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四年目の夏 罰 4

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 レイのところにハインを連れて行った。
 するとこいつは、崩れるように座り込んで、床に頭をすりつけるようにしてレイに言った。手の代わりをさせてくれと。
 もう二度と、お前を傷つけないと誓う。命を救われたのだから、命で返すと。
 レイは意味がわからないような顔をして、気にしてないと答えた。
 元気になったら、自由にしていいと。自分が勝手にしたことだから、ハインも好きにして良いのだと言った。

「分かった。じゃあ好きにする」

 ハインはそう言い、少しだけ涙をこぼした。

 その日からこいつはハインとして、レイの従者になる道を選ぶ。

 怪我の治療のため、夏期休暇までを俺の実家で過ごし、そのまま夏期休暇も過ごしたレイは、寮に戻る時、従者を一人連れ帰った。
 ワドの猛特訓で、従者見習いとなったハインだ。
 寮管理者は悲鳴を上げた。まさか帰ってくるとは。
 僕は持ってはいけないのに……と、ぼやくレイに、ハインは素知らぬ顔でこう返す。

「レイシール様は押し付けられただけです。持ってませんから大丈夫です」


           ◇     ◇     ◇


 レイの生活は一変した。
 手の包帯は、長期休暇の間に外れて、外見的にはなんの問題も無かったが、聞き手の薬指が一本動かないだけで、出来ることが格段に減った。
   特に貴族社会において、手の障害というのは致命的であるらしい。

 まず筆を握ることがままならない。
 指三本しか使わないと思っていたが、薬指が曲がらないと邪魔で仕方がないのだ。
 苦肉の策として、レイは薬指と小指を、曲げて紐で縛った。
 座学の授業を受ける間はずっとその状態だ。当然、自分では縛れないので、従者となったハインがその仕事を担う。
 レイは慣れた日常の様に、その工程を自然に受け入れているのだが、ハインは違った。毎日、毎日、自身の負わせた怪我の世話をするのだ。気にならないはずがない。

 武術の時間は、より不便だった。
 剣を長く握っていられないのだ。
 数回の素振りが限界で、すぐに剣が手からすっぽ抜け、あらぬ方向に飛んでいってしまう。
 だからといって、手に剣を括り付けたり、逆の手で武器を扱うことは許されなかった。武術の師範は、そういった補助を認めない人だったのだ。
 だからレイは、素振りの時は、型を丁寧に、無手で繰り返した。
 試合の時は、剣を振る回数、握る時間を考えて行動する様にした。
 体力や筋力の向上に努め、剣を振れる回数を増やす努力をした。
 そうやって、勝率は格段に落ちたけれど、最低限の成績を維持することには、なんとか成功した。

 馬術の時も、手綱を長く握っていられない為、駈歩程度で振り落とされそうになる。右手での指示が小さく、馬に伝わらず、見当違いの方向に動くなんてことはザラだった。
 片手で馬を制御するのは難しい……まして、レイは小柄だ。足の力だけで馬を操作出来なかった。相当苦労した様だ。
 けれど、泣き言は言わない。振り落とされて全身打撲で寝込むこともあったけれど、治れば補習を欠かさなかった。きちんと馬に乗れる様になるまで、それは繰り返された。

 全てにおいて、レイは泣き言を言わなかった。
 そして、補助してくれるハインに「ありがとう」と、礼も欠かさなかった。
 ハインはどんどんレイに傾倒していった。依存していったと言ってもいいだろう……。
 ハインはきっと、責められたかったはずだ。お前の所為でと罵られていれば、もっと楽だったのではないだろうか。

 ハインは、レイを過剰に保護する様になり、一時期軋轢あつれきを生んだ。
 事情を知らない者がレイの手を気にしたり、からかったりするとハインがキレて暴れるのだ。
 おかげで俺がしょっちゅう呼び出される。半分我を忘れたハインを取り押さえるのが、大変だった。
 レイは根気強くハインに言い聞かせた。
 手のことは気にしてない。僕は別に、不自由してない。だってハインがいる。僕の手助けをしてくれる。感謝してもしきれない。ハインに人を傷つけてほしくない。ハインがそれで傷つくのも嫌だ。出来ないことは増えたけれど、練習すれば出来る様になった。多分、大抵のことがそうだ。だから全然、問題無い。大丈夫だよ。

 そう言い聞かす度に、ハインは苦しそうな顔をした。

 そうじゃない。
 本当はしなくてよかった苦労だ。それを、背負いこませてしまった。

 ハインはどうしても、そう考えてしまうようだった。

 ハインがキレると、レイがとばっちりを食う。そして聞きたくないことを聞かされる。不自由してない、困ってないと言わせてしまう。
 それが理解出来てからは、ふつりと暴走しなくなった。けれど、気持ちを抑え込むその姿は殺気立っていて、手負いの獣そのもので……酷く危うげで、怖かった。
 溜め込み過ぎると、きっと何処かで決壊する。そんな気がしたから、俺はハインをからかった。いらぬちょっかいを出し、喧嘩を売った。

   そしてそのうち、それが日常になった。
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