18 / 36
トニトの語る第四話 6
しおりを挟む
道中は至って順調。
僕も店番をやらせてもらったり、お使いに行ったりして過ごしていた。
これはハエレが勧めてくれたことで、王になるなら国民の生活を見ておくのは良い勉強になるだろうって。
実際、王宮で習った事が正解とは限らないことを知った。
例えば物価。
僕が習った物価と庶民のものとは大きくかけ離れていたし、地方や生活水準によってもかなり開きがあることを目の当たりにした。
また、高価であれば質も味も良いとは限らないことも理解した。
露店で売ってた四半銅貨一枚の腸詰めなど、皮が割れ捲れるほどに焼かれていて、焦げすぎじゃないかと思ったのに、絶品だった!
回り道を余儀なくされ、たまたま通りかかった村で、子供らのタカオニという遊びに混ぜてもらったり、出発前朝市に立ち寄って、買ったばかりの果物にかぶりついたり、街道の途中から他の行商団と同道したり、野営が宴会になって馬鹿騒ぎしたり……。
全部やったことのないことばかり。
見たことないものばかりだった。
どうしようって、思った……。困ってしまうくらい楽しかったんだ。
僕は今まで、視察として街や都市に立ち寄ったことはあれど、自由に品を買い食いしたり、好き勝手に歩き回ったりしたことなどなかった。
常に護衛がいて、毒味役がいて、進む道は決まっていた。
歓迎の意を表明するとして出された菓子すら、手にとって口にするなんて許されなかった。
王位継承権第一位の僕は、徹底して守られてきた。
蟻の子一匹通さぬほど厳重に、守られていたのだと、思い知った。
だけど僕はそれを、当然のことだと、あって当たり前の日常だと思っていた。
とても平和に、平穏に暮らしてきたつもりでいたけれど、きっと、大切に大切にされていた。
◆
「ひと雨くる……」
王都まで残り三日の行程で、団員の一人から申告があった。
雨の匂いにことさら敏感な体質だという彼は、獣人ではなく人。だけど雨に関しての勘は、人一倍働くらしい。
雨が降ると、旅は一旦休憩。大抵最寄りの街や村で過ごすことになる。雨は商品を痛めかねないし、体調だって崩しやすい。慌てて進む必要がないなら、急ぐ意味もない。というか……。
僕がいっこうに獣化の制御を体得できていなかったから、急ぎようがなかったというのも、ある。
「んー……他になんて言ったらいいもんか……」
困らせていた。
獣化練習には団員の獣人であるサルトゥスがつきあってくれたのだけど、残念ながら人は勝手が違った。
「下っ腹に力を込めると身体が熱くなるでしょ?」
「??」
「その熱を全身に張り巡らせるようにしてね」
「???」
「体の内側から、外に押し出す感覚で……あー……まぁ、感覚は個人差あるもんなぁ……」
「……すいません、ピンとこなくて……」
まず僕に、獣人の感覚っていうの自体が、分からないっ!
わからないから一向に上達の兆しも見えず、未だ獣の耳と尻尾は健在。このままでは王都に着いたところで自分が誰かを証明することもできやしない。
――計算外だった……。
ハエレもよくあることみたいに言ってたし、もっと早くなんとかなるもんだと思ってた!
僕にどうやって獣化を体得させるか会議もすでに三回目。いろんな人にやり方を聞いてみたりしたものの、感覚を掴むには至らず、本日も一日が無為に終わった。
今日泊まるのは行きつけの宿。
小さな宿の集合体みたいな所で、一館全部を貸し切る形であるため、人目を気にしなくていい。
ウルヴズ行商団は、定期的に訪れる常連客ということもあり、この宿は使い慣れているよう。
部屋割りもほぼ話し合いなしで決まり、僕は当然のようにハエレと同じ部屋になった。
荷物を運び込んだ後、一階にある玄関広間に皆で集まった。ここは絨毯が敷かれ、机や椅子もあり、宿泊者が集って語らうための空間であるよう。今日の夕食担当者は調理場へ向かい、残りは各々寛いでいるのだけど、窓の外を見ていた一人がポツリと呟いた。
「結構雨足が強いな……明日止んでも道がひどいぞこりゃ……」
窓の外は、まるで雨季が戻ってきたかのような雰囲気。
通常だと窓は締め切っておかなきゃ雨が降り込むのだけど、この宿は小さいながらも全室に硝子窓があり、外の様子がよく見える。さほど大きくない街だと思っていたけど、良い職人を多く抱えているようで、設備面がとても整っていた。
「構わない、それなら数日のんびりするさ。どっちにしろ進んだってしょうがないんだから」
僕が獣化できないばっかりに迷惑をかけちゃってるよな……って、思ってるんだけど、彼らはそういうのを気にするそぶりは一切ない。むしろのんびりできると乗り気なうえ、僕を気遣い札遊びや盤遊びにも誘ってくれる。
「明日も雨ならついでに馬車の整備しようぜ」
「塩の瓶詰め作業もね」
「昼食は屋台にしようよ、色々持ち込んで味比べ!」
「えー、雨なのにぃ?」
「みんなで買ったらいろんな味をたくさん食べれるじゃんっ」
「アシウス屋台のものあまり食べたことないっていうしさっ、絶対面白いよ!」
とても楽しそうだから、僕も気兼ねしなくてすむし、ありがたかった。
そして、その夜。
空模様は嵐と見紛うほどの風雨となり、僕は浅い眠りの中、夢を見ていた。
強い雨と風は、窓をガタガタと揺らす。
その音は、あまり思い出せない……思い出したくない、遠い記憶が呼び起こす音に似ている。
◆
経緯とかは、全く覚えてない。
どういうわけか箱に詰め込まれ、担ぎ運ばれていたのだろうと思う。
綿が詰められていたけれど、小さくて狭くて、蓋は木のままで、頭をたまにぶつけたから、眠いのに眠れなかった。
頭がガンガン痛かったのは、ぶつけるからか、それとも何か別の要因があったのか……。
喋ろうともしてみたけれど、舌が痺れて音にできない。何か苦い味がずっと口の中に残っていた。
僕も店番をやらせてもらったり、お使いに行ったりして過ごしていた。
これはハエレが勧めてくれたことで、王になるなら国民の生活を見ておくのは良い勉強になるだろうって。
実際、王宮で習った事が正解とは限らないことを知った。
例えば物価。
僕が習った物価と庶民のものとは大きくかけ離れていたし、地方や生活水準によってもかなり開きがあることを目の当たりにした。
また、高価であれば質も味も良いとは限らないことも理解した。
露店で売ってた四半銅貨一枚の腸詰めなど、皮が割れ捲れるほどに焼かれていて、焦げすぎじゃないかと思ったのに、絶品だった!
回り道を余儀なくされ、たまたま通りかかった村で、子供らのタカオニという遊びに混ぜてもらったり、出発前朝市に立ち寄って、買ったばかりの果物にかぶりついたり、街道の途中から他の行商団と同道したり、野営が宴会になって馬鹿騒ぎしたり……。
全部やったことのないことばかり。
見たことないものばかりだった。
どうしようって、思った……。困ってしまうくらい楽しかったんだ。
僕は今まで、視察として街や都市に立ち寄ったことはあれど、自由に品を買い食いしたり、好き勝手に歩き回ったりしたことなどなかった。
常に護衛がいて、毒味役がいて、進む道は決まっていた。
歓迎の意を表明するとして出された菓子すら、手にとって口にするなんて許されなかった。
王位継承権第一位の僕は、徹底して守られてきた。
蟻の子一匹通さぬほど厳重に、守られていたのだと、思い知った。
だけど僕はそれを、当然のことだと、あって当たり前の日常だと思っていた。
とても平和に、平穏に暮らしてきたつもりでいたけれど、きっと、大切に大切にされていた。
◆
「ひと雨くる……」
王都まで残り三日の行程で、団員の一人から申告があった。
雨の匂いにことさら敏感な体質だという彼は、獣人ではなく人。だけど雨に関しての勘は、人一倍働くらしい。
雨が降ると、旅は一旦休憩。大抵最寄りの街や村で過ごすことになる。雨は商品を痛めかねないし、体調だって崩しやすい。慌てて進む必要がないなら、急ぐ意味もない。というか……。
僕がいっこうに獣化の制御を体得できていなかったから、急ぎようがなかったというのも、ある。
「んー……他になんて言ったらいいもんか……」
困らせていた。
獣化練習には団員の獣人であるサルトゥスがつきあってくれたのだけど、残念ながら人は勝手が違った。
「下っ腹に力を込めると身体が熱くなるでしょ?」
「??」
「その熱を全身に張り巡らせるようにしてね」
「???」
「体の内側から、外に押し出す感覚で……あー……まぁ、感覚は個人差あるもんなぁ……」
「……すいません、ピンとこなくて……」
まず僕に、獣人の感覚っていうの自体が、分からないっ!
わからないから一向に上達の兆しも見えず、未だ獣の耳と尻尾は健在。このままでは王都に着いたところで自分が誰かを証明することもできやしない。
――計算外だった……。
ハエレもよくあることみたいに言ってたし、もっと早くなんとかなるもんだと思ってた!
僕にどうやって獣化を体得させるか会議もすでに三回目。いろんな人にやり方を聞いてみたりしたものの、感覚を掴むには至らず、本日も一日が無為に終わった。
今日泊まるのは行きつけの宿。
小さな宿の集合体みたいな所で、一館全部を貸し切る形であるため、人目を気にしなくていい。
ウルヴズ行商団は、定期的に訪れる常連客ということもあり、この宿は使い慣れているよう。
部屋割りもほぼ話し合いなしで決まり、僕は当然のようにハエレと同じ部屋になった。
荷物を運び込んだ後、一階にある玄関広間に皆で集まった。ここは絨毯が敷かれ、机や椅子もあり、宿泊者が集って語らうための空間であるよう。今日の夕食担当者は調理場へ向かい、残りは各々寛いでいるのだけど、窓の外を見ていた一人がポツリと呟いた。
「結構雨足が強いな……明日止んでも道がひどいぞこりゃ……」
窓の外は、まるで雨季が戻ってきたかのような雰囲気。
通常だと窓は締め切っておかなきゃ雨が降り込むのだけど、この宿は小さいながらも全室に硝子窓があり、外の様子がよく見える。さほど大きくない街だと思っていたけど、良い職人を多く抱えているようで、設備面がとても整っていた。
「構わない、それなら数日のんびりするさ。どっちにしろ進んだってしょうがないんだから」
僕が獣化できないばっかりに迷惑をかけちゃってるよな……って、思ってるんだけど、彼らはそういうのを気にするそぶりは一切ない。むしろのんびりできると乗り気なうえ、僕を気遣い札遊びや盤遊びにも誘ってくれる。
「明日も雨ならついでに馬車の整備しようぜ」
「塩の瓶詰め作業もね」
「昼食は屋台にしようよ、色々持ち込んで味比べ!」
「えー、雨なのにぃ?」
「みんなで買ったらいろんな味をたくさん食べれるじゃんっ」
「アシウス屋台のものあまり食べたことないっていうしさっ、絶対面白いよ!」
とても楽しそうだから、僕も気兼ねしなくてすむし、ありがたかった。
そして、その夜。
空模様は嵐と見紛うほどの風雨となり、僕は浅い眠りの中、夢を見ていた。
強い雨と風は、窓をガタガタと揺らす。
その音は、あまり思い出せない……思い出したくない、遠い記憶が呼び起こす音に似ている。
◆
経緯とかは、全く覚えてない。
どういうわけか箱に詰め込まれ、担ぎ運ばれていたのだろうと思う。
綿が詰められていたけれど、小さくて狭くて、蓋は木のままで、頭をたまにぶつけたから、眠いのに眠れなかった。
頭がガンガン痛かったのは、ぶつけるからか、それとも何か別の要因があったのか……。
喋ろうともしてみたけれど、舌が痺れて音にできない。何か苦い味がずっと口の中に残っていた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
ベンとテラの大冒険
田尾風香
児童書・童話
むかしむかしあるところに、ベンという兄と、テラという妹がいました。ある日二人は、過去に失われた魔法の力を求めて、森の中に入ってしまいます。しかし、森の中で迷子になってしまい、テラが怪我をしてしまいました。そんな二人の前に現れたのは、緑色の体をした、不思議な女性。リンと名乗る精霊でした。全九話です。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

氷のオオカミになった少年
まさつき
児童書・童話
遠い昔、まだ人と精霊が心を交わせていたころのお話です。
雪深い山奥で、母ひとり子ひとりで暮らす狩人の少年ルルゥがおりました。
病気がちの母のため、厳しい冬を越して春の季節を迎えるために、ルルゥはひとりで、危険な雪山へと鹿狩りにでかけました。
運よくルルゥは、見事な牝鹿を仕留めるのですが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる