言葉に安心して、ただ任せて、それでいいの?
 
 夢の後から、ずっと何か、引っ掛かってる。
 思い出せそうなのに、出てこない何かがあるんだ。
 嫌な予感が拭えない。何かとんでもないことが起こってしまうんじゃないかという予感が。

 ――だけど僕は、ここにいなきゃ迷惑をかける。

 でも無力なまま、縋るまま、ただ任せた結果、誰かが怪我をしたり、命を失ったり……そんなことになってしまったら、僕は後悔しないでいられるだろうか。
 不安を振り払おうと、胸元の笛を握りしめ、僕は――。
 そこでまた、笛の音を聞いた。

「連絡⁉︎」

 急ぎそう問うと、獣人の一人を見るハエレ。

「あぁ、待って、聞き取る……」

 目を瞑って耳に集中した様子の団員。この人も、僕を守るために残っているんだろうと、漠然と考えた。

「……動ける人全員来いって、人手必要。時間勝負」

 同じ旋律は三度繰り返され、途切れた。
 それに応えるような短い笛の音も、ふたつ。

 ――ただ任せて、それでいい……わけ、ない。

 こんな時なんだから、微力だって、一人だって、手があった方がいいに決まってる。

「僕も行きますって、返事をお願いします」

 そう口にすると、驚いたように二人が瞳を見開くから、僕は――。

「こんな時に、僕に注目してる人なんて、いませんよ」

 言って、自分の雨よけ外套に手を伸ばした。
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