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後日談
赤茄子
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冬の会合準備は、開催のひと月ほど前から慌ただしいものとなりました。
王都以外での会合はほぼ初めてですし、陛下のみならず国の重役が全員この地に集まるのですから、物々しい警備体制になるのは必然です。
領事館がなければ大変なことになっていたことでしょう。こちらに各派閥ごとの管理を任せられるおかげて、思っていたよりも混乱しなかったのは救いでした。
また、二年をかけて完成させた離宮ですが、敷地内に公爵四家の離れも併設されており、アヴァロンの中に宿を確保し、要人を警護するなどという無理難題を押し付けられずにすんだのも有難かったですね。
レイシール様が地方行政官長となられて四年目。もうこの方が陛下の寵愛ゆえの飾り物でも、公爵家の威を借りた紛い物でもないことは明白となりましたし、功績を得ても出世は望まず、成果を上げても私服は肥さず、発言力だけを強める方法で貴族内での地位を勝ち得ております。
そうやって進んだ四年が、ようやっと意味を成してきておりました。
勿論、そこに獣人のことを放り込んだおかげで、一時期は立場を悪くされたわけですが……。
この冬にレイシール様は、獣人の雇用を促す更なる一手を打ち立てようと動いておられました。
そうして会合の日を迎え……。
「やっぱり冬場の赤茄子は、見目も味も衝撃的だったなぁ」
満面の笑みで上機嫌のレイシール様。
冬の会合と晩餐会を終え、この大きな行事を無事乗り越えましたので、我々もやっと人心地といったところ。
晩餐の席で、試食として干し赤茄子を使った料理を提案し、皆様を驚愕の渦に飲み込んだ後でした。
その新たな料理とは……。
「冬野菜と夏野菜の融合!
赤茄子の油漬けと木の芽野菜、甘藍、おまけで魚の油漬けの贅沢パスタ!
名前が長い⁉︎ しょうがないでしょ、他に説明のしようがないじゃんっ」
この冬という時期になんとも贅沢な品となりました。
サヤ様の料理ではなく、テイクとユミルによる新たに提案された料理です。まぁ……似たものはサヤ様の世界にあったようですけれどね。
この席で皆様にお土産として、瓶に詰め蝋で封じた『干し赤茄子の油漬け』を提供致しておりました。
◆
今年の夏、赤茄子が大豊作だったので、安価に手に入ったそれらを大量に干したのですが、それを見たサヤ様から、新たな提案がございました。
「新たな保存食を作りませんか」
――と。
まだ他の手段を持っていたのかと皆が驚愕したのですが、サヤ様は「前にチラッと、お話ししたことはあったんですけど……」と苦笑。
なかなか時間が取れず、手を出せずにいたのだそう。
「とは言っても、応用だけで、別に真新しいものではないんですよ。
野菜や魚の酢漬けや油漬けは、前々からありましたよね?」
あるにはありました。
とはいえ、保存のために味を捨てておりますから、あまり好まれるものでもございませんでした。
我々は干し野菜を得てからそれらを率先して買うことを止めておりましたし、作る必要性も感じておりませんでしたから、必要最低限と思われる量しか得ておらず、それも年々減っていたのです。
油漬けの魚肉より、水路で育てた魚の方が断然美味でしたし、酢漬けの野菜より、干し野菜の方が好ましく、使える料理の幅も広く、いつしかそれらの保存食を視野に入れなくなっておりました。
そして、そんなものでも重宝されてしまうのが越冬で、生き延びるために味は二の次というのが、皆の共通認識だったわけですが……。
「できますよ。ちゃんと美味しいものが作れます。
と、いうか。干し野菜を使うことで、より美味しくできると申しますか」
と、いうわけで。
ロジェ村の嗅覚師らが呼ばれました。
獣人の特徴を有している嗅覚師らが村を出るのは初めてのことで、約一名はどうしても怖いと村を出ることを拒みましたが、残りの三名は勇気を振り絞って馬車に乗り込み、初めて村の外へと出たのです。
「よく来てくれた!
慎重を機したい作業だったから、あなたたちの協力が得られるのは大変嬉しく、有難いことだと思っているよ。
色々思うようにいかない面もあるから、少し居心地悪いかもしれないが……これがまたひとつ、獣人の良き未来に繋がると私は考えている。
だから、どうか宜しく頼む」
そう言い一堂を歓迎したレイシール様。
その時は気付きませんでしたが、多分あの頃から、この一手を打とうと考えていたのだと思います。
作業はブンカケンの大調理場で行われました。
レイシール様は仕事に目処が立たず、悔しがっておりましたが不参加です。
ユミルやテイク、希望のあったガウリィも加わり、ヴァイデンフェラーからの料理人にも手伝ってもらい、調理場で雇っている夫人らも加わって総勢十六名。
嗅覚師四人を元に、四つの班を作る形で組み分けがされ、調理開始となりました。
作業は簡単なものばかりということで、私も見学が許されたのですが、この日になってサヤ様の補佐ということで、作業に加えていただけることとなりました。
「ではまず説明しますね。この干した赤茄子ですが、きちんと全て、水気が飛んでいるかを今一度匂いで確認してください。
それを瓶の中に詰めていきます。
そしてある程度詰めましたら、そこに香草や調味料を入れ、最後に阿列布油や向日葵油等を、赤茄子がきちんと浸るくらい注ぎ、木栓で塞ぎます。
調理としましては、これが全行程です」
用意された大量の瓶は、随分細く長いものでした。
酒瓶ほど口は細くありませんが、胴も太くないのです。直径は八糎弱ほどであるのに、高さが二十糎もある細長い筒状。それは、サヤ様が特注で大量に作らせたものでした。
同じく大量に持ち込まれた干し赤茄子は、嗅覚師らがロジェ村から運び込んだもの。持ち込む際に一度水分の飛び具合は確認されていたはずですが、更に嗅覚師らによって、その場で水分の有無を確認する作業から始まりました。
中には若干水分が残っていると判断されたものもあり、それらは省かれ、ひとつに集められます。
そうしてしっかりと水分が飛んだと判断されたものを、これまた煮沸消毒して乾燥させた専用のトングという道具で瓶に入れていきます。
「ある程度入れたら、次に香草や大蒜・唐辛子・塩や胡椒等を入れます。層になるよう交互に詰めると、見目も良いですよ。
この香草類によって味が決まりますが、ロジェ村の皆さんは『香味塩』製作で香草の具合はよく理解されていると思います。
なので、料理に合うと思われる色んな味を作ってください。他の方にも助言をいただけたら嬉しいです。
あ、唐辛子だけは必ず使ってください。これにより更に保存期間が伸びるので」
サヤ様の言葉により、嗅覚師らのやる気が高まったと感じました。
用意された香草や大蒜、調味料をどれくらいの量入れるかを吟味し始めると、皆の表情が引き締まり、真剣なものとなりました。
香草も、この四年で随分と種類を増やしております。葉の形のまま乾燥させたもの、細かくしたもの、実をそのまま乾かしたもの等、種類も豊富。
中には初めて見るものもあるようで、首を傾げる料理人らに、おずおずと嗅覚師らが助言を与えておりました。
彼女らが率先して動けているのは、先駆者であるスザナやロゼが、彼らとの関係を良好に保っていたおかげです。
嗅覚師らの鼻に一目置いていた料理人らは、彼女らの助言を信頼し、きちんと聞く耳を備えておりましたから、彼女らもあまり気負わず、言葉を交わすことができているようでした。
「口から八割の所まで材料を詰めましたら、次に油を注ぎますが……。
温めたものをゆっくりと注ぎます。あまり熱くしすぎると危険ですから、泡が立たない程度で。
油も幾種類か用意してありますが、一種類だけを利用しても良いですし、混ぜてもらっても構いません。
それを瓶の口から二糎ほどまで注ぎます。必ず中の材料がきっちり浸かるようにしてください」
助言に従い、炭団で温められていた油が瓶に注がれていきました。
その作業を、サヤ様は少し険しい表情で見つめておられます。
と、いいますのも……この作業は少し、実験的な要素があったからです。
本当は、ぐらぐら煮立ったものの方が雑菌を殺せるのだと、サヤ様はおっしゃいました。
サヤ様の世界で作られていたものは、実際そのようにされていたそうで、砂糖で煮た果物や油で煮た魚が瓶詰めにされていたといいます。
「ですが……その手法はもう一般的ではなくなっているんです。
もっと確実なものが沢山できまして、私も知識としては知っているのですが……実際に試してみたことはありません。
その知識も、小学生くらいの時に学んだ程度なのですけれど、興味を持った父も一緒になって調べてくれたので、それなりに信用はできるかと。
そして、嗅覚師の方々の鼻。これがあれば、きっと成功する……そう考えてます」
その時の真剣なサヤ様のお顔を思い起こしているうちにも、作業は進んでおりました。
琥珀や薄い緑の油が瓶に注がれますと、それはなんとも美しいものに変貌致しまして、驚きましたね。
温かい油を注いだからでしょう。干し野菜や香草からえもいわれぬ良い香りが立ち昇り、調理場を満たしました。
「匂いだけで旨そう……」
テイクがそう言いましたが、匂いだけではありませんでした。
油に漬け込まれた物らが、なんとも神々しく見えるのです。真っ赤な赤茄子が、琥珀や薄緑の油に浸かっているというだけで、美しいとすら思いました。
皆がうっとりと瓶を見つめておりました。……が。
「はい! 入れたら即、瓶に木栓をしてください!」
サヤ様の声で我に返りました。
そう言うサヤ様も、ご自分の手元で作業を進められており……水分が残っていた……と、寄り分けられておりました赤茄子を、同じく瓶に詰め蓋をしておりました。
「まだ油が暖かいですから、瓶の中の空気や油が膨張してます。蓋はあまりしっかり閉まらないと思うのですけど、グッと押し込んでください。
油が冷めると蓋がしっかりと引き込まれ、更に密閉されるようになりますから」
細長い瓶の口は、瓶の胴よりもう一回り小さく作られておりました。
そこに用意されていた、木栓を押し込みます。
瓶を割らない程度に、木槌を使って押し込む者もおりました。
「この干し赤茄子と油は、どちらも調理に使えます。
なので、皆さんにもひと瓶ずつ、持って帰ってもらいますね」
その言葉は皆を喜ばせました。
けれど、その前に最後の一仕事が残っております。
「油がある程度冷めてきましたら、今度はこの口を丸ごと蝋で封じます。
嗅覚師の方々には、この蝋封がきっちりされたかどうかをまた、匂いで判断していただきます。
この密閉がちゃんとされていましたら、匂いは出てこないはずなので」
サヤ様の言葉で、瓶の口を封じる蝋が深皿に溶かされました。
瓶の口を木栓よりも深く蝋に沈め、冷まし……また蝋に浸して、冷ましを繰り返す作業です。
作った瓶は百五十本以上に及びましたから、結構な仕事量。流作業で交代しつつ、全ての瓶を完璧に、匂いがしなくなるまで。
大丈夫となった後も、念のためもう少し、蝋に潜らせました。
そうやって出来上がったものを貯蔵庫の端に並べて、ひと段落。
それぞれがひと瓶ずつ貰い、作業終了となったのですが……。
「十日後、もう一度集まりましょう。
これがどんな味になるか、皆さんも知りたいでしょうから」
水気が残っているとされた赤茄子で作られたサヤ様のひと瓶は、蝋封されておりませんでした。
これは元から、試食用として作っておられたのでしょう。
「簡単なものですが、赤茄子料理を振る舞いますね」
そう言ったサヤ様に、皆は嬉しそうに笑顔を返しました。
結果のみお伝えしますと、赤茄子も、赤茄子を漬けた油も、想像以上に美味でした。
後日、赤茄子と塩漬け肉を炒め、薄切りして炙って麵麭に乗せたものを食べたのですが、赤茄子は生で食べるより味も食感も豊かで、油に滲み出た風味までもが食材を活かすよう働いていたのです。
「こりゃいいなぁ……これはあれだ。あのパスタ! あれに使いたい。
絶対油活きるでしょあれ。あと他に何入れよう!」
わくわくと盛り上がったテイクがユミルと相談をはじめ、それを聞いた料理人らが口を挟み……。
そんな様子を、私とレイシール様。そしてサヤ様は微笑ましく見ていたわけですが……。
「これがきちんとできていれば……二年くらいは保存できるはずなんですよね」
それは驚愕の言葉でした。
この赤茄子と油が、二年後も食せるなどと……。
「干し野菜も本当は、それくらい保つはずなんですけど……思うようにいかなくて……」
そう言い視線を落としたサヤ様をの肩を、レイシール様が抱き寄せました。
「何を言うんだか。
サヤは多く、高くを望んでくれるけれどね。今だって充分な成果を上げているんだよ」
そう言うレイシール様の瞳は穏やかでした。
その高みを知っているサヤ様からすれば、まだまだと思う技術なのでしょうが、実際我々からすれば、数ヶ月野菜が保つというだけで、凄いことです。
少なくとも、このアヴァロンの冬は、越せるかどうかと思い悩む者などまず居ない、豊かなものとなりつつありました。
問題は、この技術を他に持ち出しにくかったこと……。
干し野菜をきちんと保存しておくためには、それなりの知識が必要でした。
しかし、それはここに生活し、サヤ様と関わってやっと身につくもので、サヤ様の言う目に見えない菌などというものを知りようのない者らには、理解が難しいことでした。
それゆえにどうしても、アヴァロンを離れた干し野菜は鮮度を保ちにくく、思うほど長くは保ってくれなかったのです。
「蝋で封じてあれば、開けるまでの品質が保ちやすいかなと思うんです。
開けたら、すぐに使い切れるくらいの分量ならどうかなって……。
手を掛ける分高くなってしまいますけど……二年、三年と保てば、少し高くても買う価値は出るかなって。
本当はもっと、一般に流通できるくらい安価にしたいんですけど……」
そう言葉を紡ぐサヤ様の唇を、レイシール様のそれが塞ぎましたから、私は視線を逸らしました。
このお方は、サヤ様が思い悩み始めるとそうして話を止める癖があります。
「れ、レイ⁉︎」
「焦らなくて良いっていつも言ってるのに、サヤは俺の言うことあんまり真剣に聞いてくれないよなぁ」
「違っ、そんなわけじゃ……じゃ、なくて、何、今……っ⁉︎」
「サヤの唇が油で濡れて凄い美味しそうだったんだ」
「し、真剣な顔して言うことやない!」
「そう? 俺的にはすごい重要」
話を逸らす手段としてそれは、いかがなものかと思うのですが……。
責任感からつい背負い込もうとするサヤ様には、これくらいの方が良いのかもしれません。
サヤ様の可愛さ愛おしさを熱く語って抱き寄せようとするレイシール様から、サヤ様は必死で身を離そうとし、それに気付いた料理人たちが囃し立て、更に赤くなったサヤ様が逃げ出すのもいつものやりとり。
そうやって作られた赤茄子を油漬けした瓶詰めは、サヤ様の願いを正しく成果として残し、この冬遺憾ない効果を発揮致しました。
王都以外での会合はほぼ初めてですし、陛下のみならず国の重役が全員この地に集まるのですから、物々しい警備体制になるのは必然です。
領事館がなければ大変なことになっていたことでしょう。こちらに各派閥ごとの管理を任せられるおかげて、思っていたよりも混乱しなかったのは救いでした。
また、二年をかけて完成させた離宮ですが、敷地内に公爵四家の離れも併設されており、アヴァロンの中に宿を確保し、要人を警護するなどという無理難題を押し付けられずにすんだのも有難かったですね。
レイシール様が地方行政官長となられて四年目。もうこの方が陛下の寵愛ゆえの飾り物でも、公爵家の威を借りた紛い物でもないことは明白となりましたし、功績を得ても出世は望まず、成果を上げても私服は肥さず、発言力だけを強める方法で貴族内での地位を勝ち得ております。
そうやって進んだ四年が、ようやっと意味を成してきておりました。
勿論、そこに獣人のことを放り込んだおかげで、一時期は立場を悪くされたわけですが……。
この冬にレイシール様は、獣人の雇用を促す更なる一手を打ち立てようと動いておられました。
そうして会合の日を迎え……。
「やっぱり冬場の赤茄子は、見目も味も衝撃的だったなぁ」
満面の笑みで上機嫌のレイシール様。
冬の会合と晩餐会を終え、この大きな行事を無事乗り越えましたので、我々もやっと人心地といったところ。
晩餐の席で、試食として干し赤茄子を使った料理を提案し、皆様を驚愕の渦に飲み込んだ後でした。
その新たな料理とは……。
「冬野菜と夏野菜の融合!
赤茄子の油漬けと木の芽野菜、甘藍、おまけで魚の油漬けの贅沢パスタ!
名前が長い⁉︎ しょうがないでしょ、他に説明のしようがないじゃんっ」
この冬という時期になんとも贅沢な品となりました。
サヤ様の料理ではなく、テイクとユミルによる新たに提案された料理です。まぁ……似たものはサヤ様の世界にあったようですけれどね。
この席で皆様にお土産として、瓶に詰め蝋で封じた『干し赤茄子の油漬け』を提供致しておりました。
◆
今年の夏、赤茄子が大豊作だったので、安価に手に入ったそれらを大量に干したのですが、それを見たサヤ様から、新たな提案がございました。
「新たな保存食を作りませんか」
――と。
まだ他の手段を持っていたのかと皆が驚愕したのですが、サヤ様は「前にチラッと、お話ししたことはあったんですけど……」と苦笑。
なかなか時間が取れず、手を出せずにいたのだそう。
「とは言っても、応用だけで、別に真新しいものではないんですよ。
野菜や魚の酢漬けや油漬けは、前々からありましたよね?」
あるにはありました。
とはいえ、保存のために味を捨てておりますから、あまり好まれるものでもございませんでした。
我々は干し野菜を得てからそれらを率先して買うことを止めておりましたし、作る必要性も感じておりませんでしたから、必要最低限と思われる量しか得ておらず、それも年々減っていたのです。
油漬けの魚肉より、水路で育てた魚の方が断然美味でしたし、酢漬けの野菜より、干し野菜の方が好ましく、使える料理の幅も広く、いつしかそれらの保存食を視野に入れなくなっておりました。
そして、そんなものでも重宝されてしまうのが越冬で、生き延びるために味は二の次というのが、皆の共通認識だったわけですが……。
「できますよ。ちゃんと美味しいものが作れます。
と、いうか。干し野菜を使うことで、より美味しくできると申しますか」
と、いうわけで。
ロジェ村の嗅覚師らが呼ばれました。
獣人の特徴を有している嗅覚師らが村を出るのは初めてのことで、約一名はどうしても怖いと村を出ることを拒みましたが、残りの三名は勇気を振り絞って馬車に乗り込み、初めて村の外へと出たのです。
「よく来てくれた!
慎重を機したい作業だったから、あなたたちの協力が得られるのは大変嬉しく、有難いことだと思っているよ。
色々思うようにいかない面もあるから、少し居心地悪いかもしれないが……これがまたひとつ、獣人の良き未来に繋がると私は考えている。
だから、どうか宜しく頼む」
そう言い一堂を歓迎したレイシール様。
その時は気付きませんでしたが、多分あの頃から、この一手を打とうと考えていたのだと思います。
作業はブンカケンの大調理場で行われました。
レイシール様は仕事に目処が立たず、悔しがっておりましたが不参加です。
ユミルやテイク、希望のあったガウリィも加わり、ヴァイデンフェラーからの料理人にも手伝ってもらい、調理場で雇っている夫人らも加わって総勢十六名。
嗅覚師四人を元に、四つの班を作る形で組み分けがされ、調理開始となりました。
作業は簡単なものばかりということで、私も見学が許されたのですが、この日になってサヤ様の補佐ということで、作業に加えていただけることとなりました。
「ではまず説明しますね。この干した赤茄子ですが、きちんと全て、水気が飛んでいるかを今一度匂いで確認してください。
それを瓶の中に詰めていきます。
そしてある程度詰めましたら、そこに香草や調味料を入れ、最後に阿列布油や向日葵油等を、赤茄子がきちんと浸るくらい注ぎ、木栓で塞ぎます。
調理としましては、これが全行程です」
用意された大量の瓶は、随分細く長いものでした。
酒瓶ほど口は細くありませんが、胴も太くないのです。直径は八糎弱ほどであるのに、高さが二十糎もある細長い筒状。それは、サヤ様が特注で大量に作らせたものでした。
同じく大量に持ち込まれた干し赤茄子は、嗅覚師らがロジェ村から運び込んだもの。持ち込む際に一度水分の飛び具合は確認されていたはずですが、更に嗅覚師らによって、その場で水分の有無を確認する作業から始まりました。
中には若干水分が残っていると判断されたものもあり、それらは省かれ、ひとつに集められます。
そうしてしっかりと水分が飛んだと判断されたものを、これまた煮沸消毒して乾燥させた専用のトングという道具で瓶に入れていきます。
「ある程度入れたら、次に香草や大蒜・唐辛子・塩や胡椒等を入れます。層になるよう交互に詰めると、見目も良いですよ。
この香草類によって味が決まりますが、ロジェ村の皆さんは『香味塩』製作で香草の具合はよく理解されていると思います。
なので、料理に合うと思われる色んな味を作ってください。他の方にも助言をいただけたら嬉しいです。
あ、唐辛子だけは必ず使ってください。これにより更に保存期間が伸びるので」
サヤ様の言葉により、嗅覚師らのやる気が高まったと感じました。
用意された香草や大蒜、調味料をどれくらいの量入れるかを吟味し始めると、皆の表情が引き締まり、真剣なものとなりました。
香草も、この四年で随分と種類を増やしております。葉の形のまま乾燥させたもの、細かくしたもの、実をそのまま乾かしたもの等、種類も豊富。
中には初めて見るものもあるようで、首を傾げる料理人らに、おずおずと嗅覚師らが助言を与えておりました。
彼女らが率先して動けているのは、先駆者であるスザナやロゼが、彼らとの関係を良好に保っていたおかげです。
嗅覚師らの鼻に一目置いていた料理人らは、彼女らの助言を信頼し、きちんと聞く耳を備えておりましたから、彼女らもあまり気負わず、言葉を交わすことができているようでした。
「口から八割の所まで材料を詰めましたら、次に油を注ぎますが……。
温めたものをゆっくりと注ぎます。あまり熱くしすぎると危険ですから、泡が立たない程度で。
油も幾種類か用意してありますが、一種類だけを利用しても良いですし、混ぜてもらっても構いません。
それを瓶の口から二糎ほどまで注ぎます。必ず中の材料がきっちり浸かるようにしてください」
助言に従い、炭団で温められていた油が瓶に注がれていきました。
その作業を、サヤ様は少し険しい表情で見つめておられます。
と、いいますのも……この作業は少し、実験的な要素があったからです。
本当は、ぐらぐら煮立ったものの方が雑菌を殺せるのだと、サヤ様はおっしゃいました。
サヤ様の世界で作られていたものは、実際そのようにされていたそうで、砂糖で煮た果物や油で煮た魚が瓶詰めにされていたといいます。
「ですが……その手法はもう一般的ではなくなっているんです。
もっと確実なものが沢山できまして、私も知識としては知っているのですが……実際に試してみたことはありません。
その知識も、小学生くらいの時に学んだ程度なのですけれど、興味を持った父も一緒になって調べてくれたので、それなりに信用はできるかと。
そして、嗅覚師の方々の鼻。これがあれば、きっと成功する……そう考えてます」
その時の真剣なサヤ様のお顔を思い起こしているうちにも、作業は進んでおりました。
琥珀や薄い緑の油が瓶に注がれますと、それはなんとも美しいものに変貌致しまして、驚きましたね。
温かい油を注いだからでしょう。干し野菜や香草からえもいわれぬ良い香りが立ち昇り、調理場を満たしました。
「匂いだけで旨そう……」
テイクがそう言いましたが、匂いだけではありませんでした。
油に漬け込まれた物らが、なんとも神々しく見えるのです。真っ赤な赤茄子が、琥珀や薄緑の油に浸かっているというだけで、美しいとすら思いました。
皆がうっとりと瓶を見つめておりました。……が。
「はい! 入れたら即、瓶に木栓をしてください!」
サヤ様の声で我に返りました。
そう言うサヤ様も、ご自分の手元で作業を進められており……水分が残っていた……と、寄り分けられておりました赤茄子を、同じく瓶に詰め蓋をしておりました。
「まだ油が暖かいですから、瓶の中の空気や油が膨張してます。蓋はあまりしっかり閉まらないと思うのですけど、グッと押し込んでください。
油が冷めると蓋がしっかりと引き込まれ、更に密閉されるようになりますから」
細長い瓶の口は、瓶の胴よりもう一回り小さく作られておりました。
そこに用意されていた、木栓を押し込みます。
瓶を割らない程度に、木槌を使って押し込む者もおりました。
「この干し赤茄子と油は、どちらも調理に使えます。
なので、皆さんにもひと瓶ずつ、持って帰ってもらいますね」
その言葉は皆を喜ばせました。
けれど、その前に最後の一仕事が残っております。
「油がある程度冷めてきましたら、今度はこの口を丸ごと蝋で封じます。
嗅覚師の方々には、この蝋封がきっちりされたかどうかをまた、匂いで判断していただきます。
この密閉がちゃんとされていましたら、匂いは出てこないはずなので」
サヤ様の言葉で、瓶の口を封じる蝋が深皿に溶かされました。
瓶の口を木栓よりも深く蝋に沈め、冷まし……また蝋に浸して、冷ましを繰り返す作業です。
作った瓶は百五十本以上に及びましたから、結構な仕事量。流作業で交代しつつ、全ての瓶を完璧に、匂いがしなくなるまで。
大丈夫となった後も、念のためもう少し、蝋に潜らせました。
そうやって出来上がったものを貯蔵庫の端に並べて、ひと段落。
それぞれがひと瓶ずつ貰い、作業終了となったのですが……。
「十日後、もう一度集まりましょう。
これがどんな味になるか、皆さんも知りたいでしょうから」
水気が残っているとされた赤茄子で作られたサヤ様のひと瓶は、蝋封されておりませんでした。
これは元から、試食用として作っておられたのでしょう。
「簡単なものですが、赤茄子料理を振る舞いますね」
そう言ったサヤ様に、皆は嬉しそうに笑顔を返しました。
結果のみお伝えしますと、赤茄子も、赤茄子を漬けた油も、想像以上に美味でした。
後日、赤茄子と塩漬け肉を炒め、薄切りして炙って麵麭に乗せたものを食べたのですが、赤茄子は生で食べるより味も食感も豊かで、油に滲み出た風味までもが食材を活かすよう働いていたのです。
「こりゃいいなぁ……これはあれだ。あのパスタ! あれに使いたい。
絶対油活きるでしょあれ。あと他に何入れよう!」
わくわくと盛り上がったテイクがユミルと相談をはじめ、それを聞いた料理人らが口を挟み……。
そんな様子を、私とレイシール様。そしてサヤ様は微笑ましく見ていたわけですが……。
「これがきちんとできていれば……二年くらいは保存できるはずなんですよね」
それは驚愕の言葉でした。
この赤茄子と油が、二年後も食せるなどと……。
「干し野菜も本当は、それくらい保つはずなんですけど……思うようにいかなくて……」
そう言い視線を落としたサヤ様をの肩を、レイシール様が抱き寄せました。
「何を言うんだか。
サヤは多く、高くを望んでくれるけれどね。今だって充分な成果を上げているんだよ」
そう言うレイシール様の瞳は穏やかでした。
その高みを知っているサヤ様からすれば、まだまだと思う技術なのでしょうが、実際我々からすれば、数ヶ月野菜が保つというだけで、凄いことです。
少なくとも、このアヴァロンの冬は、越せるかどうかと思い悩む者などまず居ない、豊かなものとなりつつありました。
問題は、この技術を他に持ち出しにくかったこと……。
干し野菜をきちんと保存しておくためには、それなりの知識が必要でした。
しかし、それはここに生活し、サヤ様と関わってやっと身につくもので、サヤ様の言う目に見えない菌などというものを知りようのない者らには、理解が難しいことでした。
それゆえにどうしても、アヴァロンを離れた干し野菜は鮮度を保ちにくく、思うほど長くは保ってくれなかったのです。
「蝋で封じてあれば、開けるまでの品質が保ちやすいかなと思うんです。
開けたら、すぐに使い切れるくらいの分量ならどうかなって……。
手を掛ける分高くなってしまいますけど……二年、三年と保てば、少し高くても買う価値は出るかなって。
本当はもっと、一般に流通できるくらい安価にしたいんですけど……」
そう言葉を紡ぐサヤ様の唇を、レイシール様のそれが塞ぎましたから、私は視線を逸らしました。
このお方は、サヤ様が思い悩み始めるとそうして話を止める癖があります。
「れ、レイ⁉︎」
「焦らなくて良いっていつも言ってるのに、サヤは俺の言うことあんまり真剣に聞いてくれないよなぁ」
「違っ、そんなわけじゃ……じゃ、なくて、何、今……っ⁉︎」
「サヤの唇が油で濡れて凄い美味しそうだったんだ」
「し、真剣な顔して言うことやない!」
「そう? 俺的にはすごい重要」
話を逸らす手段としてそれは、いかがなものかと思うのですが……。
責任感からつい背負い込もうとするサヤ様には、これくらいの方が良いのかもしれません。
サヤ様の可愛さ愛おしさを熱く語って抱き寄せようとするレイシール様から、サヤ様は必死で身を離そうとし、それに気付いた料理人たちが囃し立て、更に赤くなったサヤ様が逃げ出すのもいつものやりとり。
そうやって作られた赤茄子を油漬けした瓶詰めは、サヤ様の願いを正しく成果として残し、この冬遺憾ない効果を発揮致しました。
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このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
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