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反撃の狼煙 8
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「…………おい、何言ってんだお前……」
やっとそこで制止の声が飛んだ。
正直意識が吊られ掛けていたから……助かった。
左手でサヤを探し、手を掴んだのは……彼女の心もきっと、揺さぶってしまったろうと思ったからだ。
失ったことを思い出させてしまった。でも、俺がいる。ずっと共に在る。彼のように、孤独になんてしない……。
「急に奪われることの痛みを……私は知っています……。理不尽なそれがどれだけ心を壊すかを……。
その痛みと共に、彼女もここへと来た。
その……五百年前の渡人もきっと……サヤのように心優しく、争いを好まない性質だったのだと、思います……。
力で捩じ伏せ奪い取る方法を選ばず、知識を振るうことを選んだのは、力を、持っていなかったからでしょう……。
彼女の国はそういう国だった。
刃物を持って身を守る必要が無い、貴族や庶民といった地位の格差も無い国だ。
衛兵すら帯剣しない……国軍ですら、戦うこと以外を洗練させるような、平和な国。
だから、力や地位にものを言わせるこの世界が、どれほど恐ろしく感じたことでしょう……」
身を守るため、帰るために知力を振り絞る。それは心を酷く削ったろう。
何が正解なのかも分からない、自分の世界とは異なる価値観の中を、手探りで進んでいくしかないのだから。
人と接すれば、情を抱かずにはいられなかったろう……。
だけど帰るため、未練を作らないためにそれも捨てた。
そうやって孤立したまま組織に身を置くのは、どれほど辛いことだったろう……。
そうして、本来ならば優しい心を殺し、生き物の形を変形させていく行為は、いかほど心を蝕んだか……。
「伝えることも、怖かったんだと思います。
それをここに残していくことが、後に何が起こっていくかが、怖かった……。
だから……きちんと全ては伝えられず、知識はどれも、中途半端……」
結果が出ることが怖かった……だからあらゆる選択を見送った。
そうして重要な部分は知られないまま、歪な形で知識はここに残り、結果が……今だ。
神殿に利用され、この社会の歪みとなっている。
けれど、決断できなかった。心を殺しきれなかった。優しかったがゆえに、決めることが恐ろしかった……。
「彼女もその恐怖を抱えて、俺たちに多くの知識を与えてくれました。
貴方たち獣人と俺たち人が、二つあった血の交配種であり、姿は違えど同じものであること。
獣人の要素が劣勢遺伝子であり、特定の情報が揃った時にしか顕現化しないこと。
だけどそれは二万五千以上あるであろう血の設計図、その全てで起きている……。
きっと私も、顕現した獣人の要素を持っており、貴方がたの中にも、顕現した人の要素がある」
俺の話がますます意味の分からない……けれど恐ろしい何かになってきていると感じるのだろう。
獣人らの視線に恐怖がチラチラと燻りだした。
「だからっ、そんなこたぁ知らねぇ! 神殿が獣人を造るって話が既に、ガセだろって言ってんだ!」
たまらず叫んだ長の一人だったけれど……。その返事は即座にリアルガーが返す。
「神殿の造った獣人なら今、この群れにいる。
レイシールを裏切って、人の前で獣化したにも関わらず、殺されねぇで、こいつがまだ連れてる」
ちょっ……っ⁉︎ なんでそれを……っ。
「はぁ⁉︎ そりゃ……掟はどうした。どいつだそれは、ここに連れて来い!」
場の怒りが一気に燃えた。
こうなると分かってて言ったリアルガーを睨み、俺も即座に言い返す。
「連れてくればどうなります。貴方がたが彼を罰するのか⁉︎
言っておくが、彼は主に命じられ縛られていた……。であるならば従うしかない。そういう状況での獣化だった。
その縛りの強さは、貴方がた自身が理解しているはずですよ⁉︎」
「お前が主だろうが、なにあめぇこと言ってやがる!」
「責任を取らせろ、殺せ!」
甘い……だと。
あいつにとっては、今生きてることの方が、きっと辛いのに!
「主になれれば……そうしてやれればどんなに良かったか……。
そうなれてたなら、こんな苦しみを与えずに済んだ。こんなことさせなかったさ!」
そう叫ぶと一瞬だけ驚いたように、東西の獣人が身を引いた。
怒鳴り返されるとは思わなかったのだろう。だけど、せっかく生き残った命を殺せと言う……その言葉には怒りしか無かった。
ウォルテールは苦しかったさ。死ぬほど苦しんで、姉との縁を自ら切ったんだ!
「彼が私のもとに来たのも、神殿の指図だ……。
血の繋がる姉弟に、主の柵を結ばれたまま、身ひとつでオゼロ領の荒野に捨てられていたのを拾った。
初めはあちらの意図で動いていたと思う……だけど、あいつは……。
それでもあいつは……できる範囲で私たちを守ろうとしてくれていた……。それは私が一番、分かってるんだ!」
ギリギリで戦ったあいつをだれが責められる。当事者でもないやつに、好き勝手言う権利なんか無い!
「彼を傷付けることは私が許さない。今は私の管理下にいるのだから!
だからここには連れて来ない。ご理解いただこう!」
「……理解できねぇと思うぜぇ……」
なのに何故か、リアルガーが、再度口を挟んだ……。
表情は冷静そのものだったが、言われた言葉は譲れないものだった。
「話を聞けない連中の前に、彼を晒すつもりは無い!」
「だが、お前の言ってることは憶測ばかりだ。そりゃ信用できねぇよ……。
だけどあいつは、証拠になる……。その施設で造られた獣人だ。
実際俺も、奴の獣化を見るまでは半信半疑だったしよ……。
ここはひとつ、その理解のためにもあいつを呼ぶべきだろ」
「…………誘導したのか……!
断る! 俺はあいつをこれ以上、傷つけることは許さない!」
「それは俺たちで抑える。あいつは傷付けさせねぇし、そうなった場合は俺がこの首で責任を取ろう。
だからやつをここへ呼ぶ。これはあいつも承知してることだ」
勝手にそんな根回しまでしてるのか……。
「あいつにとっちゃ、あんたがこれ以上の負担を強いられるなんてこと自体、許せねぇんだ。
関わらせてやれよ。自分事なんだからよ」
「…………」
用意されていた舞台に、腹が立った。
こうなるよう話を仕向けられた。ウォルテールは関わらせないで話をするつもりだったのに、まんまと誘導されてしまった自分の未熟さにも……。
だけど……。
……ここの主は、リアルガーだ……。
彼の世話になっている以上、彼の面目を潰すわけにはいかない。
葛藤はあったけれど、握っていたサヤの手がキュッと、俺の手を握り返してきた。何かあれば必ず守るとそう……意思を示してくれたから。
「貴方の首は要らない……それでは何も贖えない……。
……彼は、本当にそれを是としたんですね……」
「自分から言ってきた。俺が言わせたわけでもねぇから安心しろ」
そう言われて……。
「分かりました……」
「おい、入っていいぞ」
反応の速さに焦ったけれど、ウォルテールは既に大天幕の前に待っていたのだろう。直ぐに中に入ってきた。
人の姿で、狼の素足はいつも通り晒したままだ。毛皮の外套を纏ってはいるが、頭蓋の仮面は付けていなかった。
欠けてしまった左耳を晒して、だけど引き締まった覚悟の表情で……。
「……なぁ、聞いてたろうから分かるだろ」
「うん。俺の獣化が証拠になるんだよな……」
「なる。ここの俺たちとは根本的に違う。それを見せてやってくれ」
「分かった」
そう返事をし終わる頃に、彼はもう変化を始めていた。
あらかじめ衣服を脱いでいたのだろう。バサリと外套が落ちると既に白い大狼が、囲炉裏の火に照らされて黄金色に燃えている……。
骨の軋む音も無く、まるで溶けるような、ほんの数度呼吸する程度の間に起こった変化に、皆の表情が唖然となった。
「血の濃縮ってのは、こういうものなんだろうよ……。
俺は人にかぶれてると言われるが、そうなるような経験を積んだ覚えはねぇし、こういった思考運びをすることが自然だった……。
柵や縛りは感じるが、命まで賭ける気になるかは分からん……。
かぶれてるんじゃなく、思考が人寄りに生まれたと考えりゃ、なんか納得できる。
そしてこいつは……獣人の獣人たるものを重視して、時間をかけて集められた血で造られたんだろ……。だから、原始の姿に近い」
リアルガーがそう語る間に、ウォルテールはまた人の姿に戻っていた。
裸身で、身体中の傷を晒して囲炉裏の前に座り込む。
「……俺は、狼の姿で生まれて、四つくらいまで狼ののままで育ったんだ……。
普通はなかなか無いことなんだと、後で言われた……狼で生まれたら、狼の自分に引っ張られて、そのままになることが多いんだって……。
あそこにはそんなのが沢山いたよ……。見込み無いって判断されたやつから、処分されたけど」
強張った表情でウォルテールを見る長たち……。
狼の自分しか意識できない……ということを、彼らはどんな風に感じるのだろう……。
「俺は姉ちゃんが……姉ちゃんに、人になれと、望まれてた。何度もそう言われていた記憶がある……。
そのせいなのか……そうなれるんだということが、理解できたんだと思う……。
気付いたらもう、できていた……」
震える唇は白く、血の気が引いていた。
この行動の一つ一つが彼にとっての贖罪なのだと分かるから、その姿に胸が詰まった。
「あそこには、俺みたいなのがいっぱい、いるよ……俺の血は、だいぶ濃いからって本当は、俺も胤になるはず、だった。
だけど俺は、我が、強くて……使いにくいって…………。下の方が、従順……。同じ血のはずだから、それを使う方が……。
別の、使い道……失敗は、姉ちゃんが負う……ことになる、から、ゆるさないって……」
下……というのは、弟か、妹も、いるということだろう。それは、この時初めて聞いた……。
表情を歪めて、脂汗を滴らせながら、本当は言えないことを絞り出す姿が、不憫だった。
罪を犯す時だって苦しんだのに、償うためにまた苦しむ。
そんな風にさせるしかできないことが、苦しくてたまらない……。
「この人の、言ってることは……嘘じゃない。計画なんて俺は何も、知らせてもらえなかったけど……。
けど……施設が、山脈の向こう側にあるのは、本当……。
俺みたいなのが、沢山飼われてるのも、本当だ……」
やっとそこで制止の声が飛んだ。
正直意識が吊られ掛けていたから……助かった。
左手でサヤを探し、手を掴んだのは……彼女の心もきっと、揺さぶってしまったろうと思ったからだ。
失ったことを思い出させてしまった。でも、俺がいる。ずっと共に在る。彼のように、孤独になんてしない……。
「急に奪われることの痛みを……私は知っています……。理不尽なそれがどれだけ心を壊すかを……。
その痛みと共に、彼女もここへと来た。
その……五百年前の渡人もきっと……サヤのように心優しく、争いを好まない性質だったのだと、思います……。
力で捩じ伏せ奪い取る方法を選ばず、知識を振るうことを選んだのは、力を、持っていなかったからでしょう……。
彼女の国はそういう国だった。
刃物を持って身を守る必要が無い、貴族や庶民といった地位の格差も無い国だ。
衛兵すら帯剣しない……国軍ですら、戦うこと以外を洗練させるような、平和な国。
だから、力や地位にものを言わせるこの世界が、どれほど恐ろしく感じたことでしょう……」
身を守るため、帰るために知力を振り絞る。それは心を酷く削ったろう。
何が正解なのかも分からない、自分の世界とは異なる価値観の中を、手探りで進んでいくしかないのだから。
人と接すれば、情を抱かずにはいられなかったろう……。
だけど帰るため、未練を作らないためにそれも捨てた。
そうやって孤立したまま組織に身を置くのは、どれほど辛いことだったろう……。
そうして、本来ならば優しい心を殺し、生き物の形を変形させていく行為は、いかほど心を蝕んだか……。
「伝えることも、怖かったんだと思います。
それをここに残していくことが、後に何が起こっていくかが、怖かった……。
だから……きちんと全ては伝えられず、知識はどれも、中途半端……」
結果が出ることが怖かった……だからあらゆる選択を見送った。
そうして重要な部分は知られないまま、歪な形で知識はここに残り、結果が……今だ。
神殿に利用され、この社会の歪みとなっている。
けれど、決断できなかった。心を殺しきれなかった。優しかったがゆえに、決めることが恐ろしかった……。
「彼女もその恐怖を抱えて、俺たちに多くの知識を与えてくれました。
貴方たち獣人と俺たち人が、二つあった血の交配種であり、姿は違えど同じものであること。
獣人の要素が劣勢遺伝子であり、特定の情報が揃った時にしか顕現化しないこと。
だけどそれは二万五千以上あるであろう血の設計図、その全てで起きている……。
きっと私も、顕現した獣人の要素を持っており、貴方がたの中にも、顕現した人の要素がある」
俺の話がますます意味の分からない……けれど恐ろしい何かになってきていると感じるのだろう。
獣人らの視線に恐怖がチラチラと燻りだした。
「だからっ、そんなこたぁ知らねぇ! 神殿が獣人を造るって話が既に、ガセだろって言ってんだ!」
たまらず叫んだ長の一人だったけれど……。その返事は即座にリアルガーが返す。
「神殿の造った獣人なら今、この群れにいる。
レイシールを裏切って、人の前で獣化したにも関わらず、殺されねぇで、こいつがまだ連れてる」
ちょっ……っ⁉︎ なんでそれを……っ。
「はぁ⁉︎ そりゃ……掟はどうした。どいつだそれは、ここに連れて来い!」
場の怒りが一気に燃えた。
こうなると分かってて言ったリアルガーを睨み、俺も即座に言い返す。
「連れてくればどうなります。貴方がたが彼を罰するのか⁉︎
言っておくが、彼は主に命じられ縛られていた……。であるならば従うしかない。そういう状況での獣化だった。
その縛りの強さは、貴方がた自身が理解しているはずですよ⁉︎」
「お前が主だろうが、なにあめぇこと言ってやがる!」
「責任を取らせろ、殺せ!」
甘い……だと。
あいつにとっては、今生きてることの方が、きっと辛いのに!
「主になれれば……そうしてやれればどんなに良かったか……。
そうなれてたなら、こんな苦しみを与えずに済んだ。こんなことさせなかったさ!」
そう叫ぶと一瞬だけ驚いたように、東西の獣人が身を引いた。
怒鳴り返されるとは思わなかったのだろう。だけど、せっかく生き残った命を殺せと言う……その言葉には怒りしか無かった。
ウォルテールは苦しかったさ。死ぬほど苦しんで、姉との縁を自ら切ったんだ!
「彼が私のもとに来たのも、神殿の指図だ……。
血の繋がる姉弟に、主の柵を結ばれたまま、身ひとつでオゼロ領の荒野に捨てられていたのを拾った。
初めはあちらの意図で動いていたと思う……だけど、あいつは……。
それでもあいつは……できる範囲で私たちを守ろうとしてくれていた……。それは私が一番、分かってるんだ!」
ギリギリで戦ったあいつをだれが責められる。当事者でもないやつに、好き勝手言う権利なんか無い!
「彼を傷付けることは私が許さない。今は私の管理下にいるのだから!
だからここには連れて来ない。ご理解いただこう!」
「……理解できねぇと思うぜぇ……」
なのに何故か、リアルガーが、再度口を挟んだ……。
表情は冷静そのものだったが、言われた言葉は譲れないものだった。
「話を聞けない連中の前に、彼を晒すつもりは無い!」
「だが、お前の言ってることは憶測ばかりだ。そりゃ信用できねぇよ……。
だけどあいつは、証拠になる……。その施設で造られた獣人だ。
実際俺も、奴の獣化を見るまでは半信半疑だったしよ……。
ここはひとつ、その理解のためにもあいつを呼ぶべきだろ」
「…………誘導したのか……!
断る! 俺はあいつをこれ以上、傷つけることは許さない!」
「それは俺たちで抑える。あいつは傷付けさせねぇし、そうなった場合は俺がこの首で責任を取ろう。
だからやつをここへ呼ぶ。これはあいつも承知してることだ」
勝手にそんな根回しまでしてるのか……。
「あいつにとっちゃ、あんたがこれ以上の負担を強いられるなんてこと自体、許せねぇんだ。
関わらせてやれよ。自分事なんだからよ」
「…………」
用意されていた舞台に、腹が立った。
こうなるよう話を仕向けられた。ウォルテールは関わらせないで話をするつもりだったのに、まんまと誘導されてしまった自分の未熟さにも……。
だけど……。
……ここの主は、リアルガーだ……。
彼の世話になっている以上、彼の面目を潰すわけにはいかない。
葛藤はあったけれど、握っていたサヤの手がキュッと、俺の手を握り返してきた。何かあれば必ず守るとそう……意思を示してくれたから。
「貴方の首は要らない……それでは何も贖えない……。
……彼は、本当にそれを是としたんですね……」
「自分から言ってきた。俺が言わせたわけでもねぇから安心しろ」
そう言われて……。
「分かりました……」
「おい、入っていいぞ」
反応の速さに焦ったけれど、ウォルテールは既に大天幕の前に待っていたのだろう。直ぐに中に入ってきた。
人の姿で、狼の素足はいつも通り晒したままだ。毛皮の外套を纏ってはいるが、頭蓋の仮面は付けていなかった。
欠けてしまった左耳を晒して、だけど引き締まった覚悟の表情で……。
「……なぁ、聞いてたろうから分かるだろ」
「うん。俺の獣化が証拠になるんだよな……」
「なる。ここの俺たちとは根本的に違う。それを見せてやってくれ」
「分かった」
そう返事をし終わる頃に、彼はもう変化を始めていた。
あらかじめ衣服を脱いでいたのだろう。バサリと外套が落ちると既に白い大狼が、囲炉裏の火に照らされて黄金色に燃えている……。
骨の軋む音も無く、まるで溶けるような、ほんの数度呼吸する程度の間に起こった変化に、皆の表情が唖然となった。
「血の濃縮ってのは、こういうものなんだろうよ……。
俺は人にかぶれてると言われるが、そうなるような経験を積んだ覚えはねぇし、こういった思考運びをすることが自然だった……。
柵や縛りは感じるが、命まで賭ける気になるかは分からん……。
かぶれてるんじゃなく、思考が人寄りに生まれたと考えりゃ、なんか納得できる。
そしてこいつは……獣人の獣人たるものを重視して、時間をかけて集められた血で造られたんだろ……。だから、原始の姿に近い」
リアルガーがそう語る間に、ウォルテールはまた人の姿に戻っていた。
裸身で、身体中の傷を晒して囲炉裏の前に座り込む。
「……俺は、狼の姿で生まれて、四つくらいまで狼ののままで育ったんだ……。
普通はなかなか無いことなんだと、後で言われた……狼で生まれたら、狼の自分に引っ張られて、そのままになることが多いんだって……。
あそこにはそんなのが沢山いたよ……。見込み無いって判断されたやつから、処分されたけど」
強張った表情でウォルテールを見る長たち……。
狼の自分しか意識できない……ということを、彼らはどんな風に感じるのだろう……。
「俺は姉ちゃんが……姉ちゃんに、人になれと、望まれてた。何度もそう言われていた記憶がある……。
そのせいなのか……そうなれるんだということが、理解できたんだと思う……。
気付いたらもう、できていた……」
震える唇は白く、血の気が引いていた。
この行動の一つ一つが彼にとっての贖罪なのだと分かるから、その姿に胸が詰まった。
「あそこには、俺みたいなのがいっぱい、いるよ……俺の血は、だいぶ濃いからって本当は、俺も胤になるはず、だった。
だけど俺は、我が、強くて……使いにくいって…………。下の方が、従順……。同じ血のはずだから、それを使う方が……。
別の、使い道……失敗は、姉ちゃんが負う……ことになる、から、ゆるさないって……」
下……というのは、弟か、妹も、いるということだろう。それは、この時初めて聞いた……。
表情を歪めて、脂汗を滴らせながら、本当は言えないことを絞り出す姿が、不憫だった。
罪を犯す時だって苦しんだのに、償うためにまた苦しむ。
そんな風にさせるしかできないことが、苦しくてたまらない……。
「この人の、言ってることは……嘘じゃない。計画なんて俺は何も、知らせてもらえなかったけど……。
けど……施設が、山脈の向こう側にあるのは、本当……。
俺みたいなのが、沢山飼われてるのも、本当だ……」
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2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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