異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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後日談

獣の鎖 18

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 私の言葉は、考えていた以上に早く、証明されました。
 ある夜、眠っておりましたら、何故か叩き起こされたのです。

「起きろ! おいっ、寝てる場合じゃない!」
「……火事でも起きましたか?」

 言わずと知れたロレン様です。そしていつもの医師ではなく、オゼロの医官が伴われており、何事かと思ったのですが……。

「レイシール様がいらっしゃった!」

 ……は?

「来たんだよ、あの人が自ら!
 今はオゼロ公爵様と面会中だけど、すぐ支度しよう。会いたいだろ⁉︎」

 生きておられることには確信を持っておりました。
 でなければ、私は絶対に命を繋いでいない。私が生きているということは、あの方も生きているということだと、そう……。
 けれど、やはり……。
 レイシール様がいらっしゃったというその言葉は、格別でした。

「どうやって……」
「訪ねてきたんだよこの季節、この夜中にな! まだ荒野は雪まみれだろうに、くそっ、どうやって来たんだあの人はっ」

 そんな風に悪態をつきつつも、心なしかロレン様の声は弾んでおりました。
 そうして私に「取り敢えず医官の診察を受けな。了解が得られたら、面会を許してくれるって、オゼロ様が」と、おっしゃいました。
 けれど私の耳は、その言葉を聞いておりません。
 高揚してしまった気持ちのまま、私は上掛けを取り払っておりました。

 我が主。

「………………従者服をください」

 自然とそう口が動いていました。
 身体の欠損のことも忘れていたのです。彼の方が来たならば、私の居場所はその傍。ここではないのだという気持ちが、強く動きました。

「行かなければ」
「ばっ……⁉︎ 待て、脚の骨、まだちゃんと繋がったとは言い難いだろうが⁉︎」
「私は彼の方の従者なのです」
「従者の前に怪我人だ! 待て、聞けよ!」

 声を無視し寝台から下りたのですが、すぐに身体が傾いでしまいました。
 左脚が無いのですから当然です。
 机に右手をつこうとして、やはり右手も無く……そのまま机に身体をぶつけ、巻き込んで倒れてしまいました。

「言わんこっちゃない!」

 慌てたロレン様が寝台を回り込み、身体の上にかぶさっていたものを退かせてくださいました。机の一本脚は見事に折れ、天板が私の上に落ちていたようです。
 身を起こしたところに、ガタガタと扉を強く揺さぶるような音がしました。
 いけない。こんな無様な格好、見られたくない。そう思ったのですが、すでに遅く……。

「ハイン‼︎」

 そう叫び飛び込んできた方が。

 燭台の頼りない灯でも存分に煌めいているはずの銀髪は、かつてのような燻んだ灰髪になっておりました。
 時間をかけて鍛えたはずのお身体も、ひとまわり細くなり、左頬には記憶に無い、薄く刻まれた刀疵。まるでそこいらのごろつきのような服装。
 私の記憶の最後にあった彼の方は、瞳を閉し、痛みと熱に翻弄され、表情を歪めておられました。
 ですが今目の前におられるこの方は、周りの視線すら念頭に無いのか、成人男性にあるまじきことに、涙まで流し……っ!

 そのまま私の前で膝を突き、両腕が私の首に回されたのです。

 左手が、私の髪を乱暴に掴み、そのせいで頭皮が少々痛かった。
 右手の感触はありませんでした。失ったまま……それでもこの方は、ちゃんと生きておられた。
 少し遅れて入ってこられたサヤ様が、忍装束であったことに、この時間の来訪の意味を知り、けれどサヤ様も、まるで当初の目的など忘れてしまったかのように、両手を口にやり眉を寄せました。
 私の様子を見て、失われたものを知り、それでも私の命がまだ今世に繋がっていたことに瞳を潤ませ、その場で顔を伏せて……。指の間から沢山の涙と、必死に堪えた泣き声が。

 やめてください……。
 そういう恥ずかしいのが嫌だったんですよ。

「お元気そうで宜しゅうございました。が。成人男子がなんですか、ひとーー」

 人前で涙など……と、言葉を続けようとしたのですが。

「馬鹿‼︎ なんだも何もない!」

 それより先にそう言葉を耳元に叩きつけられ、結局身を離してくれもしないレイシール様。
 やめてください、鼓膜まで破れます。

「なんでお前……っ、馬鹿野郎っ、生きてるなら、知らせくらい…………っ。
 一人で無茶くちゃしやがって……もう絶対、こんな献身は金輪際、許さないからな‼︎」

 そう言っておりますが、この方だってそれなりに死戦をくぐり抜けてこられたのでしょう。
 駆け寄る際、身体を少し庇ったのを、私が気付かないとでも思っているのですか? 背中にある感触の違和感にも……。

 頬の傷だけではない……きっと他にも沢山……。

 表情ひとつとっても、今までとどこか、違います。
 ただ優しくあれた時の貴方とは、違っていました。
 きっと大きく重いものを、また背負ってしまわれたのでしょう……。

 それでも……。

 この方が優しさを失っているなどとは、思いません。
 なにせ筋金入りの、お人好しですから。

 そうこうしてる間に、遅れてオゼロ公が供を連れて訪れ「レイシール殿……」と、我が主に声を掛けました。
 視線を上げて驚いたのは、数日前にお会いしたばかりだというのにオゼロ公は……何か酷く、老いてしまったかのように見受けられたことです。
 疲れ果て、心を擦り減らしてしまったような。苦しみに、今も深く抉られているような……。
 その声にレイシール様は、零していた呻き声を、ピタリと止めました。
 そうして私に回す腕をほんの少しだけ緩め、身を離し……。

「…………エルピディオ様……。
 ハインを保護し、命を繋いでいただいたこのご恩……必ずや報います」
「良い……。
 其方には今まで、それ以上のものをいただいておるし、これは陛下のめい。私への礼は不要だよ」

 疲れ切った掠れ声に、しかしレイシール様は「いいえ」と力強く返しました。
 サヤ様も、涙を堪え、強引に目元を拭い表情を引き締めます。

「報います。ハインの命は俺にとって、それだけの価値がある。
 獣人だと知っていて、それでも手を差し伸べてくださったのでしょう?」

 するりと手を離し、立ち上がったレイシール様は、私に背を向けました。
 今まで見たことのない、縮んでしまったと思っていたお身体が、逆に大きく見え、左眼が錯覚を見ているのかと思ったほどです。
 そうしてその背が、決意に満ちた声で「どんな形でも、構いませんか」と、言葉を綴りました。

「死なせない。国の不利益にもならない。そうできる策を、用意します。
 ハインの命を救っていただいた御恩には、同じ命で報います。それが我々・・の流儀ですから」

 そんな風に言っては、まるでご自身も獣人みたいではないですか。
 呆れたものの、その背中は揺るぎそうもありません。
 大きく、重いものを背負ってしまっても……この方はもう、崩れることはないのでしょう。

「そんなに都合良く、いくものかね?」

 オゼロ公の、諦めたような……それでいて、小さな希望に縋るような問いかけに対し、レイシール様は間髪入れず「やります」と、返事を返し。

「死なせません」

 誰をとは聞きませんでした。
 この方が決断をしたならば、私はその背中を押すのだと、決めておりましたから。
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