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後日談

職を辞す 3

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 どうして⁉︎ と、ウォルテールに言われました。
 どうしても何も、言った通りのことですが……。

「貴方がいるのに、私が居らねばならない理由は無いでしょう?」
「お、俺が、従者になるって、言ったから……っ⁉︎」

 衝撃を受けてしまったように、ウォルテールは顔色を失いました。おおかた、私から役割を奪ってしまったとでも思ったのでしょう。
 ですから「違いますよ」と言葉を返します。
 貴方であろうと、なかろうと、この結論は出ておりましたし。

「よくお聞きなさい。
 レイシール様は、人と獣人を繋ぐ唯一のお方。ですから、必ず獣人の従者は必要です。
 サヤ様はもう奥方様ですから、人の従者は当面ルフス一人にお願いすることになるでしょう。
 しかしルフスは武の心得的に心許ない。盾の役割を頼むには、少々難しいものがあります。
 なので、獣人の従者が役立たずでは困るのですよ」

 彼の方は人にも獣人にも狙われる。全てにおいて賛同を得るなど無理なのですから。
 どうせ今までだってあったのでしょう? だからサヤ様をセイバーンに残し、自身は国を飛び回るという役割を担っていた。
 彼の方は、サヤ様が傷付くようなことは極力減らそうとされたはずですから。
 敢えて積極的に動き回ることで、周りの敵視を自分に集めていることも、私に分からないと思ったのでしたら、舐められたものです……。

「メイフェイアは今まで通り、サヤ様を守りなさい。彼の方の強さは揺るぎありませんが、心には脆い所をお持ちですから。
 レイシール様のお考えも薄々勘付いておられるかもしれませんが……ウォルテールが役割を果たせる限り、均衡は保てるでしょう」
「お、俺が、何⁉︎」
「レイシール様の盾役ですよ。だから、私では駄目なのです」

 いざという時に動けぬこの身では、なんの役にも立ちはしない。

「獣人の従者は、賢くなければなりませんよ……。場を読む力は必須。いざとなれば泥を被ることも必要となります。
 人の従者には、人としての立場や家庭というものがありますから、身分を越えた踏み込みに躊躇する。
 けれど我々は、主こそを第一にできるのです。ですから、盾は獣人である我々が担うべき役割なのですよ。
 ウォルテールは特に、一度過ちを犯しております。
 ですから、踏み込む時には細心の注意が必要になります」

 そう言うと、ウォルテールは慌てて表情を引き締めました。

「レイシール様に叱責が行かぬよう、あくまで個人で対処できなければなりません。
 幸いにも貴方は獣化できますし、体格にも恵まれている。私などより余程良い盾になれるでしょう。
 しかしそれも、従者としての及第点を得てからの話。ですから春までに、貴方を使い物になるようにします。
 覚悟してください。貴方では無理だとなれば、私は躊躇なく他の者を選び直します」

 本心を言えば、他を選ぶ気などありませんでした。
 貴方がうってつけなのですよ、本当に。
 人を傷つけた経験があるがゆえに、人には寛容になるでしょう。
 そしてその経験があるからこそ、人に恐れられる……。
 獣人としての血が濃いのですから、主に対する忠誠は、血の鎖も作用してとても強固であるはずです。
 そのうえで自在に獣化を操れる……。これ以上の人材はおりません。

「分かりましたね? 私が職を辞すのは、レイシール様をお守りするためです。
 分かったなら、犬笛を吹いてください。アイルかジェイドに極秘の報告あり、レイシール様には知られぬよう……その様にお願いします」

 メイフェイアが笛を吹き、アイルが現れました。
 現在北の地の獣人はリアルガーが管理しておりますが、アヴァロンの獣人はアイルが統括しております。
 ロジェ村はローシェンナが担当しているとか。
 ジェイドが来なかったのは、多分レイシール様に捕まっているのでしょうね……私を説得するとかなんとか、息巻いているのかもしれません。

「アイル、現状の敵対勢力、王宮の動き、神殿の動き、レイシール様の方針を全て詳らかになさい。
 それから、私が今まで把握してきたセイバーンのことを貴方にお伝えしますので、まず私に現状を把握させてください」

 そう言うと、アイルは理由の追求もなく、私の要求に応えてくださいました。
 途中でメイフェイアとウォルテールは帰し、このことはレイシール様の耳に入れぬようにと念を押すことも忘れませんでした。
 約二時間掛けて、現在の状況と、セイバーン内の力関係を確認し、今後の計画を見直します。
 そして話がまとまり、それぞれ職務に戻ろうかと言う頃に、ぽつりとアイルが口にしたのは……。

「……本当に辞すのか?」

 確認されたことを不思議に思いましたが……。

「当然でしょう。今までの話でお分かりでしょう? 私が彼の方の傍にいることが全く意味を成していないのが」

 すると少し思案した後、こくりと頷くアイル。
 獣人同士は話が早くて助かります。
 その時、笛の音がしました。
 この音程はジェイドですね……。レイシール様はご存知ないでしょうが、彼らが使う笛の音は、少しずつ高さや鋭さが違います。
 全く同じ音の笛を作り上げるのは困難だそうで、その代わりに音を覚えれば、どの音が誰のものか理解できるようになっていました。

「……職を辞しても、ここには残るんだろう?」

 またアイルが、何故かそう聞いてきました。

「他に行き場もございませんからね……。
 この身体ですから一人で過ごすこともままなりませんし……使用人でも雇ってのんびり過ごします」

 なによりレイシール様やギルが、私がここを離れることを許さないでしょう。
 あの二人のことですから、姿を眩ませば、どれだけ時間を掛けてでも私を探し出そうとするでしょうし……。
 そのようなややこしいことにならぬよう、アヴァロンかセイバーン村に、家でも買おうと思います。

「財産の没収もされておりませんでしたからね。全く使ってこなかったので、使い道ができて良かったです」
「そうか……分かった。
 ならば暇を持て余すことだろう……笛の音を覚えると良い。後で一覧を届ける」

 そのように言われ、首を傾げました。

「ここを離れる私には不要だと思うのですが……」
「どうせ音を拾うのに、事情が分からないでは不安になるばかりだろう?
 覚えておいて損はない」
「……まぁ、それはそうですね」
「お前にも、新しいのをひとつ渡す」

 笛をですか?

 それもかつては持っていたのですが、やはり昨年、失くしておりました。
 しかし持っている間も、全くと言って良いほど使わなかったのですし、それこそ必要ないと思うのですが……。

「何か聞きたい時もあるだろうし……。
 お前の良い使い道があれば、連絡できる」

 ……それもそうですね……。
 このような身体でも、役立てていただけるならば、それも良い。

「承知しました。
 では後ほど、宜しくお願い致します」
「あぁ」

 それで言いたいことも、聞きたいことも、なくなったのでしょう。アイルは唐突にきびすを返し、窓からひらりと身を躍らせました。
 そしてしばらくすると、アイルの持つ笛の音が響きます。
 細かく切れ、震える音……。
 これで会話ができるようにした者は、本当に頭がキレる御仁だったのでしょうね……。
 これの意味が分かるようになれば、少しは慰めになるかもしれません。

「…………っ」

 この冬で、終わる……か。

 それを改めて思うと、胸が痛みました。
 生きてるだけで充分と、ロレン様には言われましたが、やはりただ生きているだけでは、苦しいです。
 これから死ぬまで続くであろう虚無を思うと、恐怖すら感じます。
 何もできないこの身体で、ただ呼吸し続けるしかない……。
 ただただ、ひたすらに……。

「………………」

 壁にもたれて、その胸の痛みと恐怖をやり過ごすために、今までの日々を思い起こしました。
 けれどそれは……何ひとつ、私を慰めてはくれませんでした。
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