1,007 / 1,121
少し前の話 20
しおりを挟む
ちょっと走れば直ぐ息の上がる身体……。
昨晩は散々運動できたくせに……と、我がことながらなんともいえない気分になりつつ、もうちょっと計画的に鍛錬し直さねばと決意を固めた。
きちんとまた、生活を管理し直さなければ。地位を失ったとしても、俺にはまだ守るべき人たちがいてくれる……。
休憩を挟みながらリアルガーの天幕に到着すると、何か激しい口調の応酬が聞こえてきて、もう一踏ん張りと足を進めると。
「馬鹿言ってんなよ! 軍隊とやり合うような戦力が、ここの一体どこにあるってんだぁ⁉︎」
「そうは言っても、ここだって戦場になる可能性がある! ここは隣国とも近く、ジェスルにだって繋がってるんです!
それに……フェルドナレンはここを守りません……。自衛するしかない。ここは打ち捨てられた、北の荒野なんですよ⁉︎」
「マル?」
帷を押し上げてリアルガーの天幕に足を踏み込むと、ハッとしたように口を閉ざす二人。
俺が来ることは想定していなかったんだろう。咄嗟に表情を取り繕ったマルとリアルガーだったけれど、もうその直前の会話を俺も耳にしているから、意味は無いよと冷静に伝えた。
チッと、舌打ちするリアルガーは、早々に誤魔化すことを断念。渋面で口を閉ざすことを選び。
マルはまだ諦めてない様子だったけれど「マル」と、念を押すと、深い息を吐く。何か凄く、思い詰めた顔で。
「聞かずとも良いんですよ……。貴方は怪我人、療養中なのですから」
「そんなことを言ってられるような内容じゃなかったろう? 話してくれ。
……気を遣ってくれてありがとう。でも、俺はもう、大丈夫だから」
ちゃんと冷静に話を聞ける。自暴自棄にもならないよと告げたら、不思議そうに俺を見上げるマル。
「……レイ……様?」
「うん。もう様付けは必要無いけれど……お前たちの主としては、聞くべきことだと思うよ」
俺は貴族を追われたけれど、マルやジェイドは一度だって、俺が吠狼の主を降ろされたとは言っていなかったものな。
リアルガーも、俺を主だと認めていた。なら俺はまだ、吠狼の主。俺には彼らを率いるという責任が残っているということだ。
俺の言葉にマルは、喜びを堪えるような……だけどやっぱり俺を気遣ったのだろう、それでも渋る素振りを見せた。
そうして、彼にしては珍しく……。
「……言う権利なんて僕には無いんですよ……。僕はここを優先して、貴方がたを切り捨てたんですから……」
それは、アヴァロンに戻らず、ここにとどまったことを言っているの?
「それは……アヴァロンよりも、ここの方が急務だと判断したってだけだろう?
実際どちらが先だったかなんて結果でしかない」
家族がいる地なんだ。守りたくって当然。だから、お前は何も、間違っていない。選択を誤ったわけでもない。
アヴァロンは、任された俺が守らなきゃならなかった。
「誤ったんですよ……。ここだけを守ったって意味がないって、分かってたのに。
それでもここを離れられなかったんです。万が一を考えたら、怖くて…………っ、失えなくて……」
そう言うと、マルは困ったように口を噤み、俯いてしまった……。
けれど、天幕の端で状況を見ているだけだったジェイドが口を開き「スヴェトランが春にも動きそうなンだよ」と、抜け駆け。
「そのうえ奴さんら、神殿ともつるンでる」
「ああぁぁ! なんで言っちゃうんです⁉︎」
「そのだンまりに意味あンのかよ。
一応姐さンとアイル張り付けてっけど、確認待ちなだけでほぼ確定だろ。
馬事師らが言ってた密売業者な。アヴァロンを襲った野盗もどきと同じく、神官の顔を持ってやがった……これがまた宣教師だ」
忌々しげに言ったのは、サヤを窮地に追いやった、あの事件の仕掛け役のこと。
野盗のふりをしていたけれど、商人の顔と、宣教師の顔を持っていたあの兇手……それと同じような、一人で何役をもこなす人物が、まだいるという。
「二人いるなら、三人以上だっているンだろ。もしくは宣教師の何割かがこうやって動くような役柄なのかもな……。
つうか、こンな奴らが国中に潜ンでるのかと思うと笑えてくるぜ」
「……つまり、スヴェトランの怪しい動きは、神殿の動きと連動していたんだな」
春の国境沿いでの動き……。あれはたまたま時期が重なってしまったのではなく、神殿が動かしていたから、重なっていたと。
そして先程の会話は、その連中の動きが活発化しているということ……。
しかし、アヴァロンに訪れていた大司教は、そういったことを画策している雰囲気ではなかった……。
と、なると。スヴェトランと通じているのは裏の神殿……狂信者の方だけと考えるべきだ。
「マル、神殿の動きの目的と理由、どう考えてる?」
そう問うと、渋面になりつつも答えてくれた。
「どうもこうも……目的は権威の回復だと思いますけど……。
理由はフェルドナレン王家が、寄生先として使えなくなったからじゃないですかねぇ……。
王家が高貴なる白を否定し、あまつさえ病だと発表してしまったこの国で、神殿が権力を取り戻すのは困難です。
だから、もう……テコ入れではなく、寄生先を変えることを選んだのだと思います」
「寄生先をスヴェトランにってことか?」
「……正直僕も、それが目的とは思えないんですけどね……。
なんでサヤくんを悪魔認定するなんて演出をしたのか……その意図が見えない」
アヴァロンでのあの一連の動きを、演出だと言うマル。
「でも推測ならばできます。可能性の高い理由としては、先にサヤくんが、世に大きく名を晒してしまったからではと。
元々は、欲していたのだと思いますよ……そう動いてましたしね。
近年の神殿は力をどんどん削がれていっていた……。だから本当は、五百年前の再来を願っていたはずです。あの頃が一番神殿が、力を手に入れ謳歌していた時期ですから」
王政にも深く入り込み、王家の婚姻すら操作できた時……。サヤより前の、異界の民がいたかもしれない時……。
サヤより前の、異界の民……。
マルはここでもまた、逡巡する素振りを見せたけれど……。
「だけど今回の『渡人』は、勝手が違った」
初めて聞く言葉。異界の民を『渡人』と表現した。
リアルガーが共にいるにも関わらず。
「特別な知識を惜しげもなく振りまき、しかも外見が、特徴的な黒髪です……。
確信を持った時には遅かった。もう彼女は公に存在を認知されていて、おいそれと手が出せず、そのうえ貴族に囲われていた。
サヤくんは神殿に身を置くことを選ばなかったし、囲い込むことができず、奪って隠そうにも失敗して、今や貴族の妻です。
他に奪われるくらいならば潰してしまえ! と、そうなったのではないかと」
そうは言いつつも、マルは自分の言葉がそのまま答えだとは思っていない様子。
だけど……その説明で何となく色々、見えてきた気がした。
昨晩は散々運動できたくせに……と、我がことながらなんともいえない気分になりつつ、もうちょっと計画的に鍛錬し直さねばと決意を固めた。
きちんとまた、生活を管理し直さなければ。地位を失ったとしても、俺にはまだ守るべき人たちがいてくれる……。
休憩を挟みながらリアルガーの天幕に到着すると、何か激しい口調の応酬が聞こえてきて、もう一踏ん張りと足を進めると。
「馬鹿言ってんなよ! 軍隊とやり合うような戦力が、ここの一体どこにあるってんだぁ⁉︎」
「そうは言っても、ここだって戦場になる可能性がある! ここは隣国とも近く、ジェスルにだって繋がってるんです!
それに……フェルドナレンはここを守りません……。自衛するしかない。ここは打ち捨てられた、北の荒野なんですよ⁉︎」
「マル?」
帷を押し上げてリアルガーの天幕に足を踏み込むと、ハッとしたように口を閉ざす二人。
俺が来ることは想定していなかったんだろう。咄嗟に表情を取り繕ったマルとリアルガーだったけれど、もうその直前の会話を俺も耳にしているから、意味は無いよと冷静に伝えた。
チッと、舌打ちするリアルガーは、早々に誤魔化すことを断念。渋面で口を閉ざすことを選び。
マルはまだ諦めてない様子だったけれど「マル」と、念を押すと、深い息を吐く。何か凄く、思い詰めた顔で。
「聞かずとも良いんですよ……。貴方は怪我人、療養中なのですから」
「そんなことを言ってられるような内容じゃなかったろう? 話してくれ。
……気を遣ってくれてありがとう。でも、俺はもう、大丈夫だから」
ちゃんと冷静に話を聞ける。自暴自棄にもならないよと告げたら、不思議そうに俺を見上げるマル。
「……レイ……様?」
「うん。もう様付けは必要無いけれど……お前たちの主としては、聞くべきことだと思うよ」
俺は貴族を追われたけれど、マルやジェイドは一度だって、俺が吠狼の主を降ろされたとは言っていなかったものな。
リアルガーも、俺を主だと認めていた。なら俺はまだ、吠狼の主。俺には彼らを率いるという責任が残っているということだ。
俺の言葉にマルは、喜びを堪えるような……だけどやっぱり俺を気遣ったのだろう、それでも渋る素振りを見せた。
そうして、彼にしては珍しく……。
「……言う権利なんて僕には無いんですよ……。僕はここを優先して、貴方がたを切り捨てたんですから……」
それは、アヴァロンに戻らず、ここにとどまったことを言っているの?
「それは……アヴァロンよりも、ここの方が急務だと判断したってだけだろう?
実際どちらが先だったかなんて結果でしかない」
家族がいる地なんだ。守りたくって当然。だから、お前は何も、間違っていない。選択を誤ったわけでもない。
アヴァロンは、任された俺が守らなきゃならなかった。
「誤ったんですよ……。ここだけを守ったって意味がないって、分かってたのに。
それでもここを離れられなかったんです。万が一を考えたら、怖くて…………っ、失えなくて……」
そう言うと、マルは困ったように口を噤み、俯いてしまった……。
けれど、天幕の端で状況を見ているだけだったジェイドが口を開き「スヴェトランが春にも動きそうなンだよ」と、抜け駆け。
「そのうえ奴さんら、神殿ともつるンでる」
「ああぁぁ! なんで言っちゃうんです⁉︎」
「そのだンまりに意味あンのかよ。
一応姐さンとアイル張り付けてっけど、確認待ちなだけでほぼ確定だろ。
馬事師らが言ってた密売業者な。アヴァロンを襲った野盗もどきと同じく、神官の顔を持ってやがった……これがまた宣教師だ」
忌々しげに言ったのは、サヤを窮地に追いやった、あの事件の仕掛け役のこと。
野盗のふりをしていたけれど、商人の顔と、宣教師の顔を持っていたあの兇手……それと同じような、一人で何役をもこなす人物が、まだいるという。
「二人いるなら、三人以上だっているンだろ。もしくは宣教師の何割かがこうやって動くような役柄なのかもな……。
つうか、こンな奴らが国中に潜ンでるのかと思うと笑えてくるぜ」
「……つまり、スヴェトランの怪しい動きは、神殿の動きと連動していたんだな」
春の国境沿いでの動き……。あれはたまたま時期が重なってしまったのではなく、神殿が動かしていたから、重なっていたと。
そして先程の会話は、その連中の動きが活発化しているということ……。
しかし、アヴァロンに訪れていた大司教は、そういったことを画策している雰囲気ではなかった……。
と、なると。スヴェトランと通じているのは裏の神殿……狂信者の方だけと考えるべきだ。
「マル、神殿の動きの目的と理由、どう考えてる?」
そう問うと、渋面になりつつも答えてくれた。
「どうもこうも……目的は権威の回復だと思いますけど……。
理由はフェルドナレン王家が、寄生先として使えなくなったからじゃないですかねぇ……。
王家が高貴なる白を否定し、あまつさえ病だと発表してしまったこの国で、神殿が権力を取り戻すのは困難です。
だから、もう……テコ入れではなく、寄生先を変えることを選んだのだと思います」
「寄生先をスヴェトランにってことか?」
「……正直僕も、それが目的とは思えないんですけどね……。
なんでサヤくんを悪魔認定するなんて演出をしたのか……その意図が見えない」
アヴァロンでのあの一連の動きを、演出だと言うマル。
「でも推測ならばできます。可能性の高い理由としては、先にサヤくんが、世に大きく名を晒してしまったからではと。
元々は、欲していたのだと思いますよ……そう動いてましたしね。
近年の神殿は力をどんどん削がれていっていた……。だから本当は、五百年前の再来を願っていたはずです。あの頃が一番神殿が、力を手に入れ謳歌していた時期ですから」
王政にも深く入り込み、王家の婚姻すら操作できた時……。サヤより前の、異界の民がいたかもしれない時……。
サヤより前の、異界の民……。
マルはここでもまた、逡巡する素振りを見せたけれど……。
「だけど今回の『渡人』は、勝手が違った」
初めて聞く言葉。異界の民を『渡人』と表現した。
リアルガーが共にいるにも関わらず。
「特別な知識を惜しげもなく振りまき、しかも外見が、特徴的な黒髪です……。
確信を持った時には遅かった。もう彼女は公に存在を認知されていて、おいそれと手が出せず、そのうえ貴族に囲われていた。
サヤくんは神殿に身を置くことを選ばなかったし、囲い込むことができず、奪って隠そうにも失敗して、今や貴族の妻です。
他に奪われるくらいならば潰してしまえ! と、そうなったのではないかと」
そうは言いつつも、マルは自分の言葉がそのまま答えだとは思っていない様子。
だけど……その説明で何となく色々、見えてきた気がした。
0
お気に入りに追加
838
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる