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トニトの語る第四話 1
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「できた」
竹を半分に破り、節を外して作った管を、棒三本を縛って三脚にしたものに置く。
段差をつけつつ延々と伸ばし、水場から竹管を繋げて完成させたのは、水汲み不要になる画期的装置。
一番根本の部分に戻り、湧き水に管の先端を差し込むように調整すると、ちょろちょろと流れた水が、管から管の段差で落ち、勢いをつけて下流へ続く。途中で角度が合わない箇所がないか目視しながら作業場に戻ると、ちゃんと届いた水が、置いた水瓶へと注ぎ込まれていた。
いつの間にやら作業の手を止めていた様子の木こりたちが水瓶を囲んでいて。
「おおおぉぉすげぇ!」
「マジで水を引きやがったのかよ!」
関心薄そうだったのに、興味を持ってもらえたようでちょっと嬉しい。
「管の位置や高さはいつでも調整できるし、多少現場を移動しても設置し直せばいい、距離だって伸ばせる。これなら水汲みは不要でしょ」
そう言った僕の頭を、伸びた手がワシっと掴んだ。
「やるじゃねぇかアシウス」
「どんなもんかと思ったが……思った以上に使えそうだ!」
「お前賢いなぁ!」
ガシガシと乱暴に撫でられ、獣の耳がぺたりと伏せた。
「たいしたことじゃないよ……」
口ではそう言ったものの、尻尾がわっさわっさ動くものだから、慌てて掴む。
「別に僕が考えたんじゃない、昔似たものがあったんだよ」
そう言ったのに。
「テレんなよ!」
「それ知ってるのがすでにすげえんだから!」
「ワハハ、お前ほんと可愛いな」
耳と尻尾で全部ばれ、結局もみくちゃ、全身をわしゃわしゃされてしまって、僕はどう反応してよいやら。
なにより「可愛い」とか「すごい」とかを臆面なく簡単に口にされたことが僕的にはとてもその……慣れなくて、それで余計過剰反応になっちゃうというか……。
「嬉しいが滲み出てやがる」
ハエレに指差し指摘され、いっそう尻尾が暴れた。
あーもぉ、余計な一言をいちいち付け足さないでよ!
僕、トニトルス・ルプス・フェルドナレンが、獣人の流民アシウスと名乗り、木こり見習いとしての生活を始めてふた月ほど経った。
僕が今働いている『樹海』は、他と比べて木々の成長が桁違いに早い場所。フェルドナレン国内には数カ所こんな森林があるのだけど、昔っから僕らはこの樹海に悩まされてきた歴史がある。
ちょっと放っておくとあっという間に木々が成長し、森がどんどん人の生活圏に根を伸ばしてくるのだ。
樹海の木は切り倒さない限り異常成長をやめないから、結果として森がどんどん範囲を広げていくことになる。
かつては人と森が領土を取り合っていたような時代もあって、今でも樹海の木の間引きは重要な仕事。
だけど万年人手不足。
樹海の仕事って、ほんと不便なんだ。
大掛かりな工事をして整地したり水を引いたりしても、あっという間に根が蔓延り、地形が変わってしまう。せっかく道を通しても一年やそこらでボコボコになるし、水も流れなくなったりするため、木こりたちは時代錯誤にも人海戦術で仕事をするしかなくて、今もこうやって一本一本斧で切り倒し、水場から手桶で水を汲んでくるなんてことをしていた。
木を切るのも、枝を払うのも、足場の悪いなか丸太を運ぶのも重労働。だもんで、給料はソコソコだけど若者に嫌われる職種上位に毎年食い込んでいる。
僕も知識としてなら木こりの仕事について知っていたものの……実際自分がなってみると不便で不便で……。
一度に一桶ずつしか水を運べなかった僕は、他の木こりたちの倍以上の時間を水汲みに費やしてしまうし、一日がほぼこれで終わると言っても過言ではなくて……この作業から解放されるために知識を総動員し、捻り出したのが竹を使った水管。
これなら簡単に作れるし、設置も解体も容易だし、地形の変化にも対応できる。
というわけで、意気揚々と僕の代わりに働く水を汲む装置を作るから、僕に水汲み分の給料と別の仕事をください。って、親方と交渉した。
初めは何馬鹿げたこと言ってんだと全然取り合ってもらえなかったんだけど……根気よく説明と説得を続け、自分の給金から製作費用を賄うという条件でようやっと了承を得て、今日の完成にこぎつけたというわけ。
僕はずっとここにいるわけにはいかない。
絶対、王宮に帰るんだ。
だけどその前に、僕らを殺そうとした犯人を突き止めなければ、安心して帰ることも難しい……。
身ひとつで逃げた僕は、人を雇うためのお金すらなかったから、とにかく働いてお金を得ることから始めるしかなくて、そのためには水汲みばかりに時間を割いていられなかったんだ。
これでやっと自由な時間ができた。もっとバリバリ稼ぐぞ! そう、思ったのに――。
「…………」
現実は甘くなかった……。
水汲み以外の仕事は、水汲み以上に重労働で、大変だったのだ。
次に割り振られたのは、枝払いという鎌で倒木の枝を落とすという単純作業だったけれど……。
足元に向かい鎌を振るうのは、思っていたより数倍体力と筋力を必要としたうえ、危険な作業。
たった一日で、僕は何度自分の足を斬りそうになったか!
自棄っぱちで鎌を振り続けたけど、倒木一本綺麗に仕上げることすらできなかった。
無理! だって下に行けば行くほど枝が太くなってどんどん難易度が上がっていくんだもん!
「おぅ、生きてるか?」
夕暮れ、ぶっ倒れてる僕をハエレが回収してくれ、小屋に帰還。
両手がマメだらけで包丁も握れず、ご飯作りの手伝いもできなくて、なんかもーほんと踏んだり蹴ったりってこのためにある言葉だと思う。
「……僕は無力だ」
「はっ、ガキが何言ってんだ」
鼻で笑われた。
◆
――こんなことで手こずって、僕はいったい、いつ王宮に帰れるんだろう……。
その夜、何度目か分からない不安の発作に襲われた。
眠りたいのに眠れなくて、さらに嫌なことばかり考えちゃう発作だ。
マメのできた手もジクジク熱くて、全然寝付けない。
襲撃されたあの日から、襲撃の夢にうなされて飛び起きたり、こんなふうにどうでもいいことを考え寝られなくなったりすることがよくあるんだよね。
――王宮に帰ったところで、僕はちゃんと王様になれるんだろうか……。
水汲みや枝払いすらまともにできない僕が、王様なんてものをまともにできるんだろうか。
そもそも僕は、必要とされているんだろうか。
王様になるのって、別に僕じゃなくてもいいよね? 従兄弟のウェルテクスの方が僕よりずっと頭がいいし、彼ならもうすぐ成人を迎える。叔父のアウクトルは大人だし、こんな非力な子供に王様をやらせるより、ずっとずっとまともに仕事ができるだろう。
「尻尾と耳も、生えっぱなしで無くならないしな……」
人のはずの僕がこんな姿になってしまって、もう自分がトニトルスであることすら証明できない。
自分が王様になる必要性も見出せない。
――僕を殺そうと思った人は、僕が何もできない子供だってことを見抜いていたのかな。
だから、僕を殺してでも阻止しようって、思ったのかな……。
「そんなわけがない。そもそも、子供を殺す選択肢を選ぶ者が正しいなんて、俺は全く思いません」
遠い昔に聞いた声、似た言葉を夢に見て、起きた。
眠れずにいたはずなのに、いつの間にか眠っていたよう。
外はまだ暗く、夜は明けていなかったけれど、周りを見ることに支障は感じなかった。
「……あれ?」
気づけば手に謎の葉っぱが貼られ、布がぐるぐると巻いてあって、ジクジクは随分とマシになっている。
――……ハエレかな。
視線を向けると、こちらに背を向け薄い綿布団に横たわる巨躯と、転がる義足。
――ハエレだろうな。
この小屋には僕と彼しかいないのだし、彼は木こり仲間の前では僕を邪険に扱うけれど、小屋ではすこし、扱いが丁寧になるのだ。
どうして外でそう振る舞うのか、意味が全く分からないけれど……内弁慶ってやつの亜種かな? と、勝手に思うことにしている。
僕にとって都合が悪いことじゃないから、気にしないようにしていた方が八方丸くおさまるからだ。
おそらく元軍人の異端者は、過去に絡む何かが原因で、僕にこうしているのだろう。
それで彼の気が済むならいい。
ここにいさせてもらえる間は、彼が僕をここに住まわせてくれて、僕はトニトルスじゃなく、アシウスでいられる。
役に立たなくてもさして怒られず、子供なんだからと甘やかしてもらえる。
ちょっとのことですごいと褒められ、勝手に動く獣の耳や尻尾のせいで感情がダダ漏れで、それすら可愛いと言われる。
まるでたいしたことない相手だというように、邪険に扱われる。
そこら辺の子供みたいに適当な言葉を使ってくれる。
王宮にいるよりここは、空気が軽い。
僕という存在が軽い。
まるで羽根が生えたように身軽で、自由で――っ!
考えたらいけない思考に陥っていたと気づいて、跳ね起きた。
外に飛び出して、自分が作った水瓶の水でバシャバシャ顔を洗った。
認めちゃダメだ。
僕が、アシウスでいたいと思い始めてることを。
僕は王宮に帰らなきゃいけない。あそこが僕の生まれた場所で、僕のいるべき場所だ。
獣の耳と尻尾があるうちは帰れないけど、いつか帰らないといけない場所だ。
――そう、今は獣の耳と尻尾があるんだから、僕はアシウスでいられるんだ……。
「違うってば!」
バシャンと水面を殴った。
認めちゃいけない。
トニトルスに戻りたくないって、認めちゃいけないんだ。
じゃなきゃ、僕を守って死んだ人たちが、報われない。
あの襲撃で殺された人たちが、報われないじゃないか!
「……だけど、僕はなんにもできないんだ……」
王宮に帰るために、小銭を稼ぐことすら、ままならない。
こんな僕に一体何ができるんだよ。皆は何を期待してたんだ。なんで僕を守った? 妹狼は、どうして僕の囮になったりしたんだ? だって僕はこんな子供で、ひとりじゃなんにもできない。
――両親が死ななければ、僕はこんな苦労、しなくて済んだ‼︎
自分の思考に反吐が出そうだ。
たくさんの人に、命を消費させておいて、こんな自分勝手なことを考えてる。
逃げたいと、思ってる……。
こんなやつが、王になっていいのか?
答えを見出せないでいるうちに、時間だけが過ぎていく――。
竹を半分に破り、節を外して作った管を、棒三本を縛って三脚にしたものに置く。
段差をつけつつ延々と伸ばし、水場から竹管を繋げて完成させたのは、水汲み不要になる画期的装置。
一番根本の部分に戻り、湧き水に管の先端を差し込むように調整すると、ちょろちょろと流れた水が、管から管の段差で落ち、勢いをつけて下流へ続く。途中で角度が合わない箇所がないか目視しながら作業場に戻ると、ちゃんと届いた水が、置いた水瓶へと注ぎ込まれていた。
いつの間にやら作業の手を止めていた様子の木こりたちが水瓶を囲んでいて。
「おおおぉぉすげぇ!」
「マジで水を引きやがったのかよ!」
関心薄そうだったのに、興味を持ってもらえたようでちょっと嬉しい。
「管の位置や高さはいつでも調整できるし、多少現場を移動しても設置し直せばいい、距離だって伸ばせる。これなら水汲みは不要でしょ」
そう言った僕の頭を、伸びた手がワシっと掴んだ。
「やるじゃねぇかアシウス」
「どんなもんかと思ったが……思った以上に使えそうだ!」
「お前賢いなぁ!」
ガシガシと乱暴に撫でられ、獣の耳がぺたりと伏せた。
「たいしたことじゃないよ……」
口ではそう言ったものの、尻尾がわっさわっさ動くものだから、慌てて掴む。
「別に僕が考えたんじゃない、昔似たものがあったんだよ」
そう言ったのに。
「テレんなよ!」
「それ知ってるのがすでにすげえんだから!」
「ワハハ、お前ほんと可愛いな」
耳と尻尾で全部ばれ、結局もみくちゃ、全身をわしゃわしゃされてしまって、僕はどう反応してよいやら。
なにより「可愛い」とか「すごい」とかを臆面なく簡単に口にされたことが僕的にはとてもその……慣れなくて、それで余計過剰反応になっちゃうというか……。
「嬉しいが滲み出てやがる」
ハエレに指差し指摘され、いっそう尻尾が暴れた。
あーもぉ、余計な一言をいちいち付け足さないでよ!
僕、トニトルス・ルプス・フェルドナレンが、獣人の流民アシウスと名乗り、木こり見習いとしての生活を始めてふた月ほど経った。
僕が今働いている『樹海』は、他と比べて木々の成長が桁違いに早い場所。フェルドナレン国内には数カ所こんな森林があるのだけど、昔っから僕らはこの樹海に悩まされてきた歴史がある。
ちょっと放っておくとあっという間に木々が成長し、森がどんどん人の生活圏に根を伸ばしてくるのだ。
樹海の木は切り倒さない限り異常成長をやめないから、結果として森がどんどん範囲を広げていくことになる。
かつては人と森が領土を取り合っていたような時代もあって、今でも樹海の木の間引きは重要な仕事。
だけど万年人手不足。
樹海の仕事って、ほんと不便なんだ。
大掛かりな工事をして整地したり水を引いたりしても、あっという間に根が蔓延り、地形が変わってしまう。せっかく道を通しても一年やそこらでボコボコになるし、水も流れなくなったりするため、木こりたちは時代錯誤にも人海戦術で仕事をするしかなくて、今もこうやって一本一本斧で切り倒し、水場から手桶で水を汲んでくるなんてことをしていた。
木を切るのも、枝を払うのも、足場の悪いなか丸太を運ぶのも重労働。だもんで、給料はソコソコだけど若者に嫌われる職種上位に毎年食い込んでいる。
僕も知識としてなら木こりの仕事について知っていたものの……実際自分がなってみると不便で不便で……。
一度に一桶ずつしか水を運べなかった僕は、他の木こりたちの倍以上の時間を水汲みに費やしてしまうし、一日がほぼこれで終わると言っても過言ではなくて……この作業から解放されるために知識を総動員し、捻り出したのが竹を使った水管。
これなら簡単に作れるし、設置も解体も容易だし、地形の変化にも対応できる。
というわけで、意気揚々と僕の代わりに働く水を汲む装置を作るから、僕に水汲み分の給料と別の仕事をください。って、親方と交渉した。
初めは何馬鹿げたこと言ってんだと全然取り合ってもらえなかったんだけど……根気よく説明と説得を続け、自分の給金から製作費用を賄うという条件でようやっと了承を得て、今日の完成にこぎつけたというわけ。
僕はずっとここにいるわけにはいかない。
絶対、王宮に帰るんだ。
だけどその前に、僕らを殺そうとした犯人を突き止めなければ、安心して帰ることも難しい……。
身ひとつで逃げた僕は、人を雇うためのお金すらなかったから、とにかく働いてお金を得ることから始めるしかなくて、そのためには水汲みばかりに時間を割いていられなかったんだ。
これでやっと自由な時間ができた。もっとバリバリ稼ぐぞ! そう、思ったのに――。
「…………」
現実は甘くなかった……。
水汲み以外の仕事は、水汲み以上に重労働で、大変だったのだ。
次に割り振られたのは、枝払いという鎌で倒木の枝を落とすという単純作業だったけれど……。
足元に向かい鎌を振るうのは、思っていたより数倍体力と筋力を必要としたうえ、危険な作業。
たった一日で、僕は何度自分の足を斬りそうになったか!
自棄っぱちで鎌を振り続けたけど、倒木一本綺麗に仕上げることすらできなかった。
無理! だって下に行けば行くほど枝が太くなってどんどん難易度が上がっていくんだもん!
「おぅ、生きてるか?」
夕暮れ、ぶっ倒れてる僕をハエレが回収してくれ、小屋に帰還。
両手がマメだらけで包丁も握れず、ご飯作りの手伝いもできなくて、なんかもーほんと踏んだり蹴ったりってこのためにある言葉だと思う。
「……僕は無力だ」
「はっ、ガキが何言ってんだ」
鼻で笑われた。
◆
――こんなことで手こずって、僕はいったい、いつ王宮に帰れるんだろう……。
その夜、何度目か分からない不安の発作に襲われた。
眠りたいのに眠れなくて、さらに嫌なことばかり考えちゃう発作だ。
マメのできた手もジクジク熱くて、全然寝付けない。
襲撃されたあの日から、襲撃の夢にうなされて飛び起きたり、こんなふうにどうでもいいことを考え寝られなくなったりすることがよくあるんだよね。
――王宮に帰ったところで、僕はちゃんと王様になれるんだろうか……。
水汲みや枝払いすらまともにできない僕が、王様なんてものをまともにできるんだろうか。
そもそも僕は、必要とされているんだろうか。
王様になるのって、別に僕じゃなくてもいいよね? 従兄弟のウェルテクスの方が僕よりずっと頭がいいし、彼ならもうすぐ成人を迎える。叔父のアウクトルは大人だし、こんな非力な子供に王様をやらせるより、ずっとずっとまともに仕事ができるだろう。
「尻尾と耳も、生えっぱなしで無くならないしな……」
人のはずの僕がこんな姿になってしまって、もう自分がトニトルスであることすら証明できない。
自分が王様になる必要性も見出せない。
――僕を殺そうと思った人は、僕が何もできない子供だってことを見抜いていたのかな。
だから、僕を殺してでも阻止しようって、思ったのかな……。
「そんなわけがない。そもそも、子供を殺す選択肢を選ぶ者が正しいなんて、俺は全く思いません」
遠い昔に聞いた声、似た言葉を夢に見て、起きた。
眠れずにいたはずなのに、いつの間にか眠っていたよう。
外はまだ暗く、夜は明けていなかったけれど、周りを見ることに支障は感じなかった。
「……あれ?」
気づけば手に謎の葉っぱが貼られ、布がぐるぐると巻いてあって、ジクジクは随分とマシになっている。
――……ハエレかな。
視線を向けると、こちらに背を向け薄い綿布団に横たわる巨躯と、転がる義足。
――ハエレだろうな。
この小屋には僕と彼しかいないのだし、彼は木こり仲間の前では僕を邪険に扱うけれど、小屋ではすこし、扱いが丁寧になるのだ。
どうして外でそう振る舞うのか、意味が全く分からないけれど……内弁慶ってやつの亜種かな? と、勝手に思うことにしている。
僕にとって都合が悪いことじゃないから、気にしないようにしていた方が八方丸くおさまるからだ。
おそらく元軍人の異端者は、過去に絡む何かが原因で、僕にこうしているのだろう。
それで彼の気が済むならいい。
ここにいさせてもらえる間は、彼が僕をここに住まわせてくれて、僕はトニトルスじゃなく、アシウスでいられる。
役に立たなくてもさして怒られず、子供なんだからと甘やかしてもらえる。
ちょっとのことですごいと褒められ、勝手に動く獣の耳や尻尾のせいで感情がダダ漏れで、それすら可愛いと言われる。
まるでたいしたことない相手だというように、邪険に扱われる。
そこら辺の子供みたいに適当な言葉を使ってくれる。
王宮にいるよりここは、空気が軽い。
僕という存在が軽い。
まるで羽根が生えたように身軽で、自由で――っ!
考えたらいけない思考に陥っていたと気づいて、跳ね起きた。
外に飛び出して、自分が作った水瓶の水でバシャバシャ顔を洗った。
認めちゃダメだ。
僕が、アシウスでいたいと思い始めてることを。
僕は王宮に帰らなきゃいけない。あそこが僕の生まれた場所で、僕のいるべき場所だ。
獣の耳と尻尾があるうちは帰れないけど、いつか帰らないといけない場所だ。
――そう、今は獣の耳と尻尾があるんだから、僕はアシウスでいられるんだ……。
「違うってば!」
バシャンと水面を殴った。
認めちゃいけない。
トニトルスに戻りたくないって、認めちゃいけないんだ。
じゃなきゃ、僕を守って死んだ人たちが、報われない。
あの襲撃で殺された人たちが、報われないじゃないか!
「……だけど、僕はなんにもできないんだ……」
王宮に帰るために、小銭を稼ぐことすら、ままならない。
こんな僕に一体何ができるんだよ。皆は何を期待してたんだ。なんで僕を守った? 妹狼は、どうして僕の囮になったりしたんだ? だって僕はこんな子供で、ひとりじゃなんにもできない。
――両親が死ななければ、僕はこんな苦労、しなくて済んだ‼︎
自分の思考に反吐が出そうだ。
たくさんの人に、命を消費させておいて、こんな自分勝手なことを考えてる。
逃げたいと、思ってる……。
こんなやつが、王になっていいのか?
答えを見出せないでいるうちに、時間だけが過ぎていく――。
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