異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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開戦 9

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  雪を蹴散らして、狼たちが疾走する。
 たった四騎で逃げる俺たちを、狼を多く含む一団が追ってきていた。
 雪山をどうやって超えて来たのかと思っていたが、あちらもやはり橇を取り入れていたようだ。
 狼に引かせた橇を、狼の主と思しき者らが操っているのが見える。

 無償開示をしたのだから、それも当然か……。

 けれど、橇を最も上手く扱えるのは、お前たちじゃなく、俺たちだと自負しているんだ。
 知り尽くしている俺たちに、同じ道具で勝てると思うなよ。

 内心でそんなことを考え気を紛らわせつつ、とにかく身を低くして、ウォルテールの背に身体を添わせた。
 そうすると、重心が安定してウォルテールも走りやすくなるのだ。
 右腕は毛皮の外套に隠したまま。極力相手を油断させておきたかったのと、矢避け、そして体温維持のために、外套を外すのはまだ暫く後にしたい。

「ウォルテール……木々の間を縫うように走れるか。あちらの橇はそれで機動性を殺せる」

 紐を加えたままは喋りにくかったが、耳が近いからなんとか伝わったよう。ウォルテールの耳がピクピクと動き、顔もチラリとこちらを向く。
 俺が片手だから、変則的な動きに身体がついてゆかず、振り落とされるかもしれないと考えたのだろう。

「……大丈夫。今ならまだ掴まってられるから、今のうちに……」

 あちらの取れる行動を減らしておこう。

 急に方向を変え、木々の間に身を躍らせたウォルテールの横を、矢が掠めていった。やはり狙ってきたか。
 姉妹とシザーも同じく木々の間に身を滑り込ませ、橇から多少距離を稼ぐことができた。
 しかし、今度は追うように指示を受けたであろう狼が、こちらに向かい放たれたよう。人を乗せてない分速い。みるみる距離を縮めてきた。

 良いぞ、釣れた。

 単身の狼はできるだけ減らしておきたかった。
 匂いに敏感な者は少ない方が良い。

 姉妹が動いた。
 短めの小剣を抜き、一気に狼に肉薄。両側から挟み込むようにして一頭を仕留める。
 またパッと離れ、器用に木々を避けながら次の狼へと向かっていく。
 木々に囲まれたこの状況では、シザーの大剣は振り回せない。そこを察して動いてくれたよう。

 俺も近くにきた狼に胸の小刀を放った。
 揺られていても、この至近距離なら外さない。ウォルテールも重心の移動で俺の意図を汲み取り、変則的な動きは控え、まっすぐ進んでくれた。

 そうやって単身の狼を合わせて十頭近く屠ったが、そこで木々が途切れてしまった。ここは雪崩でもあったのか、木がまばらなのだ。
 頭の中で、マルと飽きるほどに眺めた地形図を思い起こす。隠れるものがないここが、一番の難所。
 距離は大分稼げた。もう少し……。

「アッ」

 そこで姉妹の片割れから、悲鳴に近い声。
 慌てて思考を切り離し、視線を巡らせると、放たれたであろう矢が、狼の太腿に突き立っていた。
 必死で走っているが、当然擦り傷ではない。ガクンと速度が落ちる。
 狼から飛び降りた彼女は、狼の傷を確認し、そのまま来た方向を振り返り、向かってくる一軍を見て……。

「行ってください!」

 そう言われた。

 シザーが焦った表情を俺に向ける。

「……っ、逃げろ! 身を隠せっ、生きろ!」

 そう叫び返すのがやっと。
 ここで追いつかれ囲まれれば、今まで捧げられた命も、時間も、未来もが犠牲になる。
 それが分かるから、止まれない……けれど、死なせたくない。

「ご武運を!」

 明るく、朗らかな声。そして遠吠え。
 手を振る姿がちらりと視界の端を掠め、その向こうに蠢く一団も見えていた。

「行きましょう」

 姉妹の片割れが敢えてそう口にし、率先して速度を上げる。

 ……とにかく、ここを抜けなくては。隠れる場所が無いここにいても、犠牲を増やすだけだ。

 振り返れない。
 振り返ったら駄目だ。

 そう自分に念じて、必死に身を伏せ、ウォルテールの脚に任せた。
 矢を射掛けられるくらいの距離にいたはずの一団が、少し遅れたようだ。
 こんな、妨げの無い場所で……。

 生きろと、言ったけれど。
 あぁ。彼女らは、命を燃やす方を選んだのか…………。


 ◆


 雪がちらつき始めていた。
 禿げた山肌を抜け、必死で進むうちに、また木々がちらほらと立つようになり、難所は抜けたのだと知らせてくれた。
 けれど当然、俺たちを追う影はまだ背後にある。

 距離は縮まっていた。目的の場所も近付いていたけれど。
 三騎となってから、相手はより勢い付いたようだった。
 初めは援軍なり、伏兵を警戒していたのだろう。
 しかし、一人を置き去りにし、必死で逃げるしかできない俺たちに、それ以上はできないのだという結論を導き出したようだ。
 もう、相手の狙いは俺だけだろう。俺の首さえ刈り取れば終わる。だから二人をどこかで離脱させることができれば、死なせずに済む。
 しかし……。

 こうも近いと、二人を離脱させるのも難しい……。

 少しでも離れれば、単騎になった途端に狙い撃ちされてしまうだろう。
 また死なせてしまう。それは嫌だ。だけどこのままだと、追いついてくるのではないか……。
 一人を失った焦りが、胸を締め付けていた。

 まだか。なんでこんなに遠い場所にしてしまったんだ……! オブシズたちは無事か? 百人程度釣ったところで、あそこにはまだ八百からの兵力がのこっているのに……っ。

 嫌だ、嫌だ、死にたくないし、死なせたくない! だけどこれが最良であるはずだ。ここを乗り切れば、脳を潰せば勝機はある。違う、脳を潰すしか、俺たちに生き残る道は無いんだ!
 必死で自分に言い聞かせ、とにかく距離を稼ぐのだと念じていたけれど……。

「主っ!」

 その声にハッと顔を上げた。途端にウォルテールが進む角度を変えたため、グンと身体が引っ張られる。
 慌てて腕に力を込めた。すると頬のすれすれを風が薙ぐ。

 嘘だろ……追いつかれっ⁉︎

 違う。回り込まれていたんだ!
 俺たちが進むであろう方向を見定め、迂回して回り込むよう指示されていた者がいたのだ。
 騎狼したその相手に視線を向けると、二名と二頭。狼は首に革の首輪を巻かれており、馬に使うような馬銜はみを咥えさせられていた。
 手綱は首輪に短いものがついている。引けば首を締め上げるだろうに……でもそんなことは、お構いなしという雰囲気。
 咄嗟に視線を向けた狼は、瞳に思考が無かった……。首を締め上げられる恐怖と苦痛を回避することだけを考え、無心で指示に従っているのだ……。

 獣だ……。
 正しく、獣の扱いを受けている。

 それを見て、気力を奮い起こした。
 心を折っては駄目だ。こんな風にすることを、当然とする相手に屈しては。

 近いなら、応戦すれば済む話。

 とはいえ、叫んだ時、咥えていた外套の紐を口から離してしまっていたから、自分からこれを外す手段を捨ててしまっていた。
 距離もまだある。今外套を捨てて、目的の場所に到達するまで、寒さに身体が耐えられるだろうか?

 ……そんなこと考えている余裕が、まだあると思っているのか?

 今を乗り切るしか、先は無いのに。

「主っ、こちらへ!」

 残った姉妹の片割れが、無理矢理方向を変えてこちらに迫ってきた。
 俺を守るため、間に身を割り込ませる。
 そこからは剣の応酬。巧みに間合いを調整して剣を叩きつけ、二騎を相手に奮闘。
 騎狼慣れしていない様子の追手は、跨る狼が泡を吹いていることに気付いていない。
 そして彼女が狙っていたのも狼の疲労であったよう。
 騎手に集中させていた攻撃を、次の瞬間狼に切り替え、胴体の側面を長く浅く斬り裂いた。
 朦朧としていたであろう狼は、その攻撃で転倒、騎手を振り飛ばし、自らも混乱した様子で何処かへ走り去った。飛ばされた騎手は、後方から迫ってきた仲間に踏み荒らされ、消えていく……。

 その、様子に視線を向けていた俺は……。

 追手の中にあった顔に、その時ようやっと気付いていた。

「主!」

 その声に視線を戻し、すまないとおざなりな詫びを口にする。
 もう一騎と切り結んでいた彼女は、そのもう一人の喉首を掻き切り、こちらも撃退した。
 絶命した騎手が手綱を手放さなかったため、死体を引き摺る羽目になった狼はそのまま木に激突し、動かなくなる……。

 そうして体勢を立て直し、俺たちはまた、前を向いた。

 俺の顔を知っていて当然だな……。

 焦りが冷めていた。
 まさかこんなところでまた、合間見えるとは思っていなかった。ずっと、役職名でしか意識してこなかったが、そもそも名乗っていたのはきっと偽名だったろう。けれど、かつては言葉を交わすことも、度々あった相手だ。
 ジェスルの者としてあの場にいたけれど、やはり神殿関係者だったのだな……。ジェスルを探して見つからなかった理由も、マルをだし抜けた理由も分かった気がする。
 彼は当時から手練れだった。その上で神殿関係者だったから、マルと吠狼の包囲から逃れることができたのだろう。

 ハイン……。思っていた以上に俺は、元からお前の傍に、居たみたいだぞ……。

 俺たちの運命は、お前の想いなど関係なしに、ずっと深く絡まっていたみたいだ。
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