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後日談

罰 3

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 夜。日を跨いだ時間でしたが、皆が起きていました。

「まだ、無理」

 無情な言葉に、皆が焦燥に駆られております。
 サヤ様は気絶と悶絶を繰り返し、その間隔は既に五分を切っておりましたため、我々にはひっきりなしに苦悩しているようにしか見えません。

「もう三日目になるのに……なんで、なんでこんなに長いんだよ!」

 そう叫んだのは、普段ほぼ口を開かないシザー。
 彼が声を荒げるなど前代未聞でしたが、それに言及する余裕が我々にもありません。
 彼の叫びは、皆の叫びでもありました。

「初産だから、身体が慣れていないというのも、理由にあると思う」

 苦しげにそう言うしかないナジェスタ女師。その肩を抱くユストの表情も、苦悩に歪んでおります。

「子宮口が開かなければ、子は産めない。サヤさんにはまだ、子供が通れるだけの幅が開いてないの」
「何か状況を進める方法はないのですか?」

 一時的に帰還したクロード様は、出産経験のあるセレイア様を伴っておられましたが、彼女にも状況を打開する術は無い様子。

「ユーロディア様の時だって、ルーシーの時だってこんなには……」
「言うな」
「言ったってしょうがない……サヤ様はよく耐えておられるよ」

 そんな会話がされておりますのは、ブンカケンの会議室。
 苦しむサヤ様の耳に我々の雑音は入れたくなかったため、このようになりました。
 レイシール様はサヤ様の傍を離れることを拒否されたため、ここにはいらっしゃっておりません。
 現状医師の二人にもできることはなく、こうして打開策を話し合うに至っています。

「とにかく、子宮口が開くのを待つしかないの。
 あと一時間待って様子をみて、それでも状況が動かない時は、最終手段かなって……」
「最終手段とは?」

 極力冷静にそう、問うたつもりでしたが……私の声にナジェスタ女師はビクリと身を竦ませます。

「…………割腹する」

 代わりに、そう答えたのはユストでした。

「サヤ様が、痛みに耐える体力のあるうちに、そうすべきと俺は思う」

 割腹というのは、出産における最終手段だと、我々は伺っております。
 文字通り母親の腹を割いて子を取り出すため、かなりの確率で母親に死が訪れる手法であり、女性軽視の風潮が強い貴族間では、まま選ばれる手段……。

「決断は早い方が良い。その方が、まだサヤ様に耐えられる可能性がある。
 完全に疲弊し切ってからじゃ遅い。貴族の出産は特に、女性に体力がないことが多いから……っ。
 でも、サヤ様なら、まだ……きっと!」

 そう言うユストは、自身の手を見下ろしております。
 やるならば、自分がと。その決意をしている目でした。

 しかしその言葉にヘイスベルト様が怒りを爆発させたのです。

「何を言っているんですか! そんなこと……絶対に駄目だっ!」

 彼の母親は、それが理由で亡くなったと聞いておりました。
 そうして庇護者を亡くしたため、自分は貴族に認知されたようなものなのだと。
 しかし彼の言葉をユストは一蹴しました。

「もうとっくに破水してるんだ! 腹のお子だって、この時間にどんどん弱っていっている。
 場合によっては……もう、そちらが限界かもしれないんだ!
 苦しみに耐えているのはサヤ様だけじゃない!」
「っ、でも……」
「万が一それでサヤ様を失ってしまった場合、レイシール様は……」

 皆そこに考えが到達するのでしょうね……。
 特に学舎でレイシール様と共に過ごした時間のある者にとって、その選択は最悪だと感じてしまう。
 何もかも失ってきたあの方が、生涯唯一の宝として必死で掴み取ったサヤ様なのに、それが今また、失われようとしているなど……そのようなこと、彼の方の人生にあってはならない。
 その、はずなのに……。

「……あと一時間、待ちましょう」

 そう言葉を口にした私に、皆の視線が集まります。

「サヤ様は、耐えておられます。意識も確かです。それにまだあの方は、限界だと仰っておられません。
 これから私が、お二人に状況を説明いたします。その上で、サヤ様に判断を仰ぐことに致します」
「ハイン⁉︎」
「あの方は自身の決断を重んじておられます。
 それに、これは我々が勝手に決めることではないはずですが」

 レイシール様は、サヤ様に伝えるなとおっしゃいました。
 しかし、それを聞いていたのは私だけ。
 そして私は、彼の方をお支えするためならば、裏切ることも致します。

「では、また一時間後に、状況をお伝えしに参りますので」

 それだけ言って会議室を出ました。

 正直、レイシール様がどちらを選ばれるか、私でも判断がつきません。
 しかしサヤ様は、お子の命を優先せよと仰るでしょう。
 レイシール様と、セイバーンに必要なものを、重々承知なさっている方ですから。
 ここに残されるレイシール様が、サヤ様を失うことだけでなく、死なせる決断をするという重荷を背負うことは、許さないはず。
 そしてレイシール様を孤独にしないために、お子を残してくださるはずです……。

 離れに戻る間、義足が、酷く重いと感じておりました。
 雨季の湿気に気分までやられているのでしょうか。闇夜に響く雨音が、酷く煩わしい……。
 離れの扉を開き、入り口で長靴を脱いで、布靴に履き替える慣れた作業すら、何やらやりにくく感じておりました。
 そうして、部屋の扉を開いたのです。

「普通のことやで」

 するとまず耳に飛び込んだのは、サヤ様のそんな言葉。

「これが、普通。だから心配せんで、私は大丈夫」

 寝台の傍に膝を突き、俯いたレイシール様の手を握り、サヤ様は穏やかな声音でした。
 しかしまた次の瞬間、それは唸り声に変わります。

「サヤっ!」

 パッとレイシール様の手を離し、サヤ様は上掛けを握りしめて、顔を苦悶に歪めました。
 汗に濡れた額を、レイシール様がサッと手拭いで拭き、自信も苦痛に耐えるように歯を食いしばり、サヤ様を見守って……。

 それから私は扉横に立ち、お二人を見守って過ごしました。
 何度も繰り返される苦痛の時間と、その合間の囁き合う言葉。
 そろそろ一時間かと思いましたが、もう少しだけ……と、自分に言い聞かせて、一呼吸。

 更に五回、サヤ様が呻く時間を数えてから、義足を一歩、踏み出したその時。

「あっ、あっ、なんか、ちがう」

 急にサヤ様の声が、切羽詰まった上擦り声に変わりました。

「ちがう、ちがう、あっ、や、あかんっ!」

 瞬間手が動き、私は笛を咥え、吹いておりました。
 言葉を選ぶ余裕などなく、ただ吹き鳴らしたというだけの、意味のない行動を取っていたのです。

「サヤっ⁉︎」

 レイシール様が即座に動き、サヤ様の身を支えると、サヤ様は縋るように腕を伸ばし――。

「で、出てしまう!」

 ナジェスタ女師とユストが駆け込んできました。
 必死でレイシール様に縋るサヤ様の様子を前に、私は部屋を叩き出され、部屋の扉は閉ざされ、呆然としてる間にナジェスタと、ユストの半ば叫ぶかのような言葉の応酬が。
 聞こえていても、音の意味は頭に入りませんでした。
 ですが今、私にできることは……っ。

「アミよ!」

 祈ること、だけだ。
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