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後日談

雪遊び 1

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カロンはいつも元気で朗らかな子です。
 物怖じせず、なんにでも首を突っ込むと申しましょうか、人と関わろうとする娘なのですが、本日は少し様子が違いました。
 幼き子らと共に来ている母親たち。その視線が気になるのか人の集団とは少し離れ、レイルと二人でポツンと立っていたのです。
 それに本日は雪遊びの日。寒いですから袴ではなく、細袴を穿いております。そのため尻尾を出しておりました。
 レイルも衣服を纏っております。長靴は履けませんが、細袴に袖無しの短衣。
 二人を呼び、首元を擦り付ける挨拶を交わしますと、こちらを遠巻きにした母親らの何かを囁き合う様子。
 それを見て、なんとなく察するものがありました。

 おそらく……カロンは今まで、獣人だと意識されていなかったのでしょう。
 袴の時は尻尾はしまってありますし、彼女の特徴はそれ以外これといったものがございません。
 それが本日は細袴で、尻尾を晒しておりましたから、今までとは違う反応をされてしまった。
 その普段との差に、戸惑っていたのでしょう。

「カロン、ジル様が今日は一緒に遊ぶが、構わない?」
「じる?」
「カロンの方がずっとお姉ちゃんだから、遊んであげてほしい」

 周りの様子には気付いていたでしょうが、レイシール様はそれを敢えて無視し、普段通りカロンと接しました。
 それにホッとしたのでしょう。カロンはいつもの調子を取り戻し、いいよ! と、元気に返事。

「カロンの橇乗せたげる!」
「おっ。良いな~。特別席だ」

 他の子たちは橇を親が引くのですが、カロンにはレイルがおりますからね。
 早速カロンは荷物から紐を引っ張り出しました。

 吠狼が犬橇を利用する時というのは、人に戻った時用に衣服をしまう背嚢に変化する中衣を纏っております。
 これにはちゃんと手綱を結わえる部分が設えらてあり、体への負担もかからぬように改良を重ねてきておりました。
 バート商会とサヤ様が、持てる技術と知識を総動員して作っておりますこの中衣は特別性。職務的な秘密事項もいろいろ含まれる特注品ですから、勿論厳重に情報管理し、秘匿権も所持しております。
 よって一般には出回っておらず、代わりに考案されておりますのが、サヤ様のお国でハーネスと呼ばれております、獣人用の手綱でした。
 獣人は首輪を嫌います。
 当然ですね。首を絞められては呼吸ができませんし、犬と同じように考えられても困ります。
 サヤ様のハーネスというのは、首を絞めず胴体を覆うように平縄を張り巡らせたもので、一点に重みがかからないよう配慮されたものとなっていました。
 もちろんレイルはまだ子供ですから、ノエミが作った子供用のもの。色々と試行錯誤が重ねられたお手製です。胸元や背中側で綱が交差するようになっており、一見もつれた手綱なのですが、真ん中にすぽりとと胴体を入れ、腕を通して身に付けます。

「お、また改良されてるな。ここ、中綿入れたのか」
「うん。おけけはさんでひっぱるのいたいって」
「成る程。またサヤに伝えておこう」

 彼らの個人的な工夫ですが、レイシール様は興味深く毎度確認されております。
 中には獣人用手綱に取り入れられた工夫もあったりするので、侮れません。
 カロンが持った綱に自分からすぽりと頭を入れたレイル。綱の間に腕を通し、装着完了。簡単なのも良いですね。
 次にカロンは木の下辺りに転がしていた、自分たち用の橇を押してきました。
 こちらは三人乗りができるものになります。荷物置きにもなる座席が長く作られているものですね。

 人見知りして私の脚にしがみついていたジルヴェスター様ですが、ソリが出てきた辺りでソワソワし始めました。
 まぁ王都では犬橇はあまり見かけないでしょうから。
 そして先日学びの会でも見たことあるぞということは、気付いていたよう。

「わんちゃん?」
「ジル様、わんちゃんではないのです。レイルはカロンの兄ですよ」
「あにうえ?」
「そうです。二人は今日、子供達を橇に乗せてやろうと、こっちに来てくれたんです。
 二人とももう大きいですから、本当は雪合戦ができるんですけどね」

 そうなのです。
 この二人がここに来ているのは、普段あまり触れることができないであろう、獣人が引く犬橇で子供達と遊ぶためでした。
 獣化できる子供というのはまずいません。基本的には北の地で修練を重ね、一部の者のみが身につける技術で、幼い頃から獣化できるほどに血が濃い者も希少でしたからね。
 大人の獣人が獣化したものは、人が乗れるほどですから当然とても大きいです。子供らは案外気にせず寄ってくるのですが、大人は当然警戒します。
 雪の中の迷子を防止するため、本日も幾人か獣化した獣人が警備の吠狼と共に広場端で待機しているのですが、寄って行こうとする子供を大人たちは警戒している状況でした。

 因みに、五歳以上の子がいる合戦用の幼年院前庭は、ここと打って変わって獣人が受け入れられております。
 幼き頃から、獣人の警護の中で遊び大きくなっている子らですから慣れもありますし、あの歳の子供というのは危険に足を踏み込みたいタチですからね。

 また、毎年迷子を見つける実績だけは積み重ねてきておりますから、親の信頼も勝ち得ています。
 しかしこの孤児院の前庭に来ている親子は、アヴァロンに新しく入ったか、もしくは子を得たばかりの若い者が多く、彼らは総じて獣人と接した経験が少ないよう。

 と。
 そこで孤児院の門前が騒がしくなり始め、孤児らが遊び道具を抱えて出て参りました。
 大きな子らが火鉢を抱えてきて、屋根のある入り口付近に設置。外で子を見守る親の待機場所を作っていくのです。
 その中で目敏くこちらに気付いた者たちが。

「あ、レイ様だー!」
「きょうはやい! おしごとはー?」
「お仕事中だぞー」
「あ、そっか。今日は遊ぶお仕事だ!」

 幼年院の前庭にも、大きな子たちが火鉢を運びます。
 ここは随分と子供らが入れ替わりました。孤児院が始まった当初、幼かったハヴェルも最年長。年が明けると孤児院を出ることが決まっております。

「レイルいるー!」
「レイルあそぼ」
「カロン、そりのりたい!」

 小さな子らがあっという間に絡みに来ました。
 レイシール様との関わりが長い孤児らは、獣人にも慣れたものです。
 カロンもようやっと、心底ホッとしたよう。順番だからとお姉ちゃん風を吹かせ始めました。

「いちばんはジルだよ。じゅんばんだもん」

 名前を呼ばれてびっくりした様子のジルヴェスター様が、さらに私の脚にしがみつきます。

「おーい、カマクラ作りする奴はさっさと来いよー!」

 そこで大きな子らの声が聞こえ、つられた幾人かがそちらに走って行きました。
 数日前から庭の端や辻橇用の道の脇に作られていた雪山。それを掘って中を空洞にするのです。

「ジル様、どうしますか? あなたが乗らないなら次の子が、先に乗せてもらいますが」

 レイシール様がそう声をかけますが、より強く脚が握られただけでした。どうやらまだ怖いようですが、それは獣人云々というより、誰に対してもであるよう。
 これは先に乗ってもらうしかないですかね。

「ジル、ひとりじゃないよ。カロンといっしょ!」

 そう言ったカロンがわっさりと尻尾を振ると、同じくレイルも尾を振りました。
 座席が長いので、二人座ることが可能です。

「まえとうしろ、好きなほうのせたげるよ!」

 そう言われて、また視線を彷徨わせます。
 結局興味が優ったようで、ジルヴェスター様はおっかなびっくり、長い座席の後ろ側に乗せてもらうこととなりました。
 腰に捕まるように言われ、しっぱに視線が張り付いておりましたが、なんとか腕を伸ばし、掴まりすと――。

「しゅっぱつーっ」

 カロンの宣言で、早速レイルが足を進め、あっという間に速度を上げました。
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