先祖返りの姫王子

春紫苑

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ミコーの語る第一話 1

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 嫌だと、強く思ったの。
 トニトが死んじゃうのは嫌だ。
 トニトルス・ルプス・フェルドナレンは、ミコー・ルプス・フェルドナレンの半身で、綺麗で、優しくて、次に王様になる人で、とっても賢い自慢の兄。
 
 狼の私と、人のトニト。
 形は違ったけれど、おなじものから別れた二人なのは、お母様のお腹の中にいた時から知っていた。
 ぼんやり明るい水の中で、同じ小部屋に入っていた私たちは、その頃から仲良しだったのよ。
 生まれてから、先に歩いたのは四つ脚の私。
 喋ったのはトニトが先。
 いつも一緒に遊んで、一緒に眠った。

 大きくなると、トニトは毎日私の体を手ずからブラッシングしてくれるようになった。
 女の子なんだから、毎日可愛くしとかなきゃいけないと言った。
 尻尾の先まで櫛を通し終えたら、今日も可愛いよと笑ってくれた。
 お礼と愛してるを伝えるために首を擦りつけたら、くすぐったそうに笑って。

「もう子供じゃないんだから、幼子のスキンシップからは卒業しなよ」

 何度も言われていたけれど、トニトったら笑うんだもん。本気でそう思ってないのはバレバレ。
 狼姿の私はトニトみたいに舌が回らないし、器用におしゃべりできない。だからありがとうや愛してるは行動で示さなきゃ。
 そのための手段を捨てる必要なんて、ないでしょ?

 トニトは頭が良くて、運動神経抜群で、見た目も最高にハンサム! 絶対カッコいい王様になると思ってたの。
 お父様とお母様が事故で死んじゃった時はショックだったけど、トニトがずっと側にいてくれたから、死ぬほど悲しかったけど、頑張ろうって思えた。
 だから、トニトまで失うなんて、絶対に嫌だった。
 
 トニトは人で、私は狼。
 だけど、私とトニトが同じもの・・・・なのは、産まれる前から知ってた。だから、私だって人になれるのだって理解してた。でも、そうなる必要って全然なかったから、気にしなかった。
 服を着るのってなんだかまどろっこしい感じがしたし、言葉が喋れなくても、トニトは私の言いたいことを全部分かってくれたし、何も不便じゃなかった。
 トニトは私とおんなじなんだから、おんなじが二人いたって面白くない。なら私は狼がいい。そうすれば、お互い違うことができる。もっとたくさんのことをやれるのよ。

 だけど今は、そうじゃない。
 トニトを逃すため、おとりになれるのは私だけ。
 だから、生まれて初めて人になった。
 びっくり顔のトニトを川に突き飛ばしたのはね、足で走るより川を流れた方が早いと思ったし、追手は馬だもん、対岸に渡っちゃえば追いかけてこれないからよ。
 
 人の姿になったら、なんだか頭が冴えた気がする。
 それとも、こんな状況だからかな?
 トニトを死なせないために、いっぱい考えなきゃ。上手く囮をしなきゃ。

 ――とにかく、王宮に向かって走ればいいよね。

 王宮に行けば、助けと合流できるってトニトも言ってた。
 私が助けを呼べば、まだ生きてるかもしれない護衛の騎士たちも嬉しいだろうし、川下にトニトを探しに行ってくれるだろう。
 そうしたらきっと、トニトも喜んでくれる。よくやったって、褒めてくれる。

「っ、キャッ⁉︎」

 何かにつまずいて、倒れてしまったけど、急いで起き上がって、また走った。
 四つ脚じゃないと走りにくい、慣れてないから余計かもしれない。

 二足歩行も練習しておけばよかった。
 さっきだって、言葉が上手く喋れなくて、赤ちゃんみたいな片言になっちゃったし。
 今度から、たまに人の練習もしておかなくちゃ。
 人の体ってすごくスースーする。体毛がないって寒いんだ。だから服を着るのね。

 走りながら、わざと変なこと、他愛のないことを考えてた。
 だって、怖かったのよ。
 剣を持った人が追いかけてくるのが。
 でも、トニトを殺されるくらいだったら、怖いのを我慢する方がずっとマシ。
 できるだけ走って逃げて、トニトからこの人たちを引き離す。
 そしてできるなら、王宮に辿り着いて助けを呼ぶ。
 悪い人を捕まえて、トニトを王様にして、私はまた狼に戻って、お昼寝や日向ぼっこ、お散歩を楽しむの。
 トニトにブラッシングしてもらって、今日も可愛いよって言ってもらうの。
 こんなやつらに、トニトを奪われてなるものか。
 
 ヒュンと風を斬る音がしたから、私は地面に突っ伏した。
 剣先をかわし、手も使って走る方向を真横に変えると、馬に乗った人たちはすぐ曲がれなくて大慌て。
 わざと木の間をジグザグに進んでやったら、二人ほどぶつかって落馬した。
 あっははは! ザマァ! トニトを虐めるからよ!

 ――次の時は狼で噛みついてやる!

 走りすぎて痛む脇腹を押さえて、ゼーゼーする呼吸を必死に繰り返して、走って、走ったけど……全員を振り切ることはできなかった。
 王宮の裏門が小さく見える。あと少し……あと少しなのに、追いつかれてしまった。

「……くっ、手こずらせやがって」

 回り込まれ、囲まれて……逃げ場がなくて、狼に戻るべきか悩んでやめたのは――トニトのため。
 今私が狼になったら、この人たちは間違ってたことに気づく。またトニトを追いかけに行く。だからダメ。
 真正面に立つ、一番人相の悪いやつを睨みつけて威嚇してやったら、そいつはチッと舌打ちして、他の三人にやれと命じた。
 剣を持った三人が、にじりと詰め寄ってきて、私は人の姿のまま、四つん這いになって隙間をすり抜けようと――。
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