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後日談

因縁の村

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 アヴァロンを出るのは久しぶりでした。
 執事長となってからは領内の運営とレイシール様の補佐に明け暮れておりましたし、そもそもが片脚で、あまり移動には適しませんでしたから。
 義足を得て歩行に支障はなくなりましたが、それもアヴァロン内だけのこと。
 やはり長時間の使用は脚の負担が大きいため、遠出をするなどできるはずもなかったのですが……。
 我が主の危機とあっては仕方がありません。

 負傷とのことでしたが、どの程度の負傷かが気掛かりでした。
 彼の方は、命さえ絡まなければ軽傷だと本気で思っている節があります。
 変に修羅場を潜り抜けてしまったせいで無駄に肝が据わってしまったと申しましょうか。
 人のことはそんなふうに考えないというのに、色々な矛盾に気付いていない様子なのがまた、腹立たしいことこのうえありません。

「ユストさんも一緒なんですし、心配ないんじゃないっすかね?」
「そうではなく、そもそも負傷するなという話なのです」
「そりゃそうだ」

 違いねぇや! と、笑うのはまだ吠狼になって日の浅い若者。本日の私の護衛役、ジルドなのですが、人でした。
 ほんの短い期間ですが、孤児院にも居たことがございます。
 元々は盗賊まがいの悪事を重ねていたとのことですが、勘と運動神経の良さを買われて現在は狼の騎手となっております。少々の荒事も問題としない肝の座った部分を買われたとか。

「ま。でも正直……身を守らず体当たりで来られたから、俺はあの人を信用できたんす。
 守られたとこから一方的に話さないのが、レイ様の持ち味でもあるんで」
「だったらもう少しマシに身を守れという話です」
「もっともだ!」

 この男は笑い上戸で困ります。

 真っ白な平原を直走る橇と、それを引く赤毛の大狼。他にも数頭が共に駆けておりましたから、遠目からでも目立ったことでしょう。
 しかしセイバーン内の冬では、然程珍しい光景でもありません。特に今向かっている西の地は吠狼の管理区域。狩猟等で冬場にも新鮮な肉を得ることができるようになり、近隣の村人も比較的彼らを受け入れております。
 狩猟が行われ、適当な量に間引かれた肉食の獣は餌不足で冬眠し損ねたりすることも少なくなり、草食の獣も良く育ち、自然とも上手く折り合いがついてまいりました。
 また干し野菜という産業もでき、作物が多く売れるようにもなりました。そういった好循環が我々獣人を受け入れる土台となっております。

 私がセイバーンに来た頃は、道も通らぬ不毛の地であったというのに。

 そんなふうに当時を思い出しておりましたら、笛の音が届きました。
 狼の耳が反応し、私が腕を上げると喋り続けていたジルドが黙ります。

「……どうやら新たな流民を発見したようですね」
「マジすか。多いな……」
「これはもう村以上の単位で何かがあったと確定して良さそうです」

 とはいえ我々が現場に駆けつける意味はなさそうでした。なので目的地へと急ぎます。
 極力休憩は省き、急いだ甲斐もあり、夕方の到着予定が随分と早まりました。
 到着したのは古城下にあった、幼き頃、レイシール様が暮らしていたあの村。
 セイバーン男爵家の管理となっている邸へと駆け込みますとレイシール様は寝台の上。執拗な女性の看病を必死で辞退している最中でした。ここの村長はまた性懲りも無く……。

「……レイシール様…………」
「うわっ、なんでハインが来たの⁉︎ 俺、負傷だって……軽症だから命に別状はないって知らせたと思うんだけど⁉︎」
「なんでもなにもありません! サヤ様がどれ程心を痛めてらしっしゃるとお思いですか⁉︎
 わざわざ自分で出向いてさらに負傷とはどういうことですか⁉︎
 貴方はいつになったらご自分の立場というものを正しく理解してくださるのです!」

 レイシール様を誘惑するつもりがあったのか、私の剣幕に恐れ慄いた女性は慌てて部屋を逃げ出しました。
 それにより私は目的を達成できたため、多少怒りを抑えることにいたします。本当に……この方はいちいち面倒くさい状況に身を置きますね。

「いやごめん、助かった……」
「それで、軽傷とのことですが誰にやられ、何処をどう痛めたのです」
「誰とか無いから! 大したことないんだよほんと、脚をちょっと切った程度で……」
「見せなさい」

 それが言い訳なのは分かってるんです。
 脚をちょっと切った程度で、ユストが寝室に貴方を軟禁しているはずないのだと理解してください。

 押し問答の末に上掛けをむしり取ると、脹脛をざっくり大きく抉られていることが判明致しましたので、サヤ様の分も叱り飛ばしておくことに致しました。
 山間を逃げ惑う流民を救助するため説得に行き、小さな雪崩に巻き込まれ、折れた倒木で脚を抉られたとのこと。

「仕方なかったんだよ。目の前を子供が流されたら飛びつくしかないだろ⁉︎
 怪我は運が悪かっただけというか、俺が雪に埋まったとしても狼らがすぐ見つけてくれると思ったし……」
「それ下手したら窒息してたと分かってらっしゃいますか。
 サヤ様をこの世界に独り残されるおつもりで?
 貴方には軽症の意味から教え直さなければならないのですか」

 そう言うと項垂れる我が主。
 危険だった自覚はあるのでしょう。
 とはいえ、この方は勝手に体が動くと豪語する方なので、正直無自覚に動かれたのでしょうしね……。

「それで。
 何故流民は逃げ惑っていたのですか?」
「捕まればオーストに送り返されると思ったらしいよ。
 春になればまた苦役が始まるから、越冬中に逃げて痕跡を残さないつもりであったらしい。
 村単位で土地を捨てて逃げるほど、彼らは困窮していたようだ。
 どうも、労働力以上の玄武岩生産を要求されていたようでね」

 現在、国中で街道整備が進んでおります。
 と、申しますのも、交易路が整備された関係上、流通の方面での発展が目覚ましく、より多くの荷を運べるようにと主要な街道が調整し直されているのです。
 玄武岩は硬く強く摩耗が少ないため、街道の舗装に大変適しているということで、出せば出すだけ売れる状況なのでしょう。
 とはいえ硬いということは、採掘する側の労力も大きいということです。

「仕事を急がせるせいで疲労が蓄積する。怪我人が増え、効率も落ちる。
 しかし休む間もなく、経験の浅いものすら使うしかなくなり、また死傷者を出し……という悪循環だそうだ。
 村の規模に見合わない出荷を要求されることに、もう耐えられなくなった。
 更に、輸送路の整備は後回しであるため、輸送にも手間と時間が掛かる」
「売るのに必死で自領の整備を後回しですか」

 成る程。それはそれは。

「とはいえ他領のことです。我々が口出しするのも如何なものかと。
 ただまぁ、陛下にご報告し、何かしら手を打って頂くというあたりが落とし所なのではございませんか?」
「それは願い出るさ。だがそれでは結果が民に届くまでが長すぎる。
 そうしてる間に、多くが苦しみ、死者も増える……」
「だからって、うちでできることなどございませんよ」

 オーストの財政が逼迫しているという話は聞きません。
 ですから、民を急がせているのは、単に儲け時だからでしょう。
 領地の運営は領主の手腕。オーストの責任はオーストが担うのです。民が反乱したとしても、それはオーストの……。

「だがフェルドナレンの国民には変わりない!」

 強い口調で返され、溜息しか出ませんでした。
 どうせそう言うのだとは思っておりましたとも。

「でしたら怪我などしてる場合ではないんですよ。
 今以上に忙しくすると言うなら、尚更」
「う……それは悪かったって……」
「思ってますか? 思ってませんよね。仕方なかったと言うのでしょうどうせ!
 何故貴方が敢えて動くんですか。吠狼を使うことはできなかったんですか!」
「それもう散々ジェイドにもアイルにも言われたから! 反省してるから!」
「言葉は良いですから行動で示してくださいませんか⁉︎」

 今この時もサヤ様は、貴方を想って涙を流しているのですよ! と叩き付けます。
 サヤ様のことだけではございません。関わった全てのことの責任を、貴方は負うているのですよ。

「貴方が来世に旅立てば、サヤ様がせっかく授かったお子が、貴方の忘れ形見になるのですよ?
 生まれる前からそのような苦難を与えてなんとします」
「うぅ……反省、します」

 やっと真剣に受け取った様子に肩の力を抜きました。
 使命感が強いのは良いですが、もう少し周りを使ってください。

「とにかく。ここは私が担当致します。
 貴方はアヴァロンに急ぎお戻りください。春までにオーストの件、対策を講じるつもりなのでしょうから。
 流民は見つけ次第保護。春まで庇護下に置きますが、春からについてはレイシール様の采配次第ですよ」

 負傷した以上残ることは許しません。さっさと帰還し、サヤ様を安心させるのが貴方の最優先事項です。
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