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二年目の夏 1

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 夏の長期休暇、レイを伴って帰ろうと思ったのは、一人では実家に居づらかったからだった。
 それと「お前さ、今年、長期休暇はセイバーンに帰んの?」と聞いた時、レイの瞳に明らかな動揺を見て取ったからだ。

「……かえらない……。かえるように、いわれてないから」

 抑揚に乏しい声で、無表情のレイがそう言った。けれど、かろうじて感情を残す瞳には、恐怖があった。
 それで思い出す。レイの全身に刻まれた痣を。顔の左側を覆っていた紫色の変色……、それの原因が、実家なのだということを。
 しまった。聞くんじゃなかった……そう思ったけど、口から出た言葉は取り消せない。けれど、次の瞬間閃いたのだ。あ、じゃあ丁度良いじゃん!   と。

「そっか。じゃあ良かった。
 なぁ、長期休暇、うちに来い。王都だし、寮から近いから、あんま意味ないけどな、ここで一人過ごすよりは良いだろ」
「うち……?」
「そ。バート商会。俺ん家。友達連れて来いって言われてっから丁度良い。
 あいつら、俺がちゃんと勉強してるって信用してねぇんだ。剣ばっか振り回してると思ってる。ふん、馬鹿にすんなっての」
「…………」
「……あっ、大丈夫だぞ。仕事あるからそう絡んでこねぇよ。長期休暇の間、うちに泊まって、一緒に遊ぼうぜ。王都に実家がある別のやつも遊びに呼ぼう。どうだ?」

 うんと言え。

 内心そう思っていた。そして、俺が望むことを、レイはなんとなく嗅ぎ取って、行動する節がある。相手が望む様に動く。それがレイの処世術であるらしいのだ。だから、俺がそれを望むなら、レイはそう、行動する。

「うん」
「よしっ」

 思う通りの反応があり、俺は上機嫌でそう言葉を返した。

 俺の実家はバート商会という、服飾関係の物品を扱う大店だ。貴族の出入りが多く、貴族のレイを友人として連れ帰っても、褒められこそすれ、問題にはならないはずだった。
 貴族に慣れてこいってのが、兄貴の御達しだったしな。俺にちゃんと貴族の友人がいるって見せてやる。

「じゃ、来週末から準備な。家族に紹介するから、お前も一緒に来い」
「うん」
「ちょっとやかましいかもしれねぇけど、気にすんな。だいたいの寸法は先に伝えとくから問題無いし」
「うん?」
「そういえばお前、好きな色とか、嫌いな色とかあるのか?   こいつだけは着たくない!   みたいなのがあったら言っとけよ」
「う、うん……?」
「え?    あるのか?    ないのか?」
「な、ない……」

 無表情のレイだが、どことなく、思考がふわふわとしている雰囲気がした。
 何を言われているのか分からないといった風な?
 けどまぁ、言質を取ったから良いか。ということで、俺はレイの疑問を流してしまった。そんなことより、レイと何をして過ごそうかと、そのことで頭がいっぱいになっていたのだ。
 今年の夏は、きっと楽しい。だって一日中、寝る時だって、レイがいる。そうなれば、兄貴のお小言時間も減るに違いない。


           ◇     ◇     ◇


 翌週末、レイを伴って実家に帰った。
 長期休暇までの休日は、実家に帰る準備期間だ。大きな荷物を先に送ったり、必要なものを買い集めておいたりする。
 迎えに来たワドにレイを紹介した。ありきたりなやり取りをして、一緒に馬車に乗り込む。
 ワドは今年から決まった、俺の執事だ。元は店の使用人なのだが、早めの引退のおり、何故か俺に仕えることになった。本人の希望との噂だけれど、俺は信じていない。きっと、親父が兄貴の押し付けなのだと思う。俺がワドには逆らえないって、知っての嫌がらせなのだ。

「親父とお袋は今日は居ないって。代わりに兄貴が挨拶すると思うから」
「あにき……あ、にう、え?」
「?」

 レイが、ビクリと身を竦ませたような気がした。
 けれど、視線をやるといつも通り、どこか虚ろな、無表情のレイだ。だから気の所為かな?   と、思い直す。
 まあ良いか。とりあえず、兄貴の説明を優先しておく。

「兄貴はアルバートって名前。もう成人して娘もいる。ちょっと嫌なヤツ。正論ばっか上から目線で言って来やがるんだ。
 とはいえ、いちおうバート商会の主人はもう兄貴なんだ。親父とお袋は名目上引退してる。
 だから、好きなもんを好きに売る、悠々自適の隠居生活ってやつを満喫してる、いい御身分ってやつだな。
 ま、兄貴は家族で別居してっから、夜は顔を合わさずに済むから安心しろ」
「うん」
「親父はまあ、良いとして……問題はお袋だな……。
 お前、多分気に入られると思うし……まあ、適当に付き合って、適当に逃げろ」
「うん……?」

 実家にはあっという間に着いた。歩いても帰れる距離だ。荷物があるから、毎度馬車で迎えに来るわけだが、今回はレイもいるし助かったな。こいつ、王都に出たことないって言ってたし、予備知識無しに彷徨くのはあまりよろしくない。治安の悪い場所もあるからだ。

「お帰りなさいませ」
「ん」

 店に入ると、使用人が俺に気付いて頭を下げてくる。
 適当にあしらって奥に向かった。連れ帰る友人が貴族だと伝えたら、まずそうするようにと言われたのだ。
 ワドが先行して先を歩き、上客を通す応接間の一つに案内された。普段俺には、絶対に入るなと言われている部屋だ。
 ふん……貴族だとこんな扱いになるよな……。例えそれが、俺の友人でも。
 中に入ると、兄貴が居た。深く頭を下げている。

「お初にお目にかかります。バート商会主人、アルバートと申します。
 愚弟ギルバートがいつもお手を煩わせております」

 そう宣ってから、少しこちらに視線を寄越し……固まった。
 ……うん?   レイが美少女すぎてびっくりってことかな?
 しかし、レイはそんな状況に頓着せず、普段見せない貴族らしい礼儀作法でもって兄貴に応えた。

「レイシール・ハツェン・セイバーン。セイバーン男爵家が二子です。面を上げてください。
 お世話になっているのはこちらですので、その様に畏まらないで頂けますか。僕は子供ですし、礼を尽くされる立場ではありません」

 ちょっとびっくりした。
 物凄く貴族らしい対応だったのだ。いつものぼんやりした感じが無く、キリリとしていた。
 きちんと貴族として振る舞うと、こんな風に出来るのだ。まだほんの、七歳だというのに。
 そして、そんなレイに、兄貴は面食らった顔をした。想像以上に俺の友達っぽくなかったんだなこれは……。

「レイシール様……と、お呼びしても?」
「レイで構いません。ギルの兄上に、様付けで呼ばれるのは居た堪れません……。
 学舎は学びの場、身分は関係ありませんし、長期休暇をお世話になるのですから……どうかお願いします」

 眉を下げた、不安そうな顔でそう言った。これも作った顔なら相当な演技力だ。が、レイのどこか、漠然とした不安を、俺は普段のレイらしくない態度から感じていた。
 こんなにしっかりして見えるのに……違う、張り詰めてるんだ。物凄く緊張しているんだ。なんでだ?   兄貴が怖い?

「いえ、しかし……」

 兄貴が異を唱えようとした。それに、レイが肩を震わせたのが目に付いて……だからとっさに、割って入る。
 レイの肩を掴んで、引き寄せた。それに兄貴がギョッとした顔をする。

「兄貴、まだこいつ、七歳の子供なんだよ。子供らしく扱ってやってくれ。
 実家じゃ、そんな風にできない奴なんだ。
 ここにいる間くらい、良いだろ?」
「ば、馬鹿!   おまっ、ご息女様に……」
「は?……レイは男じゃん」

 場が固まった。
 ……あれ?
 ワドを振り返ると、ワドも、少し視線が泳いでいた……。まさかこいつまで……勘違いしてた?
 なんでだ?   体型見れば分かるだろうに……。

「し、失礼致しました。
 その……本当に、宜しいのですか?   ギルが、勝手を申しておりませんか?」
「いえ、ふつうがよいです……」

 俺に肩を掴まれたからか、レイの緊張の糸が切れていた。
 いつものどこか虚ろなレイが戻ってきた。そのことに少しホッとする。
 良かった……。実家にいる間中、あんな張り詰めたレイじゃ嫌だ。もっと普通に、町人みたいに扱ってやりたいと、強く思った。
 何故かレイは、そうしてやるべきだと感じた。
 だからその気持ちのまま、頭をくしゃくしゃと撫で回してやると、どこかまた少し、レイの緊張がほぐれた気がした。うん。ここは俺ん家なんだから、そんな、貴族みたいにしなくて良い。

「貴族のやり取りはもう良いだろ。部屋連れて行くぞ。離れか?」
「え……いや……お前の部屋の、二つ隣だ」
「おっ、マジで?   有難う兄貴。
 行こうぜレイ、案内すっから」
「うん……あの……よろしくおねがいします」
「あ、はい……よろしくおねがいします。……レイ、くん……」

 結構な葛藤があったと思う。兄貴は堅物だから。けれど、なんとか絞り出す様に、そう言った。
 すると、レイの雰囲気が……目に見えて和らいだ。

「はい」

 微かに笑った。滅多に見せない、レイの笑顔。
 兄貴め……。ちょっとムッとしたけど、まあ良しとする。
 レイを伴って部屋を出た。そして、使用人を置いてきぼりにして部屋に向かった。
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