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後日談

獣の鎖 16

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「貴女はご存知ないかもしれませんが、あれでサヤ様はとても繊細でいらっしゃって、色々と問題や不安を抱えておられるのですよ。
 けれどレイシール様はその全てを受け入れますし、肯定しますし、彼の方がどれほど強かろうと、鉄を素手で叩き折ろうと、可愛い、美しいと褒め称えますし、隙あらば愛でます。
 レイシール様にとってサヤ様は女神で、宝で、他と同じく……いえ、それ以上にか弱い女性で。守りたいひとなのです。
 リヴィ様におかれましてもそうですね。
 貴族女性としてあるまじき王命を賜りました彼の方は、全貴族を敵に回すに等しい選択をされました。
 彼の方は一人でそれに立ち向かう覚悟をされておりましたよ。しかしギルは、かの方の決意をそのままにしたくなかったのです。
 あれはしがない商人ですし、本来ならばリヴィ様の盾になどなり得ないのですが……それでもそうあるための策を講じました。
 その愛が、彼の方を支えているのです。他に何を言われようと、貴女の選択は間違っていないと肯定する。
 だからあのお二人は、女性らしくあれるのです」

 私の言葉に、ロレン様は呆然と聞き入っておられました。
 あのお二人は特別で、それゆえに折れない強い心をお持ちなのだと、そんな風に思っていたのですか?

「日々傷付いておられますよ、あのお二人も。
 だから伴侶の前では泣き言も言いますし、弱さを見せる。出す場所を選んでいるだけなのですよ」

 か弱い女性として振る舞いますよ。それを見せることのできる相手にはね。

「…………」

 しかしそれに対しロレン様はというと……。

「……そんな存在、ボクには到底得られないものだ……」

 と、自重気味に述べました。

「何故そう思います?」
「見て分かるだろ。ボクはどう頑張ったって女性らしくなんて……まずボク自身がそれを、受け入れられない」
「……そもそも何故男のように振る舞う必要があるのです」

 何気ない問いだったのですが、どうやらそれは彼女にとっての虎の尾であったよう。
 戸惑いを浮かべていた瞳は一気に怒りに燃え上がり、私を睨め付けました。

「ボクをバカにする輩に目にもの見せてやるために決まってる!
 女のくせにデカい、ゴツい、女らしくないっ。そう言うお前らがチビでガリで女々しいだけだろっ!
 自分ができないことをボクができる。それが気に食わないから、ボクの存在から否定しにかかってくる。ほんと女々しい!
 女が腕っ節に恵まれたって使い道がない、嫁に行けない、一生独り身だって言われ続けてきた。
 だから、ボクはボクが一人で生きていける手段を得たんだ! 時代がボクに味方した、女のボクでも、誰かに養われず生きていける、武を鍛えることを求められる時代だ、ザマァみろ!」

 私を見ていますが、見つめる先にあるのは故郷なのでしょう。
 彼女にとって女性らしくするということは、彼らに負けることなのだと理解できました。
 成る程。
 ならばそれで、良いと思いますよ。

「左様ですか。
 でしたら、私の思慕は貴女の邪魔にはならないですね。安心しました」
「いやお前っ、今の話の何を聞いてた⁉︎」

 女扱いするなって言ったんだぞ⁉︎ と、ロレン様。
 少し前からお前呼ばわりになってますね……。
 距離が縮まったような気がして満更でもないです。

「私は別に、貴女に女性らしさを求めておりませんから、敵認定されないなと解釈したのですが、違いましたか?」

 そう返すと、言葉を詰まらせて、化粧っ気のない唇を戦慄かせました。
 言葉が出てこないのか、焦ったような表情で視線を彷徨わせ「じゃあなんでボクにあんなことしたんだよ⁉︎」と叫びます。

「好ましく思う相手が無防備にしていたからですが」
「いや意味分かんないだろ! 好ましく思うってそれ、ボクを女として見てるって意味だろ⁉︎」
「そうですが、女性らしさは求めてないです」
「お前の言ってること全然意味不明っ!」

 そうですか?
 何も矛盾はしていないと思うのですが……。なかなか難しいですね。

「レイシール様は、サヤ様が男装中だろうと彼の方のことを可愛くて綺麗だとおっしゃいますし、愛しいと感じてらっしゃいます。
 サヤ様が自分らしくあることが、サヤ様を輝かせるのだそうです。
 私の貴女に対する感覚も、それに近いと思うのですが」

 貴女が貴女らしくあるために男性のように振る舞う必要があるのでしたら、そうしたら良いと思います。
 ただ願わくば……貴女の弱い部分を、晒してもらえる関係に近付けたらと……。

「そもそも私は、女性らしくした貴女を目にしたこともないのですが……。
 何故貴女を女扱いしていると解釈されるのでしょう。
 私が好ましいと感じた貴女は全て男性のような貴女でしたが」

 そう伝えましたら、ロレン様はまた顔面を真っ赤に染めてしまいました。
 そうして表情を両手で覆い隠し「お前マジで何言ってんだ……」と、苦い声。

「お前、今そんなこと言ってる場合か? レイシール様の生死も定かじゃない……お前だって……」
「私が死のうと考えたのは、私がレイシール様の枷となりそうだったからです。
 彼の方を苦しめる要素は何であれ排除したかった」

 そう言うと、またギクリと表情を固めます。
 いえ……保留しましたから、当面死ぬことは考えませんよ。そもそも、私は自死することを禁じられておりますし。

「陛下がレイシール様を擁護せよと指示した。それに間違いがないのであれば、私の問題は概ね解決いたしました。
 レイシール様はちゃんと生きておられますし、春になるのを待って、合流するだけですから」
「…………何の根拠があってそう言ってんだよ」

 それは北に逃げたからですね。
 貴女はご存知ないでしょうが、北は獣人の蔓延る地なのです。
 獣人を従える力を持つ彼の方にとってあの地は切り札。

 レイシール様は、必ずや獣人の心を掴むでしょう。
 それはつまり、万の群を得るに等しいことです。
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