異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
1,030 / 1,121

決戦の地 6

しおりを挟む
 急いで二人で、先程後にしたばかりの廊下を逆に辿ると、槍を構えたエリクスに鉢合わせた。後方にオブシズたちも控えている様子。
 彼らの視線の先にあったのは、雪払い用の小部屋。
 冷気を持ち込まないため、極力早く閉ざすはずの扉が開いたままになっており、そこからマルの話し声が溢れてきている。

「まだあちらに悟られてはいないのですね?」
「こっちが風下だからな」
「ならば、とにかく悟られぬようにしてください。犬笛を使わないでくれたのは良い判断でした」
「ヘカルを追うか? 荷を引き戻せばまだ……」
「他でも想定以上の兵力である可能性があるので駄目です。ここはここで対処しましょう」

 冷静に聞こえる声音だったけれど、掠れていた……。いや、違うな。震える声を必死で絞り出しているのだ。
 本当は荷を引き戻したいだろう。どんな手を使ってでもここを守りたい。
 けれど、どこを抜かれてもいつかここが、戦場になってしまう……。

「マル、報告を」

 エリクスの肩を引き、場所を入れ替える形で前に進み出て問うと、蒼白になった顔面を誤魔化すゆとりもない様子のマルが、縋るような視線を向けてきた。

「……放っていた吠狼から、北北東方面より……敵影発見の報が入りました……。
 少し遠出した者が、匂いを嗅ぎ取ったと。ここから位置が近すぎまして……悟られぬことを優先し、犬笛での緊急報告は控えたそうです。
 隊は長く伸びていたとのことで、襲撃するにしても、準備等に、更に一日ほどは有するだろうと」
「人数は把握したのか」
「…………」

 そう聞くと、マルは押し黙った。
 そうして「まだ、確証は無いです……」と、声を絞り出す。
 けれど吠狼が、適当な報告を持ってくるはずがない。

「報告を」
「…………ゆ、雪の具合と、野営跡の規模から、千……は、速すぎます!」

 想定の三倍以上か。

 敵は保険も考え、必ず数カ所の村を狙うだろうと考えていた。そして村の規模から逆算して、せいぜいニ、三百人の部隊を想定していたのだが……。

「……拠点の確保だけではなく、何か別の目的がありそうだな。
 この里の位置的に、オゼロ領の何かを狙っているのか……。
 マル、先手を取るため遊撃奇襲戦に切り替える。ここは守りを最優先とするぞ。
 笛は次の笛での合図まで使用を禁ずる。町の者は、外側の家を放棄させ、内側の家に避難させる。ただし、鍛冶場は吠狼のみ残し、生産を続けろ。
 村の構造はあちらも承知しているだろう。北北東から迂回し、村の入り口を塞がれる可能性がある。そちらの守りを強化だ。
 こちらの人数と、現在の位置関係は分かるか?」

 そう聞くが、マルからの返答は無い。代わりにリアルガーが。

「位置は後で。確認させている。戦力は、連れてきた分と、近くに待機させているのが五十。笛が使えねぇなら呼ぶのに一日掛かっちまう。
 そいつらも加えて、非戦闘員まで数えればギリギリ三百……」
「非戦闘員は武器の製造優先してもらう。それと運搬だな。
 ならここの現状では二百程か……うん、まずは作戦を伝える。笛が使えないからな……部隊の長を集められるものだけで良い、ここへ。
 エリクス、狩人を含め、戦力に数えて良さそうな町民はどれくらいだ」

 そう聞くと「なんの話をしているんです⁉︎」という、焦った声が返った。
 だから極力声音を変えず、平坦な言葉を意識して告げる。

「この村を襲うためと思われる部隊の進行を確認した。
 どうもスヴェトランからご大層に山脈越えをしてきたようでね。
 事前情報より規模が大きい。我々は山脈内で襲撃を抑えようと思っているけれど……。
 ここへ抜けてきた者は、ここの者で防いでもらわなければならないだろう」
「……部隊……⁉︎」
「生き残るために戦力を把握したい。何人使える」

 再度問うと「そんなの……俺含めて五人程度ですよ……」と、絶望を滲ませて言うものだから……。

「充分だよ。すまないサヤ……サヤも戦力に数える」
「勿論です」
「民の守りを任せる。極力通さないようにする」
「はい」

 無手で、殺させなきゃならないかもしれない。だけどそうなる時は、俺の死んだ後だ。

「村の女性を集めて、食事を作りましょう。食べれる時に食べないといけないですし、今後作れるとは限らないので」

 サヤの声も震えていたけれど、そう言って無理矢理微笑んでくれたから、肩を抱き寄せ、腕で包み込んだ。

「必ず守る」
「……はい、私も、必ず守ります」
「戻ったら、返事を貰う」
「…………あかんなんて、言うはずないやろ」

 そう言うと、咄嗟に掴んで持ってきていた鞄を俺の前に捧げたサヤ。
 それを受け取ってから俺は「動くぞ!」と、声を張り上げた。


 ◆


 想定してない時期に、想定してない規模の襲撃。状況は最低最悪であるはずなのに、思考は妙に澄んでいた。

 千人規模の軍隊が、ここに到達しようとしている……。
 隊列は、組み直し等に一日ほど時間が掛かりそうに見えるくらい、乱れているらしい……。
 ならば脱落者も多く出し、編成が用を為さなくなっている。と、いうことだろう。
 笛での報せを躊躇するほどの距離にいるということは、ここに到達するまでの日数はせいぜい三日。準備とこちらの状況把握に二日掛けるとして、猶予と言えるのは四日程か。

 四日あれば、手を打てる。

「マル、俺たちは運が良い」

 麵麭教室を終えたのか、パタパタと小走りでやってきたクレフィリアが、緊迫した雰囲気と俺の言葉の意味を理解できず、首を傾げた。

「あちらより先んじてここに到着できたし、察知もできた。
 どうやら俺たちの方にこそ、アミの加護があるようだな」

 そう声を掛けると、失意の中に蹲っていたマルの瞳にも、辛うじて光が戻る。

「…………間に合ったって、ことですかね……我々は」
「そうだよ。間に合ったんだ。だけど時間は限られる。だから、やるべきことをやらなきゃな」

 そう言うと、そうでした。と、身を起こし、頭の中の図書館をひっくり返し始めた。

「歴史上にも雪中の奇襲遊撃戦は資料がほぼ無いです……。参考になればと思ったんですが……」
「それはあちらだって同じだ。その上山脈越えで疲弊しきっているだろうから、勝機は充分ある。
 その連中の進行方向と位置を正確に知りたい」
「周辺の地形図を用意しましょう」
「現状のな。冬山は普段と様子も違うだろうから。
 その辺りも極力情報を入念に集めてくれ。それを見た上で、何ができるか見定めよう」

 そう言うとサヤが「薄い木箱と小麦を用意しましょう!」と、叫ぶ。

「地形図ならば、立体的に作った方がより状況が理解できますし、描くより時間も掛かりません。
 本当は砂を敷いた箱庭で作るのですが……」

 ……成る程! それは良いな。
 地理情報は基本的に極秘事項になることが多い。そのため、学舎で習った俺たちはいざ知らず、狩猟民らや町人らでは読めない者が殆どだろう。
 特に地形図となると余計だ。高低差を平面に記すため、把握しなければならない情報量が数倍に跳ね上がる。
 しかし、立体に作れば一目瞭然。流石効率化民族!

「砂なら鋳型用のものが鍛冶場にあります。それを一部貰ってきましょう」
「ユスト、今一度職人らの所に走ってもらえるか。あと、夜を待ってられなくなったから、報告を直ぐに聞きたいと伝えて」
「夜……ですか?」
「何か伝えたいことがあったそうでね。夜にと言う話だったから」

 畏まりました! と、外に飛び出そうとするユストの腕をシザーが引き、毛皮の外套を押し付ける。その様子を横目にしつつエリクスの名を呼んだ。

「襲撃に備え、街の守りを強化したい。そこでお願いしたいことがあるんだが良いか」

 そう言うと、まだ状況について来れていない動揺した様子はあるものの、こくりと頷いた。役人としてやるべきことだと弁えているのだろう。

「村の外周沿いの家の者を、極力内側の家に避難させてもらいたい。食料等も忘れずに移動させて。
 守るべき場所をある程度絞り込みたいんだよ。こちらの人数的に、この町全体をというのは無理があるから。
 それと合わせて、小麦の空袋を極力集めてもらえるか」
「こ、小麦の袋……ですか?」
「うん。あるだけかき集めてくれ」
「あ、もうひとつお願いします! 寝台の敷布などで構いませんから、体を覆えるほどに大きな白い布も、極力多く集めてください!」

 サヤがそう付け足すと、それにもこくりと頷く。そして、母ちゃん仕事が入った! と、叫びながらドタドタと走って行った。

 オブシズが、クレフィリアを抱き寄せ、村の女性らと出来る限り麵麭を作ってくれと伝え、頬に口づけをする。
 クリフィリアは不意なことに慌ててしまっていたけれど……。
 場の雰囲気で状況は察したのだろう。心配そうに表情を歪め、ご武運をと囁き、自らもオブシズの背に腕を回した。
 そうして次は……。

「……リアルガー」
「おう」
「仮面はもう要らない」

 顔面を覆っていたそれを頭上にずらし、顎の痣を晒したリアルガーは「皆を呼ぶ」と言い、こちらに背を向けた。
 その背中に向かい「中心部の空き地へ」と声を飛ばす。

「オブシズ……お前もリアルガーと行ってくれ。
 万が一狩猟民らが町人らと揉めるようなら、俺の指示であることを伝え、守るんだ」
「はっ」

 動く皆を見送ってから俺たちも「暖炉の部屋を借りるぞ。作戦会議だ」と、踵を返した。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

処理中です...