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後日談
家族
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意外に思うかもしれませんが、現状に狼狽えているのは主に人側で、獣人の方は案外落ち着いておりました。
まぁ、アヴァロン内では……と言う注釈がつくのですが。
領主が我々獣人を認め、我々の主であるという特殊な街ですから。ここ以外がそんなに容易く回っていたとは思いません。
けれど、この国内に、北の地以外でここまで獣人が集っている場所は他に無いでしょう。
そういった意味で、人と獣人が共存できるかどうかは、この街の行く末にかかっていたと言えます。
レイシール様は人に対し獣人らのことを理解してもらえるよう心を尽くし、獣人らには人の考えや不安を話し、寛容であるよう言葉を尽くして、間を保つことに尽力していらっしゃいました。
その中の行事ごととして、ひとつ行われたことがございます。
「とーちゃ、かーちゃ!」
ぶんぶんと手を振るロゼ。その肩に手を置き、やって来る橇を待ち受けるその叔母、スザナ。
街人らが見守る中、遠くに動く小さな影が現れ、少しずつ大きくなってきました。
街の入り口付近で本日は、新たな村人を迎えるために、レイシール様を筆頭とした代表者と、街人らが集まっておりました。
本日は、ウォルテールは出席を控えておりますため、致し方なく、私が従者を務めております。
まだ遠い影を前に、我々は黙ってただ、立ち尽くしていたのですが……。
そこから、不意に影が飛び出しました。黒い小さな塊でしたが、それが思った以上の速度でこちらに迫ってまいります。
「レイル、サナリー!」
そう叫ぶロゼ。そのロゼに思い切り体当たりしてきた影は、叔母ごとロゼを押し倒しましたよね。
「ねーちゃ!」
「バウワゥわうホぅ!」
変な吠え方をしているのはレイルです。押し倒したロゼの顔をベロベロと壮大に舐め回しております。
我々がロゼと出会った頃は、ロゼが丁度これくらいだったのだ……と、そう思うと感慨深いものがありました……が、唾液まみれはいかがなものかと……。
そんな姉弟の戯れを見守っていた中から、レイシール様とサヤ様が進み出て参りました。
急に近付いてきた人に、一瞬で幼い二人が警戒を示しましたが……。
「サナリ、レイ様とサヤ様は怖くない! 臭いだって知ってるでしょ?」
そう言ったロゼの言葉で、表情に困惑を滲ませました。
「……れいさま?」
「そう! レイルとサナリのお名前、もらった人だもん。怖くないよ!」
「クウゥゥ?」
「あれ、臭い覚えてない? 二人とも遊んでもらってたよ」
「ロゼ……もう四年も前のことだから……流石に難しいと思うよ」
連日の疲れが抜けきらない様子のレイシール様でしたが、そう言いつつも表情は穏やかでした。
そうこうしてる間に橇もアヴァロンに入り、我々から少し離れて止まって、小さな女児を抱えた、顔がほぼ狼のそれであるノエミと、ホセが揃って橇から下りました。
周りで様子を見守っていた街人らが、騒めきます。
明らかに獣人であると分かるノエミと、連れ立って歩くホセの姿にです。ホセを知る者はこの街に多くおりましたし、尚更でしょう。
腕に抱えた幼児は、一見すると人となんら変わらぬように見えました。
大きな毛皮に包まれた幼児は、状況が理解できていないのかキョトンとしておりましたが、しきりに鼻を鳴らしております。知らない臭いが沢山あることに興味を惹かれているのでしょう。
その三人に歩み寄る、レイシール様。
「あぁ……カロン……だよな?」
その言葉にオドオドと落ち着かない様子を見せつつも、ノエミが頷きます。
「良かった。去年はお前たちを失ってしまったかと……もうカロンには会えないのかと、思っていたんだ。
申し訳なかった。急な状況に、きっと慌てさせてしまったろう。
今回だって、良く……村を出る決心をしてくれたね、ノエミ……。ありがとう、ホセ」
この家族は、アヴァロンに移り住む決意を固めたのです。
アヴァロンで幼年院に通いつつ、嗅覚師としての職務もあるロゼ。彼女を一人この地に置いておくことをやめ、家族揃って暮らすことを選んだそう。
離れ離れで、お互い寂しい思いや、悲しい思いをしないよう、共にあることを決心したのです。
あの騒ぎでホセたちも、アヴァロンに預けていたロゼを失ったと考えたのだと、聞きました。
懇意にしていたウォルテールが街で獣化し、貴族を襲ったとエルランドから聞いた時は、頭が真っ白になったと言っておりましたね。
そんなことがあるはずない。彼は我々と共に暮らした仲間なのだから。
そう思いつつ、何かの折にふと、視線を彼方にやって陰った表情を見せるウォルテールに、気付いていたそうです。
何か事情があるのかもしれないと思っていたけれど、踏み込まないでいた。人の世から逃げて倒れていたと聞いていたのだから、手を差し伸べてやるべきだったと。
街のことを知らせてくれたエルランドらに、ここへ来るのが精一杯で、ロゼたちを連れ帰れなかったと聞いても、彼らを責めなかったそうです。
そんな行動が取れる状況ではなかったと、察していたから……。
少なくとも、ロゼとスザナは人でした。
鼻が獣人以上にきくのだとしても、形からは獣人との縁を感じることはありません。
だから、敢えてこの村への報告を優先し、脱出することを選んだと、理解していたのです。
それから直ぐ、獣人らはいざという時のために用意していた避難場所へと移動したそう。
越冬間近であったから、軍や神殿騎士らが村を襲撃してくるかどうか、可能性は半々。どうするにしても、準備をするための時間稼ぎが必要です。なのでまずは避難を済ませ、次に考えたのは北への逃亡。避難場所には吠狼らの橇もありました。
ローシェンナには、万が一があった時は北の地へと逃げるよう言われており、村に残っていた少数の吠狼らもそれを勧めたといいます。
けれど、村人たちは、避難場所に残ることを選択致しました。
もし、ロゼやスザナが村まで逃げてきた時、ここに何も無く、誰もいないでは、二人を死なせてしまうことになるからです。
村人の決意を知り、村に残っていた吠狼らもその場に全員残ると決めました。
もしもの時は、村人をギリギリまで守るために。
人数が少なかったため、一人でも戦力が欲しい状態だった彼らは、伝令を走らせることも諦めました。
結果……。
陛下の決断。
そしてアヴァロンから急使が走り、村の獣人らは陛下の保護下に入ることが告げられ、命が繋がることが決まりました。
この決断が急がれたのは、ロジェ村が干し野菜の製造拠点であり、アヴァロンの越冬食糧の一端を担っていたというのも大きな理由でしょう。
まだ干し野菜は全てが運ばれておらず、半数近くが輸送待ちの状態でしたから。
勿論、ごたごたのせいで干し野菜の輸送は大いに遅れ、越冬に入っても運び切れていなかったのですが、アヴァロンや村に残っていた吠狼らが、少ない獣化できる者を駆使して少しずつ運んだそうです。
それによりアヴァロンは、獣人を恐れつつも食糧確保のため、彼らを受け入れるほかなかったということでした。
「ノエミ、カロンを抱かせてもらえるかな……」
私が物思いに耽っております間に、レイシール様はノエミらと言葉を交わしておりました。その中で、最後のその言葉が耳に届き、私も思考を中断いたしました。
ホセをチラリと見たノエミ。
ホセは優しい笑顔で頷き返し、ノエミの腕からカロンを受け取り、レイシール様に歩み寄りました。
勿論まだ幼いのですが、赤子という時期は過ぎているカロン。
その小さくともしっかりとした生命の形を、レイシール様は大事そうに抱えました。
「あぁ、カロン……やっと会えた。初めましてだな。
ありがとう、カロン。生まれてきてくれて。お前は、私の大切な希望。夢のひとつなんだよ……」
そんなこと、幼子に言っても分かりませんよ……。
そう思ったものの、本当に嬉しそうにカロンを抱く姿は、それなりに象徴的でした。
右手の先がありませんから、とても慎重に抱えられたカロン。
初めはびっくりしたのか硬直しておりましたが、急にくしゃりと顔を歪ませ、次の瞬間には盛大に泣き出してしまいました。
「あ゛ア゛ああぁぁぁぁ、にーちゃああぁぁ!」
……人見知りですね。
ジタバタと暴れるカロンを落としそうになったレイシール様は、慌ててその場にしゃがみます。
すると、駆けてきたレイルがレイシール様の腕に前脚を引っ掛け、腕の中のカロンをペロリと舐めました。鼻を擦り付けて、まるであやすかのような仕草。
「ははっ……レイル、お前ちゃんと、お兄ちゃんをしてるんだなぁ」
もうそれなりの大きさに育っているレイル。
レイシール様がカロンを地面に下ろすと、カロンはその短い足でレイルに歩み寄り抱きつきました。
「カロ、レイルはサナリのーっ!」
途端に怒りだしたサナリ……。
兄弟喧嘩勃発。
呆気に取られる街人や我々の前で、幼子らは掴み合いの喧嘩となり、慌てて大人が仲裁に入り……。
「……平和でなによりです」
周りの緊張感もなんのその。
のどかなその光景に、私はそう、呟きました。
まぁ、アヴァロン内では……と言う注釈がつくのですが。
領主が我々獣人を認め、我々の主であるという特殊な街ですから。ここ以外がそんなに容易く回っていたとは思いません。
けれど、この国内に、北の地以外でここまで獣人が集っている場所は他に無いでしょう。
そういった意味で、人と獣人が共存できるかどうかは、この街の行く末にかかっていたと言えます。
レイシール様は人に対し獣人らのことを理解してもらえるよう心を尽くし、獣人らには人の考えや不安を話し、寛容であるよう言葉を尽くして、間を保つことに尽力していらっしゃいました。
その中の行事ごととして、ひとつ行われたことがございます。
「とーちゃ、かーちゃ!」
ぶんぶんと手を振るロゼ。その肩に手を置き、やって来る橇を待ち受けるその叔母、スザナ。
街人らが見守る中、遠くに動く小さな影が現れ、少しずつ大きくなってきました。
街の入り口付近で本日は、新たな村人を迎えるために、レイシール様を筆頭とした代表者と、街人らが集まっておりました。
本日は、ウォルテールは出席を控えておりますため、致し方なく、私が従者を務めております。
まだ遠い影を前に、我々は黙ってただ、立ち尽くしていたのですが……。
そこから、不意に影が飛び出しました。黒い小さな塊でしたが、それが思った以上の速度でこちらに迫ってまいります。
「レイル、サナリー!」
そう叫ぶロゼ。そのロゼに思い切り体当たりしてきた影は、叔母ごとロゼを押し倒しましたよね。
「ねーちゃ!」
「バウワゥわうホぅ!」
変な吠え方をしているのはレイルです。押し倒したロゼの顔をベロベロと壮大に舐め回しております。
我々がロゼと出会った頃は、ロゼが丁度これくらいだったのだ……と、そう思うと感慨深いものがありました……が、唾液まみれはいかがなものかと……。
そんな姉弟の戯れを見守っていた中から、レイシール様とサヤ様が進み出て参りました。
急に近付いてきた人に、一瞬で幼い二人が警戒を示しましたが……。
「サナリ、レイ様とサヤ様は怖くない! 臭いだって知ってるでしょ?」
そう言ったロゼの言葉で、表情に困惑を滲ませました。
「……れいさま?」
「そう! レイルとサナリのお名前、もらった人だもん。怖くないよ!」
「クウゥゥ?」
「あれ、臭い覚えてない? 二人とも遊んでもらってたよ」
「ロゼ……もう四年も前のことだから……流石に難しいと思うよ」
連日の疲れが抜けきらない様子のレイシール様でしたが、そう言いつつも表情は穏やかでした。
そうこうしてる間に橇もアヴァロンに入り、我々から少し離れて止まって、小さな女児を抱えた、顔がほぼ狼のそれであるノエミと、ホセが揃って橇から下りました。
周りで様子を見守っていた街人らが、騒めきます。
明らかに獣人であると分かるノエミと、連れ立って歩くホセの姿にです。ホセを知る者はこの街に多くおりましたし、尚更でしょう。
腕に抱えた幼児は、一見すると人となんら変わらぬように見えました。
大きな毛皮に包まれた幼児は、状況が理解できていないのかキョトンとしておりましたが、しきりに鼻を鳴らしております。知らない臭いが沢山あることに興味を惹かれているのでしょう。
その三人に歩み寄る、レイシール様。
「あぁ……カロン……だよな?」
その言葉にオドオドと落ち着かない様子を見せつつも、ノエミが頷きます。
「良かった。去年はお前たちを失ってしまったかと……もうカロンには会えないのかと、思っていたんだ。
申し訳なかった。急な状況に、きっと慌てさせてしまったろう。
今回だって、良く……村を出る決心をしてくれたね、ノエミ……。ありがとう、ホセ」
この家族は、アヴァロンに移り住む決意を固めたのです。
アヴァロンで幼年院に通いつつ、嗅覚師としての職務もあるロゼ。彼女を一人この地に置いておくことをやめ、家族揃って暮らすことを選んだそう。
離れ離れで、お互い寂しい思いや、悲しい思いをしないよう、共にあることを決心したのです。
あの騒ぎでホセたちも、アヴァロンに預けていたロゼを失ったと考えたのだと、聞きました。
懇意にしていたウォルテールが街で獣化し、貴族を襲ったとエルランドから聞いた時は、頭が真っ白になったと言っておりましたね。
そんなことがあるはずない。彼は我々と共に暮らした仲間なのだから。
そう思いつつ、何かの折にふと、視線を彼方にやって陰った表情を見せるウォルテールに、気付いていたそうです。
何か事情があるのかもしれないと思っていたけれど、踏み込まないでいた。人の世から逃げて倒れていたと聞いていたのだから、手を差し伸べてやるべきだったと。
街のことを知らせてくれたエルランドらに、ここへ来るのが精一杯で、ロゼたちを連れ帰れなかったと聞いても、彼らを責めなかったそうです。
そんな行動が取れる状況ではなかったと、察していたから……。
少なくとも、ロゼとスザナは人でした。
鼻が獣人以上にきくのだとしても、形からは獣人との縁を感じることはありません。
だから、敢えてこの村への報告を優先し、脱出することを選んだと、理解していたのです。
それから直ぐ、獣人らはいざという時のために用意していた避難場所へと移動したそう。
越冬間近であったから、軍や神殿騎士らが村を襲撃してくるかどうか、可能性は半々。どうするにしても、準備をするための時間稼ぎが必要です。なのでまずは避難を済ませ、次に考えたのは北への逃亡。避難場所には吠狼らの橇もありました。
ローシェンナには、万が一があった時は北の地へと逃げるよう言われており、村に残っていた少数の吠狼らもそれを勧めたといいます。
けれど、村人たちは、避難場所に残ることを選択致しました。
もし、ロゼやスザナが村まで逃げてきた時、ここに何も無く、誰もいないでは、二人を死なせてしまうことになるからです。
村人の決意を知り、村に残っていた吠狼らもその場に全員残ると決めました。
もしもの時は、村人をギリギリまで守るために。
人数が少なかったため、一人でも戦力が欲しい状態だった彼らは、伝令を走らせることも諦めました。
結果……。
陛下の決断。
そしてアヴァロンから急使が走り、村の獣人らは陛下の保護下に入ることが告げられ、命が繋がることが決まりました。
この決断が急がれたのは、ロジェ村が干し野菜の製造拠点であり、アヴァロンの越冬食糧の一端を担っていたというのも大きな理由でしょう。
まだ干し野菜は全てが運ばれておらず、半数近くが輸送待ちの状態でしたから。
勿論、ごたごたのせいで干し野菜の輸送は大いに遅れ、越冬に入っても運び切れていなかったのですが、アヴァロンや村に残っていた吠狼らが、少ない獣化できる者を駆使して少しずつ運んだそうです。
それによりアヴァロンは、獣人を恐れつつも食糧確保のため、彼らを受け入れるほかなかったということでした。
「ノエミ、カロンを抱かせてもらえるかな……」
私が物思いに耽っております間に、レイシール様はノエミらと言葉を交わしておりました。その中で、最後のその言葉が耳に届き、私も思考を中断いたしました。
ホセをチラリと見たノエミ。
ホセは優しい笑顔で頷き返し、ノエミの腕からカロンを受け取り、レイシール様に歩み寄りました。
勿論まだ幼いのですが、赤子という時期は過ぎているカロン。
その小さくともしっかりとした生命の形を、レイシール様は大事そうに抱えました。
「あぁ、カロン……やっと会えた。初めましてだな。
ありがとう、カロン。生まれてきてくれて。お前は、私の大切な希望。夢のひとつなんだよ……」
そんなこと、幼子に言っても分かりませんよ……。
そう思ったものの、本当に嬉しそうにカロンを抱く姿は、それなりに象徴的でした。
右手の先がありませんから、とても慎重に抱えられたカロン。
初めはびっくりしたのか硬直しておりましたが、急にくしゃりと顔を歪ませ、次の瞬間には盛大に泣き出してしまいました。
「あ゛ア゛ああぁぁぁぁ、にーちゃああぁぁ!」
……人見知りですね。
ジタバタと暴れるカロンを落としそうになったレイシール様は、慌ててその場にしゃがみます。
すると、駆けてきたレイルがレイシール様の腕に前脚を引っ掛け、腕の中のカロンをペロリと舐めました。鼻を擦り付けて、まるであやすかのような仕草。
「ははっ……レイル、お前ちゃんと、お兄ちゃんをしてるんだなぁ」
もうそれなりの大きさに育っているレイル。
レイシール様がカロンを地面に下ろすと、カロンはその短い足でレイルに歩み寄り抱きつきました。
「カロ、レイルはサナリのーっ!」
途端に怒りだしたサナリ……。
兄弟喧嘩勃発。
呆気に取られる街人や我々の前で、幼子らは掴み合いの喧嘩となり、慌てて大人が仲裁に入り……。
「……平和でなによりです」
周りの緊張感もなんのその。
のどかなその光景に、私はそう、呟きました。
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