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決戦の地 6

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 急いで二人で、先程後にしたばかりの廊下を逆に辿ると、槍を構えたエリクスに鉢合わせた。後方にオブシズたちも控えている様子。
 彼らの視線の先にあったのは、雪払い用の小部屋。
 冷気を持ち込まないため、極力早く閉ざすはずの扉が開いたままになっており、そこからマルの話し声が溢れてきている。

「まだあちらに悟られてはいないのですね?」
「こっちが風下だからな」
「ならば、とにかく悟られぬようにしてください。犬笛を使わないでくれたのは良い判断でした」
「ヘカルを追うか? 荷を引き戻せばまだ……」
「他でも想定以上の兵力である可能性があるので駄目です。ここはここで対処しましょう」

 冷静に聞こえる声音だったけれど、掠れていた……。いや、違うな。震える声を必死で絞り出しているのだ。
 本当は荷を引き戻したいだろう。どんな手を使ってでもここを守りたい。
 けれど、どこを抜かれてもいつかここが、戦場になってしまう……。

「マル、報告を」

 エリクスの肩を引き、場所を入れ替える形で前に進み出て問うと、蒼白になった顔面を誤魔化すゆとりもない様子のマルが、縋るような視線を向けてきた。

「……放っていた吠狼から、北北東方面より……敵影発見の報が入りました……。
 少し遠出した者が、匂いを嗅ぎ取ったと。ここから位置が近すぎまして……悟られぬことを優先し、犬笛での緊急報告は控えたそうです。
 隊は長く伸びていたとのことで、襲撃するにしても、準備等に、更に一日ほどは有するだろうと」
「人数は把握したのか」
「…………」

 そう聞くと、マルは押し黙った。
 そうして「まだ、確証は無いです……」と、声を絞り出す。
 けれど吠狼が、適当な報告を持ってくるはずがない。

「報告を」
「…………ゆ、雪の具合と、野営跡の規模から、千……は、速すぎます!」

 想定の三倍以上か。

 敵は保険も考え、必ず数カ所の村を狙うだろうと考えていた。そして村の規模から逆算して、せいぜいニ、三百人の部隊を想定していたのだが……。

「……拠点の確保だけではなく、何か別の目的がありそうだな。
 この里の位置的に、オゼロ領の何かを狙っているのか……。
 マル、先手を取るため遊撃奇襲戦に切り替える。ここは守りを最優先とするぞ。
 笛は次の笛での合図まで使用を禁ずる。町の者は、外側の家を放棄させ、内側の家に避難させる。ただし、鍛冶場は吠狼のみ残し、生産を続けろ。
 村の構造はあちらも承知しているだろう。北北東から迂回し、村の入り口を塞がれる可能性がある。そちらの守りを強化だ。
 こちらの人数と、現在の位置関係は分かるか?」

 そう聞くが、マルからの返答は無い。代わりにリアルガーが。

「位置は後で。確認させている。戦力は、連れてきた分と、近くに待機させているのが五十。笛が使えねぇなら呼ぶのに一日掛かっちまう。
 そいつらも加えて、非戦闘員まで数えればギリギリ三百……」
「非戦闘員は武器の製造優先してもらう。それと運搬だな。
 ならここの現状では二百程か……うん、まずは作戦を伝える。笛が使えないからな……部隊の長を集められるものだけで良い、ここへ。
 エリクス、狩人を含め、戦力に数えて良さそうな町民はどれくらいだ」

 そう聞くと「なんの話をしているんです⁉︎」という、焦った声が返った。
 だから極力声音を変えず、平坦な言葉を意識して告げる。

「この村を襲うためと思われる部隊の進行を確認した。
 どうもスヴェトランからご大層に山脈越えをしてきたようでね。
 事前情報より規模が大きい。我々は山脈内で襲撃を抑えようと思っているけれど……。
 ここへ抜けてきた者は、ここの者で防いでもらわなければならないだろう」
「……部隊……⁉︎」
「生き残るために戦力を把握したい。何人使える」

 再度問うと「そんなの……俺含めて五人程度ですよ……」と、絶望を滲ませて言うものだから……。

「充分だよ。すまないサヤ……サヤも戦力に数える」
「勿論です」
「民の守りを任せる。極力通さないようにする」
「はい」

 無手で、殺させなきゃならないかもしれない。だけどそうなる時は、俺の死んだ後だ。

「村の女性を集めて、食事を作りましょう。食べれる時に食べないといけないですし、今後作れるとは限らないので」

 サヤの声も震えていたけれど、そう言って無理矢理微笑んでくれたから、肩を抱き寄せ、腕で包み込んだ。

「必ず守る」
「……はい、私も、必ず守ります」
「戻ったら、返事を貰う」
「…………あかんなんて、言うはずないやろ」

 そう言うと、咄嗟に掴んで持ってきていた鞄を俺の前に捧げたサヤ。
 それを受け取ってから俺は「動くぞ!」と、声を張り上げた。


 ◆


 想定してない時期に、想定してない規模の襲撃。状況は最低最悪であるはずなのに、思考は妙に澄んでいた。

 千人規模の軍隊が、ここに到達しようとしている……。
 隊列は、組み直し等に一日ほど時間が掛かりそうに見えるくらい、乱れているらしい……。
 ならば脱落者も多く出し、編成が用を為さなくなっている。と、いうことだろう。
 笛での報せを躊躇するほどの距離にいるということは、ここに到達するまでの日数はせいぜい三日。準備とこちらの状況把握に二日掛けるとして、猶予と言えるのは四日程か。

 四日あれば、手を打てる。

「マル、俺たちは運が良い」

 麵麭教室を終えたのか、パタパタと小走りでやってきたクレフィリアが、緊迫した雰囲気と俺の言葉の意味を理解できず、首を傾げた。

「あちらより先んじてここに到着できたし、察知もできた。
 どうやら俺たちの方にこそ、アミの加護があるようだな」

 そう声を掛けると、失意の中に蹲っていたマルの瞳にも、辛うじて光が戻る。

「…………間に合ったって、ことですかね……我々は」
「そうだよ。間に合ったんだ。だけど時間は限られる。だから、やるべきことをやらなきゃな」

 そう言うと、そうでした。と、身を起こし、頭の中の図書館をひっくり返し始めた。

「歴史上にも雪中の奇襲遊撃戦は資料がほぼ無いです……。参考になればと思ったんですが……」
「それはあちらだって同じだ。その上山脈越えで疲弊しきっているだろうから、勝機は充分ある。
 その連中の進行方向と位置を正確に知りたい」
「周辺の地形図を用意しましょう」
「現状のな。冬山は普段と様子も違うだろうから。
 その辺りも極力情報を入念に集めてくれ。それを見た上で、何ができるか見定めよう」

 そう言うとサヤが「薄い木箱と小麦を用意しましょう!」と、叫ぶ。

「地形図ならば、立体的に作った方がより状況が理解できますし、描くより時間も掛かりません。
 本当は砂を敷いた箱庭で作るのですが……」

 ……成る程! それは良いな。
 地理情報は基本的に極秘事項になることが多い。そのため、学舎で習った俺たちはいざ知らず、狩猟民らや町人らでは読めない者が殆どだろう。
 特に地形図となると余計だ。高低差を平面に記すため、把握しなければならない情報量が数倍に跳ね上がる。
 しかし、立体に作れば一目瞭然。流石効率化民族!

「砂なら鋳型用のものが鍛冶場にあります。それを一部貰ってきましょう」
「ユスト、今一度職人らの所に走ってもらえるか。あと、夜を待ってられなくなったから、報告を直ぐに聞きたいと伝えて」
「夜……ですか?」
「何か伝えたいことがあったそうでね。夜にと言う話だったから」

 畏まりました! と、外に飛び出そうとするユストの腕をシザーが引き、毛皮の外套を押し付ける。その様子を横目にしつつエリクスの名を呼んだ。

「襲撃に備え、街の守りを強化したい。そこでお願いしたいことがあるんだが良いか」

 そう言うと、まだ状況について来れていない動揺した様子はあるものの、こくりと頷いた。役人としてやるべきことだと弁えているのだろう。

「村の外周沿いの家の者を、極力内側の家に避難させてもらいたい。食料等も忘れずに移動させて。
 守るべき場所をある程度絞り込みたいんだよ。こちらの人数的に、この町全体をというのは無理があるから。
 それと合わせて、小麦の空袋を極力集めてもらえるか」
「こ、小麦の袋……ですか?」
「うん。あるだけかき集めてくれ」
「あ、もうひとつお願いします! 寝台の敷布などで構いませんから、体を覆えるほどに大きな白い布も、極力多く集めてください!」

 サヤがそう付け足すと、それにもこくりと頷く。そして、母ちゃん仕事が入った! と、叫びながらドタドタと走って行った。

 オブシズが、クレフィリアを抱き寄せ、村の女性らと出来る限り麵麭を作ってくれと伝え、頬に口づけをする。
 クリフィリアは不意なことに慌ててしまっていたけれど……。
 場の雰囲気で状況は察したのだろう。心配そうに表情を歪め、ご武運をと囁き、自らもオブシズの背に腕を回した。
 そうして次は……。

「……リアルガー」
「おう」
「仮面はもう要らない」

 顔面を覆っていたそれを頭上にずらし、顎の痣を晒したリアルガーは「皆を呼ぶ」と言い、こちらに背を向けた。
 その背中に向かい「中心部の空き地へ」と声を飛ばす。

「オブシズ……お前もリアルガーと行ってくれ。
 万が一狩猟民らが町人らと揉めるようなら、俺の指示であることを伝え、守るんだ」
「はっ」

 動く皆を見送ってから俺たちも「暖炉の部屋を借りるぞ。作戦会議だ」と、踵を返した。
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