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反撃の狼煙 2

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 「怖がらせてしまって申し訳ありませんでした……。
 けれど、皆様に危害を加える気は毛頭ございませんし、天候が回復しましたらちゃんと近くの村までお送りしますので」

 そう言ったのだけど、警護の方々は警戒を解く様子は無かった……。
 まぁ仕方がないよな。俺は国に追われた逆賊ということになっているのだから。

 俺の後方にも、シザー、オブシズが武装して立っているのだが、これは俺の安全上仕方が無かった。
 その代わりに、グラヴィスハイド様方の武装解除は行っていない。それでは彼らの平静が保てないと思ったからだ。
 天幕の外に獣人がうじゃうじゃいるうえ、自分たちがどこに連れてこられたのかもよく分からないという状態だ。そのうえ身を守る術を取り上げてしまったら、恐慌をきたしかねない。
 彼らの気持ちをほぐすことは諦めて、グラヴィスハイド様に視線を向けると、かの方は相変わらず、にこやかに微笑んでいた。
 感情が色で見える方だから、獣人らに危険が無いことも、ご理解くださっているようだった。

「俺たちが北に逃げたという話は、そのホライエンで耳にされたのですか?」
「うん。道中で神殿騎士ともやり合っただろう? それで北に向かっていることくらいはね。
 このフェルドナレンで、貴族と神殿を敵に回したならば、逃げ込める場所は限られる。
 だからある程度、行き先は絞り込めた」

 それはつまり、国もある程度俺の居場所は把握しているということだな……。
 だいたいは予想していたことだけれど、こうも簡単に見つけ出されてしまうとは。
 まぁ……今回は流石に、運が良かっただけだろうけれど……。

「私もそう思うよ。あくまで今回は、アミの御加護だろう。
 それにお前が、北の狩猟民に伝手を持っているなど、誰も知らないだろうし」
「まぁ俺も知りませんでしたからね」

 俺の伝手ではなくマルの伝手だし。
 マルがまさかここまで北の狩猟民との関係を続けていたということも、俺は知らなかったしな。
 俺のその言葉に、グラヴィスハイド様も笑った。

「ははっ、ならば余計、心配はいらないな」

 にこやかな会話に、共の方々は嫌そうな表情。
 お互いの立場と状況を考えれば、そんな話をしている場合ではないだろうと言いたいのだろう。

「…………狩猟民の正体も、知る者は少ない。だから、彼らに疑いが向くこともあるまいよ」
「北の貴族は知っている者もいると思うのですが……」
「それをいえばお前と同じ疑いをかけられるのだから、言うはずがないさ」

 人の悪い笑みを浮かべてグラヴィスハイド様はそう言った。
 そして俺の失われた右手に、視線を落とす……。

「ホライエンでも、お前はもう生きていない可能性が高いと……万が一生き延びていても、冬を越せまいという目算を聞かされた。
 だからこの荒野に追っ手はかかっていないだろう」
「それはそうですね……」

 それ聞いてなんでこの人、自分からやってくるかな……。
 死んでいる可能性が高いと聞いて尚、俺を探しに来るだなんて……。
 そう考えると苦笑するしかない。

「そんなあやふやなことに、共の方々を巻き込んで……。
 説明も無しに連れ回しては可哀想ですよ……」

 でも説明していた場合、無理やり連れ帰られていた可能性は高い……。
 だからそうは言うものの、こうして俺に会おうとしてくれたことが、嬉しくてたまらなかったし、望みが繋がったことに、背中を押された心地だった。
 貴族社会で、今の俺が頼れるのは、正直グラヴィスハイド様だけなのだ。この方ならば……中枢にも近い。陛下に神殿の危険をお伝えできる……!

「言ったところで意味は無い。言葉で信じられるなら、誰もお前を疑いはしないだろう。
 そもそもお前が他国と共謀そんなことできる人間なら、私は縁なんてとっくに切ってるし、大事なクレフィリアを、託したりなどしないよ」

 その言葉には不覚にも、涙腺が刺激されてしまった。
 獣人を使う悪魔の使徒とされる俺に、まるで親しい友人のように話しかけ、こんな状況にあっても信頼を寄せてくれる……。
 クロードや皆が、俺を見ていたあの視線……あれは仕方なかったと思う。獣人らのことをずっと秘密にしていたのだから、当然だった。
 だけどそれでも、傷ついていたのだろうな、俺は……。あれが苦しかったのだ……。

 そんな俺の様子に、グラヴィスハイド様は優しい声音で。

「生きていてくれて良かった……本当に心からそう思っているよ。
 それに、お前の色は綺麗なままだ。
 辛い経験を、沢山してしまったろうに……」

 そう言い俺の右肩に触れ、失った右手を撫でるように指を這わす。
 こんなもの、来世へと旅立つしかなかった者らに比べれば……なんてことはないのだ。

「感謝します……。本当に、なんとお礼を言って良いか……。
 こんな風に貴方を招いたことが、貴方の汚点になるかもしれないのに……」
「私もどうせ貴族社会でははみ出し者だから、気にしなくて良い。
 それより……私を探すこと自体がお前にとって不利になることなのに、それを急いた理由を聞かせておくれ」


 ◆


 獣人がなんであるかと、神殿の秘密について語った。
 神殿の裏こそが黒幕であり、スヴェトランと共謀しているのだということを。
 共の方々は俺の妄言に甚だ呆れたご様子だったけれど、グラヴィスハイド様は、我々が人と獣人の混血であることや、神殿に裏の顔があることや、神殿が獣人を造り囲っていること、スヴェトランと手を組み、大災厄の再来を目論んでいることを訴える俺の言葉を、何ひとつ否定しなかった。

 それを見かねた共のお一人が……。

「グラヴィスハイド様……信じるのですか?」
「黙っておきなさい。
 私の目がどういったものかは、お前たちも知っているじゃないか」
「ですが……」

 獣人を囲っていた張本人である俺が、それを言う矛盾。
 なにより獣人を悪魔の使徒と語る神殿こそが、獣人を囲って、しかも造り上げているなど、にわかには信じられない……。
 そう考える警護の方の気持ちは分かる。そうであれば、今まで己が正義としていたことはなんだったのか、人の社会の礎が崩壊しかねない。

 けれどグラヴィスハイド様は、そこを敢えて踏み込んだ。

「……北の狩猟民が、獣人で構成されている……。これが、ここ近年のことだけであるはずがない……。
 それこそ、自然に起こることではないし、こんな大きな組織構造を秘密裏に創成するなど……貴族だけでできることでもなかったろう。
 神殿の協力ないし、黙認があってこそ……そうは思わないのか?」
「で、ですが…………」
「そうだね。ここを突くということは、国を根幹を揺るがしかねない。だから、黙っておくべきと思っている……。
 だけどそれはお前……それをそのままにできなかったレイシールを、悪だと言える思考なのか?」

 う……と、その方は言葉を飲み込んだ。
 他の方々も視線を逸らし、青ざめた表情を必死で隠す。
 俺が領地を追われた理由は、獣人を囲って、何かよからぬ算段を巡らせていたからだと聞いているのに、それの実態がこれだとは認められない……認めてしまえば、我々が今まで信じてきた正義が無くなってしまう。
 だけどグラヴィスハイド様は容赦しなかった。

「獣人が悪なのではないよ……。それは、私の目が見た。彼らはほぼ我々と変わらない思考をしている。
 むしろ我々よりも純粋なくらいだ……。
 こんな風にね、犠牲に目を瞑るような思考は、人にこそ……貴族にこそ多い……。私はそれを見たくなくて、貴族社会あそこを離れたんだよ」

 だけど貴族は、そうでなければならない。
 多くを守るために、犠牲を強いる選択をする立場だ。
 それだって……純粋ではないにしても、悪ではない。辛い、認めたくないことだけれど、必要なことだ。

「…………そうだね。そうでなければならないことも確かにある。
 そしてそんな貴族社会に身を置き続けているくせに、その責任を逃れた私が、お前たちを責めるのも間違っている。
 私もお前たちと同じ、逃げてしまった側だよ」

 そう独白したグラヴィスハイド様は。

「そんな貴族社会だからこそ、お前の訴えを進言する意味は、無いかもしれない……」

 と、視線を落とした……。
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