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二章
八話 逢引き②
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◆二章◆ 八話 逢引き
アラタのお父様は興行師。興行師は、剣闘士を育て、こういった闘技場で試合に出場させて、賞金を得る仕事。
元々はお爺様の剣闘士団で、婿養子に入ったお父様が引き継いだのですって。
将来的にはアラタが継ぐことになるのでしょうけれど……その剣闘士団の成績は、現在最低位。
お爺様の頃は、凄く強くて有名な剣闘士団だったそうよ。
お爺様自身も元剣闘士で、花形として活躍した方だったのですって。
「サクラ」
「お待たせクルト」
待ち合わせの場所に行くと、クルトは必ず先に来ていたわ。
本当は私が先に来なければならないのに、女性を一人で待たせるのは無用心だからって、気を利かせてくれる。この城塞都市でセクスティリウスを敵に回す覚悟のある者なんてまずいないでしょうし、奴隷だって一緒にいるのだから、気にしなくて良いのに……。
今日のクルトは、少し伸びてきた前髪を油で撫でつけていて、なんだかいつもより大人っぽい感じだった。
ここ最近さらに背が伸びて、体格もしっかりしたから、周りの女性の視線が凄いことになっているわ……。
そんな人が、とても良い笑顔で私の手を取って甲に口づけするのは、演技だと分かっていてもドキドキしてしまう。
彼の首元にあるのは、セクスティリウス家が贈った婚約の証……。私と違って彼は、何を身につけても様になってしまうわね。
「今日の貴女は一段と美しい。とてもよく似合っているよ」
「そ、そうかしら……」
決まり文句みたいなものだけど、居心地悪いわ……。
「クルトも、なんだか大人っぽくて……素敵よ?」
「本当?」
やめて。その笑顔で見ないで。胸がドキドキして痛い……。
とりあえずそんな風に、周りには逢瀬を楽しんでいる風を装ってみせてから、奴隷たちとはここでお別れ。
立ち去っていく奴隷たちを見送ってからクルトは、急に身に纏っていた外套を外しだしたわ。
まだ闘技場まで歩くのにどうしたのかしら? って、思っていたら、それが私の肩に掛けられて……。
「ずっと見ていたいのだけど……僕以外の男の目には晒したくないから、纏っていてくれる?」
なんてことを、甘い顔で囁かれてしまった。
そこまで演技する必要ないわよ⁉︎
「悪ふざけがすぎるわ!」
「ははっ。良いじゃない。実際ちょっと肌寒い。少し風が強いからね」
だから使ってとクルトは言って、胸の前の飾りをさっととめてしまった。
まぁ確かに恥ずかしかったし……有難いのだけど。
「それじゃそろそろ行こうか」
「そうね。あっ、後で姿絵を買わなきゃいけなくて……」
「分かった。帰りに寄ろう」
面倒臭そうな顔ひとつしない。
クルトは本当、私にはもったいない婚約者だわ……。
そう、だから……彼は、一年後には、私の夫になる……。
私が十六になって、クルトが首席百人隊長を手にしたらと、決められた。
貴族としては遅いくらいの婚姻だけど、お父様たちのことだから、きっと色々な思惑があってのことだと思う。
クルトはこの話を、直ぐに受けたそう。
つまり、私のお父様からの打診だった……。
そう、なるわよね。
クルトは随分としっかりしてきて、成人したら直ぐにでも、二十人官に抜擢されそうなくらいだもの。
その前段階として、首席百人隊長を取ることは、二十人官を得る大きな保証になるわ。
でもクルトは、そんなものにこだわらなくとも元老院議員になれると思う。
彼は公共奉仕にも積極的だし、成人前にも関わらず支持者を増やしているほどで、彼の進む政治家への道は、もう揺るぎないほどに盤石。元老院議員になることは、約束されたようなものだった。
「サクラ、手を」
「えぇ……」
私を大切にしてくれるわ。絶対に。
なのにどうして私、こんなにモヤモヤするのかしらね……。
春祭の雰囲気に浮ついた街を、クルトに伴われてしばらく歩く。
給水場に続く列柱廊下に並ぶ、奴隷や市民たち。
通り沿いの店々から聞こえる呼び込みの声。
神殿に続く通りには、飾り付けに精を出す少女がいたわ。
そこには供物を捧げるための祭壇を準備する神官らの姿もあったのだけど、そのうちの一人がぺこりとクルトに会釈したものだから、今年の供物もアウレンティウス家の寄進なのだと理解した。
クルトはそれに、軽く手を振って応え……言葉無く、私との逢瀬を配慮してくれと神官に要求したわ。
それが受け入れられる発言力が、もう彼にはあるのね。クルトの願いはあっさり承諾され、私たちは立ち止まることなく足を進めることができた。
広場では、組紐舞踏の準備が進められていたけれど、婚約者を得た私はもうあの踊りには参加していない……この祭りを迎えるたび、それをほんの少し寂しいと感じる。
大勢で、高い棒に括られた飾り紐を編み込むように、飛んだり跳ねたりするあの踊り、実は結構好きだったの。だって誰かと何かをするような機会、貴族の私には殆ど許されなかったから。
闘技場が近づくにつれ、屋台が増えてきだして、クルトが私の肩を抱き寄せたわ。
お酒を飲んで騒いでいる人が増えてきたから、きっと私の安全を気遣ってくれたのね。
闘技場に入ると、使用人が寄ってきて、クルトの差し出した切符を確認し、席まで案内してくれた。
元老院議員の身内である私たちは、一階席。
「お飲み物は?」
「果実酒を」
私の好みを全て把握しているクルトは、先回りして全部を用意してくれる……。
「外套、ありがとう……」
「ううん。僕の心の安寧のためでもあったから」
「もうっ! まだ続けるの⁉︎」
恋人ごっこはもう良いじゃないの!
頬を膨らませる私に笑うクルト。
お酒とつまみが届き、しばらく雑談を楽しんだわ。
私はあまり、試合には興味が持てなかったし、正直に言うと、極力見たくなかった……。
クルトもそれを分かってくれていて、私の話に付き合ってくれた。
そうして……。
「次だね」
ドキリと心臓が跳ねたわ。
「大丈夫かしら……」
魔獣相手に戦うって、聞いたわ……。
「魔牛なら、アラタの敵じゃないよ。大丈夫」
クルトは、不安のあまり震えてしまう私の肩を抱き寄せて、手を握ってくれた……。
えぇ。アラタは優れた剣士でもあるって知ってるわ。
だけど私は、もうひとつのことも知ってる……。
アラタの身体が、長時間の運動に耐えられないってことも……。
アラタのお父様は興行師。興行師は、剣闘士を育て、こういった闘技場で試合に出場させて、賞金を得る仕事。
元々はお爺様の剣闘士団で、婿養子に入ったお父様が引き継いだのですって。
将来的にはアラタが継ぐことになるのでしょうけれど……その剣闘士団の成績は、現在最低位。
お爺様の頃は、凄く強くて有名な剣闘士団だったそうよ。
お爺様自身も元剣闘士で、花形として活躍した方だったのですって。
「サクラ」
「お待たせクルト」
待ち合わせの場所に行くと、クルトは必ず先に来ていたわ。
本当は私が先に来なければならないのに、女性を一人で待たせるのは無用心だからって、気を利かせてくれる。この城塞都市でセクスティリウスを敵に回す覚悟のある者なんてまずいないでしょうし、奴隷だって一緒にいるのだから、気にしなくて良いのに……。
今日のクルトは、少し伸びてきた前髪を油で撫でつけていて、なんだかいつもより大人っぽい感じだった。
ここ最近さらに背が伸びて、体格もしっかりしたから、周りの女性の視線が凄いことになっているわ……。
そんな人が、とても良い笑顔で私の手を取って甲に口づけするのは、演技だと分かっていてもドキドキしてしまう。
彼の首元にあるのは、セクスティリウス家が贈った婚約の証……。私と違って彼は、何を身につけても様になってしまうわね。
「今日の貴女は一段と美しい。とてもよく似合っているよ」
「そ、そうかしら……」
決まり文句みたいなものだけど、居心地悪いわ……。
「クルトも、なんだか大人っぽくて……素敵よ?」
「本当?」
やめて。その笑顔で見ないで。胸がドキドキして痛い……。
とりあえずそんな風に、周りには逢瀬を楽しんでいる風を装ってみせてから、奴隷たちとはここでお別れ。
立ち去っていく奴隷たちを見送ってからクルトは、急に身に纏っていた外套を外しだしたわ。
まだ闘技場まで歩くのにどうしたのかしら? って、思っていたら、それが私の肩に掛けられて……。
「ずっと見ていたいのだけど……僕以外の男の目には晒したくないから、纏っていてくれる?」
なんてことを、甘い顔で囁かれてしまった。
そこまで演技する必要ないわよ⁉︎
「悪ふざけがすぎるわ!」
「ははっ。良いじゃない。実際ちょっと肌寒い。少し風が強いからね」
だから使ってとクルトは言って、胸の前の飾りをさっととめてしまった。
まぁ確かに恥ずかしかったし……有難いのだけど。
「それじゃそろそろ行こうか」
「そうね。あっ、後で姿絵を買わなきゃいけなくて……」
「分かった。帰りに寄ろう」
面倒臭そうな顔ひとつしない。
クルトは本当、私にはもったいない婚約者だわ……。
そう、だから……彼は、一年後には、私の夫になる……。
私が十六になって、クルトが首席百人隊長を手にしたらと、決められた。
貴族としては遅いくらいの婚姻だけど、お父様たちのことだから、きっと色々な思惑があってのことだと思う。
クルトはこの話を、直ぐに受けたそう。
つまり、私のお父様からの打診だった……。
そう、なるわよね。
クルトは随分としっかりしてきて、成人したら直ぐにでも、二十人官に抜擢されそうなくらいだもの。
その前段階として、首席百人隊長を取ることは、二十人官を得る大きな保証になるわ。
でもクルトは、そんなものにこだわらなくとも元老院議員になれると思う。
彼は公共奉仕にも積極的だし、成人前にも関わらず支持者を増やしているほどで、彼の進む政治家への道は、もう揺るぎないほどに盤石。元老院議員になることは、約束されたようなものだった。
「サクラ、手を」
「えぇ……」
私を大切にしてくれるわ。絶対に。
なのにどうして私、こんなにモヤモヤするのかしらね……。
春祭の雰囲気に浮ついた街を、クルトに伴われてしばらく歩く。
給水場に続く列柱廊下に並ぶ、奴隷や市民たち。
通り沿いの店々から聞こえる呼び込みの声。
神殿に続く通りには、飾り付けに精を出す少女がいたわ。
そこには供物を捧げるための祭壇を準備する神官らの姿もあったのだけど、そのうちの一人がぺこりとクルトに会釈したものだから、今年の供物もアウレンティウス家の寄進なのだと理解した。
クルトはそれに、軽く手を振って応え……言葉無く、私との逢瀬を配慮してくれと神官に要求したわ。
それが受け入れられる発言力が、もう彼にはあるのね。クルトの願いはあっさり承諾され、私たちは立ち止まることなく足を進めることができた。
広場では、組紐舞踏の準備が進められていたけれど、婚約者を得た私はもうあの踊りには参加していない……この祭りを迎えるたび、それをほんの少し寂しいと感じる。
大勢で、高い棒に括られた飾り紐を編み込むように、飛んだり跳ねたりするあの踊り、実は結構好きだったの。だって誰かと何かをするような機会、貴族の私には殆ど許されなかったから。
闘技場が近づくにつれ、屋台が増えてきだして、クルトが私の肩を抱き寄せたわ。
お酒を飲んで騒いでいる人が増えてきたから、きっと私の安全を気遣ってくれたのね。
闘技場に入ると、使用人が寄ってきて、クルトの差し出した切符を確認し、席まで案内してくれた。
元老院議員の身内である私たちは、一階席。
「お飲み物は?」
「果実酒を」
私の好みを全て把握しているクルトは、先回りして全部を用意してくれる……。
「外套、ありがとう……」
「ううん。僕の心の安寧のためでもあったから」
「もうっ! まだ続けるの⁉︎」
恋人ごっこはもう良いじゃないの!
頬を膨らませる私に笑うクルト。
お酒とつまみが届き、しばらく雑談を楽しんだわ。
私はあまり、試合には興味が持てなかったし、正直に言うと、極力見たくなかった……。
クルトもそれを分かってくれていて、私の話に付き合ってくれた。
そうして……。
「次だね」
ドキリと心臓が跳ねたわ。
「大丈夫かしら……」
魔獣相手に戦うって、聞いたわ……。
「魔牛なら、アラタの敵じゃないよ。大丈夫」
クルトは、不安のあまり震えてしまう私の肩を抱き寄せて、手を握ってくれた……。
えぇ。アラタは優れた剣士でもあるって知ってるわ。
だけど私は、もうひとつのことも知ってる……。
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