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四年目の夏 罰 2

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   翌日から。

 濡れたままで寝た俺は。案の定風邪を引いた。咳が止まらず、頭もガンガンする。二日ほど安静に寝ていたのだが、熱が引かない。
 寮の管理者が、俺の容態を確認しに来て、これはダメだと結論付けた。実家に連絡が入り、迎えが来ることになる。
 くそっ、王都に家があると不便だ……熱くらいでいちいち連絡しやがって……。
 いやだああぁぁ、一人で帰って寝といても暇だし。親父とか兄貴とか絶対小言言いに来るし。そういえば姪のルーシーが最近俺のこと毛嫌いしてきやがった。でかい、怖いって、顔見るだけで逃げやがる……。おかげで俺の部屋に寄り付かないから、未だレイを自慢できない。

 ……あれ、そうだ、レイだ。やばい。あいつも俺と一緒に雨に濡れた。もしかしてあいつも風邪引いてるんじゃ……。あああ、そういや拾った浮浪児はどうなってる?    捨ててこいって言い忘れてるし!

 熱でグラグラした頭では全く考えがまとまらない。
 レイと気まずい状態だったことも忘れ、俺はフラフラと部屋を抜け出す。
 寮を出る団体に紛れて外に出て、レイの寮に向かった。

「こんちは。レイの部屋、行っていい?」

 顔なじみの寮管理者に短く挨拶すると、待ってましたとばかりに飛びつかれる。
 数日前、レイが浮浪児を連れ帰り、そのまま授業にも出ず面倒を見てると涙ながらに訴えられた。あいつは実家が遠いから、連絡して迎えに来てもらうわけにもいかないと言う。
 ……助かった。連絡されんのだけは勘弁だ。あいつの実家は最悪だ。帰したらレイがまた壊されてしまう。

「俺の実家で引き取ります。今すぐに」

 もうすぐ迎えが来るならちょうどいいや。と、そう言って奥に進む。
 レイの部屋はすぐそこだ。あー……頭がいたい。家に帰ったら一旦寝よう。

「レイ、開けるぞ~」
「あれ、ギル?」

 元気そうな声だった。内心ホッとしながら扉を開ける。すると、視界に入ったのはこちらを振り返ったレイの姿。寝台横の椅子に座っていた。
 相変わらずの美少女ぶりだが、目の下が黒い。明らかに寝不足……。そして、その向こうに、若干小綺麗になった例の浮浪児が、包帯や塗り薬にまみれた姿で、レイの寝台に身を起こしていた。そして何故か……レイの短剣を、鞘から引き抜く。

 …………え?

「レイ!    危な……‼」

 熱に浮かれた身体と頭は反応が鈍かった。
 本来ならレイを庇うくらい出来たはずだ。だけど俺は、声を上げることしかできなかった。
 レイが、ハッとしたように浮浪児の方を見て、慌てて中腰になるが、その時にはもう遅かった。寝台から転がるように下りた浮浪児が、レイに身体をぶつける。レイの座っていた椅子が、音を立てて倒れた。

「ハイン……」

 びっくりしたように、レイが呟く。
 俺の位置からは見えない。けれど、足元に赤い飛沫が、ボタボタと落ちる……。

「レイ!」

 よろめいたレイを、必死で受け止めた。覗き込むと、右の腰辺りがべったりと血濡れている。そこから伸びる、短剣の柄。
 それを同じく血濡れた右手で押さえたレイは、いまいち状況を理解できていないのか、蒼白な顔だが、無言だった。

「レイ!    手を離すな、そのまま押さえとけよ!」

 俺が怒鳴ると、こっちを見てこくりと頷く。そして、自分を刺した浮浪児を見て「大丈夫だよ」と、声を掛けた。馬鹿だ!    刺した相手に何言ってんだ‼

「あのー、ギルバートくん、執事だって人が、君を探しに……な、なに⁉    なんで血が⁇」

 騒がしいので様子を見に来たという感じの寮管理者が、部屋の惨状に悲鳴をあげる。
 俺はとっさにその胸ぐらを掴んだ。

「騒ぐなよ。大ごとになるだろうが。ワドが来たんなら、ここに呼べ。急げ!」
「もうお邪魔しました。ギル様。これは一体?    ああ、時間がありませんね。
 寮管様、部屋の掃除の手配をお願い致します。費用はバート商会に請求していただいて構いません。それと、他言無用で願います。こちらで足りますか?    では、お願い致します」

 やって来たワドが、状況に動じることもなく、使用人に指示を出し、寮管理者に口止め料を握らせる。そして、レイを刺した浮浪児は、体格の良い使用人に取り押さえられた。
 レイは、ワドに抱き抱えられ、俺には別の使用人が手を差し出すが、それを振り払う。

「そのガキは役人に突きだせ!    レイは医者だ!」
「ギル様、声を鎮めてください。騒ぎが広がります。
 担がれて運ばれるのがお嫌でしたら、ちゃんと歩いてください。馬車はすぐ外です」

 ワドに窘められ、悔しいながらも頷くしかない。
 レイは、律儀に傷を押さえたまま、ワドに何かを言っていた。ただ、痛いと泣いたり、取り乱したりはしていない。俺の方がよほど慌てていた。状況に頭がついていっていなかった。
 レイを使用人で隠すようにして運び、二台並ぶ馬車に乗り込む。手前の馬車にレイとワドが。後ろの馬車に俺と、浮浪児のガキが、縛られて放り込まれる。

「レイシール様はあのまま治療院に運びます。手当てが済んで、問題無い様なら連れ帰るそうです。
 ギル様は、お熱がありますから……。怪我で消耗したレイシール様に、飛び火してもことですし、しばらく安静にしておくようにとのことですよ」

 朦朧とする頭に、女中のそんな言葉が痛い。
 俺はレイについていてやれないことの八つ当たりを、浮浪児にぶつけた。足元に転がったそいつの肩を蹴る。

「いい気味だ……死ねばいい。貴族なんて」

 俺に蹴られた腹いせか、そんな悪態を吐かれ、俺のただでさえ短くなっていた気が、呆気なくブチ切れた。
 胸ぐらを掴んで持ち上げる。
 体勢なんて気にしない。息ができないで喘ぐそいつをそのまま釣り上げて、顔を覗き込むと、ギラギラと輝く黄金色の瞳に睨み付けられた。
 殺気を撒き散らす様な、世の中全部が敵だという様な、鋭い眼光。爛々としたその眼は、猫科の獰猛な獣みたいだった。

「レイを、その辺の貴族と一緒にすんなよ……。
 どこの貴族が、道に転がった浮浪児拾って、寝ないで看病するってんだ……」

 俺の言葉に、そのガキが言葉を詰まらせる。
 鋭かった眼光が、急に陰った。
 よくよく見れば、顔が青い。唇が震えていた。自分のしでかしたことにビビってるのか、自分の今後にビビってるのか……。どっちでもいい。レイの害になる奴の今後なんか、知ったことか。

「俺は、お前を拾ったあいつに言ったんだ。
 人のもんを取った奴は殴られる。当然だと。どうせお前、その怪我の理由はそんなもんだろ」
「…………」

 ガキは答えない。俺はそいつを、そのまま床に投げ捨てた。どこをぶつけたって気にしない。レイの痛みに比べたら……なんてこともないはずだ。

「あいつ、それを聞いて、自分と一緒だって言ったんだ。正妻から夫を奪った妾の子だからって。でも自分は助けてもらったからって、お前を連れ帰って……ほとんど寝ないで看病してたはずだ……。
 見てないとは言わせねぇ……。包帯の巻き方や、傷薬の塗り方、そんなもんすら知らなかったあいつに、それを教えたのは俺だからな。お前の比じゃないような暴力の中で育ってんのに……なんであんな、優しく育つんだか……」

 しかも、自分を刺した相手に「大丈夫だよ」と声まで掛けた。
 尋常じゃない痛みだろうに、悲鳴も上げず。

「どうせあいつは、お前を何一つ責めなかったろ。
 人のものを取っちゃダメだよとか、そんなことすら言わなかったろ。
 痛くないか、辛くないか、腹は減ってないか、嫌なことはないか、そればっか聞いてたろ。
 きみ悪いくらい……優しくされたはずだ……それしかできない奴だ。
 優しすぎて……優しすぎて……可哀想な奴だ……」

 熱が上がってきたのか、頭が割れるように痛かった。
 咳をして、壁にもたれかかる。ああ、いてぇ……馬車の揺れすら、頭に響く……。けど、レイはもっと痛いだろう……助けたやつに刺されて、どれほど悲しんでるか……。いや、あいつのことだしな……心配してるかもしれない……酷い扱いされてないかとか、ご飯はちゃんと食えてるかとか……傷の具合は、大丈夫か、とか……。馬鹿だもんな……。ほんと馬鹿だ……。

「役人は、中止……。説教小屋だ。飯と、傷の手当ては、忘れるな……どうせまたレイが、世話を焼こうとするんだ……」

 ガキを役人に突き出すのは中止にして、実家にある、悪さをした時反省するまで閉じ込められる、物置小屋を指定しておく。間も無く夏だ。路上で生活してた奴なら、それくらいの環境へでもないだろう。
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