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トニトの語る第四話 6
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道中は至って順調。
僕も店番をやらせてもらったり、お使いに行ったりして過ごしていた。
これはハエレが勧めてくれたことで、王になるなら国民の生活を見ておくのは良い勉強になるだろうって。
実際、王宮で習った事が正解とは限らないことを知った。
例えば物価。
僕が習った物価と庶民のものとは大きくかけ離れていたし、地方や生活水準によってもかなり開きがあることを目の当たりにした。
また、高価であれば質も味も良いとは限らないことも理解した。
露店で売ってた四半銅貨一枚の腸詰めなど、皮が割れ捲れるほどに焼かれていて、焦げすぎじゃないかと思ったのに、絶品だった!
回り道を余儀なくされ、たまたま通りかかった村で、子供らのタカオニという遊びに混ぜてもらったり、出発前朝市に立ち寄って、買ったばかりの果物にかぶりついたり、街道の途中から他の行商団と同道したり、野営が宴会になって馬鹿騒ぎしたり……。
全部やったことのないことばかり。
見たことないものばかりだった。
どうしようって、思った……。困ってしまうくらい楽しかったんだ。
僕は今まで、視察として街や都市に立ち寄ったことはあれど、自由に品を買い食いしたり、好き勝手に歩き回ったりしたことなどなかった。
常に護衛がいて、毒味役がいて、進む道は決まっていた。
歓迎の意を表明するとして出された菓子すら、手にとって口にするなんて許されなかった。
王位継承権第一位の僕は、徹底して守られてきた。
蟻の子一匹通さぬほど厳重に、守られていたのだと、思い知った。
だけど僕はそれを、当然のことだと、あって当たり前の日常だと思っていた。
とても平和に、平穏に暮らしてきたつもりでいたけれど、きっと、大切に大切にされていた。
◆
「ひと雨くる……」
王都まで残り三日の行程で、団員の一人から申告があった。
雨の匂いにことさら敏感な体質だという彼は、獣人ではなく人。だけど雨に関しての勘は、人一倍働くらしい。
雨が降ると、旅は一旦休憩。大抵最寄りの街や村で過ごすことになる。雨は商品を痛めかねないし、体調だって崩しやすい。慌てて進む必要がないなら、急ぐ意味もない。というか……。
僕がいっこうに獣化の制御を体得できていなかったから、急ぎようがなかったというのも、ある。
「んー……他になんて言ったらいいもんか……」
困らせていた。
獣化練習には団員の獣人であるサルトゥスがつきあってくれたのだけど、残念ながら人は勝手が違った。
「下っ腹に力を込めると身体が熱くなるでしょ?」
「??」
「その熱を全身に張り巡らせるようにしてね」
「???」
「体の内側から、外に押し出す感覚で……あー……まぁ、感覚は個人差あるもんなぁ……」
「……すいません、ピンとこなくて……」
まず僕に、獣人の感覚っていうの自体が、分からないっ!
わからないから一向に上達の兆しも見えず、未だ獣の耳と尻尾は健在。このままでは王都に着いたところで自分が誰かを証明することもできやしない。
――計算外だった……。
ハエレもよくあることみたいに言ってたし、もっと早くなんとかなるもんだと思ってた!
僕にどうやって獣化を体得させるか会議もすでに三回目。いろんな人にやり方を聞いてみたりしたものの、感覚を掴むには至らず、本日も一日が無為に終わった。
今日泊まるのは行きつけの宿。
小さな宿の集合体みたいな所で、一館全部を貸し切る形であるため、人目を気にしなくていい。
ウルヴズ行商団は、定期的に訪れる常連客ということもあり、この宿は使い慣れているよう。
部屋割りもほぼ話し合いなしで決まり、僕は当然のようにハエレと同じ部屋になった。
荷物を運び込んだ後、一階にある玄関広間に皆で集まった。ここは絨毯が敷かれ、机や椅子もあり、宿泊者が集って語らうための空間であるよう。今日の夕食担当者は調理場へ向かい、残りは各々寛いでいるのだけど、窓の外を見ていた一人がポツリと呟いた。
「結構雨足が強いな……明日止んでも道がひどいぞこりゃ……」
窓の外は、まるで雨季が戻ってきたかのような雰囲気。
通常だと窓は締め切っておかなきゃ雨が降り込むのだけど、この宿は小さいながらも全室に硝子窓があり、外の様子がよく見える。さほど大きくない街だと思っていたけど、良い職人を多く抱えているようで、設備面がとても整っていた。
「構わない、それなら数日のんびりするさ。どっちにしろ進んだってしょうがないんだから」
僕が獣化できないばっかりに迷惑をかけちゃってるよな……って、思ってるんだけど、彼らはそういうのを気にするそぶりは一切ない。むしろのんびりできると乗り気なうえ、僕を気遣い札遊びや盤遊びにも誘ってくれる。
「明日も雨ならついでに馬車の整備しようぜ」
「塩の瓶詰め作業もね」
「昼食は屋台にしようよ、色々持ち込んで味比べ!」
「えー、雨なのにぃ?」
「みんなで買ったらいろんな味をたくさん食べれるじゃんっ」
「アシウス屋台のものあまり食べたことないっていうしさっ、絶対面白いよ!」
とても楽しそうだから、僕も気兼ねしなくてすむし、ありがたかった。
そして、その夜。
空模様は嵐と見紛うほどの風雨となり、僕は浅い眠りの中、夢を見ていた。
強い雨と風は、窓をガタガタと揺らす。
その音は、あまり思い出せない……思い出したくない、遠い記憶が呼び起こす音に似ている。
◆
経緯とかは、全く覚えてない。
どういうわけか箱に詰め込まれ、担ぎ運ばれていたのだろうと思う。
綿が詰められていたけれど、小さくて狭くて、蓋は木のままで、頭をたまにぶつけたから、眠いのに眠れなかった。
頭がガンガン痛かったのは、ぶつけるからか、それとも何か別の要因があったのか……。
喋ろうともしてみたけれど、舌が痺れて音にできない。何か苦い味がずっと口の中に残っていた。
僕も店番をやらせてもらったり、お使いに行ったりして過ごしていた。
これはハエレが勧めてくれたことで、王になるなら国民の生活を見ておくのは良い勉強になるだろうって。
実際、王宮で習った事が正解とは限らないことを知った。
例えば物価。
僕が習った物価と庶民のものとは大きくかけ離れていたし、地方や生活水準によってもかなり開きがあることを目の当たりにした。
また、高価であれば質も味も良いとは限らないことも理解した。
露店で売ってた四半銅貨一枚の腸詰めなど、皮が割れ捲れるほどに焼かれていて、焦げすぎじゃないかと思ったのに、絶品だった!
回り道を余儀なくされ、たまたま通りかかった村で、子供らのタカオニという遊びに混ぜてもらったり、出発前朝市に立ち寄って、買ったばかりの果物にかぶりついたり、街道の途中から他の行商団と同道したり、野営が宴会になって馬鹿騒ぎしたり……。
全部やったことのないことばかり。
見たことないものばかりだった。
どうしようって、思った……。困ってしまうくらい楽しかったんだ。
僕は今まで、視察として街や都市に立ち寄ったことはあれど、自由に品を買い食いしたり、好き勝手に歩き回ったりしたことなどなかった。
常に護衛がいて、毒味役がいて、進む道は決まっていた。
歓迎の意を表明するとして出された菓子すら、手にとって口にするなんて許されなかった。
王位継承権第一位の僕は、徹底して守られてきた。
蟻の子一匹通さぬほど厳重に、守られていたのだと、思い知った。
だけど僕はそれを、当然のことだと、あって当たり前の日常だと思っていた。
とても平和に、平穏に暮らしてきたつもりでいたけれど、きっと、大切に大切にされていた。
◆
「ひと雨くる……」
王都まで残り三日の行程で、団員の一人から申告があった。
雨の匂いにことさら敏感な体質だという彼は、獣人ではなく人。だけど雨に関しての勘は、人一倍働くらしい。
雨が降ると、旅は一旦休憩。大抵最寄りの街や村で過ごすことになる。雨は商品を痛めかねないし、体調だって崩しやすい。慌てて進む必要がないなら、急ぐ意味もない。というか……。
僕がいっこうに獣化の制御を体得できていなかったから、急ぎようがなかったというのも、ある。
「んー……他になんて言ったらいいもんか……」
困らせていた。
獣化練習には団員の獣人であるサルトゥスがつきあってくれたのだけど、残念ながら人は勝手が違った。
「下っ腹に力を込めると身体が熱くなるでしょ?」
「??」
「その熱を全身に張り巡らせるようにしてね」
「???」
「体の内側から、外に押し出す感覚で……あー……まぁ、感覚は個人差あるもんなぁ……」
「……すいません、ピンとこなくて……」
まず僕に、獣人の感覚っていうの自体が、分からないっ!
わからないから一向に上達の兆しも見えず、未だ獣の耳と尻尾は健在。このままでは王都に着いたところで自分が誰かを証明することもできやしない。
――計算外だった……。
ハエレもよくあることみたいに言ってたし、もっと早くなんとかなるもんだと思ってた!
僕にどうやって獣化を体得させるか会議もすでに三回目。いろんな人にやり方を聞いてみたりしたものの、感覚を掴むには至らず、本日も一日が無為に終わった。
今日泊まるのは行きつけの宿。
小さな宿の集合体みたいな所で、一館全部を貸し切る形であるため、人目を気にしなくていい。
ウルヴズ行商団は、定期的に訪れる常連客ということもあり、この宿は使い慣れているよう。
部屋割りもほぼ話し合いなしで決まり、僕は当然のようにハエレと同じ部屋になった。
荷物を運び込んだ後、一階にある玄関広間に皆で集まった。ここは絨毯が敷かれ、机や椅子もあり、宿泊者が集って語らうための空間であるよう。今日の夕食担当者は調理場へ向かい、残りは各々寛いでいるのだけど、窓の外を見ていた一人がポツリと呟いた。
「結構雨足が強いな……明日止んでも道がひどいぞこりゃ……」
窓の外は、まるで雨季が戻ってきたかのような雰囲気。
通常だと窓は締め切っておかなきゃ雨が降り込むのだけど、この宿は小さいながらも全室に硝子窓があり、外の様子がよく見える。さほど大きくない街だと思っていたけど、良い職人を多く抱えているようで、設備面がとても整っていた。
「構わない、それなら数日のんびりするさ。どっちにしろ進んだってしょうがないんだから」
僕が獣化できないばっかりに迷惑をかけちゃってるよな……って、思ってるんだけど、彼らはそういうのを気にするそぶりは一切ない。むしろのんびりできると乗り気なうえ、僕を気遣い札遊びや盤遊びにも誘ってくれる。
「明日も雨ならついでに馬車の整備しようぜ」
「塩の瓶詰め作業もね」
「昼食は屋台にしようよ、色々持ち込んで味比べ!」
「えー、雨なのにぃ?」
「みんなで買ったらいろんな味をたくさん食べれるじゃんっ」
「アシウス屋台のものあまり食べたことないっていうしさっ、絶対面白いよ!」
とても楽しそうだから、僕も気兼ねしなくてすむし、ありがたかった。
そして、その夜。
空模様は嵐と見紛うほどの風雨となり、僕は浅い眠りの中、夢を見ていた。
強い雨と風は、窓をガタガタと揺らす。
その音は、あまり思い出せない……思い出したくない、遠い記憶が呼び起こす音に似ている。
◆
経緯とかは、全く覚えてない。
どういうわけか箱に詰め込まれ、担ぎ運ばれていたのだろうと思う。
綿が詰められていたけれど、小さくて狭くて、蓋は木のままで、頭をたまにぶつけたから、眠いのに眠れなかった。
頭がガンガン痛かったのは、ぶつけるからか、それとも何か別の要因があったのか……。
喋ろうともしてみたけれど、舌が痺れて音にできない。何か苦い味がずっと口の中に残っていた。
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